#1
魔王が討伐されて平和になった人間世界───。
今日も今日とて賑わう『英雄都市』の冒険者ギルド。
その一角で……、
「お前さぁ、もういい加減うんざりだわ。……悪いけどさ、パーティ抜けてくんねーか?」
「…………な?!」
ひっそりと冒険者を続けていたモンドは、突然の解雇宣言に愕然とする。
「そ、それってどういう意味だよ!」
「わかんねぇのか? クビだよ、クビ! 解雇だッ」
場所はいつもの狩場で、初心者御用達の『旧魔王城のホール』でのこと。
この初心者たちが集まる入口も、
かつては魔王城の正面らしく、不気味な装飾と拷問具───そして、囚われたであろう人々の屍が、天井からぶら下げられた檻に閉じ込められ「スケルトン」や「ミイラ」と化して蠢く広大な空間であった。
だが、それは今は昔───……装飾などはそのままに、空気はのどかそのもの。
和気あいあいとした、初心者冒険者たちの憩いの場となっていた。
もちろん、モンドはそれどころではなかったけど、ね。
「───ちょ、ちょっと待てよ!? 急にそんな……クエストだってまだ途中だろ?」
食い下がるモンドにパーティのリーダーは聞こえよがしにため息をつく。
「はぁ……。あのなぁ? そのクエストもお前のせいで散々だよ! なにが、ベテランだよ。10年の経験があるとかいうから雇ったはいいけど……。ち、もういいから、出て行けよ、前がいない方がマシだ!」
口汚くののしられ、
周囲には一日の狩りを終えた他のパーティもいて、イイ注目の的だった。
なかには指までさしてモンドたちを……モンドをあざ笑う奴もいる。
「く……!」(ここも、かよ……)
モンドの心にあったのは「またか」という気持ちと、何もこんなとこで言わなくてもという気持ちだった。
その実、
「ねぇ、見てよアレ。いい年した冒険者が年下に解雇にされてるわよ! ププーッ、受けるぅ」
「けっけっけ。知らねぇのか、あいつのこと? 自称「元A級」……通称『ベテラン下級冒険者』のモンドだぜ。この界隈じゃ、ちょっとした有名人さ」
ゲラゲラゲラ、といくつかのパーティが物知り顔で笑っている。
それを聞いていたのか、一連のあざけりが静まるのをわざわざ待っていたリーダーは、ため息をつきながら言う。
「……聞いての通りだ。まさか、お前がこんなに使えないやつだとは思わなかったぜ……。だが雇ってみれば、たいして戦えないし、すぐに転ぶし、おまけに剣の命中率は最悪だ!」
「ま、まてよ! 頼む待ってくれ! お、俺が何をした? な、何もしてないだろが!」
モンドは食い下がるも、リーダーはため息をつくばかり。それどころか少しいら立ちが混じり始める。
「……今自分で言っただろ? 『何もしていない』って! それだよ! お前は何もしていないじゃないか?! 何がベテランだよ! 新人よりも使えない───ただの足手まとい……いや、寄生虫だろうが!」
き、寄生虫ッ?!
「あぁ、そうだ寄生虫だ! 人が増えればクエストもやりやすいと思ったんだけどな! それがなんだ? お前を雇って増やした分のクエストが全然できてないじゃないか!」
バンッ! とモンドに叩きつけるようにして、『スケルトン10体の討伐(3日以内)』のクエストを見せるリーダー。
「だ、だからそれは言っただろ? 最初っからスケルトンはリポップが早い分すぐに狩られるって───。3日なんて期間じゃ無理だって俺はあれほど……!」
「うるさい! スケルトン一体に苦戦してるお前のせいだろ! 何が元A級の魔剣士だ!」
「そ、それは関係ないだろ……! い、一応俺だって何体か倒したじゃねーか!」
「前衛なら当たり前だ!───もういい! ベテランだか、A級だか何だか知らんけど、お前がいると、陰気臭くってしょうがねぇ! いいから消えろッ。クビだ!」
その言葉にショックを受けるモンドであったが、リーダーにドンっ! と突き飛ばされて尻もちをつく。
「ったく、雇って3日。お前のせいでどんだけ損害を被ったか! こっちだって、新人同士でカツカツなんだよ! わかったら、とっと反省して失せろッ、カス! クソ剣士、たーーーこ!!」
「そうだそうだ! スケルトンにも苦戦しやがってよー」
「荷物持ちもろくにできないし、よく転ぶし!」
「オマケに人のお尻ばっかりジロジロ見ないでよね! 命中率最悪の剣士さん!」
先日加入したばかりの新人パーティ『岩の城』の面々に散々に罵倒されるモンド。
たしかに、モンドは言われた通り───剣士のくせに……剣の命中率が最悪なのは事実だ。
だが、振ったところに当たらないのだ。以前から、様々なパーティからも危険だと警告されていたのだが……。まさか新人にまで馬鹿にされるなんて!
「───だ、だけど! 俺も経験者としていくらかのアドバイスはしたつもりだぞ……!」
しかし。モンドの言い分は火に油を注ぐことになった。
「あぁん?! てめぇ、昔はA級だったか何だか知らねぇけどよ! 今はただのゴク潰しだろうが、……死ね!」
「ばーか!」「のろま!」「オッサン剣士!」
オッサンちゃうわ!!
20代やっちゅうの!!
しかし、年齢以外は、ここまで罵倒されてもモンドは言い訳一つできなかった。
何か言おうとするたびに「こ……」「その……」なんて言葉が口を突いて出るが、それで何になる?
彼らの言うことはたしかに事実。
「はぁ……。まだ、何か言いたそうだな、モンド。だから、はっきり言ってやる」
リーダーはモンドを見下ろすようにして、
「お前は自分が凄腕だと勘違いしているみたいだがな? それは思い違いもいいとこだぜ。……事故だか病気だかで、知らないけどな。隻眼ながらも剣士を続けているのは根性あると思うよ?」
そういう割に小ばかにした表情のリーダー。
「……だけどよー。剣士っていやぁ前衛だろ? 後衛を守りつつ、隙を見てモンスターを仕留める。だが、モンドおまえはそのどれもできていやしねぇ! 戦闘になったら当たりもしねぇ剣を振り回したかと思えば、すぐに息切れする。オマケに荷物持ちをさせればすぐに転ぶ!……一体お前に何ができるんだ?! あ゛!?」
「く……。それは───目が、くッ」
実際、隻眼になって以来、剣が当たらず、うまく歩くことができない。
日常生活では問題ないのだが、冒険中や戦闘になるとなぜか、そうなってしまうのだ。
「は! 目のせいにすんじゃねぇ! 言いたいことはわかるがよぉ……だったら剣士も冒険者もやめちまえ! なぁにが、元勇者パーティだ! ふざけねんじゃねぇよ! 雑ぁぁぁああ魚!」
「しーね!」「ビッグマウス野郎!」「新人騙しの寄生虫!」
ギャハハハハハハハハハハハハハ!
そういって好き勝手言うと新人冒険者パーティ『岩の城』の4人はモンドを置いて狩場を去っていった。
もちろん、その頃にはやり取りを見飽きた連中も誰一人残っちゃいない。
「お、おい! このクエストはどうすんだよ?! まだ、スケルトン7体しか狩れてねぇぞ?! 失敗したら違約金とペナルティが───」
……しかし、もう連中は聞いちゃいない。
「知るか、バーカ! お前が責任持てよ、───元A級」
「そうだ、お前がやれ!」「ベテランなら尻くらい拭えよ」「雑ぁ魚!」
ふ、ふざけるなよ……!
(俺がもうギリギリだって知っててやってんのかよ?!)
