君という夢を描いて

「譲れない思いがあるのなら、心のままに行動するのが最適解ですよ」

 俺の迷いを払拭するように背中を押してくれる花岡さんの言葉。

 心強い。


「あなたが彼女にできる精一杯を、この指輪に託す。私だったらその事実があるだけで、十分嬉しいですよ。それだけ大切に思ってくれているんだなって」
「そうですかね……重すぎるかなと思ったりもしてて。学生の身分でやることじゃないよなって」

 心強い言葉でさえも、完全に鵜呑みにする勇気はまだ持てずにいた俺は、少々弱気な発言をしながら確かめるように花岡さんの次の言葉に期待を寄せる。

「学生とか社会人とか、関係ないです。学生でも結婚や出産する人だっていますし。それに、愛って軽いとか重いとかでははかれないくらい尊い感情だと思うんです。私にはお相手の女性がどう感じるかまでは正直なところ分かりません。でも――愛の形や表現は人それぞれなので。寧ろ、あなただからこそできる愛の伝え方をした方が柴田さんらしい伝え方になるのではないでしょうか?」

 ああ。
 この人に担当してもらって本当によかった。
 俺は、自分の決断に自信がなかったんだ。

「ありがとうございます。じゃあ、このピンクダイヤの入ったデザインでお願いします」
「かしこまりました。では、サイズが6号で……刻印どうされます? この表に載っているものの中から選べますけど」
 花岡さんの広げたパンフレットの中に、【使用可能な文字】と書かれた欄があった。
「“男性名&女性名”だったり、入籍日やその他の記念日を入れられる方もいます。お二人の名前の間にいれる文字で多いのが“ハート”だったり、“∞”ですね。例えば、“Ryohei∞Riho”だとちょうど12文字になります」

 デザインと刻印の確認をし、俺は花岡さんに見積もりを出してもらった。
「じゃあ、これでお願いします」
「かしこまりました。他に気になる点や、要望等はありますか?」
「あ、それなら……」

 俺は意を決して花岡さんに伝えた。

 俺はもう、いつどうなってもおかしくない状態で、おそらく彼女の誕生日まで生きられない。
 もし、制作中や梨歩の誕生日までに俺がいなくなった場合は、俺の姉に渡してほしいこと。
 姉には反対されているが、梨歩の誕生日が過ぎるまでは、決して俺の死を梨歩に口外しないでほしいことを姉に念押してほしいこと。
「あの……」
 花岡さんが口を開いた。
「それが柴田さんの譲れない条件、なんですね?」
 確かめるように彼女は俺に問う。
「はい」
 俺は躊躇なく答える。迷いはなかった、といえば嘘になるが、梨歩を悲しませたくない思いから導き出した俺なりの答えがそれだった。
 死ぬのは怖い。でも、それ以上に梨歩を悲しませることの方がもっと怖かった。
 たとえ俺のエゴだとしても。

 梨歩には“俺のいない誕生日”にしたくなかった。
 せめて最後くらいは……。俺なりのけじめのつもりだった。

「わかりました。お姉様には柴田さんのご意思を可能な限り尊重していただけるよう、お話はしてみます。確実に受け入れてくださるかは何とも言えませんが……」
「ありがとうございます。無理なお願いを聞いてもらって」

 俺は結局、積極的な治療を受けない決断をした。根治も望めないのであれば、これ以上誰にも迷惑かけたくない。抗がん剤治療の他に適応可能な治療についても説明はされたが、治療をしたところで延命効果がどれほどあるのかもわからない。副作用のこともある。何より遺された時間を副作用に苦しみながら過ごすのは違うと思った。それに、姉貴には姉貴の人生がある。両親の遺産も、治る見込みのない治療のために使わせたくなかった。
 たった一人の肉親である姉貴には、どのみち辛い思いをさせてしまうが……。