君という夢を描いて

 不思議な夢を見た。


 これが夢なのかは、正直わからない。

 その夢の中で、俺は梨歩に会う夢を見た。
 梨歩は泣いていた。どうして何も言ってくれなかったの、と。

 覚悟はしていた。

 結局、梨歩を悲しませてしまった罪悪感は、死後も消えることはなかった。
 というか、幽霊も夢を見るのか。

 夢の中で、俺はひたすら謝った。梨歩を悲しませるつもりは微塵もなかったけれど、寿命というのは抗うことのできない運命であることを改めて悟った。

 謝ることしかできない俺。
 俺は一度でも伝えたことがあっただろうか。
 梨歩に、心からの感謝を。

*

 俺の身体は、もう消滅していて現世には存在しない。

 荼毘に付されて霊体の状態になってから、ひと月くらいした頃だろうか。

 何だか胸騒ぎがして、居ても立っても居られなくなった。

 胸騒ぎの方向に、俺は向かって飛んでいく。


 霊体の状態も、なかなか悪くないな。

 生前だったら絶対にできない所業をいとも簡単にやってのけてしまうのだから。

 そういえば、死ぬ前に俺は「死んだら寧ろ自由に飛び回れるだろうから、梨歩に会いにいけるかも」なんて考えていた。まさか、こんな形で実現してしまうとは。


*


 俺が向かった場所には、酷く泣いている梨歩がいた。

 おそらく、俺の死を知ったのだろう。

「涼ちゃん……! どうして……ねえ、何で? 何でよぉ……」

 俺の描いた彼女の絵。最初で最後の、生涯の大傑作であると思いたい。

 無事に彼女の手元に届いたようで安堵する俺。同時に、その絵を抱きしめながら涙する梨歩に、やるせない思いでいっぱいになった。


 こんなに近くにいるのに、抱きしめてやることもできないなんて。

(もう一度、梨歩と直接会いたい!)


 俺は何度か彼女に俺の存在に気づいてほしくて、渾身の力を込めて風を起こした。

 もしも奇跡が起こせるなら。

 俺は今、ここにいると伝えたい。

(届け)

(届け)

(どうか、もう一度だけ……俺を彼女に会わせてください)

 俺は生まれて初めて、そして死んで……神に祈った。

(梨歩に会えるなら、この魂ごと消滅してもいい)


(どうか、今だけは……)


 たとえ禁忌を犯すことになろうと。


 二度と会えなくても。


 俺は祈り続けた。

(梨歩……)


 風に乗った桜の花弁。

 その桜の見頃はとうに過ぎていて、葉桜から新緑の季節に変わろうとしている最中といった具合だったが、残り僅かな花弁に俺の意識を集中させる。

――梨歩……

 何とか花弁を梨歩の持つキャンバスの上に着地させることに成功。
 その瞬間、俺の意識は目映(まばゆ)い光に包まれた。

『梨歩……』

「――!」

彼女と視線が合った。


「涼……ちゃん?」

 俺が見えているようだ。

ああ、やっと会えた。

『……ごめん』

「涼ちゃん!」

 俺の知っている梨歩だ。

『ちゃんと言えなくて……』

 俺の存在を認識してくれていることが、素直に嬉しかった。

 梨歩は瞳を潤ませながら言った。

「どうして、言ってくれなかったの?」

『……ごめん』

 これは、あの夢の続きだろうか。

 いや、これはリアルな現世だ。

 確認している余裕はないが、そう信じたい。
 そういう体で行こうと思う。

 とにかく、奇跡が起こった。それは間違いない。

 それでもなお、情けないことに。
 夢の中でも今でも、俺は彼女を目の前にして謝ることしかできなかった。

 伝えたいことはたくさんあるというのに。


  梨歩に心配かけたくなかった、と本音を伝えたとしても、どのみち言い訳でしかない。ごめんの一言にそれを込めるのは、卑怯すぎるだろうか。

俺は絶命してもなお葛藤を続けるのか。
梨歩ならわかってくれるだろうと、甘えていたのだろうなと今になって猛省する。

『梨歩』

「涼ちゃん、あたし……全然気づかなくて……」
言葉を詰まらせ俯く梨歩。

「あたしがもっと早く気づいていたら、涼ちゃんは……涼ちゃんは……あたしの、せいで……」

とりあえず、今伝えたいことは。


『梨歩のせいじゃないから』

「え?」

『俺がこうなったのは……梨歩のせいじゃない』

「……」

『俺が死んだなんて言ったら、梨歩は自分のせいだって思うだろうから。だから、姉貴に頼んで――』

「だからって、そんな回りくどいことしなくても……」

そりゃそうだよな。
『……ごめん』


 さっきから謝ってばかりだな、俺。
 梨歩は俯きながら言った。

「あたしこそ、ごめんね。あたし……涼ちゃんにずっと甘え過ぎてた。いつも黙って、あたしのやることなすこと見守ってくれていたのに」

 違う。違う。

 俺が見たいのは、梨歩の笑顔だ。

 泣かせるつもりなんてさらさらない。それなのに、とめどなく梨歩の瞳から溢れる涙からは、俺が思っていた以上に深く悲しませてしまっていたのだろうと見てとれた。

『それは、俺がそういう梨歩の姿を見ているのが好きだったから』