元A級のモンド───……。
十年前に、勇者……今や英雄と呼ばれる連中によってこの魔王城で騙され目と装備を奪われてしまった。
それ以来、何をやってもうまくいかず、クエストの失敗続きでD級にまで落ちていた。
……最年少A級冒険者であったモンドが、だ。
そして、次に失敗すればもうあとはないというところまで追い詰められている。
ついでに言えば金もない。
「あ! ま、まてよ! せめて、今日の日当くらい払ってくれよ───」
「「「「ふざけろッ!」」」」
情けない声を上げるモンドにぶつけられたのは酷い罵倒のみ。
消耗品代も稼げず、出費のみでモンドはパーティをクビになってしまった。
「うっそだろ! アイツラ……し、信じらんねぇ!」
モンドは給料も貰えず、未完のクエストを押し付けられて追放されてしまった。
しかも、間の悪いことにこのクエストの期限は今日まで……。
これを失敗すれば違約金とペナルティ。
さらに、今回違約金が支払えなければ───即日、冒険者認識票の失効すらありうる。
「ど、どどど、どうしろってんだよ! こ、こんな時間になってクエストしろっていうのかよ……!」
普通のパーティなら解散して酒場で一杯やり始める時間だ。
「くそ───今からでも、スケルトンを狩るか?!」
すでにヘトヘトに疲れているし、クビになって精神的にも参っている。
だが、何とかしないと冒険者ですらなくなる。
(くそ、なんでこんなことに……! 魔眼さえあれば、こんな苦労もしていないのに)
モンドは欠けた左目に触れ、怒りで身体が震えた。
それでも、
「うぐぐ……怒ったってしょうがねぇか。今はこれを何とかしないと!」
モンドは一人、『岩の城』達に叩きつけられたクエストをひっつかむとうす暗くなり始めた旧魔王城の奥へと向かった。
時刻は夕方。そろそろギルドが狩場の終了を告げに来る頃だ。もうほとんど冒険者も残っていない時間だ。
ガランとしたホールをモンドは駆けていく。
その様子を、
旧魔王城の不気味なオブジェや、放置されている籠の中のアンデッドやスケルトンが見下ろしていた……。
※ ※
「くそ! 好き好んで「元」A級なんじゃねぇよ……! 俺だって……。俺だって!……それを───……ちくしょぉぉお」
悪態をつきながら駆けるモンド。
狩場閉鎖までもういくらも時間は残っていなかった。『岩の城』と狩ることができたのは7体のスケルトン。
クエスト達成までには、あと3つもスケルトン素材を探さねばならない。
「なんとかこれで───……!」
運よくみつけたスケルトンを背後から奇襲し、素早く打ち倒すと、討伐証明の下顎を抜き取る。
「よし……!」
これで残り一個だ。
だけど、旧魔王城は初心者ダンジョンなだけあって、夕方にもなると翌日のリポップまで魔物の気配がなくなってしまう。
「くそ、いないな! 今日はもう、狩つくされてスケルトンなんざ残っていないんじゃないか?……一番可能性があるのは、魔王城地下1Fだけど」
長年通い詰めたおかげでかなり旧魔王城には詳しくなったモンド。
手早くランタンに火をともすと、地下1Fに下りる。
キーキーキー!
蝙蝠がモンドの気配に驚いて飛び去っていく。
……ここは、旧魔王城地下1F、牢獄地区。
かつては捕らえられた捕虜たちや、魔王に逆らった部下が捕らえられ──日々、拷問の叫びが絶えることがないと言われた場所だ。
だが、今はただの雑魚のアンデッドモンスターが蔓延る、初心者向けの狩場と化していた。
(……スケルトン、スケルトン)
……スケルトン、スケルトン。
「……スケルトン、スケル──────いた!」
独り言MAXの。不審者感満載で走り回っていたモンド。
その視線の先に動く白骨、スケルトンの姿が飛び込んできた。
───捜索! 見つけたら即行動、即戦闘!
「うりゃぁぁああ!」
骨、即、斬ッ!
元A級で、現D級の凄腕の剣技が冴えわたるッ。
パカァン!! と、愛用の古びた銅の剣がスケルトンの頭部を切り飛ばしあっという間に無力化した。
───ガラガラガラ!
崩れ落ちるスケルトン。
「よっし! 最後の一個ゲットだぜ! だけど、銅貨は……一枚かよ。湿気てんな」
その骨の山から下顎と、チャリ~ンとばかりにドロップした銅貨を拾う。
疲労困憊のモンド。捨て身のアタックが功を制し、なんとか初撃が命中───反撃を食らう前に倒せた。
「ふぃぃ~……。運がよかったぜ───これで、」
一件落着。
───クエストも完了してハッピー…………とはならなかった。
「ちょっとアンタ! それ私達の獲物でしょ!」
「ん?!」
骨の山の向こうからひょっこりと現れた二人組。
ランタンと剣を持った剣士と、同じくランタンを持った聖職者風の少女。
新品の装備になれない足取り───……どう見てもド新人冒険者だ。
「何勝手に横取りしてるんですか!」
キンキンと騒ぎ声を上げる声に驚くモンド。
「は? 横取りって……え?」
あ!
どうやら、別のパーティがさっきのスケルトンと交戦していたらしい。
よく見れば、スケルトンには別の戦闘尾痕跡がくっきりと残っていた。
(やっべー……)
どーりで反撃を食らう前に倒せたわけだ───って、まずいなこれは。
「ちょっとぉ! 何とか言いなさいよ! 獲物の横取りは禁止されているんだからね!」
やかましい少女に比べていくらか落ち着いている少年がふとモンドの顔をランタン越しに覗き込む。
「そうですよ!───って、……あなた、モンドさんですよね?」
どうやら向こうはモンドを知っているらしい。
「な。なんだよ? 俺のこと知ってんのか?」
ピクリとモンドの頬が引きつる。
いつもいつも、こんな風に人からレッテルを張られてきたので、つい身構えてしまう。
モンドはこの界隈ではそこそこ有名だが、ド新人にまで知られてるとは思いたくなかった。
「もちろんですよ。……まったく噂通りですね」
チ……。
「う、噂───それって、」
ド新人冒険者パーティのリーダー格の少年が訳知り顔で詰め寄る。
俺を知っているらしい。
「ふふん。アナタ……ここいらじゃ、ちょっとした有名人ですもんね。……元A級冒険者を鼻にかけて、プライドだけは高いクソ雑魚のベテラン下級冒険者がいるってね。ギルドの酒場じゃ、新人を捕まえてはアナタのことを警告されるものです」
「んな?!」
そ、それは初耳だ。
(っていうか、クソ雑魚って、コイツ……!)
同時に納得もした。新人の多いこの初心者ダンジョン界隈でも、なかなかモンドを仲間にしてくれるパーティがいないのにはそういうカラクリがあったらしい。大方、新人冒険者にしたり顔で絡む古参の冒険者が、モンドの悪口をあることないこと拭きこんでいるようだ。
「今日も上で大騒ぎしてましたよね? どうせ、よく知らない田舎から出て来たばかりの新人を騙してパーティに潜り込んだんでしょ」
く……!
なんで、初対面のガキにここまでいわれなくちゃならねぇんだ!
「い、言っとくが、お前が聞いた話ってのは、ほとんどが───」
「──あはは。嘘だっていうんですか? 甘いですねー。こっちはちゃ~んと知ってるんですからね」
そういって、ランタン越しにメモ帳をパラリとめくる少年。
「……へー。警告4回ですかー。とすると、あと一回の警告で冒険者認識票を、はく奪されるんじゃないですか?」
ギク。
「ほかにも───え~っと、新人冒険者パーティからの苦情多数。ほかにも狩場荒らし、ギルドの備品損壊、酒場での暴力──プフ、あー……これは返り討ちされてますね」
ペラリ、ペラリ──と、メモ帳を確認する少年。
…………あれにドンだけ書いてんだよ?!
「ま。いずれにしても要注意人物としてマークされています。『ベテラン下級冒険者のモンド』さん」
パタンとメモ帳を閉じると、ガキのクセにすごい上から目線でモンドを見下す。
「───というわけで、今回の横取りもちゃんと報告させてもらいますから」
「さすがアルスね! じゃ、行きましょ。こんなオッサン相手にしてたら気分悪くなっちゃったわ」
そういいて腕を組んで去っていく新人冒険者たち。
う……。
これはまずい……!
「ちょ、ちょっとまて! 待ってくれよ! わ、わざとじゃない。ほんとだ。お、お前らが死角にいて見えなかったんだ──」
もしこれを報告されたら、クエストを達成できても、ペナルティが加算されて冒険者認識票ははく奪される!
それだけは阻止しないと───。
「……よく言いますよ。ここのスケルトンを殲滅したのは僕たちですよ? アナタはあとからやってきて最後の一体を無理やり倒しただけでしょう?」
ジロリと睨むのはまだまだ少年。それも、どう見ても十代と思しき年下に凄まれる。
「じゃあ、もういいですか? メリッサ行くよ。では、また今度──……あ、モンドもう今度はないですね、多分、冒険者は無理でしょうし───プププ」
厭味ったらしく笑う少年───アルスに対し、モンドの額に青筋が浮かぶが、ここは我慢……。
「(クソ、ボケカスがぁぁぁ……)」
「なんか言いましたか? モンドさん」
「い、いいいい、言ってねぇよ! そ、それより、さ! なぁ頼むよ! ここは大目に見てくれよ!」
クエストアイテムが揃わないのもさることながら、横取り事案なんて報告された日には、即冒険者認識票をはく奪されるだろう。
「……無理ですよ。犯罪を見過ごす方も罪になりますからね。これは冒険者の義務ですしね。それでは、ごきげんよう」
や、やばい……このままだと、本当に冒険者認識票をはく奪される!
