学校から帰ると、今日はお母さんが先に帰宅していた。
いつも通り挨拶を交わすと、お母さんが何かを差し出してきた。
折りたたまれている、一枚の紙だ。
「藍詩、最近夜、おとなりの三和さんと話してるの?」
「…え、なんでその事知ってるの」
これこれ、と、お母さんはその紙を揺らして言った。
「…その紙が、なんか関係あるの?」
「ふふ。まぁ、見てみなさい」
笑顔でその紙を手渡され、不思議に思いながらぴらりと紙を開いた。
すると、びっしりと手書きの文字が並んでいたのだ。
しかも。
「…夕矢さんから、私へ?」

『藍詩さんへ
先日は、藍詩さんの過去の事を自らご丁寧にお話ししていただき、ありがとうございました。
昨晩、珍しくベランダに出ていらっしゃらなかったので、勝手ながら手紙を書かせていただきます。
(このままで行くと「かしこまるな」と言われそうなので、ものすごい丁寧なのはここまでにしておきますね。)
勝手に心配してしまってすみません。
あと、自分の事を文字起こしにすると丁寧語になっちゃうのは癖なので許して下さい。
そして、藍詩さんの過去を訊いてしまい、それが藍詩さんを不快にさせてしまったならば、本当にごめんなさい。
ただ、本当にただのわがままなのですが、もしもまたベランダで夜を過ごすことになったら、僕も一緒に過ごしたいです。
もし僕が藍詩さんの力になれるのなら、寄り添うことができるのなら、それが僕にできる精一杯のことなので。
また、これも本当に勝手な事なのですが、藍詩さんと喋っていると、自然と気を張らないでいられるので、すごく居心地がいいんです。
だから、また話せる時が来たら、一緒に話しましょう!!嫌だったら蹴り飛ばしてください!!
僕も、藍詩さんのことをできるだけ理解したいと思っています。
僕は、藍詩さんの力になりたいです。
(真剣に言えば言うほどキモくなってきてしまって絶対今頃怖がってますよね、本当にごめんなさい。)
藍詩さんのペースでいいので、また一緒に、ゆっくりと夜を過ごせることを待っていますね。
焦らずゆっくりでいいよ!僕はずっと定位置で待ってるから!
では、またいつかの夜に。     三和夕矢より』

「…こんな、考えてくれてたんだ」
私は、読み終わった後に今までよりずっと心が温かくなった。
自然と、顔がほころんだ。
夕矢さんは、私のことをなんとか理解してあげようと、真剣に思ってくれていたのかもしれない。
所々、夕矢さんの気を遣った言葉があって、夕矢さんらしいなぁと思った。
そして、何よりも、私と話していて居心地がいいと言ってくれたこと。
私は、その文字を見るたびに、胸の奥の明かりがほんわりと灯るような感じがした。
やっぱり、夕矢さんは優しい。
今夜、ちゃんと話したい。
「お母さん、ありがとう」
いいえ、とお母さんは微笑んで返す。
「私、ベランダ出るね」
そう言って、ベランダに出た。
私の気持ちは、夕矢さんのもとへ駆けていった。