※※
放課後、私は買い物袋をぶら下げて帰宅すると、すぐにエプロンをつけて台所に立った。リビングの時計は17時すぎだ。サッカー部に所属している涼真が部活を終えて、家に戻りシャワーを浴びて家にくる時間を逆算すると1時間ほどしかない。
私はすぐにお鍋を取り出すと、まずは玉ねぎの皮を剥いて角切りにしていく。
「んー……目に滲みる」
玉ねぎのせいで涙目になりながらも、私は彩りのアクセントであり、涼真の好きなアスパラの皮を丁寧に剥くと、レンジで芯の方を少しだけ加熱しておく。こうしておけば、アスパラをいれて煮込んだ時に、均一に熱が通りやすいような気がするからだ。
「さてと、ハート型と……」
私はじゃがいもを切り水にさらすと、人参を洗い輪切りにする。ここは慎重にいかなければいけない。人参の輪切りを包丁でひとつひとつハート型に見えるようにかたどっていく。ハート型にするために出た細かい人参はみじん切りにしておいた。野菜は残さず使いたい。冷蔵庫から鶏肉を取り出すと、皮を剥いで小さく纏めておく。そして鶏肉を一口大に切り終わると、ようやく私はお鍋にオリーブオイルを垂らした。
「あ!ニンニク!」
私は冷蔵庫の片隅に鎮座していた、使いかけのニンニクを一欠片取り出すとみじん切りにして、オリーブオイルの入った鍋に纏めておいた鶏皮と共に火にかける。すぐにニンニクの香ばしい香りが鼻を掠めて、急激にお腹が空いてきた。
──ピロン
ふいに鳴ったスマホのメッセージを告げる音に私は慌ててスマホを確認する。メッセージは涼真からだ。
『部活終了。腹減った。シャワー浴びたらすぐいく』
(やばっ……)
『お疲れ様!またあとでね』
ウサギが手を振っているスタンプと共に返信すると、私は急いで野菜を鍋に全て放り込む。焼き色がつけば、すぐに鶏肉も入れて塩胡椒する。沸かしておいたポットのお湯を時短で鍋に注いでローリエの葉を折りたたむとそっと浮かべた。
「よしっ。あとは具材が柔らかくなればルー入れて完成っ」
グツグツと音が聞こえる鍋からは、ローリエの爽やかな匂いが漂い、炊きたてのご飯の匂いと混ざり合うと共に炊飯器からピーッと音がした。
私は炊き上がったご飯をほぐすと、テーブルにランチョンマットとスプーンをセットして、ようやくダイニングテーブルに腰掛けた。
(はぁ……恋カレーのおまじないか……)
私は肘をついたまま、チェストの上の涼真との写真を眺めた。生まれてすぐの写真から、小学校、中学校、高校の入学式と何枚も飾られた写真達の中で私の隣にはいつも涼真がいる。
いつからだろう。この気持ちが、ただの幼なじみじゃないことに気づいたのは。涼真に伝える勇気がないまま、こうして恋カレーのおまじないに頼る私はほんと臆病者だ。
果帆の言葉が頭を掠める。
(告白した方が早いのなんて……分かってる。でも……)
私は立ち上がると、涼真の好きな甘口のルーを割り入れて煮たたせるとローリエを取り出し火を止めた。ハート型の人参は煮崩れすることなくアスパラの黄緑がカレーに彩りを添えて食欲がそそられる。
「ふぅ……いよいよ恋カレー100回目か……」
涼真が来る前から、心臓がドクドクと駆け足になってきて息苦しい。私は落ち着かせるように自分の胸に掌を当てた。
恋カレーのおまじないが、本当かどうか今日でわかる。でもそれと同時に、私の恋も終わってしまうのかもしれない。今の幼なじみの居心地の良さを失ってしまうのが怖くて、私は涼真に面と向かって告白することなんて、きっと一生できそうもないから。
