次の日。リモート授業が始まると、タブレット端末のモニターに先生と黒板が映し出された。私の顔は先生に見えないようになっているとはいえ、私の緊張はマックスだった。
『小野さん。もし黒板が見えづらかったりしたら、声をかけてくださいね』
「は、はいっ」
「ふはっ!いや、小野さん。それ先生に聞こえてないよ」
「あっ、そうだ!すみません!」
だから聞こえてないって、と原先生にツボられ、少し緊張が和らいだ気がした。
ただ、やはり何年ぶりかの授業は懐かしい気もして、同時に小学生の時から止まっていた授業の見え方も全く別物と化していた。
「ありがとうございましたー…」
退室ボタンを押すと、一気にどっと疲れが出てきた。
「お疲れ様。いきなり環境変えるとよくないから、段々増やしていってみようって、担任の先生が言ってたよ」
「そうかもしれない。…少しずつ、体に慣れさせていきます」
そうそう、と原先生が頷いた。お昼ご飯は、いつもの倍お腹が空いていた気がする。
昼休みになって、最近買った小説を読んでいると、突然ガラガラと保健室の戸が開いた。
そこには、なんとなく見覚えのある顔の女子生徒が立っていたのだ。
「し、失礼します。小野藍詩さんっていますか…?」
目が大きくて可愛い顔をした、真面目そうな女の子。
「…ほ、細川(ほそかわ)さん?」
「小野さん…!」
四年生の時、クラスが一緒だった気がするけれど、そこまで仲が良かったわけではないと思う。
「…これ、先生が小野さんにプリント作ってくださったみたいなので、渡しに来ました」
「ごめんね。ありがとう…」
プリントを渡してもらったが、帰る様子がない。
「…どうかした?」
「…あのっ、これ…!」
微かに手が震えていて、細川さんは、ある一冊の本を差し出してきた。
「ごめんなさい。私っ、小学四年生の時、小野さんに本を貸してもらったの。小野さんが、いつもすみっこにいる私に声をかけてくれて、本好き?って言って、この本を貸してくれた。本当に優しくて、嬉しくて、あの日家に帰って泣いちゃったんです。だけど、私読むの遅いから…。貸してくれたんだからその分ちゃんと読もうって思ってたら、小野さんが学校へ来なくなってしまっていたんです」
確かにそんなことがあった気がする。…わざわざ、何年ぶりかに返してくれるなんて。
「小野さんが学校へ来なくなって、私、本当に申し訳ない事したなって…。小野さんの異変にも気付かず、この本だって借りた物なのにずっと持っていたから…!!本当に、ごめんなさい…!」
涙がぽつりと落ちた。私は、その本を受け取って、こう言った。
「細川さんのせいじゃないよ」
学級委員を決める時、細川さんは、ただ一人俯いていて、何も喋らなかった。
私はそれを今、ちゃんと思い出したよ。細川さん。
きっとそれは、細川さんなりに、私のことを気遣ってくれていたのだ。細川さんは、そんなことで野次を飛ばすような人じゃなかった。