「はっ、はっ、はっ、はぁ……」
 あたり一面覆いつくす森の暗闇の中、荒く切れた息と落枝が踏まれた音だけが響き渡る。
 
「おい!金髪のガキがそっちに行ったぞ。逃がすな!」
 後ろを振り向く暇もないほどに、ただがむしゃらに永遠に続くような森の闇の中を駆けていた。後ろから兵士たちの向かって走ってくる音だけが僕を追い越してくる。
 ――まずい、このままじゃ捕まっちゃう....!!

 ◇◇◇

「クソ!!あのガキどこに隠れやがった!!」
「遠くへは行ってないはずだ!探して殺せ!討ちもらしは許されんぞ」
 僕の座った背丈ほどの雑木の後ろの方から、兵士たちの野声が聞こえてくる。あたりはまだ木々に覆われていて、真っ暗闇のなか、兵士の土を踏む音だけが恐怖の便りだった。

「あっちを探すぞ」
 二人くらいの兵士の足音が遠ざかっていくのが分かった。
 ――今しかない!
 そういって小さな雑木から身を乗り出したその瞬間《とき》だった。
 
「痛たっ!!」
 突然、背中に激痛が走ると、バランスが崩れて上体が地にたたきつけられる。
「でかした!危うく見逃すところだったぜ。お前、新人のくせにいい矢の腕してんな」
「あ、ありがとうございます...」
「よし、あいつを取り押さえろ」

 遠ざかっていた二人の足音と、矢が飛んできた方向からもう一人の足音がこっちに向かってくる。恐怖よりも痛みが勝って、這いつくばることもできなかった。
 
 ◇◇◇ 

 名前も知らない大人三人に押さえつけられて身動きが取れない。抵抗する力もないのに、涙が出るほど強く、遠慮がない。
 
「ただのガキかと思ったが、案外かわいい顔してんじゃねえか。どうだ、一発お楽しみといこうか?」
「えええ、そんなこと。それにまだ子供ですよぉ...」
「おい、将軍様からの命令以外のことをするな。いつ援軍が来てもおかしくない。ほかにも殺すべきやつらが大勢いるんだぞ」
「ちぇ、分かりましたよ...悪いな坊主、この国に住んでたことが運の尽きだったな」
 
 刃物が鞘から抜かれる音がすると、二人に足と頭を持たれたまま仰向けにされた。木々が覆いつくし、一筋の光もない真っ暗闇の中、見えたのは抜かれた刃のきらめきだけだった。
 
 ――ああ、これで死ぬんだな。
 
 僕はゆっくりと目を閉じる。すると、恐怖も痛みも自然に消えていく。むしろすごく心地がいい。視界が黒から真っ白に変わっていく。

◇◇◇

 次に意識が戻った時、僕は地面にうつぶせになっていた。ゆっくりと顔をあげると、僕はまだ森の中だった。けれど、周りにさっきの兵士たちの気配はなかった。
 
 ――あれ?ぼく、生きてる..?

 さっきの暗闇とは違い、今は少しだけ、周りの様子が見える。顔の真正面には白い一輪の花が、なんとも優しく咲いていた。出口が近いのだろうか。
 
 手をついて立ち上がり、そのまま歩き出した。前に進むにつれて、だんだんと正面が明るくなっているのが分かる。足はだんだんと速くなり、自分が走っていると気付いたころには、森の出口がはっきりと目に映った。今まで気づかなかったが、なぜか背中はもう痛くなかった。 
 
 出口をくぐると、上を覆っていた木々が消え、視界は一気に開けた。

 ◇◇◇

 そこは何の変哲もない、背の低い草が生えただけの崖の上だった。崖の向こうに海が広がっているのが遠目に見える。
 
 走るのをやめ、少しの間周りを見渡しながら立ち止まったが、すぐまた足が動き出した。今度はゆっくりと、崖の端へと歩いていく。まるで、何かに導かれているような感覚だった。

 崖の先端まで来ると、海が間近に見えた。自分の真下の岩が、無情にも波に殴りつけられていた。周囲にはただ荒ぶる水の音だけが響き渡る。
 
 ――ぼく、これからどうしたらいいんだろう。

 うつむいて目を下に落としたそのときだった。
 白く光る「何か」が、僕の視界にひらひらと舞い降りてきた。
 腰を落として拾ってみる。一枚の羽根だった。

 ――なんで羽根が...
 
 それが落ちてきた方向へと顔をあげた瞬間、次には僕の目がゆっくりと、今までにないくらいに広がっていった。
 
 そのとき見えたのは、羽根の落とし主の姿じゃなかった。けど、そんなことがどうでもいいくらいに、()()はただきれいだった。永遠に続くような闇の中、あたり一面に広がる輝きは、大きいものから小さいもの、赤色に青色や黄色、駆け走るものもあれば、ただそこに座り続けているのもある。
 
そんな”夢のような現実”は、もう僕の目を離すことはなかった。
 
 ――ああ、なんで気付かなかったんだろう。
 
 名前も知らないそれらは、ただ僕ら見守り続けている
 何光年も先から、ずっと、ずっと