やはり陽奈は、そのことが気になっていたのだろう。

 聞かれることは分かってはいたが、いざ口に出されるとグググッと胸の底から悍ましい感情が込み上げてくる。

 今日こそは自分の口から彼女へ告げると決めていたのに...

 「そうだ。僕らの思い出の場所にでも・・・」

 「はぐらかさないで」

 ツーッとと背筋を冷たい汗が伝うような感覚だった。

 逆立った神経が、一瞬にして冷静さを取り戻す。少しだけ怖いと思ってしまった。

 普段の声のトーンより、一つか二つ明らかに下がったトーン。彼女の本気度がヒシヒシと肌を撫でるみたいに伝わってくる。

 陽菜は怒ってはいない。だが、これ以上はぐらかすのは無理がある。

 思考が停止していた脳をフル回転させる。彼女を悲しませず、尚且つ穏便に済ませるには...

 ピコンと漫画のように頭上で一つの豆電球が点灯した。

 「陽菜、落ち着いて聞いてくれるかい?」

 「うん」

 どこかその返事には、疑いと強張った声が混じり合っていた。

 無理もない。死神が現れたら誰だって、自分の余命を疑ってしまう。

 僕だって、仮にまだ生きていて死神がある日突然やってきたら、自分の余命を心配してしまうに違いない。

 それを僕は今、大切な彼女へと向けているのだ。鋭利な刃物を彼女の喉元に突きつけているように。

 「あと余命は1週間だよ」

 自分で言っておいて辛くなってくる。1週間なんて、月・火・水・木・金・土・日、寝たらこの世を去るということ。

 もう一度次の曜日が訪れることはない。決して2度と。

 残酷だとつくづく思う。あと1週間もすると、彼女と会うことすら叶わなくなってしまう。

 「あと・・・1週間か。意外と早いんだね期間」

 飄々と余命を口にする彼女が、痛々しくて見ていられなかった。

 死んでしまうのが怖くないのか、それともまだ彼女は死にたいと願っているのか、表情だけでは読み解くことができない。

 しみじみと余命を受け入れている姿が、僕にはとてつもなく辛かった。

 綺麗事かもしれないが、僕は彼女に生きて欲しかったから。僕が生きることができなかった分とは言わない。

 そんなのは僕の単なるエゴでしかない。それを彼女自身の人生に押し付けるのは間違っている。

 僕は一つでいい。彼女が元気に明日を...未来を生きてくれさえすれば、それでいいんだ。

 当たり前の願いのはずなのに、僕の目の前にいる彼女は、崩れたら取り返しのつかない危うさを抱えて生きている。

 心に時間制限付きの爆弾を抱えて。

 「残りの1週間は、僕と出かけようよ。日中じゃなくて、夜でいいから。1週間だけの恋人を再開しよう」

 「1週間だけの恋人・・・なんだか、切ないよ」

 「切ない・・・か」

 「うん。1週間だけの恋人って、悲しいけど嬉しくもあるよ」

 「どうして?」

 「だって、また隆ちゃんと恋人になれたから! それが1番嬉しいよ」

 抱きしめてしまいたい。僕よりも遥かに小さく弱々しい彼女の全てを。

 抱きしめることができたら、どれだけよかっただろう。でも、今の僕には彼女を抱きしめる事はおろか、触れることさえ許されてはいない。

 手を伸ばせば届くのに...触れられない。たった数十センチの隙間が、僕たちにはひどく遠いものに感じられた。

 埋まることのない隙間を保ちつつ、僕らは夜の中へと姿を眩ます。

 どうか、明日の夜に迎えにいく時には、彼女が以前の明るさを取り戻していますようにと願いながら。