次の日もまた次の日も、私たちは毎晩外を歩いた。

 決まって外を出るのは、深夜0時を過ぎた頃。

 気付けば、彼と過ごす時間は今日を含め、残り二日まで迫っていた。

 明日の夜には、彼は消えてしまう。

 そう思うと、途端に悲しみと不安が込み上げてくる。

 彼がいなくなった後も私は生きていけるのか。また、以前と同じように部屋に篭り続ける生活に戻ってしまうのではないかと。

 あの暗く光の差すことのない深淵の空間に。

 「どうした、陽菜」

 この前、私は彼にひどい言葉を投げたのにもかかわらず、彼は毎日私の元へと会いに来てくれた。

 未だに私は「ごめん」と言うことができていない。

 それが無性に腹立たしく、ひどく自分が情けないやつだと実感する。

 私に比べたら、絶対に隆ちゃんの方が辛いに決まっているのに。

 命を失ってでも守った彼女と、今度は永遠に別れなければならないなんて辛すぎる。

 それなのに、どうして隆ちゃんは今も楽しそうに笑っていられるのだ。

 あと二日しか時間は残されていないのに、なんで未練がないような顔をしていられるの。

 「隆ちゃんは、怖くないの」

 公園近くを歩いていた私たちは、流れるように中へと入り、公園に設置された長ベンチの一つに腰掛ける。

 公園の中心部に取り付けられた一本の街灯に、小さな虫たちが光を求めるように集っていた。

 その様子をぼーっと見ながら、彼の言葉を待つ。

 「怖いよ。明日になったら、僕はこの世から消えてしまう。怖くないわけがない」

 やっぱり、彼は強がっていたのか。本当は、怖いんだ。消えてしまうことが...

 「でもね、僕は自分が消えてしまうことよりも、陽菜が死を選ばないかが怖くてたまらない。僕が死神として、この地に訪れた時の陽菜は、今にも命を投げ捨ててしまいそうなくらい虚な表情をしていた。僕は、それが1番怖かったし、後悔をしたんだ。もし、僕が生きていれば、陽菜はこんなふうにはならなかっただろうにって」

 「隆ちゃん・・・」

 「だから、僕はこの1週間君のために全てをかけようと思った。陽菜がもう一度、太陽の下を歩けるように・・・それとさ、『陽菜』って名前をつけた両親のためにも陽菜は、太陽と一緒に生きないと」

 「え?」

 「前に陽菜のお母さんに聞いたことがあるんだ。『陽菜の名前の由来って何ですか』って。僕はてっきり、太陽のように明るく菜の花のように可愛い女の子に育ってほしいって意味だとばかり思ってた。でも、違った」

 名前の由来。確か、小学生の時授業参観で、自分の名前の由来を両親に聞いて発表したことがあった。

 その時初めて聞いた、私の名前の由来...

 「・・・太陽のように誰かを照らし、希望の光に。菜の花のように誰かの心の支えになって幸せを届ける人に・・・」

 「そうだよ。素敵な由来だよ。僕には、陽菜が光だったし、心を許せる人だった。僕は、君を守るために命を失ったけれど、後悔はしていないよ。君は僕にたくさんの幸せを届けてくれたから」

 優しい眼差しだった。私が大好きな彼の優しい見守ってくれる温かい目。

 「そんな私は・・・」

 「ありがとう」

 今までで聞いたどんな「ありがとう」よりも重みがあり、私の体の奥底に沈んでいくほど残る言葉だった。

 たった一言なのに、私の心に霧がかっていたモヤが晴れていくかのように。

 「隆ちゃん」

 「ん?」

 「この前はごめん。それと、今日まで私を支えてくれてありがとう」

 やっと言えた。「ごめん」も「ありがとう」も全て。

 数文字なのに、ここまで言い出せないとは思わなかった。でも、今ならわかる。

 どんな言葉よりもこの二つは、大切な存在には言わないといけない言葉なのだと。

 ねぇ、隆太。私頑張ってみようかな。

 今まで全て隆太がいなくなったことを理由に、殻の中に篭っていたけれど、それはダメだよね。

 隆太のせいじゃなくて、全部自分自身の弱さだった。甘えだった。

 何のために隆太が命をかけて私を救ってくれたのか、理解できていなかったよ。

 自分の未来がなくなってでも、私には未来を生きてほしかったんだよね。

 泣いてもいいから、いつか必ず前を向いて生きてくれる日を願って。

 それなのに、久しぶりに見た私がこんな堕落した姿だから心配になってきたのかな。

 もし、そうだとしたら、隆太の気持ちになって考えてみると辛すぎるよ。

 本当に心配ばかりかけてごめん。あと1日、たった1日だけ。

 隆太が消えてしまうまでは、あなたに甘えさせてほしい。

 弱いままの私でいさせて。あと1日だけの約束。

 公園に佇む一本の街灯がチカチカと点滅する。まるで、時間はもう残されていないのだと伝えるかのように。

 それから私たちは、朝日が登る30分前までベンチに座って過去の思い出話に花を咲かせ続けた。

 私の閉ざされていた心の花も蕾になり始めていた。