でももし、この恋カレーのおまじないが叶って、100回目の恋カレーを食べた涼真が私の想いに気づいて、私に恋してくれたらどんなにいいだろう。そんな淡い思いと、複雑な感情が入り混じりながら時計を眺めたと同時にインターホンが鳴った。
──ピンポーン。
(あ……っ)
私が慌てて玄関扉を開ければ、黒のスウェット姿の涼真が濡れた髪のまま手を挙げた。
「おす。お邪魔しまーす、めっちゃいい匂いじゃん」
「ちょっと涼真、まだ髪濡れてんじゃん」
慌てて私がタオルを手渡すと、涼真がにんまり笑った。
「早く、香恋のカレー食いたくて」
涼真の笑顔と言葉に心臓が、どきんと跳ねた。どうしたんだろう。涼真はいつもならこんな事言わない。いつも「腹減ったー」とか言いながら椅子に腰掛け、カレーを黙々と食べると私とテレビゲームをして二十一時頃帰っていく。
「あ……あっそ。別にいつものカレーだけど」
涼真はガシガシとタオルで金髪頭を拭き上げながら、ダイニングテーブルに腰掛けた。
私はもう一度軽く火をかけて恋カレーを温めるとカレー皿にご飯をよそい、たっぷりと恋カレーをかけて涼真の前にコトンと置いた。
「やばっ。美味そう!」
目をキラキラとさせる涼真は子供みたいだ。私は自分の恋カレーもよそうと、涼真の真向かいに腰掛けた。私が手を合わせると、涼真も手を合わせる。
「いただきます」
「いただきますっ」
二人揃って食べ始める。何度もこうやって二人で恋カレーを食べてきたのに、今日だけは私は涼真の食べる姿から目が離せない。
涼真は大きな口で、じゃがいもも玉ねぎもアスパラも鶏肉もどんどん胃の中へ放り込んでいく。ハート人参が涼真の口に入り、涼真が飲み込むたびに、私は緊張から何度もグラスの水に手をかけた。
放課後、私は買い物袋をぶら下げて帰宅すると、すぐにエプロンをつけて台所に立った。リビングの時計は17時すぎだ。サッカー部に所属している涼真が部活を終えて、家に戻りシャワーを浴びて家にくる時間を逆算すると1時間ほどしかない。
私はすぐにお鍋を取り出すと、まずは玉ねぎの皮を剥いて角切りにしていく。
「んー……目に滲みる」
玉ねぎのせいで涙目になりながらも、私は彩りのアクセントであり、涼真の好きなアスパラの皮を丁寧に剥くと、レンジで芯の方を少しだけ加熱しておく。こうしておけば、アスパラをいれて煮込んだ時に、均一に熱が通りやすいような気がするからだ。
「さてと、ハート型と……」
私はじゃがいもを切り水にさらすと、人参を洗い輪切りにする。ここは慎重にいかなければいけない。人参の輪切りを包丁でひとつひとつハート型に見えるようにかたどっていく。ハート型にするために出た細かい人参はみじん切りにしておいた。野菜は残さず使いたい。冷蔵庫から鶏肉を取り出すと、皮を剥いで小さく纏めておく。そして鶏肉を一口大に切り終わると、ようやく私はお鍋にオリーブオイルを垂らした。
「あ!ニンニク!」
私は冷蔵庫の片隅に鎮座していた、使いかけのニンニクを一欠片取り出すとみじん切りにして、オリーブオイルの入った鍋に纏めておいた鶏皮と共に火にかける。すぐにニンニクの香ばしい香りが鼻を掠めて、急激にお腹が空いてきた。
──ピロン
ふいに鳴ったスマホのメッセージを告げる音に私は慌ててスマホを確認する。メッセージは涼真からだ。
『部活終了。腹減った。シャワー浴びたらすぐいく』
(やばっ……)
『お疲れ様!またあとでね』