「ま、まままままま、まて!!」
「もう……しつこいですね? なんなんですか?」
「いい加減諦めなよ、オッサン」
───オッサンちゃうわ!
少女───メリッサの物言いにイラつくも、
「…………わ、わかった──! 返、す──返すよ!」
これでドロップ品はパァだ。クエストアイテム収集未了でジ・エンド。
だけど、即座に冒険者認識票を取り上げられるよりマシだ。
……クエストアイテムなら、また獲ればいいだけのこと。……幸いまだほんの少し猶予がある。
ブンッと、スケルトンの下顎とドロップした銅貨を投げ渡す。──パシィ!
それを危なげなく受け取ったアルスは、ニヤリと笑うと。
「そ、それでいいだろ?」へへへ
情けなくも愛想笑いすらして見せるモンド。
遥か年下の少年に、いい年こいた青年が、だ……。
だが、
「んーーーーーーーーー?」
しかし、アルスは受け取った素材と銅貨を見ると、首をかしげてモンドを見る。
「あれれ~?…………おっかしいなー。これじゃ、足りないんじゃないですか~?」
「な、なに?!」
いま、渡したばっか───……。
「あー。僕横取りされて傷ついちゃったなー。このままじゃ、口がうっかり滑ってしまいそう───」
「く……!」
……そういうことか。
「な、何が望みだよ!」
「えー? そりゃぁね?」
「うんうん」
頷きあうド新人パーティは一斉に手を差し出す。
「ほら、こーゆーときは、」「慰・謝・料♪」
こ、こいつらぁ……!
やたら息の合った二人に、青筋が立つモンド。
いっそぶん殴ってやろうかとも思ったがグッと堪える。……耐えるのは慣れてるからな。
───どのみち形勢は極めて悪い。
「わかったよ! ほら、もってけ!」
懐にあった財布を丸ごと渡す。
チャリ~~~~ン♪
ちなみに全財産だ。
……銅貨10枚程しかないけどな。
「ぷはっ! なにこれ? お駄賃?」
「ぷぷー! いい年した大人が銅貨10枚ですって! 今日び子供でももっと持ってるわよ」
うるせー!
それがモンドの全財産なのだ。
「ま、いいか。それじゃ──今度こそ、ごきげんよう」
アルスは受け取った財布をもてあそびつつ踵を返した。
中身を確認し「ははっ」と小ばかにした笑いを浮かべて、アルスが意気揚々と去っていく。
それを見送ってしばらくした後、
「くっそぉぉぉ! あのガキ覚えてろ!……あと、女は泣かす。泣かしてから、あ~んなことや、こ~んなことしてやる!」
うがーーーーーーー!!!
みっともなく叫びながら、牢屋の格子をガンガン蹴り飛ばす。
いくら腕は落ちたとはいえ、あんなガキに馬鹿にされる謂れはないッ!
「あーくっそ、腹立つわ。
金もなくなったし、ついてないぜ……。
おまけに間が悪いことに、あのガキどもにこの階のスケルトンは殲滅されつくしたらしい。
当分の間──スケルトンは再出現しないだろう。
「……スケルトン素材───後一個どうすんだよ」
念のためくまなく探索する。壁の陰や、牢屋の中、隠し部屋の中──……。
あーーーもーーーーー!!
「……いねぇ!!」
ガツンと、蹴り飛ばす。
「っと、いなくもねぇか……」
ガィィイン!! ガィィン! と鉄格子が衝撃で震えており、その先にスケルトンが一体。
ウギギギギギギギギギギ……!
不気味に骨を軋ませながら佇むスケルトンが一体。
旧魔王城によくある、ホールの天井や落とし穴の底など、倒せない位置にいる放置されたモンスターのひとつだ。
雑魚なので倒す必要もないんだけどね。
どうやら、こいつも魔王城時代から放置されているらしい。
もはや牢獄の風景と化しているスケルトンであったが───。
「とはいえ、コイツらはどうやっても届かないよな……」
無理にでも倒せばいいと思うかもしれないが……それは無理だ。
なんたって牢屋は頑強に閉ざされているうえ、
その内側は剣山付きの落とし穴でびっしり。
「生前、何をやってってこんなとこに閉じ込められてるんだか……」
このスケルトンはトラップに囲まれた中心にいる。
一畳ほどの狭~い孤島のような檻に閉じ込められているのだ。
「け、一生彷徨ってろ」
散々牢獄に閉じ込められた哀れなスケルトンに八つ当たりした後、
一度態勢を取り直そうとホールに顔を出すとガランとしており、数人のギルド職員と冒険者が残っているだけだった。
どうやら、店じまいの時間が迫っているらしい。
「まずいな……。もう時間が─────げ!」
ギルド職員に追い出されないうちにもう一度探しに行こうと、踵を返したモンドであったが、嫌な顔を目撃して思わず目を反らす。
だが、悲しいかな……。ばっちり目が合っちゃったよ。
「お~やおや、モンドさん♪ おそかったですね~」
く……!
ニヤーッと笑って近寄ってきたのは、さっきの少年アルスと少女メリッサのド新人冒険者二人組みだ。
周囲にギルド職員を侍らせて余裕の表情だ。
「んだよ! まだ文句あんのか?」
「もちろん、ありますよ──あ、はい。コイツです」
「……は?」
話の途中で背後にいた屈強な男に道を譲るアルス。
すると、
「…………またお前か、モンド」
「げ! ま、マスター……!?」
そこに現れたのは冒険者ギルドの長。ギルドマスターだった。
「おい、モンド。……聞いたぞ。獲物の横取りしたんだって? 言われなくても、そりゃ違反だって知ってるよな?」
「そ、そりゃ……知ってる、さ」
まずい、なんでこんなとこにマスターが?
っていうか?
「(チクったのかてめぇ!!)」
小声でアルスを批難するも、舌を出しておちょくられる始末。
初めから黙っている気などなかったのだ。
「おい! どこを向いている!……ったく。これで、ペナルティ5回。分かってると思うが──」
「ま、まて! 俺は謝ったぞ! も、物は返したし、慰謝料も払った!」
これは本当だ。
「ん? 慰謝料?」
っていうか、なんだってこんな下っ端どうしの争いにギルドマスターが出張ってくるんだ?!
普通あり得ないだろ!
「……そうなのか? アルスくん」
ギルドマスターも初耳だったらしく、アルスに問いただしている。
「いえ、知りません。態度も悪く渋々ドロップ品を返しただけです」
そして、サラリと息をするようにうそをつくアルス…………っておぉぉおおい!?
「ふむ。…………だそうだ」
「ちょま! お、おい、お前!」
思わず胸倉をつかもうと手を伸ばすもマスターに阻まれてしまう。
「なんだぁ、今のは!? おいおい、まさか、俺の目の前で新人に手を出すつもりだったんじゃないだろうな、モンド? ったく、反省の色があったり、正直に言って謝れば、内々ですませて示談もあったんだろうが──」
ポリポリとマスターはワイルドな顎髭をかきつつ、
「もう無理だな。……お前は前科もあるし、態度も悪い──しかも、だ」
「───ぜ、前科ってなんだよ! 態度は関係ないだろ!!」
随分な言いようだな、おい!
A級冒険者の頃は、……期待の星とか言ってたじゃねぇか!
「───しかも、だ。相手は、あの勇者様の子供──アルス君と、その婚約者メリッサさんだ……。言ってる意味、わかるな?」
は………………?
「お、おい。いま、なんて言った?」
「誰に向かって口きいてんだ。……ったく、何度も言わせるなよ。……アルス君たちは勇者様方のお子さんだよ」
……ッ!!
「ゆ、勇者と聖女のガキだと……!」
その瞬間、モンドの中で何かが大きく膨れ上がるのを感じた。
十年前に感じた憤りと……。
「ギャハハ! お前はもう用済みだよ! これは貰っとくぜぇ」
「どうせ死ぬんだからアイテム要らないでしょー? アハハ!」
脳裏にはっきりと思い出されるあの日の光景。
そうだ。十年前のあの日からずっと心の中で飼い続けていた感情が──────!
