"シー"と人差し指を唇に当て、私に声を出さないように促す彼。
時間も時間ということで、私が声を出したら近所迷惑になってしまうのを考慮しての行為。
相変わらず彼は優しく、周りへの配慮が完璧だ。
慌てて窓の鍵を開けようとしたが、それすらも彼に手で止められてしまった。
「開ける必要はないよ」と口がぱくぱくと動いている。それだけで、彼がここにいるのだと嬉しくなってしまう。
どんな理由でもいい。彼とこうして再び出会えたことで、私の心は満たされていく。
一枚の薄いガラスを隔てて、私たちはこうして再会できた。どうして彼が、ここにいるのか気になってはしまうが、今は彼と会話をしたくてたまらない。
1秒でさえ時間が惜しく感じる。さっきまでは1時間ですらどうでもよかったのに。
スーッと窓をすり抜けるように、私の部屋へと侵入してくる彼。
当然、こんな芸等ができる人間などいるわけがない。人間ではないことぐらいは、わかってはいるが、それでも驚きは隠せなかった。
「えぇぇ! そ、そんなことできるの!」
落ち着いた様子のままフローリングへと足をつける彼。目の前で起きた現実離れした出来事に言葉を失う。
いや、既に彼が見えている時点で現実離れはしているのだが...
「あまり声を出してはダメだよ、陽菜」
1年ぶりに懐かしい声で呼ばれた名前。1年前は毎日聞いていたはずなのに...たったこれだけのことで涙が出そうになる。
「隆ちゃん・・・」
「元気にしてたかい?」
「ううん。隆ちゃんが亡くなってから、私は・・・」
「無理しなくていいよ。ずっと見てたから分かるよ。辛い思いさせて、ごめんね」
「謝らないで。謝るのは私の方なのに。私のせいで、隆ちゃんが・・・」
「陽菜のせいじゃないさ。僕は、君を守りたい一心で君を助けたんだ。それに、こうしてまた再会できたんだからさ」
嬉しそうに微笑む様子を見ているだけで、私たちの青春時代が蘇ってくる。
「・・・そうだね。それより、どうして隆ちゃんがここにいるの?」
微笑んでいたのが嘘かのように、彼の顔から笑みが消えていく。
初めて見る顔だった。一瞬ゾッとしてしまうくらい彼の顔は険しかった。
まるで、この世が終わってしまうかのような危機迫った様子。
「何から話そうか。落ち着いて聞いてくれるかい?」
「うん」
握られた拳が汗ばんでいくのがわかる。じわじわと緊張感が高まり、心臓がドクドクと鼓動を早めていく。
「僕はあの日、この世を去ったのは紛れもない事実だよ」
改めて彼の口から告げられると、言葉が持つ意味の重さが違って感じられる。
悲しい現実だけがグサリと心に突き刺さる。
わかってはいた。彼が生き返ったわけではないことくらい。
それでも、心は正直だ。頭では理解していてもうまく気持ちだけは受け止め切れていない。
彼の死後、立ち直ることは不可能でも、傷は徐々に癒えていくと思っていた。
だが、実際は癒えていくどころか益々深く傷つき、自分では争うことができないほど深く深く傷つき沈んでいった。
恐ろしいくらいに歯止めが効かない。心の闇には、一寸の光すらも届かないことを知った。
「・・・うん」
私の気持ちが伝わったのか、彼の瞳が悲しみの青に揺れる。
(どうしてそんなに辛そうな瞳をするの)
「僕は・・・僕は死神になった」
「え?」
聞き間違いだろうか。隆ちゃんは自分のことを「死神」と名乗った。
死神といえば、よく思い浮かぶのは死期が近い人の前にだけ見えるという存在。
生命の死を司るとされる神。
「驚くよね。僕も初めは驚いたよ。目を覚ましたら、死神に任命されていたのだからね。この1年、陽菜に会うために何人もの最後を看取ってきた。どれも良い思い出ではないけれどね」
「そ、そうなんだ」
「こんなこと急に言われても困るよね。でも、知ってもらわないといけないんだ」
「どうして?」
「僕の姿は陽菜にしか見えない。それに・・・僕は・・・」
「私の命を取りに来たんだよね?」
「どうしてそれを・・・」
「死神ってさ、死期が近い人にしか見えないって言うでしょ? でも、私は嬉しいよ。ずっとあの日から、死ねなかったんだろうって思ってた。隆ちゃんじゃなくて私が死んで・・・」
「陽菜!」
強く私の手を握ろうとしたのだろうか。凄まじい形相のまま私に手を伸ばす彼。
しかし、彼の手は私の手をすり抜け、宙を切った。
夜の静けさを再び取り戻したように、部屋には不気味な空気が漂う。
咄嗟に出た彼の手が、音もなく元の位置へと戻ってゆく。悔しそうに握り拳を作ったまま。
「隆ちゃん・・・その、助けてくれたのに、死にたいだなんて・・・」
「・・・・・」
苦虫を潰したような苦しげな顔のまま彼は、入ってきた窓からすり抜けるように真っ暗な夜へと姿を眩ます。
始めからいなかったのではないかと思うくらい自然に。
彼がさっきまでここにいた温もりは微塵も感じることができなかった。
私に残されたのは、彼に対して申し訳ないという気持ちと後悔だけだった。
時間も時間ということで、私が声を出したら近所迷惑になってしまうのを考慮しての行為。
相変わらず彼は優しく、周りへの配慮が完璧だ。
慌てて窓の鍵を開けようとしたが、それすらも彼に手で止められてしまった。
「開ける必要はないよ」と口がぱくぱくと動いている。それだけで、彼がここにいるのだと嬉しくなってしまう。
どんな理由でもいい。彼とこうして再び出会えたことで、私の心は満たされていく。
一枚の薄いガラスを隔てて、私たちはこうして再会できた。どうして彼が、ここにいるのか気になってはしまうが、今は彼と会話をしたくてたまらない。
1秒でさえ時間が惜しく感じる。さっきまでは1時間ですらどうでもよかったのに。
スーッと窓をすり抜けるように、私の部屋へと侵入してくる彼。
当然、こんな芸等ができる人間などいるわけがない。人間ではないことぐらいは、わかってはいるが、それでも驚きは隠せなかった。
「えぇぇ! そ、そんなことできるの!」
落ち着いた様子のままフローリングへと足をつける彼。目の前で起きた現実離れした出来事に言葉を失う。
いや、既に彼が見えている時点で現実離れはしているのだが...