ウサギが手を振っているスタンプと共に返信すると、私は急いで野菜を鍋に全て放り込む。焼き色がつけば、すぐに鶏肉も入れて塩胡椒する。沸かしておいたポットのお湯を時短で鍋に注いでローリエの葉を折りたたむとそっと浮かべた。
「よしっ。あとは具材が柔らかくなればルー入れて完成っ」
グツグツと音が聞こえる鍋からは、ローリエの爽やかな匂いが漂い、炊きたてのご飯の匂いと混ざり合うと共に炊飯器からピーッと音がした。
私は炊き上がったご飯をほぐすと、テーブルにランチョンマットとスプーンをセットして、ようやくダイニングテーブルに腰掛けた。
(はぁ……恋カレーのおまじないか……)
私は肘をついたまま、チェストの上の涼真との写真を眺めた。生まれてすぐの写真から、小学校、中学校、高校の入学式と何枚も飾られた写真達の中で私の隣にはいつも涼真がいる。
いつからだろう。この気持ちが、ただの幼なじみじゃないことに気づいたのは。涼真に伝える勇気がないまま、こうして恋カレーのおまじないに頼る私はほんと臆病者だ。
果帆の言葉が頭を掠める。
(告白した方が早いのなんて……分かってる。でも……)
私は立ち上がると、涼真の好きな甘口のルーを割り入れて煮たたせるとローリエを取り出し火を止めた。ハート型の人参は煮崩れすることなくアスパラの黄緑がカレーに彩りを添えて食欲がそそられる。
「ふぅ……いよいよ恋カレー100回目か……」
涼真が来る前から、心臓がドクドクと駆け足になってきて息苦しい。私は落ち着かせるように自分の胸に掌を当てた。
恋カレーのおまじないが、本当かどうか今日でわかる。でもそれと同時に、私の恋も終わってしまうのかもしれない。今の幼なじみの居心地の良さを失ってしまうのが怖くて、私は涼真に面と向かって告白することなんて、きっと一生できそうもないから。
でももし、この恋カレーのおまじないが叶って、100回目の恋カレーを食べた涼真が私の想いに気づいて、私に恋してくれたらどんなにいいだろう。そんな淡い思いと、複雑な感情が入り混じりながら時計を眺めたと同時にインターホンが鳴った。
──ピンポーン。
(あ……っ)
私が慌てて玄関扉を開ければ、黒のスウェット姿の涼真が濡れた髪のまま手を挙げた。
「おす。お邪魔しまーす、めっちゃいい匂いじゃん」
「ちょっと涼真、まだ髪濡れてんじゃん」
慌てて私がタオルを手渡すと、涼真がにんまり笑った。
「早く、香恋のカレー食いたくて」
涼真の笑顔と言葉に心臓が、どきんと跳ねた。どうしたんだろう。涼真はいつもならこんな事言わない。いつも「腹減ったー」とか言いながら椅子に腰掛け、カレーを黙々と食べると私とテレビゲームをして二十一時頃帰っていく。
「あ……あっそ。別にいつものカレーだけど」
涼真はガシガシとタオルで金髪頭を拭き上げながら、ダイニングテーブルに腰掛けた。
私はもう一度軽く火をかけて恋カレーを温めるとカレー皿にご飯をよそい、たっぷりと恋カレーをかけて涼真の前にコトンと置いた。
「やばっ。美味そう!」
目をキラキラとさせる涼真は子供みたいだ。私は自分の恋カレーもよそうと、涼真の真向かいに腰掛けた。私が手を合わせると、涼真も手を合わせる。
「いただきます」
「いただきますっ」
二人揃って食べ始める。何度もこうやって二人で恋カレーを食べてきたのに、今日だけは私は涼真の食べる姿から目が離せない。
涼真は大きな口で、じゃがいもも玉ねぎもアスパラも鶏肉もどんどん胃の中へ放り込んでいく。ハート人参が涼真の口に入り、涼真が飲み込むたびに、私は緊張から何度もグラスの水に手をかけた。