「て、テメェ……! どーりでムカつくわけだ。お、親子そろって俺に何の恨みがあって───」
ユラリと顔を上げたモンドはギリリと歯噛みしつつアルスとメリッサをみるが、奴ときたら平然としている。
「ムカつく? 恨み? あはは、何言ってるのかわかりませんけど、違反者はアナタじゃないですか? モンドさん───」
その口調に、たしかに在りし日の勇者の面影を見たモンドが、心がビキビキと音を立てるのを感じていた。
どうやら親子二代揃ってモンドに敵意を向けるのが趣味らしい。
そして、とことんモンドの物を奪わねば気が済まないようだ。
「その通りだ。お前の違反は明白らしいな。……ついでに俺に吐いた暴言や新人への暴行未遂のペナルティも付け加えるか?」
「ぐ……!」
怒りに身を任せてしまったモンドであったが、ギルドマスターの声を聞いて苦々しく顔をゆがめる。
……そうだった。今は分が悪い。
「わかったら反省しろ。とりあえず、諸々とあるが、横取りの件は『違約金』で勘弁してやる」
「い、違約金?! ちょ、ちょっとまてよ!」
モンドはギルドマスターの無情な宣言に驚くが、
「当たり前だろうが! 違約金は軽度の罰で───銀貨10枚だ」
そういってズイと手を出されるが払えるはずもない。
だいたい、全財産はとっくにアルスにくれてやった。……そう、慰謝料として。
「は、払えるわけないだろ! それに、慰謝料はとっくにそのガキにくれてやったんだぞ!」
「まだ言うか? どのみち規定通りにするまでだ。……支払い猶予は一週間。それまでに罰金の銀貨10枚か──」
ギルドマスターはモンドの首に下がっている青銅製の冒険者認識票をピィン♪ と弾いた。
「──大人しく、冒険者認識票を返却するかだな」
ふ、ふざっ!!
「お、おい、ガキ! せめて金を返せっっ!」
そうだ、警告を受けたうえ、金もないんじゃどうやって暮らせと──。
違約金の足しにもできやしないんだぞ!
「はぁ~~~?? 知りませんよ。……そんなことより──マスター僕はもう行きますね、あとはお願いします」
ニィと口の端を歪めて笑うアレス。
相棒のメリッサもフンッと鼻で笑っている。
「ああ、はい。ご協力ありがとうございました」
ペコリと一礼してアルスを見送るマスター。
モンドに対する扱いとは雲泥の差がある。
「おい! 待てよ、てめぇ!」
金を返せっ!
「いい加減にしろ!」
ドンと肩を押されて突き放される。
「そんな、マスター! あ、あいつは確かに俺の金を……」
必死に訴えるも聞く耳を持たれない。
マスターの態度は決してモンド寄りではないが、もっと公平な人だったはずだ。少なくとも言い分は聞いてくれるはずなのだが……。
「仮にそれが本当だったとしても、獲物を横取りした事実が事実だろう」
「そ、それは───!」
そう。『それは』だ。
モンドにだって言い分がある。
狩場で獲物が重複することなどままあること。それをいちいち咎めていてもしょうがないので、実際の現場では当人どうしで話をつけて済ませることが多い。
今回もそれで済むはずだったのだ。
「それにな……。モンド聞いたぞ。お前、まーた解雇されたんだってな。『岩の城』の連中から酷い苦情が来ていたぞ?」
「ぐむ……! い、今は関係ないだろ」
だが、食い下がろうとするモンドを絶対零度の目線で見下ろすマスター。
「関係ないだと?! お前、こっちはどうすんだ? もう、時間がねぇぞ?」
その手には『スケルトンの素材回収×10』のクエストの受注書の写しがあった。
「う……そ、それは……」
マスターはペシペシとクエストの写しを叩きながら、
「ふん。大方、それで焦って人の獲物を横取りしようとしたんだろ? 新人なら脅せば黙ると思ったんだろ? 違うか?」
「ち、違う!」
「どうだかッ。……わかってるんだろうな? このクエストの期限は今日まで───。そして、お前はもうペナルティがいっぱいいっぱいだ。つまり、」
つまり───……。
「もし、今日中に達成できなかった場合は───……」
ジロリと見下ろすマスターの視線に思わず震えあがるモンド。
「問答無用で冒険者認識票をはく奪する!」
#2
「───問答無用で冒険者認識票をはく奪する!」
「そ、そんな! そのクエストは無理やりあいつらが! だ、だいたい───ぼ、冒険者認識票がなくちゃ、ダンジョンにも入れない! クエストも受けれないじゃないか! それでどうやって違約金を払えってんだよ?!」
モンドの足がガクガクと震え始める。
いま、自分はとんでもない状況に置かれているのではないかとようやく再認識した……。
「そんなことは、知らん」
ギルドマスターはキッパリと言い放つ。
「───クエスト未達成なら、明日からお前は無職だな。……おまけに獲物横取りの違約金も払えないんじゃぁ、憲兵に突き出すしかないな」
「お、おい! 本気か?!」
そんな他人事みたいに───!
「は。それが嫌なら、今日中にクエストを達成することだな。0時まであと数時間あるぜ?」
意地の悪い笑みを浮かべるギルドマスターを見て、モンドは歯噛みする。
到底達成できるわけがないと思っているのだろう。
スケルトンは初心者度御用達の雑魚モンスターだ。
夕方遅くともなれば狩りつくされているし、さらにはアルス達が一匹残らず殲滅したと言っていた。
「じゃ、頑張りな───。温情として、0時までは待っててやるよ」
「く……! この……!」
待つも何も、どうせギルドは24時間営業───……!
酒場で飲んで待っているだけだろうが!
───にべもなく言い捨てるとこの場を後にするマスター。
「ま、頑張りな─────」
「ちょ……! ま、」
バターーーーーーン!!
「クソ!」
モンドの鼻先で正面入口が閉ざされ、あれほどにぎわっていた玄関ホールも静かになる。
残っていた冒険者やギルド職員も早々に引き上げるのだろう。
いつもならダンジョン入口の施錠のためギルド職員が残っているというが、どうやら最近は怠慢しているらしい。
おかげで0時まで探索を続けることができそうだが……。
すでに周囲は人の気配が希薄になり、シーンと静まり返る旧魔王城。
……カサカサと、虫型の魔物が蠢く気配が微かにするくらいで、魔物の姿すら見えない。
暗闇に沈みつつある旧魔王城はかなり不気味だ。
「───はぁ……」
そして、何もやる気が起きなくなったモンドは、クサクサした気分で寝ころび玄関ホールの高い天井を見上げた。
ドーム型の天井には禍々しい絵が描かれており、見るものを畏怖させるが──見慣れたものからすればただの緻密な絵画にしか見えない。
その絵画を彩る様に、天井からはいくつもの吊りさげられた檻がぶら下がっており、魔王城時代からの象徴らしい拷問の痕跡を未だ残していた。
その檻の中には責め殺されたらしいミイラ死体や、白骨が未だに放置されているのだ。
そして、その中には地下牢で見たような誰にも相手にされない哀れなスケルトンもいた。
「……お。スケルトンみっけ───」
人一人やっと入れるような狭い籠に押し込められた白骨死体。
ロクに動けないのか、モゾモゾと身じろぎしているのが見える程度だが、間違いなくスケルトンだ。
……おそらく、奴は魔王が討伐される前よりあそこにいるのだろう。
「───な~んてね。あんな高い所のスケルトンを狩る馬鹿がいるかよ」
とはいえ、スケルトンはスケルトンだ。
あんな魔物でも倒せば銅貨とドロップ品を落とす。
(つまり、あれでも倒せば素材が手に入るってことか……)
ただ、あまりにも高い位置にいるものだから倒す努力に見合わないのも確か。
がらんどうの旧魔王城の入口ホールの天井近くだ。……落下でもしたらと思うと、「痛ぇ」で済むはずがない。
「とはいえ、だ……」
このままだと、冒険者認識票は剥奪されるし、
そして、ライセンスを失えばモンドには金を稼ぐ手段はなくなり、違約金の銀貨10枚を稼ぐ手段がなくなる……。
冒険者でなくなれば町では嫌われ者のモンドを雇ってくれるところなどあるはずもなし……。
つまり、ここが正念場!
ここで、諦めたらそこで人生終了だ。
たかだか、スケルトン素材一個。
されどスケルトン素材一個───。ここでで命運が分かれるということ……。
「……なら、やるしかねぇか───」
スケルトン一体を倒すために負うリスクとしては高すぎるが、
今はこのスケルトン一体が欲しい。その素材が欲しい……!
モンドは覚悟を決めると、起き上がり旧魔王城の倉庫へ向かう。
当然、倉庫もダンジョン化しているのだが、ほどなくしてモンドが引っ張り出してきたのが──これ、大梯子。
(多分、天井の絵画の修復用に旧魔王城で使われていたのだろう)
それを天井まで延長して立てかける。
「だ、大丈夫か、これ?」
少なくとも、魔王が討伐されて以来誰も使っていない大梯子だ。10年選手の中古品……。
メリメリメリ……!
