事件は明朝におきました。
「オトタチバナ!」
「ふぁ……ぁ、おはよう。なんですか、母様」
「ヤ、ヤマトタケル様が家の前に!オトタチバナに話があると!」
「そういう夢を見たいものだわ〜」
「夢ではありません、現実です!手早く身支度をして出なさい!!」
母様の必死の形相に、段々とその発言が熱を帯び、服を整え髪を整え化粧もそこそこに、私は戸をあけたのです。
すると、待たされたことを意にも返さないように、薄ら微笑んで下さったヤマトタケル様が目に入り、これはやはり夢ではないかと、そう考えてしまうのです。だって、あまりに私に都合が良すぎるのですから。周りから「おい、あれはヤマトタケル様ではないか?」「ヤマトタケル?誰だ?」「オウスノミコト様のことだよ」と言う声があがり、人々が何だ何だと集まり始め、すぐに人による垣根が出来上がりました。
「あ、あの……お話とはなんでしょう」
大体、御子様が私と話をするために、私の家へ伺って下さった辺りから、何かがおかしいと思ったのです。
「婚ひをしてくれぬか」
「えっっっ」
それはあまりに突然で、わたしはとてもとても驚きました。それこそ心の臓が口から飛び出してしまうかと思いました。やはりこれは夢。夢です。ですが、周りのどよめき。今のは聞き間違えでもなんでもないと、証人になった沢山の人がいたのです。
驚き、喜び、全てを一度飲み込んで、返事をいたしました。はい、と、これほどまでに私がはっきりと申したことは無かったでしょう。
「嬉しい」
そう、力が抜けた様に笑いながらおっしゃるヤマトタケル様はこの世の何もかもよりも美しくあったのです。
「我はまたすぐに大和国を去らねばならぬ。その実……我も大和国に留まりキュンキュンするような蜜月の一時を過ごせたら、などと思わぬでもないが、こればかりはスメラミコトのご命令。叛くわけにはいかぬ」
何故このお方はこうも私のツボの真っ直ぐ真ん中をつくような真似をなさるのか。
「はい、分かっております。この地続くところまで天皇の恵みを齎すために頑張っておいでですものね」
「……そうだな」
そしてヤマトタケル様はその足で大和国にまつろわぬ者を平らげようとまた出発なされたのです。人懐っこく、美しいヤマトタケル様を慕うものは大和国に数多く、誰かが何かしらの「つて」を使い大体この辺りにいらっしゃる、だとか、伊勢国からこういうルートを行かれただとか、情報は常に大和国に入っておりました。それが天皇のお耳に入っていたかは私の知る由もありませんでしたが、きっと常に気にしておられたのは違いありません。
その内、情報を1日何度も何度も有識者に尋ねるのも嫌になってきました。かといって尋ねるのをやめたとて、ヤマトタケル様が気になり、何も手に付きません。こうなったら、と頭によぎる妄言は素晴らしくあり、その無鉄砲ぶりに自身のことながら呆れもしました。しかし時間の経過と共に実行するしかない、とその妄言は私の脳を支配したのです。
「母様」
「…………行くのでしょう、日嗣の御子様を追って」
母様は何もかもお見通しでした。
「はい」
「死ぬかもしれませんよ」
その言葉は私に重くのしかかりました。
「それでも、いきます」
「……そう。オトタチバナ、あなたはそれだけの夫を持ったのですね……分かりました。行ってきなさい」
母様は最後までこちらを見てくださりませんでした。父様が死んだ後、ずっと一人で私を育てて下さった母様。母様の背は、こんなに小さかったでしょうか。
「ワガママな娘でごめんなさい。そして……ありがとうございます」
私は深々と最敬礼の形で頭を下げました。
「オトタチバナ!」
「ふぁ……ぁ、おはよう。なんですか、母様」
「ヤ、ヤマトタケル様が家の前に!オトタチバナに話があると!」
「そういう夢を見たいものだわ〜」
「夢ではありません、現実です!手早く身支度をして出なさい!!」
母様の必死の形相に、段々とその発言が熱を帯び、服を整え髪を整え化粧もそこそこに、私は戸をあけたのです。
すると、待たされたことを意にも返さないように、薄ら微笑んで下さったヤマトタケル様が目に入り、これはやはり夢ではないかと、そう考えてしまうのです。だって、あまりに私に都合が良すぎるのですから。周りから「おい、あれはヤマトタケル様ではないか?」「ヤマトタケル?誰だ?」「オウスノミコト様のことだよ」と言う声があがり、人々が何だ何だと集まり始め、すぐに人による垣根が出来上がりました。
「あ、あの……お話とはなんでしょう」
大体、御子様が私と話をするために、私の家へ伺って下さった辺りから、何かがおかしいと思ったのです。
「婚ひをしてくれぬか」
「えっっっ」
それはあまりに突然で、わたしはとてもとても驚きました。それこそ心の臓が口から飛び出してしまうかと思いました。やはりこれは夢。夢です。ですが、周りのどよめき。今のは聞き間違えでもなんでもないと、証人になった沢山の人がいたのです。
驚き、喜び、全てを一度飲み込んで、返事をいたしました。はい、と、これほどまでに私がはっきりと申したことは無かったでしょう。
「嬉しい」
そう、力が抜けた様に笑いながらおっしゃるヤマトタケル様はこの世の何もかもよりも美しくあったのです。
「我はまたすぐに大和国を去らねばならぬ。その実……我も大和国に留まりキュンキュンするような蜜月の一時を過ごせたら、などと思わぬでもないが、こればかりはスメラミコトのご命令。叛くわけにはいかぬ」
何故このお方はこうも私のツボの真っ直ぐ真ん中をつくような真似をなさるのか。
「はい、分かっております。この地続くところまで天皇の恵みを齎すために頑張っておいでですものね」
「……そうだな」
そしてヤマトタケル様はその足で大和国にまつろわぬ者を平らげようとまた出発なされたのです。人懐っこく、美しいヤマトタケル様を慕うものは大和国に数多く、誰かが何かしらの「つて」を使い大体この辺りにいらっしゃる、だとか、伊勢国からこういうルートを行かれただとか、情報は常に大和国に入っておりました。それが天皇のお耳に入っていたかは私の知る由もありませんでしたが、きっと常に気にしておられたのは違いありません。
その内、情報を1日何度も何度も有識者に尋ねるのも嫌になってきました。かといって尋ねるのをやめたとて、ヤマトタケル様が気になり、何も手に付きません。こうなったら、と頭によぎる妄言は素晴らしくあり、その無鉄砲ぶりに自身のことながら呆れもしました。しかし時間の経過と共に実行するしかない、とその妄言は私の脳を支配したのです。
「母様」
「…………行くのでしょう、日嗣の御子様を追って」
母様は何もかもお見通しでした。
「はい」
「死ぬかもしれませんよ」
その言葉は私に重くのしかかりました。
「それでも、いきます」
「……そう。オトタチバナ、あなたはそれだけの夫を持ったのですね……分かりました。行ってきなさい」
母様は最後までこちらを見てくださりませんでした。父様が死んだ後、ずっと一人で私を育てて下さった母様。母様の背は、こんなに小さかったでしょうか。
「ワガママな娘でごめんなさい。そして……ありがとうございます」
私は深々と最敬礼の形で頭を下げました。