「あまり声を出してはダメだよ、陽菜」
1年ぶりに懐かしい声で呼ばれた名前。1年前は毎日聞いていたはずなのに...たったこれだけのことで涙が出そうになる。
「隆ちゃん・・・」
「元気にしてたかい?」
「ううん。隆ちゃんが亡くなってから、私は・・・」
「無理しなくていいよ。ずっと見てたから分かるよ。辛い思いさせて、ごめんね」
「謝らないで。謝るのは私の方なのに。私のせいで、隆ちゃんが・・・」
「陽菜のせいじゃないさ。僕は、君を守りたい一心で君を助けたんだ。それに、こうしてまた再会できたんだからさ」
嬉しそうに微笑む様子を見ているだけで、私たちの青春時代が蘇ってくる。
「・・・そうだね。それより、どうして隆ちゃんがここにいるの?」
微笑んでいたのが嘘かのように、彼の顔から笑みが消えていく。
初めて見る顔だった。一瞬ゾッとしてしまうくらい彼の顔は険しかった。
まるで、この世が終わってしまうかのような危機迫った様子。
「何から話そうか。落ち着いて聞いてくれるかい?」
「うん」
握られた拳が汗ばんでいくのがわかる。じわじわと緊張感が高まり、心臓がドクドクと鼓動を早めていく。
「僕はあの日、この世を去ったのは紛れもない事実だよ」
改めて彼の口から告げられると、言葉が持つ意味の重さが違って感じられる。
悲しい現実だけがグサリと心に突き刺さる。
わかってはいた。彼が生き返ったわけではないことくらい。
それでも、心は正直だ。頭では理解していてもうまく気持ちだけは受け止め切れていない。
彼の死後、立ち直ることは不可能でも、傷は徐々に癒えていくと思っていた。
だが、実際は癒えていくどころか益々深く傷つき、自分では争うことができないほど深く深く傷つき沈んでいった。
恐ろしいくらいに歯止めが効かない。心の闇には、一寸の光すらも届かないことを知った。
「・・・うん」
私の気持ちが伝わったのか、彼の瞳が悲しみの青に揺れる。
(どうしてそんなに辛そうな瞳をするの)
「僕は・・・僕は死神になった」
「え?」
聞き間違いだろうか。隆ちゃんは自分のことを「死神」と名乗った。
死神といえば、よく思い浮かぶのは死期が近い人の前にだけ見えるという存在。
生命の死を司るとされる神。
「驚くよね。僕も初めは驚いたよ。目を覚ましたら、死神に任命されていたのだからね。この1年、陽菜に会うために何人もの最後を看取ってきた。どれも良い思い出ではないけれどね」
「そ、そうなんだ」
「こんなこと急に言われても困るよね。でも、知ってもらわないといけないんだ」
「どうして?」
「僕の姿は陽菜にしか見えない。それに・・・僕は・・・」
「私の命を取りに来たんだよね?」
「どうしてそれを・・・」
「死神ってさ、死期が近い人にしか見えないって言うでしょ? でも、私は嬉しいよ。ずっとあの日から、死ねなかったんだろうって思ってた。隆ちゃんじゃなくて私が死んで・・・」
「陽菜!」
強く私の手を握ろうとしたのだろうか。凄まじい形相のまま私に手を伸ばす彼。
しかし、彼の手は私の手をすり抜け、宙を切った。
夜の静けさを再び取り戻したように、部屋には不気味な空気が漂う。
咄嗟に出た彼の手が、音もなく元の位置へと戻ってゆく。悔しそうに握り拳を作ったまま。
「隆ちゃん・・・その、助けてくれたのに、死にたいだなんて・・・」
「・・・・・」
苦虫を潰したような苦しげな顔のまま彼は、入ってきた窓からすり抜けるように真っ暗な夜へと姿を眩ます。
始めからいなかったのではないかと思うくらい自然に。
彼がさっきまでここにいた温もりは微塵も感じることができなかった。
私に残されたのは、彼に対して申し訳ないという気持ちと後悔だけだった。