「ひぇぇ、お、折れるなよ?」
嫌な音を立てて軋むそれに冷や冷やとしながらも、上るモンド。
「た、たけぇ……」
思った以上に高い。
下を見ると、タマヒュン状態。
「く……見るな。見なけりゃ大丈夫……!」
自分に言い聞かせながらなんとか天井付近にたどり着いたモンド。
しかし、そこからもまた大変な作業だ。
天井付近にぶら下げられた檻は施錠されている。
不安定な足場から手を伸ばして檻を開ける。そして、スケルトンを引っ張り出す───その動作をやらねばならぬ。
───ウギギギギギギギ……?
骨の軋みが耳朶を討つ。
ほとんど動いていなかったスケルトンがモンドに反応して、暗い眼窩を向けた。
「う……」
その禍々しさに思わずのけ反るモンド。
(な、なんだコイツ……? 本当にタダのスケルトンか?)
ず~~~~~~~~~っと、入口付近の天井に幽閉されていたスケルトン。
そんな雑魚丸出しの骨野郎にモンドが怯えたのだ。
だが、
「ち……。た、高さにビビってるのさ───。たかがスケルトン、どうってこたぁねぇ
ジッとモンドの動きを見るスケルトンは、うつろな化け物のような無機質さを感じない。
むしろ、知性すら感じさせる目線だ。
(まさか? スケルトンに知性があるなんて聞いたこともねぇ)
かぶりを振ると、檻の施錠に手を駆ける。
外から開ける仕様のようで、レバーを解放すればいいらしい。
「感謝しろよー。そこから解放してやるからよ」
(そして、この世からもな……! 成仏しろ)
ウギギギギギギギギ……、とスケルトンが立てる音に、ヒヤリとしながらも開放して扉を開けると──。
「ぬ……出て……こい!」
この高さなら剣を使って倒さずとも、引きずり出せばそれでいい。落ちれば一撃だろう。
そう思ってズルズルと骨を掴んで出す──。
───……この絵面!
「ぐぬぬ……。もうちょい、もうちょい───出てこい!」
ズルズル。
ズルズル。
ズル──────……。
「せ、狭ッ……」
そう思った瞬間。
……まるで期待するような目線を向けるスケルトンであったが、果たして───。
───ガポーーーーーン!!
と、抜け─────。
「……やった───出た!?」
『ぶッはぁぁぁぁああ!! 狭かったーーーー!!』
───ぬはっ!!
「ちょ、うぉ?! な?!」
思わずのけ反るモンド。
突然、喋り出したのは、なんとスケルトン!!
しかも、モンドがしっかりと掴んだその手の先で、流ちょうに喋るではないか?!
「へ? は? しゃ、しゃ、喋……?!」
『あー…………! 狭かったぁぁっぁあああ! きっつぅぅうう! 肩こるわー……あ、肩なけど、ゲタゲタゲタ!』
しゃ、喋ったぁぁぁああ!?
「ひぃぃ!」──────って。
「あ」……驚きのあまり梯子から手を放してしまった。
フワリと体が浮遊感を感じる。
スローモーションのように梯子が倒れていき、モンドの身体が支えを失って宙に浮く。
その先は旧魔王城のホールの固い床があるのみ。
(あ……。これ、死ぬわ)
妙にゆっくりと床が近づいてくるのを見て死を覚悟したモンド。
まさか、スケルトンを狩ろうとして死ぬなんて……。恥ずかしくて、人に言えたものじゃない───。
「はは。しょうもない人生だな──────」
全てを諦めたその瞬間──!
『おおおい! 兄ちゃん、大丈夫かいっ』
……え?
「あれ?」
落ちてない……?
疑問に感じるモンドの耳に大梯子が床に倒れてバラバラに砕ける音を聞いた。
だが、そこにモンドはいない。
モンドはといえば───。
「げぇ?!」
ガシィとモンドの手を掴んていたのは、なんとさっきのスケルトン……っていうかスケルトぉっぉおン!?
「ひぃ、ひぃ! は、はなせぇぇ!」
『馬ぁ鹿言うんじゃないよ、手ぇ離したら落ちちまうよぉ』
いや、そうだけど、えええ? 何、なになに!?
「ひぃ! な、何だお前?! スケルトンが喋ってる?!」
『いいから、こっちに掴まりな! アタシも筋肉が痺れてきた──あ、肉は無いんだけどね、ゲタゲタゲタ!』
そんな冗談言ってる場合か、って場合じゃないけど、あーーーーー!
「ひぃひぃひぃ」
なんとか天井に吊り下げられた檻に掴まるモンド。
その視線の先ではスケルトンが首をゴリゴリ音を立てて回しながら檻から半身を乗り出して座っている。
『あーーーーーーホントにきつかったわ……狭いの、もうダメ。って……ちょっと、退きな、早く降りなって』
しっし、と追い払うような仕草で俺に檻から飛び降りろと促してくる。
「ば、馬鹿言うな! こ、こここ、こんな高いとこから飛び降りたら死ぬわ!」
『あぁぁん? たかだか、20mかそこらだろうが? 大げさだねぇ?』
大げさちゃうわ!!
モンドが抗議すると、やれやれといった様子で肩の骨をすくめたスケルトンがズルゥ──と檻から這い出し、モンドの手を取った。
折から人骨が這い出して来る図は、かなりのホラーだ。
「いひぃぃぃぃ! た、助け────は、離せ!」
『だから、離したら死んじまうよ? 大丈夫だって、取って喰いやしないよ! 降りるよっ』
お、降りる?
「ちょま!」
『トゥ!!』
そういったがはやいかスケルトンはモンドを横抱きにするとクルクルと回転しながら檻から飛び降りる──────。
「ちょ、ちょぉぉおおおおおおおおおお!!」
20mもの高さを骨と一緒に飛び降りる───……死ぬ!!
『あらよっとぉぉお!──────10点、10点、10点…………99点、いえっぇえええ♪』
ズンッ!! と、埃も高々と飛び降りたスケルトン。
なんと、モンドを抱えて飛び降り日々一つない。それどころか衝撃を完ぺきに殺し、ポーズまで決めている……。
「ひ、ひ、ひぃ……」
完全に腰を抜かしたモンドであったが、なんとかスケルトンから距離をとると、震える手で剣を構える。
『あん? なんだいその剣は?』
一方スケルトンは頭をポリポリ掻きながら素手で余裕の表情(顔はないけどそう見えた)。
「き、き、決まってんだろ! お、お前を倒すんだよ!」
『……なんでぇ?』
意味わからんと、骨骨ポーズで見事に感情表現。
「お、俺は人間で、お前はモンスター! 倒して当然だろうが!」
『あ。い~けないんだー。そうやって差別するのはよくないねぇ』
「語るに及ばず!」
モンドが問答無用とばかりに切りかかる。
たかだかスケルトン。
喋るのは珍しいとはいえ、それだけの事──────。
「あれ?」
ヒュン! と勇ましく剣が空気を切るがスケルトンには掠りもしない・
『なんだなんだい? それでも冒険者かい。当たってないじゃないか?』
ゲタゲタゲタ! と骨を揺らして笑うスケルトン。
その様子にカッ! と頭に血が上るモンド。
「舐めるな! 元A級冒険者──モンド……参る!」
『ゲタゲタゲタ。偉そーうに……。D級だって知ってるよ!』
全力で振りかざしたモンドの剣をスケルトンは易々と躱す。
今度は外さないようにかなり接近したというのに───。
『どうしたどうした? そんなへっぴり腰で骨を断てるもんかい』
く……!
「うるせぇ! つーか、なんでD級だって知ってんだこの野郎! 骨野郎に知り合いはいねぇ!!」
『カカッ! なんでも知ってるさね。D級───それも、あと一週間だって言うじゃないか、こりゃ傑作だ』
ゲタゲタゲタ!
「な、何でそんなことまで?!」
もはや喋っていることは百歩譲っていい。いくないけど、いい。
『ず~っと、上から聞いとったよ、モンド。…………アンタ、随分嫌われてるんだね』
どこか同情すら混じるスケルトンの声。
やけに訳知り顔かと思いきや、ゲタゲタゲタと何がおかしいのか大笑いしている。
「くっ、骨野郎にゃ関係ねぇだろ──いいから下顎よこせぇ!」
討伐証明の下顎──テメェでクエストコンプリートなんだよ!
そう気合を入れて剣の技を繰り出しスケルトンを粉砕せんとす!
