「香恋?どした?」

(やばい、見すぎたっ)

「えっ……と、美味しいかなぁって」

 涼真が、スプーンを持ち上げると歯を見せて笑った。

「美味いに決まってんじゃん。ほら、もうなくなりそう」

「う、ん……良かった」

 涼真の恋カレーがお皿から、なくなったらどうなってしまうのだろうか。私はまだ、ふた口しか食べてない自分の恋カレーを見つめながら小さなため息をを吐き出した。

「おい、元気ないじゃん、何かあった?」
 
 涼真が首を傾げている。

(何かあったどころじゃない。もうすぐ私の初恋の行方が決まるのだから)

「べ、別にちょっと考え事」

「あっそ」

 涼真が最後のハート人参をルーと一緒に掬ったときだった。涼真がカレー皿の横に置いていたスマホが鳴る。涼真はスマホの液晶画面をチラッと見たが電話に出る気配はない。

「……いいの?食事中だけど、親いないし出てもいいよ?」

 涼真は困ったような顔をしながらも電話には出ない。私は嫌な予感がした。電話の相手はあのサッカー部のマネージャーの女の子なんじゃないだろうか?

「いや、いいよ」

「……そだよね、彼女……との電話、私の前じゃしにくいよね」

「そんなんじゃねーよ。果帆」

涼真は、黙ったままスウェットのズボンにスマホをねじ込んだ。果帆からの電話だなんて絶対嘘だ。私は瞳に涙の膜が張りそうで、慌ててカレー皿に視線を移すと、黙々と食べていく。

「ごちそーさま」

 その声に僅かに体がビクンと跳ねた。涼真の恋カレーは綺麗になくなっている。

「……うん」

 一瞬だけ涼真と視線を合わせたが、涼真はさっと立ち上がるとカレー皿を流し台へと置き水を流した。私も最後の一口を食べると、涼真の隣に並んで、カレー皿を流し台に置く。

「あとで洗うから置いといて」

「今日も美味かった。いつもありがとな」

 いつもの恋カレー、いつもの涼真のお礼の言葉、いつもの涼真の笑った顔。それなのに私の瞳からはついに涙が転がった。

「え? おい、どした? 」

「……見ないで……なんでも……ない」
 
 涼真の前で泣くつもりなんて、さらさらなかったのに一度転がった涙の雫は引っ込めたくても引っ込まない。 

「ひっく……ぐす……」

「ちょ……マジで泣くなよ」

 涼真が慌ててティッシュ箱を持ってくると私に手渡した。

「香恋、泣くなって」

「だって……」

 やっぱり恋カレーのおまじないないなんて嘘だったんだ。そもそも誰もしたことないおまじないを選んだ私もバカだったのかもしれない。ううん、一番バカなのは、涼真との関係が壊れるのが嫌で自分の気持ちをちゃんと口で伝える事なく、おまじないに頼った私自身だ。

「なぁ……香恋こっち向いて」

 いつもよりどことなく真面目なトーンの涼真にドキッとして私は背の高い涼真を見上げた。

「ふっ……ぶっさいく」

「な……何よっ、それ!」

 涼真はティッシュで私の目尻をそっと拭くと、形の良い唇を持ち上げた。

「そんなに俺の事好き?」

 思わず目を見開いた私を見ながら、涼真は私の頬に触れる。ずっと隣で見てた見慣れた掌なのに、触れられた頬も顔もすぐに熱くなる。

「俺は香恋のカレーも香恋も好きだけど?」

(ん……? )

 涼真が歯を見せてケラケラ笑う。

「な、ダジャレみたいつーか、早口言葉みたいだよな」

「何よ、それ……」

 私は涼真に返事をしながら、さっきの涼真の言葉をもう一度頭の中に浮かべてみる。

(私のカレーも、私も好き?つまり……?)

「返事は?てゆーか、香恋が俺に作ってくれたの恋カレーじゃねぇの?」

「な……んで……それ……」

 私は夢でも見てるのだろうか?涼真が恋カレーを食べ終わって、私のことを好きだと言ってくれている。


──恋カレーのおまじないは本当だった?


「恥ずい。早く返事しろよ」

 涼真が金髪頭を掻きながら、口を尖らせた。
もう夢でもおまじないでも何でもいい。今言わなきゃ、多分一生この恋心は吐き出せない。

「私……涼真が好きっ」

 涼真は一瞬だけ目を見開くとすぐに掌で口元を覆った。そして一呼吸おいてから私をぎゅっと抱きしめた。

「あの……涼真……」

涼真のスウェットから石鹸のにおいがして、耳を澄ませばドクンドクンと駆け足のような鼓動が聞こえてくる。

「……100回待ってやったんだからな、恋カレー」

「え?どうして、恋カレーのこと?」

「あ、恋カレーの話は小学校の時、果帆から聞いたんだ。好きな子から100回カレー作ってもらったら、その子が俺の事好きになるって。だから俺、香恋に100回カレー作ってもらって俺の事好きになって貰えたらなって」

「あれ?恋カレーは、ハート型の人参でカレー作って好きな人に100回食べてもらったら、自分の事好きになるって聞いたけど?」

私達は顔を見合わせてながら首を傾げる。

「え?」
「あれ?」

そしてすぐに果帆の悪戯っ子のような、顔を思い出す。

「あー、マジか。果帆にやられた」

「ほんと何で気づかなかったんだろ、私、恋カレーの話、果帆からしか聞いたことない」

「だな。俺も」

私達は抱き合ったまま暫く笑い合うと、初めての触れるだけのキスをした。