保健室にこはるがやってきたが、私はそれどころではない。
「藍詩ちゃん、なんか顔が…」
「…終わってる感じ?」
はぁぁぁ…と大きなため息をついて、こはるにも説明をした。
「…いや、藍詩ちゃん。そんなことある?だって、もしおとなりさんがこの学校に来てたら噓つきじゃん」
「だから、なんとも言えないんだよぉ…」
すると、ガラガラと保健室の戸が開いた。
聞き覚えのある声が、すっと、私の耳を通っていった。
「…すみません、三和なんですけど、三年B組の小野藍詩さんってここにいますか」
ばちっ、と目が合う。スーツがかっこよくて、優しい声色なのに教師モードになっている。
いつもよりきっちりとされた、目元がギリギリ見える前髪が、ふわりと揺れる。
そして、ぱっちりと見開かれた大きな目が、私を優しさと強さで包み込む。
…夕矢だ。
「…なんで、いるの」
「あっ…!藍詩!」
夕矢は私へ駆け寄ってきてしゃがみ、私の手を強く握った。
明るく笑う顔が、最初会った時の夕矢とはまるで別人のように輝いていた。
「僕ねっ、今日からここで教師として働くんだよ」
「えっ、え?だって、前教師は諦めたって」
「あーっと…、それ、たぶん全部噓。ごめん」
う、噓?しかも全部?信じられない。
「友達と一緒に教員免許は取ってた。でも、そこで止まってたのは事実。そんな時に藍詩が僕の夢を支えようとしてくれたから、頑張ってみようって、勇気が出たんだ。それから、藍詩に内緒で採用試験受けて、無事合格しました」
「え、それでなんでうちの高校に来たの…?」
「それはたまたま。偶然だよ。まぁ、とりあえずこの一年間ずっと藍詩と同じ所で生活するってこと!」
いや、言い方…。っていうか、なんでそんな子供みたいにはしゃいでんの…?
…さっきの教師モードとのギャップがすごいんだけど!!!
でも、嬉しい気持ちが隠せないような、今私はそんな状態になっている気もする。
「え、三和さん、小野さんのおとなりさんだったの?」
原先生がそう言って、夕矢が元気よく「はい!」と答える。
「三和先生?が?藍詩ちゃんのおとなりさん?」
続けて、こはるもそう訊ねる。
「そうだよ!あ、藍詩から話聞いてるけど、細川さんですか?藍詩がお世話になってます」
うわ、藍詩ちゃん、本当のおとなりさんじゃん。こはるにそう言われ、私も何がなんなのかわからなくなってくる。
「あ、でもおとなりさんってよりかは」
そう夕矢が口を開く。
「僕の教師になる夢を応援してくれた、優しいおとなりさん」
ね、と目が合って、同意せざるを得ない空間。わかんないけど、と思いながら、少し首を傾げて頷く。
「あと、もう一つ大事な事」
大事なこと。あともう一つなんて、あっただろうか。
「この前さ、僕が藍詩に真面目で優しくて可愛い女の子は藍詩だよって言ったじゃん?」
「うん…。でも違うじゃん。私はどうせ、もう一生『可愛い女の子』にはなれないよ。だってそんなのどっかいったし」
「でも」
夕矢は笑顔で私の頭に手を置いて、すうっと息を吸うと、こう言った。
「藍詩は、僕にとって一番最初の、可愛い大切な生徒だよ」
私は、とくとくと音を立てる心臓に、こう言った。
無理させてごめんね。ここだと爆発寸前かもしれないからね。今はやめよう、って交渉してくるから、もう少し待っててね。
「…夕矢、家に帰ってからにして。ベランダで話してくれ…」
「えー…。だって僕は藍詩を褒めまくらないと生きていけない身だよ?」
「大袈裟…」
そんな私たちを見る二人が、こう言った。
「三和先生、藍詩ちゃんのこと好きすぎじゃないですか…。愛が重くないですか…?」
「大丈夫ー?ちゃんと教師できるー?」
夕矢は、またビシッと教師モードになり、
「大丈夫です。切り替えには、藍詩のおかげで自信があるので。後、藍詩とはベランダでも話せるし」
と言った。
最初は、こんな関係になるなんて思ってもいなかったのに。…夕矢は、どれだけ私の気持ちを動かしたのだろうか。
私は、そんな夕矢を見て笑った。
「…夕矢がいてくれてよかった」
私が発したその声は、必ず誰かに聞こえるわけではない。
けれど、大切な人の優しさが、そっと掬い取ってくれる、小さな小さな感謝だ。
夕矢は噓をついたけれど、それで私は変われた。頑張ってみようと、思うことができた。
いくら私達の「日常」が変わろうと、私達には絶対に変わらないものがある。
夜明けはまだだ。けれど私達は暗い中彷徨い続けて、思い思いの星の形や光の色、強さを見つけてきた。あのベランダで。君と共に。
永遠に続くと思っていた暗闇が、現実で、真夜中という私達の支えとなった。
それは全て、君がいてくれたから起こった出来事。
「こんばんは」の挨拶から始まる、私達の夜。
君の優しさが創る、夜の温かい空気。
今夜の話は何かな。
そうやって、今日も明日も明後日も、ずっと。