斬撃
逆袈裟切り
そして、
『ん~? 下顎かい? まー、顎くらいくれてやってもいいけどね。……なんせ、お前さんにはデカイ貸しができたからねー』
───隙ありぃぃ! と、ばかりに繰り出した刺突も、ペシンッと叩いてあしらわれる。
『よし……! じゃ、下顎をくれてやるとするか! こっち着いといで』
「ありゃ?!」
ブンッ! と盛大に空振り、ドシンと尻もちをついたモンドに手を差し出すと無理やり引き起こし、
さっさと歩き始めてしまった。
「こ、このぉおお!」
馬鹿にされていると感じたのか、モンドは大上段に振り上げ、そのカタカタと鳴る無防備な背中に剣を叩き込もうと何度も斬りかかる!!
おら!!
おらぁぁあ!
おらぁっぁああ!!
『あーあー。ダメだよ。アンタ、片目の剣術に慣れてないね? まともに練習しないから、昔の変な癖が残って当たるものも当たらないさね? だいたい、そんな見え見えの剣筋じゃ、スケルトンだって倒せないよ!』
うるせぇ!
だが、全く振り返りもせずにヒョイヒョイと躱されるため、モンドも段々疲れてきた。
「……ってか、スケルトンくらい倒せるわぃ!」
『倒せてないから』
うっせぇ、うっせぇ、うっせぇわ!
「ぜぃぜぃぜぃ……丈夫な骨だぜ……!」
『一発も当たってないよ! ほらほら若いもんが……だらしないね、シャンとしなさんな』
へたり込もうとしたモンドに、肩を貸すスケルトン。
おかげで、すぐ近くに骸骨面が、
「うひぃ!」
『ひひひひ、若いもんはあったかいのー……どれ暫く大人しくしとれ』
そう言うと、肩を科すというよりも猫をつまむように首根っこをひっ掴んでズンズンと旧魔王城の奥へ行く。
「ちょ!? おい! ど、どど、どこにいく?! 俺を食う気だなてめぇ!」
『骨しかないのに、どうやって食うっていうんだい!』
モンドの苦情もなんのその、スケルトンは勝手知ったる様子で、旧魔王城の地下へと降りていく。
「な?! 地かは止めろ! 地上と違って地下深くには結構強力な魔物が出るんだよ!」
『あん? そりゃ当然じゃろうが? 人間どもは魔王城を浄化したみたいじゃが、地下はまだまだ魔力が濃いからねー』
そういってズンズン地下に下りていくスケルトン。
当然モンド付き!
「ちょ! は、離せ! 殺すだなてめぇ?!」
きっと、大量の魔物の下に連行するつもりだろうと当たりを付けたモンド。
『馬鹿言うんじゃないよ! 御駄賃を上げると言うてるんだよ』
御駄賃? 金か?
「ば、ばーか。ここにはもう何も残ってねぇよ。金目のもんは洗いざらい勇者パーティとギルドが持って行っちまったよ」
『はん! 大事なもんを見えるとこに隠すわけないだろうが……近頃の人間はアホで敵わんよ』
と小ばかにしたように、吐き捨てるスケルトン。吐くものはないだろうけど、
『ほらここだよ!』
到着したのは、地下5F!!
まったく光が差し込まない闇の世界だが、モンドのもつランタンで辛うじて視界が確保できる。
ここは魔王城時代は、上位魔族らが暮らす居住区だったらしい。
今では、彼等の成れの果ての亡者がうろついており、
比較的強力なアンデッドがわくポイントだった。
「いだッ!」
スケルトンに担がれていたモンドは、途端にポイっと地面に降ろされる。
その瞬間、周囲に悪意が満ちる。
「う……!」
旧魔王城は初心者ダンジョンではあるが、地下の奥深くでは中級相当の魔物も出没するため、基本的には探索は推奨されない。
借りに腕試しに行ったとしても、宝箱は取りつくされており、魔物だけがうろつくという美味しくない狩場なのだ。
ゆえに、放置されていることが多い。
確かにここならスケルトン素材も取れるだろうけど───。
「ちょ、ちょっとまてよ! お前───!」
ゲタゲタと笑いだすスケルトン。
その笑いにつられるように、ウギギギギギ……! と不気味な骨の軋みが闇の奥から響いてくる。
こ、これは───。
ヌゥ……と、ランタンの明かりに現れたのは、赤み掛かったスケルトン───ハイスケルトン……の群れ!
「ひぃぃいい!!」
す、すげぇぇえ数じゃねぇか!!
ランタンの明かりに浮かび上がっただけでも十数体のハイスケルトンが武装を手に現れた。
その動きは、ただのスケルトンの比ではなく小走りに近い速度でモンドに迫る。
「く、てめぇ! やっぱり俺を殺す気だったんだな!」
騙された……! 罠ッだったのだ!
(何が貸しを返すだ! 檻から出れたのをいいことに、仲間のもとにモンドを連行して八つ裂きにするつもりだったんだな?!)
『あん? 何を言ってんだい? お望みの下顎だよ───ほれ、より取り見取り』
「言ってる場合か!?」
ボロボロの剣と盾を構えた赤い骸骨が薄暗がりの中を突進してくるのだ! その光景と言ったら!
「く───!」
いっそ逃げようとしたモンドだが、すでに背後にまでハイスケルトンに回り込まれ逃げる隙も無かった。
くそ……!
せめて剣士として雄々しく死のうとモンドが胴の剣を構えた時───。
『そんな剣じゃ骨は断てんと言ったろう? ま、見とくんだねー』
そういうが早いかスケルトン───……ええいややこしいので、骨野郎でいいわい!
改め骨野郎は、地面に落ちていた太めの大腿骨を拾うと、肩に乗せるように鎖骨当たりをコンコンと叩き、余裕綽々。
一方でハイスケルトンは、モンドも骨野郎もお構いなしに包囲すると、赤い骨の口をガパァと開けてガチガチガチと歯を鳴らす。
ガタガタガタガタガタガタガタ!!
ゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタ!!
まるで一斉に笑い転げているようだ……。
「ひ、ひぃい」
大量の赤い骨が笑うその光景──────まさに絶望。
『全く情けないねぇー。元A級だろ?……そして、お前たち───』
骨野郎の声が一オクターブ落ちたような気がした。
『……そうか、もう魂すら失い───言葉も持たぬか』
しみじみといった後、骨野郎の持つ大腿骨がブルッ……と、震えた気がした。
その瞬間──────……!
ボォォオン!!
「ほゎ?!」
まるで、竜巻───……そうとしか表現できないモンドがいた。
彼の目の前で起こるあり得ない戦闘。
白い骨が赤い骨を圧倒する。
いや、それは戦闘なのだろうか?
まるで、舞うように───踊るように……白い骨が赤い骨の間を縦横無尽に駆け抜ける!
『いいかいモンド───せっかくだからよく見ておきな』
まるで騎士が見習いに剣術を指南するようにモンドに厳しくも優しく語り掛ける。
『アンタは昔魔眼を使っていたろう?』
「ッ! な、なんでそれを──」
だが、それには答えず、
『その時の癖が抜けていないのさ。おかげでそれを失った今、並の剣士よりも動けない───……身体が魔眼の癖を忘れないせいさね』
「な、なにぃ……!」
パカァァアアン! と、モンドの背後に迫っていたハイスケルトンが砕け散る。
「お、お前に何がわかる! 俺の何が──……」
『子供みたいに拗ねるんじゃないよ。……知っているよ、勇者どもに騙され、魔眼をなくしちまったことも何もかもね』
な、なんだと……?!
なんで、十年前のことを───……。
『だけど、もう十年だ。いい加減、魔眼に頼るのはよしな。……そんなものなくとも、アンタは十分に強いよ?』
「ふ、」
ふざけるな!!
『……だから、よく見るんだね───今、アタシは片目で戦っているだろう?』
パカァンパカァァン!! と、ハイスケルトンが見る見るうちに数を減らしていく。
「───って、アンタ、もともと目がないだろうが!!」
『あ、そうだったそうだった! ゲタゲタゲタゲタ!』
バカにしてんのか……!?
『ま、イメージさね。実際、片目で戦ってるのは事実さ?』
そういうと、普段のモンドの動きを真似するかのように動き、だが、モンドよりも一歩洗練された動きでハイスケルトンを砕いて見せた。
それが最後の一体……。
ガラガラガラガラガラガガラ……!
骨野郎が動きを止めた時、ハイスケルトンの群れが全て崩れ落ちる……。
『ってな感じさ。わかったかい……』
「…………わかるか!!」
モンドのツッコミをゲタゲタ笑って受け流す骨野郎。
『カカカッ。まぁすぐには無理じゃろうな───。ま、おいおい慣れていけばよい』
「慣れるか、馬鹿……」」
ゲタゲタゲタ!!
