フラフラと光の灯らない夜の空を飛び回る。1年経ってもこの気味悪い浮遊感にはなれないものだ。

 ポツポツと明かりが灯っていた家々から光が失われていく。平日の真夜中に起きている方が珍しいのだが、彼女はきっとまだ起きているだろう。

 正確には、これからが彼女の活動時間と言った方が正しいかもしれない。

 「どうしよう」

 先ほどから同じ場所を行ったり来たり飛び回っている。誰かに見られでもしたら恥ずかしいが、僕の姿を目視できる人間はこの世に1人しかいない。

 昨晩は、彼女と喧嘩別れするような形で部屋を飛び出してきてしまった。

 まさか、彼女が僕のことであんなにも闇を抱えているなんて信じられなかった。

 僕が知っていた彼女とは、大きくかけ離れた姿。そして、弱りきった心だった。

 「今から陽菜に会いに行こうかな。でも、合わせる顔が・・・」

 いくら独り言を呟いたところで、僕の声は陽菜以外には聞こえない。

 夜空に浮かぶ瞬く星たちを眺めながら考える。僕が陽菜に会いに来た理由を彼女はまだ知らない。

 陽菜の顔が脳裏に浮かび上がる。「死」という単語を聞いて、自分の罪を償ったかのような安堵した表情。

 悲しかった。命をかけて守った相手が、死という言葉を聞いて安堵していることにではなく、彼女が生きる希望を失ってしまっていることが、僕には心底悲しくてたまらなかった。

 僕には彼女の痛みがわかるわけではない。僕を失った悲しみは、彼女にしかわからない。

 それでも、乗り越えてほしかった。久しぶりに見る姿が、元気な姿であってほしかった。

 僕のことは心の片隅にでも残して、他の誰かと恋をして...

 そしたら、きっと僕も彼女に気付かれず、一目見て消えただろう。

 現実は甘くはなかった。僕が思っていたよりも遥かに彼女の中で、僕はいなくてはならない存在に膨れ上がっていたんだ。

 陽菜は気づいていないかもしれないが、顔色は良くなかった。生きる上で、最低限の生活しかしていないのだろう。

 頬は1年前と比べると半分ほど窶れ、目の下にはくっきりと真っ黒な隈。

 何より1番僕がショックだったのは、彼女の髪の毛だった。

 艶があり、普段から「天使の輪」と呼ばれる光の輪が彼女の頭上にはあったのに、それが完全に消滅していた。

 誰が見てもわかるほど、陽菜の髪の毛は「綺麗」とは言い難い。

 僕が与えていた影響は、1人の少女をボロボロに変えてしまうほど残酷なものだったと痛感させられた。

 「どうして。死んじゃったんだよ、僕・・・」

 誰も僕の声など聞こえない。聞いてほしい時でさえ、誰にも届くことはない。

 僕の声は夜の帷に溶けゆくように、数秒後には無になった。