朝から空は厚い雲に覆われ、午後になると強い雨が降りだした。
「ウィル、今日一緒に帰ろう?」
放課後、ドイがウィリアムの袖を引いた。
「そうだな。今日は早く帰ろう」
雨音は屋内まで響き渡り、ときどき閃光とともに低く雷鳴が轟いた。
この季節にしては珍しい大雨で、他の生徒もそそくさと教室を出て帰宅しはじめた。

「ドイ、傘は持ってる?」
「持ってるわよ。折りたたみを入れてるの」
そう言ってドイは鞄から傘を取り出した。
「傘持ってなかったな」
「持ってきてるじゃない」
ドイがウィリアムの手元を指さした。
「いや、僕じゃなくて、さっきルネが教室を出たとき持ってなかったんだよ」
それをきいてドイが微妙な顔をした。
「ルネのことよく気にかけるのね」
「彼いつもひとりでいるから。まだ馴染めないのかもしれない」
「そうかしら? ルネはひとりでいたいんだと思うわ」
「彼がそう言ったの?」
「言ってないけどそういう雰囲気出してるじゃない」
言われてみれば確かにそうだった。
ルネはいまだに自分から周りと関わろうとはしなかった。
ウィリアムから話しかけたり何かに誘ったりすることはあっても逆はなかった。
「でも最近は話しかけてもあまり嫌な顔をしなくなったし、そっぽ向くことも、怒ることも減ったし……」
「ウィル、そんな扱いされていたのね」
ドイは少しずつ声を落としていくウィリアムを憐れむような目で見た。

「ねえ、ルネってほんとに男の子かしら?」
廊下に出て歩き始めるとドイがポツリとそう言った。
「なぜ?」
ウィリアムは驚いてドイを見た。
「だってあんな男の子見たことがないわ。なんていうか男の子にしては線がないっていうか、単に痩せているとはなにか違う感じが……」
それについてはウィリアムも感じてはいたが、いつかルネが自分の容姿に関して気にしていたことから触れないようにしていた。
「そういう体つきなんだよ」
「うん、そうかもしれないわね。あと気になるのが、目が……」
「目が、どうしたの?」
ドイは言おうかどうしようかと迷ったあと、おそるおそる口を開いた。
「見えてないんじゃないかって」
「それは本当なのか?」
ウィリアムは足を止めた。
「ウィルたちが課外で外にいたとき私見てたんだけど、たまにそう思うときがあったの。それでなんとなくだけど、まったく見えてないとかではなくて……」
「なんとなくでそんなこと言うものじゃないよ」
「でも私の勘がそう言ってるの!」
「ドイ」
ウィリアムは顔をしかめた。
「そんな顔しなくたって……」
そう言ってドイは眉根を寄せた。
「どうしてルネばっかり庇うの?」
「そうじゃないだろう。僕は憶測でそんな話をするのは良くないと言ってるんだ」
ウィリアムがそう言うと、ドイは口を引き結んで震えだした。
「あ」
ウィリアムが気づいたときにはすでに遅く、ドイの瞳はみるみる潤みだした。

「何してるんだ!」
その声にウィリアムはビクリとした。
そして思わず額を手で押さえた。
前を向くとルネが怪訝な顔をしてこちらを見ていた。
ルネはどんどん距離を詰めてきてウィリアムとドイの前まで来た。
「なに泣かせてるんだ」
「いや、えと……」
ウィリアムが口ごもっているとルネは今度はドイに視線を移した。
「何があった?」
その声は今まできいたルネのどんな声より優しかった。
「……ルネ、ごめんなさい」
ドイは泣きながらルネに頭を下げた。
「どうしたんだ。ウィリアムに何かされたのか?」
ドイはブンブンと頭を横に振った。
「ごめんなさい」
ドイがさらに言うとルネは困惑したようにウィリアムを見た。
「いや、なんでもないんだ。ちょっと喧嘩しただけだから……」
先程のやり取りをルネに話すわけにもいかずウィリアムはしどろもどろになった。
その様子にひとつ息を吐いたルネはドイに手を差し出した。
「向こうへ行こう」
そう言ってルネはドイの肩を押してウィリアムから少し離れた場所に移動した。
ウィリアムはその場から二人の様子を見ていたが、二人は何か話したあと、またウィリアムの所へ戻ってきた。

「話はきいた。君は悪くなかったね。それと彼女も悪くない」
「え?」
ウィリアムがルネを見ると彼は本当になんでもないという顔をしていた。
「じゃあ私は忘れ物をしたから」
そう言ってルネは教室へ戻っていった。

「話したってさっきの全部?」
「うん、嫌われるの覚悟したんだけど、でもルネは怒らなかった。それどころか私に謝ったの」
「なぜ!?」
「自分のことで泣かせてしまったって……」
以前、ルネは陰で噂をされるのを嫌がっていたので今回のこの態度にウィリアムは首を傾げた。
一方、ドイは少しためらいがちに話を続けた。
「私、二人が仲がいいのに嫉妬していたの。それでウィルに私を見てほしくて……」
「え?」
「でもどうしよう」
「なにが?」
「ルネって素敵ね」
ドイは両手の指を絡ませ、目を輝かせていた。