呵々大笑する骨野郎を胡散臭そうに見るモンドであったが、
「……だけど、まぁ。ありがとう」
素直に礼を言うモンド。
彼の足元には大量のハイスケルトンの素材が転がっていたのだ。
その数、50はくだらない!
しかも、ドロップ品がまた大量に───……!
『なぁに、礼には及ばんよ。むしろ礼を言いたいのはアタシの方さね───なんせ、懲役9999年の……って、聞いてないねコイツ』
骨野郎が何か言っていたようだが、モンドはドロップ品を拾うのに忙しくてそれどころではない。
クエストアイテムは下顎一個だけで十分だが、それ以上にドロップした銀貨や銅貨が大量だ!
オマケにハイスケルトンが落とした武具や、純粋なドロップ品も大量大量!
「う、うひょぉ……。こ、こんな大量のアイテム見たことないぞ!」
もう目を$マークにしたモンドは浅ましくも全部持ち帰ろうと、背嚢に次々に詰めていく。
『おいおい、モンド。そのくらいにしておいた方がいいぞ? あんまり持っていくと───』
「うるせぇ!」
錆びた長剣×5
錆びた短剣×20
錆びた丸楯×18
錆びた曲刀×9
ハイボーンズソード×1
赤い骨の指輪×1
赤い骨のネックレス×1
赤い骨のバングル×1
銀貨×7枚
銅貨×29枚
ハイスケルトンの下顎×30
『───あんまり持っていくと、重さで連中に追いつかれるぞ?』
「お、重てぇ……。って、連中???」
ザワザワザワ……。
ザワザワザワ……。
『んむ。ここは居住区だったゆえな、多くの末路わぬ魂が彷徨っておる。そいつらは激しい音に引き寄せられるでの、』
当然……。
「え? ま、まさか───」
スゥー……と、気温が下がった気配。
『おうおう、来よる来よる!』
「……うっそだろ!! ハイファントムじゃねーか!!」
ザワザワザワザワ…………───キャハハハハハハハ!
突如壁の中から、スルリと這い出てきた半透明の人影。
それは薄く青い炎に焼かれた髑髏の集合体で、ユラユラと蠢きながらモンドに取りつこうとする。
『だから言ったじゃろ? どうする───』
ど、どうするって───。
「逃げるに決まってんだろうが!!」
ダッ!
『カカカカッ。それじゃ追いつかれるぞ───だから持ち過ぎだといったんじゃ』
しかし、モンドとしては全部持ち帰りたい。
だけど、このままでは追い付かれて呪い取り殺される!
いくら骨野郎が強くても、実体にないゴースト系には太刀打ちできないだろう。
「こなくそ!」
モンドは懸命に駆け抜け、来た道の逆順を駆けるがもう間に合わない───。
キャハハハハハハハハハハハハ!
ウヒャハハハハハハハハハハハ!
不気味な入ファントムの笑いがすぐ背後の迫ったとき。
『ほれ。モンドこっちじゃあ』
プシュー……と空気の抜ける音。
その瞬間、ふわりと体が浮いたような感触を感じた時、モンドは地上1Fのホールに排出されていた。
うまく着地できずにドテンと尻もちをつくも、
「あ、あれ? こ、ここ……」
『カカカカッ。ちょうど運よく、魔導エレベーターがあったのでな、地上まで一っ飛びせてもらったぞ』
マジかよ、コイツ……?!
「な、なんだよそれ? 魔導エレベーター?! そ、そんなのこのダンジョンにあったか?」
長年通い続けているモンドですら知らない設備。
しかも、それを難なく起動してみせ地下5Fからあっという間に到達させてしまった。
『ゲタゲタゲタ! お前さんら人間が気づいてない設備なんて、この城にはまだまだい~っぱいあるわい、ゲーッタゲタゲタ!』
そういっていつものように呵々大笑する骨野郎……。
「お、お前───本当にタダのスケルトンなのか? い、一体お前は……」
『アタシかい? アタシの名はザラディン───懲役9999年の刑期を食らい、魔王城にて幽閉されていた哀れな隠居じゃよ』
きゅ、
「9999年????」
途方もない数字にモンドが目を剥くも、
『カカカカッ! まぁ、終身刑さね。……だが、お前のおかげで解放された。感謝するぞモンド』
おいおい。
ちょっと待てよ……。
ザラディンが何者か知らないけど、俺はとんでもない奴を解放しちまったんじゃないのか?
『というわけでのー。モンドには返しても返し切れん恩義ができた。だからのー、アタシの持つものをすべてお前にやることにしよう』
「持つものって……」
ジーっと、骨野郎、改めザラディンを見るモンド。
白い頭。……白骨だもんね。
白い鎖骨。……白骨だもんね。
白い肩甲骨。……白骨だもんね!!
白い肋骨──────。白骨だもんねぇぇぇ!!
『うふん、どこ見とるんじゃ? 恥ずかしいのー……』
「肋骨ですが何かぁっぁあ?!」
なんも持っとらんやんけ!!
「骨しかねーーーじゃねーーーか!!」
『まぁまぁ、そういうな───こうしよう! お主の家にアタシを連れていきな! 身体で返してやろうじゃないか!』
身体って、アンタ……。
「いや、いいです」
『こう見えても床上手じゃぞー! 超やせ型じゃしのー! ゲタゲタゲタッ』
「そんな特殊な趣味ないです」
『遠慮するな、遠慮するな! 朝餉くらい作ってやるでのー、骨だけに出汁タップリのな、ゲタゲタゲタッ!』
面白くねーよッ!
なんか疲れる……。
ガックリとうなだれたモンド。
(どう断ったものか……)
だけど、このザラディンなる人骨───少なくとも並みのスケルトンではない。
───ハイスケルトンの大群を鼻歌交じりに殲滅できる強さを誇る……。
ただのスケルトンなら絶対にできない芸当だ。
しかも、力もあるし、知能もあるらしい。
下手に逃げて怒らせれば、突然襲い掛かってこないとも限らない。
「ぐぬぬ……。詰んでるじゃねぇか!」
『ツンデレ? ノンノン、アタシはノンケじゃよ?』
「やかましい!!」
くっそー……。
しばらく言う事を聞いて、恩を返したと思わせれば勝手に満足してくれるだろう。
最悪、冒険者ギルドに放置していってもいい。そうすりゃ、街中に現れたモンスターをギルド全員でぼこぼこにしてくれるだろう。
もにも、その場合は俺も罪に問われるだろうが、ザラディンに殺されるよりは遥かにいい。
「わかった、わかった。わかったよ……まずはギルドな? そのあとで家に連れていくから、働いて返してくれ」
あと、頼むから暴れないでくれ……。
『うむ! 任せぃ! カカッカカ──(久ぶりの外じゃのー)ゲタゲタゲタッ!』
「何か言ったか?」
『んむ! 存分に恩を返させてもらおう』
そうしてこうして、何が悲しいのか俺は大量のドロップ品とともに、喋るスケルトン……ザラディンを連れて町に戻ることになってしまった───。
#3
「む! まて貴様──!」
街に入る手前で衛兵に呼び止められる。
……そりゃそうだ。
「お疲れさん。冒険者の──」
「なんだ、モンドか……聞いたぜ。警告5回だってな。……ケッ、テメェの面ももうじき見納めだな」
ペッと吐き捨てるように俺を冷遇する衛兵。どこもかしこも、俺に対してはこんなもんだ。
「それよりなんだ、その荷物ー……デカい袋だな。夜逃げにしちゃ方向が逆だぞ」
夜逃げと、ちげぇわ!!
『……狭いのー』
「──わあああぁぁ! あー……ドロップ品だよ。ほ、ほら!」
ハイボーンソードを袋から取り出し、これ見よがしにみせるモンド。
「なんだ急に大声出して? っていうか、今その袋から何か聞こえた気がしたが……。まいいや、ドロップ品ねー」
「テメェらにゃ関係ないだろ、もう行くぜ」
本来、
街の住人が衛兵に呼び止められる謂れはない。……モンドがこうして呼び止められたのは、まぁ嫌がらせみたいなものだろう。
色々積み重なって住民感情はいまだモンドには優しくない。
十年も過ぎれば、徐々に人々の記憶は薄れるが、モンドに対する冷遇だけは根強く残っていた。
「ち。態度の悪い野郎だぜ」
(どっちがだよ!!)
