夜は私を死の淵へと誘う。街が闇に包まれ、音が消え始めるのと同じように私も闇に飲まれる。

 一度落ちたら、這い上がってくることはできない。それくらい私の闇は深い。

 果てしなく、底がないくらい沈みに沈んでいく。

 光なんてものは、忘れてしまった。いや、忘れたのではない。

 無慈悲にも奪われてしまった。私の唯一の光だった恋人の命と引き換えに。

 あの日以来、私は光を失い、闇に溺れる生活へと堕落した。

 今でも思う。彼が笑って生きている現実があるなら、私はこの命を投げてでもその人生を選ぶ。

 私は生きていて欲しかった。彼の幸せを願っていた。

 それなのに...たった一晩によって砕け、バラバラに弾け飛んだ。

 ピカピカの窓ガラスに、野球ボールが当たったように。跡形もなく散らばったピースは修復不可能だった。

 真っ暗な部屋の中で、ただ天井を見上げて過ごす日々。

 日中も部屋のカーテンを閉め切っているせいか、一日中私は闇の中で生活をしている。

 生きているのか死んでいるのかわからない。ただ、生きている限り人は、呼吸をするし、食事もする。

 生きていく上で、必要最低限のことはしなければならない。

 そうしなければ、人は意外と簡単に死んでしまう。私自身、今すぐに死にたいとは思ってはいない。

 でも、どうして私だけが生きているのだろうとは常々考えてしまう。

 なぜ、誰からも好かれる彼がこの世を去って、どこにでもいる平凡な私が残ってしまったのか。

 太陽のような存在だった彼を失った私たちは、瞬く間に光を失って光合成ができなくなった植物と同様に萎れていった。

 世界は歪んでいる。必要な人間だけがいなくなり、どこにでもいるような私みたいな人間ばかりが残ってしまう。

 世界はなんて理不尽なのだろうか。いくら訴えたところで、私の声が誰かに届くことはない。

 明かりの灯らない部屋で唯一光を放つ置き時計。前にネットで可愛くて注文した物だが、今となってはこの明るさですら眩しい。

 光に目が慣れていないためか、些細な光でさえ目を細めてしまう。

 「もうこんな時間か・・・」

 時計の長針は既に、1日が終わり次の日へと傾き始めていた。

 良い子の子供たちは、今頃夢の中でありもしない理想の体験をしているだろう。

 自分が描く理想の姿だったり、好きな子とのデートだったり。いくらでも夢は創造できてしまう。

 私も夢を見たい。どんな夢だっていい。悪夢でなければ。

 それなのに、私が見る夢といったら、全てがあの日の記憶ばかり。

 思い出したくもないはずの過去を毎日夢で思い返される苦痛を味わってほしい。

 一言で言うと、地獄そのもの。

 "コンコン"

 部屋に取り付けられた窓から、何かが当たる音が聞こえる。外から窓を誰かがノックしているかのような。

 ありえるはずがないのはわかっている。私の部屋は、一軒家の2階に位置しているのだから。

 それに、私の部屋にはベランダはない。だから、人が登ってくるのは不可能に近い。

 直角に伸びている壁に張り付くことができない限り、私の部屋の窓を叩くことなどできないのだ。

 もし、できるとするとそれはもはや人間ではなく幽霊や未確認生命体。あるいは昔、存在していたであろう忍者くらいだ。

 "コンコン"

 2度目の窓を叩く音が聞こえる。間違いなくそこには何かがいる。

 不思議と怖くはなかった。もしかすると、既に私には怖いものなんてないのかもしれない。

 彼を失ったことがきっかけで、私の心や感情はもう...壊れていたのだから。

 窓に近づき、カーテンに手をかける。薄っぺらいカーテンをめくってしまえば、窓を叩く者の正体が明らかになる。

 今更どんな者がいようと私は驚きはしない。

 カーテンを両手で握りしめ、腕を大きく左右へと広げる。

 真っ白な月明かりと、そこにいた人物の正体が明らかになる。

 「え!?」

 眩い月明かりを背景に、ぼんやりと私の視界に映ったのは、紛れもなく1年前に私を庇い事故で亡くなった恋人だった。