嘘だと言ってほしい。余命は私のではなく、隆ちゃんのことだったなんて思いもしなかった。

 訳がわからない。一体どういうことなのか、私の思考が停止してしまった頭では考えられない。

 「ごめん、陽菜」

 何で隆ちゃんはそんなに苦しそうなの。

 隣に佇む彼は、正面の海を眺めたまま。

 色々と聞きたいことがあるが、予想外の真実に思ったように考えがまとまらない。

 「なんで嘘をついたの」「隆ちゃんはどうなるの」「私は死なないの」どれも頭には浮かんでくるも、数がありすぎて何から聞いたらいいのか、正解がわからない。

 「隆ちゃんに余命なんてないじゃん」

 結局選んだ言葉は、自分でも耳を疑ってしまうくらい彼にとって残酷な言葉だった。

 言ってしまった後に後悔をしたが、一度放たれてしまった言葉は回収することができない。

 手遅れだった。私の言葉を聞くと同時に、彼の表情は今にも泣き出してしまいそうなものへと変わる。

 彼は既にこの世を生きてはいない。頭ではずっとわかっていたのに、隆ちゃんと話をしているせいか、彼が今も生きているのではと思ってしまいそうになっていた。

 辛い過去から現実逃避をしたくなるくらい、私は過去を認めきれていなかったのだ。

 それを、大好きな人へとぶつけてしまった。絶対に言ってはいけない言葉なのに...今、私が生きられているのは、彼の命と引き換えになったからなのに。

 「・・・そうだね」

 何を考えて彼はその4文字を発したのだろう。私が傷つけたはずなのに、どうして私も心が傷んでしまうのだ。

 心臓を誰かに力強く握り潰されているようで、息を吸うのですら苦しい。

 ヒューヒューと酸素を欲しているのか、漏れ出す乱れた呼吸音。

 「ごめん」たったこれだけ。この言葉を言いたい。でも、言えない。

 私はどこまで最低な人間なのだろうか。大好きな彼の命を奪った上に、傷つけるなんて。

 「ごめんね、陽菜」

 もう一度、謝る彼。「ごめん」と言わないといけないのは、私の方なのに。

 どうして彼は、命を犠牲にしたのに、こんな時でさえ私のことを第一に考えてくれるのだ。

 そっと私の体が包み込まれる。もちろん、温かさや人の温もりは感じられない。

 それでも、彼の優しさだけは誰よりも私には伝わってくる。

 温度は持ち合わせてはいないが、気持ちとしてじわじわと。

 「1人にして寂しかったよな。1人にしてごめん。側にいてやれなくてごめん。共に人生を歩んで行きたかった・・・な」

 彼は泣いていた。私にしか聞こえない声で、静かに声を殺しながら。

 (ごめんね、隆ちゃん。私もあなたと一緒に生きたかった)

 言葉には出さず、彼の背中を抱きしめるように手を添える。

 あと少しだけは、彼との日々を過ごさせてほしいと、存在するかもわからない神様に願って。

 今日も夜が更けてゆく。そして、今夜が終わる。