君と共に話す夜が、続くといいと思った。
「藍詩ちゃん、なんか顔が…」
「…終わってる感じ?」
はぁぁぁ…と大きなため息をついて、こはるにも説明をした。
「…いや、藍詩ちゃん。そんなことある?だって、もしおとなりさんがこの学校に来てたら噓つきじゃん」
「だから、なんとも言えないんだよぉ…」
すると、ガラガラと保健室の戸が開いた。
聞き覚えのある声が、すっと、私の耳を通っていった。
「…すみません、三和なんですけど、三年B組の小野藍詩さんってここにいますか」
ばちっ、と目が合う。スーツがかっこよくて、優しい声色なのに教師モードになっている。
いつもよりきっちりとされた、目元がギリギリ見える前髪が、ふわりと揺れる。
そして、ぱっちりと見開かれた大きな目が、私を優しさと強さで包み込む。
…夕矢だ。
「…なんで、いるの」
「あっ…!藍詩!」
夕矢は私へ駆け寄ってきてしゃがみ、私の手を強く握った。
明るく笑う顔が、最初会った時の夕矢とはまるで別人のように輝いていた。
「僕ねっ、今日からここで教師として働くんだよ」
「えっ、え?だって、前教師は諦めたって」
「あーっと…、それ、たぶん全部噓。ごめん」
う、噓?しかも全部?信じられない。
「友達と一緒に教員免許は取ってた。でも、そこで止まってたのは事実。そんな時に藍詩が僕の夢を支えようとしてくれたから、頑張ってみようって、勇気が出たんだ。それから、藍詩に内緒で採用試験受けて、無事合格しました」
「え、それでなんでうちの高校に来たの…?」
「それはたまたま。偶然だよ。まぁ、とりあえずこの一年間ずっと藍詩と同じ所で生活するってこと!」
いや、言い方…。っていうか、なんでそんな子供みたいにはしゃいでんの…?
…さっきの教師モードとのギャップがすごいんだけど!!!
でも、嬉しい気持ちが隠せないような、今私はそんな状態になっている気もする。
「え、三和さん、小野さんのおとなりさんだったの?」
原先生がそう言って、夕矢が元気よく「はい!」と答える。
「三和先生?が?藍詩ちゃんのおとなりさん?」
続けて、こはるもそう訊ねる。
「そうだよ!あ、藍詩から話聞いてるけど、細川さんですか?藍詩がお世話になってます」
うわ、藍詩ちゃん、本当のおとなりさんじゃん。こはるにそう言われ、私も何がなんなのかわからなくなってくる。
「あ、でもおとなりさんってよりかは」
そう夕矢が口を開く。
「僕の教師になる夢を応援してくれた、優しいおとなりさん」
ね、と目が合って、同意せざるを得ない空間。わかんないけど、と思いながら、少し首を傾げて頷く。
「あと、もう一つ大事な事」
大事なこと。あともう一つなんて、あっただろうか。
「この前さ、僕が藍詩に真面目で優しくて可愛い女の子は藍詩だよって言ったじゃん?」
「うん…。でも違うじゃん。私はどうせ、もう一生『可愛い女の子』にはなれないよ。だってそんなのどっかいったし」
「でも」
夕矢は笑顔で私の頭に手を置いて、すうっと息を吸うと、こう言った。
「藍詩は、僕にとって一番最初の、可愛い大切な生徒だよ」
私は、とくとくと音を立てる心臓に、こう言った。
無理させてごめんね。ここだと爆発寸前かもしれないからね。今はやめよう、って交渉してくるから、もう少し待っててね。
「…夕矢、家に帰ってからにして。ベランダで話してくれ…」
「えー…。だって僕は藍詩を褒めまくらないと生きていけない身だよ?」
「大袈裟…」
そんな私たちを見る二人が、こう言った。
「三和先生、藍詩ちゃんのこと好きすぎじゃないですか…。愛が重くないですか…?」
「大丈夫ー?ちゃんと教師できるー?」
夕矢は、またビシッと教師モードになり、
「大丈夫です。切り替えには、藍詩のおかげで自信があるので。後、藍詩とはベランダでも話せるし」
と言った。
最初は、こんな関係になるなんて思ってもいなかったのに。…夕矢は、どれだけ私の気持ちを動かしたのだろうか。
私は、そんな夕矢を見て笑った。
「…夕矢がいてくれてよかった」
私が発したその声は、必ず誰かに聞こえるわけではない。
けれど、大切な人の優しさが、そっと掬い取ってくれる、小さな小さな感謝だ。
夕矢は噓をついたけれど、それで私は変われた。頑張ってみようと、思うことができた。
いくら私達の「日常」が変わろうと、私達には絶対に変わらないものがある。
夜明けはまだだ。けれど私達は暗い中彷徨い続けて、思い思いの星の形や光の色、強さを見つけてきた。あのベランダで。君と共に。
永遠に続くと思っていた暗闇が、現実で、真夜中という私達の支えとなった。
それは全て、君がいてくれたから起こった出来事。
「こんばんは」の挨拶から始まる、私達の夜。
君の優しさが創る、夜の温かい空気。
今夜の話は何かな。
そうやって、今日も明日も明後日も、ずっと。
君と共に話す夜が、続くといいと思った。