昼休み、中庭の回廊に出てきたウィリアムは大きく伸びをした。
先日の大雨から一転して空からは暖かな陽光が降りそそぎ、中庭の小道に置かれた長椅子には語り合う女子生徒たちの姿があった。
「ウィリアム!」
後ろから名前を呼ばれて、その声にウィリアムは驚いて振り返った。
「今、時間はあるか?」
そう言ったルネの表情は固く引きつっていた。
「どうしたんだ?」
「あの、実は相談があるんだ」
ルネは困り果てたようにしょんぼりとした。
「相談?」
いつもと違うその様子にウィリアムは驚いた。
「僕でよければ」
「すまない。……実は、ドイに交際を申し込まれて」
「え!?」
ウィリアムは思わず声を上げた。
長椅子に座っていた女子生徒たちが怪訝そうにこちらを見た。
「ちょっと移動しよう」
ウィリアムは人気のない中庭の木陰に移動し、ルネがそのあとをトボトボと付いてきた。
「それで?」
「断ったけど、試しでいいからって言われて。こんなことはじめてなんだ。どうすればいい?」
「は、はじめて?」
「君は慣れてるんだろうけど」
「いや……」
ウィリアムは口ごもった。
「つきあってみたら?」
そう提案したもののウィリアムも困惑していた。
「いや、それはできない……」
「他に好きな子がいるの?」
「いない」
「なら試しにつきあってみたら? ドイはそれでいいって言ったんだろ?」
ウィリアムがそう言うと、ルネはしばらくウンウン唸ったあと何かを決心したように頷いた。
「ありがとう。時間取らせたね」
そう言ってルネは背を向けた。
「え、待って。ほんとに?」
「ああ、彼女にきちんと話すよ」
ルネは先程とは打って変わって、いつもの彼らしい歩みで去っていった。
翌朝、ウィリアムが講堂に入るとドイとルネが並んで席に座り、話をしていた。
「おはよう」
近づいて声をかけると二人はウィリアムを見上げた。
「ウィル!」
ドイはキラキラとした目で、ルネははにかんだように微笑んだ。
二人のなんとも言えない甘い雰囲気にウィリアムもぎこちない笑みを作って返した。
「どうしたんだ?」
講堂を出たウィリアムの隣にやって来たポールが怪訝そうに覗き込んできた。
「なんだかいろいろ振り回された気分になって」
ウィリアムはそうこぼすと息を吐いた。
「何があったんだ?」
「いや、僕には関係ないことだし」
「は?」
ポールが首を傾げた。
「おかえり!」
ウィリアムが家に入ると、待ちかねたというふうに母が出迎えた。
後ろから叔父も出てきて二人が並んだ。
「あれ叔父さん、来てたんだ」
「前に車駐まってたでしょう」
母は始終笑みを浮かべ叔父もぎこちなく微笑んでいた。
「何かあった?」
「ふふ、それをあなたに伝えたくて待っていたのよ」
促されるまま居間へ行き、椅子に腰かけると、母がウィリアムの手を取って話しはじめた。
「お母さん、実はね」
母はそう言って一度言葉を切り、ウィリアムの目を見つめた。
それからまた口を開いた。
「トマス叔父さんと結婚することにしたの」
ウィリアムが息を止めてきいていると母の握る手が強くなった。
「あなたが嫌ならやめるわ」
母の表情が少しこわばった。
「嫌なんて、そんなわけないよ。おめでとう」
ウィリアムは二人に満面の笑みをつくってみせた。
「ありがとう」
母はウィリアムの手を離し、頬に手を当ててホッと息を吐いた。