誰かの期待に応えられてると思っていた。
でも全て、違ったんだ。
二学期も、三学期も、学級委員を任された。
春休み、私はもうどうしようもなくなった。
最初は、みんな嬉しそうにしてくれてたのに。
変わったのは、自分なのだろうか。それとも、みんななのだろうか。
私は、みんなに余計なことをしていたのだろうか。
私がしてきた事は、いつからみんなにとって「都合のいい事」と認識されるようになったのだろうか。
みんなの期待に、ぴったり答えられなかった。
裏切ったのは、私だ。
ただ、辛い。
それから、私は不登校になったのだ。
中学校からは勉強をするために保健室登校を始めたが、教室に行くと、トラウマが襲ってくるようだった。
その後も、自分の中で答えが出なかった。
だから、私は「優等生」という概念を完全に捨ててしまった。

「…自分の中で、今でも何が正しくて何が正しくなかったのか、わからない」
そこまで変わらない、あの日から引きずっている感情。
きっと、私はもう私になれないのだ。
「…藍詩さん」
「ごめんなさい。ちょっと抜けます。…すみません」
今日だけ、夜が敵に見えた。
このまま暗闇にいると、今の自分さえも見失ってしまう気がして怖い。
部屋に入って、私は、ベッドに潜り込んだ。
あの日の私が、今の私にとり憑いているようだった。
次の日は、夜ベランダに出なかった。
「…」
「おはよう、小野さん。完全に、何かあった顔ね」
朝登校してきて、今日は原先生が、やけにじっと私を見つめた。
「…どうすればいいのか、わかんない」
私は、そう呟いた。今日は誰とも目を合わせたくない。
「…そのお話、聞かせてくれない?話せば、すっきりすると思うよ」
「おとといは、それで失敗したから」
原先生は、「話す気になったらいつでも話して」と言って、また作業を始めた。
しばらくして、私は原先生にこう言った。
「…最近、夜おとなりさんと話してるんです」
「へぇ、そうなんだ。外出はしてないよね?」
「うん。ベランダで」
それで?と、原先生が言う。
「その人に、おととい私のトラウマの原因を教えたら、なんか思い出しちゃって」
「そっか。…でも、それからちゃんとおとなりさんには会って話をしてるの?」
「何も。…昨日なんかは、一度も会ってない」
「そう…」
原先生が、すっとこちらを向いて言う。
「小野さん。話す相手がいることは、とても大切な事なんだよ」
そんなこと知ってる。そう言ってしまいそうだった。当たり前だから。
でも、違った。
「おとなりさんは、きっと小野さんのことをもっと理解してあげたくて、そのことを訊いてきたんだと思う。少なくとも、私だったらそうするよ。でも、自分自身からちゃんと話そうって思ったなら、小野さんもそうだったんじゃないかな」
「…何が?」
何がなんなのか、わからない。
何かが心の底から、ぶわっと溢れ出てくるような感じがする。これは何なのか。
「きっと、小野さんだって、その過去(こと)を誰かに聞いてほしかったんじゃないかな」
そうか、自分の本当の気持ちか。
「ずっと一人で抱えたのに、それに気付かなかったんじゃないかな。だから今、ようやくそれが果たせたんじゃない?」
「そうなのかな…」
「それをおとなりさんに言ったってことは、そのおとなりさんが小野さんにとって大切な存在だからなんだと思うよ」
夕矢さんに、ちゃんと言わなければいけない事がある。そう思った。
「大丈夫。小野さんだったら、そんな嫌な気持ちどこかにやっちゃえるから」
「…私、ちゃんと話してきます。逃げないで、ちゃんと」
そう思えるのは、夕矢さんが優しく受け止めてくれることを知っているから。
「原先生、ありがとうございます。…今夜、ちゃんと話します」
「うん。応援してるね」
トラウマにとらわれるばかりではなく、少しの希望を見てみてもいいんじゃないか。
そう思えた。