衛兵のジト目を間近に感じながらも、無視して歩いていく。
『なんじゃ? いつもあんな扱い受け取るのか?』
「今日はまだマシな方さ」
にょきりと袋から顔を出すザラディンの髑髏面。
「おい! 街中だぞ?! 顔出すなよ!」
……結局強引についてくるというものだから渋々こうして袋にザラディンを隠して持ち歩いているというわけ。
ザラディンさんたら、器用にもバラバラになれるみたい……。
おかげで袋の中はちょっとしたグロ画像だ。
『そうはいってものー。町の様子やら、お前さんのこともきになってのー』
「けっ。余計なお世話だよ。……もっと酷い時はガキにクソを投げられるから、今日はマシさ」
『ふん。人間ってのはつまらん生き物じゃのー』
「…………骨には言われたくねぇよ」
つーか、喋るなよ!
まったく、こんな危険なものを持って歩けんわ!
『それにしても、そんな思いまでしてなんでこの町で暮らす?…………昔の復讐かぃ?』
「関係ねぇだろ!」
やけに詳しいザラディンに閉口するモンド。
ここに来るまでにいくつか話をしたわけだが、なんでもザラディン曰く、天井につるされて幽閉されている間───ずっと下の魔王城のホールの様子を見ていたらしい。
それこそ、十年前の勇者パーティが魔王城に突入した時にもずっと……。
どーりで詳しいわけだ。
「ほら、いいから大人しくしててくれよ。借りを返すんだったらせめて迷惑かけるなよ……」
『う、うむ。すまんかったの……。それを言われると弱いわい』
大人しく袋に引っ込むザラディン。
それでもまだブチブチと文句を言っている。
『あー……ダメじゃの。狭いとこは完全にトラウマになっておるの。もう二度とゴメンじゃ!』
「うるッせぇ! しゃべんなっつってんの!」
そうしているうちにギルドに到着したモンド。
ゆるでも明るい街の中のこと、このギルドはさらに明るく喧騒に包まれていた。
だが、その喧噪はモンドには縁遠いものだ。
しかも日に日に遠く遠くなっていく。
そして、ピタリと足を止めるモンド。
スイングドアを押す手が止まる───。
『どうしたモンド?』
「……いや、なんでもない」
スイングドアを押し開けるモンド。
足が重い気がするも、ここに来なければ仕事ができないのだから仕方がない。
カラン、カラ~~ン♪
とカウベルの音がさわやかに響き、ギルドの喧騒がモンドを確認した途端、シンと静まり返る。
(ち……!)
どうやら、喧騒の話題のいくつかはモンド関連であったらしい。
見知った顔がいくつもヒソヒソ話をしている。
ただでさえモンドは冷遇されている中、
過去にパーティを追放してきたメンバーもいるし、今日でいえば『岩の城』の連中もギルドの窓口でクエストの相談をしている。
連中からはジロリと鋭い視線を感じるが、モンドは殊更気づかないようにしてカウンターへと向かった。
カウンターの周囲も人気が多い。そっとギルドの窓口を窺うと視線が刺さり、クスクスと笑いが広がる。
既に噂は伝わっているようだ。
「ちっ」
わざと聞こえる様に舌打ちをしてカウンターに向かう。
幸か不幸かギルドマスターは奥にいるようだ。
野郎の顔を見たくなかったのでちょうどいい。
美人受付嬢は、『岩の城』の相手に忙しそうだったので、仕方なくハゲの中年職員に話しかける。
「どーも」
「ん~。……お? モンドじゃねぇか。今日はどうした?……人からパクったスケルトン素材なんていらねぇぞ」
く……どいつもこいつも!
「ちげぇ! パクってねぇっつの!……ほら、クエスト完了だ! さっさと手続きしろよ」
バァン! と半ば叩きつけるようにクエストアイテムを載せた。
「おいおい、突くならもっとマシな嘘つけよ。……お前ごときが短時間でスケルトン素材を10個? ひとりでそんな───……。って、なんだ、こりゃ?」
カウンターの上に積み上げた赤いスケルトン素材───……。
ハイスケルトンの下顎×30
ノーマルスケルトンの下顎×10
「どうだ? これで足りるだろうが」
「な?! こ、これは───」
じっと素材を鑑定する中年職員──すると、見る見るうちに顔を青ざめさせる、そして──。
「ま、マスター! マスター!!」
椅子を蹴立てて立ち上がると、奥に駆けこんでいく。
……おいおい何だよ。
何事だよ?
っていうか───。
「あれ? なんでノーマルスケルトンが10個あるんだ? たしか、9個しか───」
『あ、それアタシんだよ!』
ひょい!
と、袋から手を伸ばしたザラディンが、下顎を一つ掴んで袋に戻る。
「…………って、ちょぉぉお! 出るなっつってんだろ!!」
こんなところを見られたらどうすんだよ!
冒険者認識票はく奪どころの騒ぎじゃな──……。
「おい、モンド!!」
ギっクぅッッッッッ!
こ、この声は───。
「てめぇ、これはいったいどういうことだ……」
ユラリと立ち塞がるギルドマスターがモンドを威圧する。
元B級まで登りつめたという腕前は伊達ではなさそうだ……。
───み、みみみみ、みつかった……?!
「お前ぇ……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ───これには深い」
バァン!!
「ひ!」
「お前ごときがハイスケルトンを30体も狩れるわけねぇだろうが!! 何をしでかした、ごらぁあ!」
ギルドマスターが物凄い剣幕でモンドに詰め寄る。
その言葉に一瞬ポカンとしたモンドだが、次の瞬間───激高する!
「んっだと!! 俺が盗んできたっていうかよ! えぇおい!!」
「当たり前だろうが!! お前みたいなカスのD級が、ハイスケルトンを倒せるか! ぼけぇぇ!」
なんだと、コイツ……!
(確かに、俺が倒したわけじゃないけどよぉ……!)
「端っから疑うってのはどういう了見だ?! えぇ、おい!!」
モンドも一歩も引かずギルドマスターと正面から睨みあう。
余りの剣幕に冒険者ギルド中がシンと静まり返る。
おかげでギルド内の全視線を集めるモンド。
奥の方では、鑑定員が職員とハイスケルトンの素材をあれやこれやと鑑定している。
「……んものですよ、これ」「ばか、……じゃない」「しかし、……の色は、」「持ってきたのはモンドだろ? あり……!」
そのうちに鑑定員がギルドマスターに耳打ちをする───「本物です、全部……!」と。
……正面をきってにらみ合っているものだから丸聞こえだ。
そして、
「───ち。……いいから、さっさと話せ。これはどこで盗んだ?」
「盗んでねぇっつの!」
「ど・こ・で・盗・ん・だ? と聞いている。無駄な手間を取らせるな。……お前、夕方の時点で手ぶらだったろう」
鼻から犯罪者扱い。
問い詰めるようなマスターの口調に、俺は一瞬で状況を理解し頭が沸騰するのを感じた。
このマスターももっと人情家だったはずだが、違反行為からの──冒険者認識票はく奪宣言までの一件に至るまで、どうもモンドに対する風当たりが強い。
そりゃ、アルス達に問題行動を起こしてきたのは認めるけども……ごにょごにょ。
「だから、盗むかっつの! そりゃ正真正銘ドロップ品だ」
「馬鹿言うな、これはC級以上の冒険者が狩る魔物だ! それをこんなに大量に──……ありえんだろうが!」
「盗む方がありえねぇよ!!」
「む…………」
一瞬、「確かに……」と、マスターの表情が揺れる。
しかし、
「……モンドよ。盗んだんじゃねぇならどこで手に入れた?」
「うるせぇ、パパッと仕留めてやったんだよ!」
……ザラディンが、ね。
「なぁにぃ? ただのスケルトンにも苦戦するお前が───……ち、まぁいい。いずれにしても、スケルトン素材には違いないな」
まだ不満そうだが、ギルドマスターはクエスト完了の手続きを終えた。
数多く納品しても、成功報酬以上の金は貰えない。
ほんの少しギルド貢献度が上がるだけだ。
ちゃりん、と銀貨が一枚支払われる。
ハイスケルトン素材を収めた報酬にしては安いが、元の依頼が『スケルトン』だったから仕方ない。
「ほら! よかったな──冒険者認識票がはく奪されなくてよー」
嫌味を苦々しく受け流すも、いら立ちは最高潮だ。
ギルド中の視線を集めているのも気にくわない。
「……だが、残念だな。お前にはまだ違約金が残ってるぞ」
「ぐ……」
そうだった……!
まだ、無職の危機は去っていない。
……違約金が銀貨10枚!
諸々ドロップした金銭を含めてもまだ銀貨2枚分程足りない───……。
いや、まてよ?
「あ、そうだ! これ買い取ってくれよ!」
モンドは必死で集めてきたハイスケルトンの装備やドロップ品をドサドサと積み上げる。
錆びた長剣×5
錆びた短剣×20
錆びた丸楯×18
錆びた曲刀×9
ハイボーンズソード×1
赤い骨の指輪×1
赤い骨のネックレス×1
赤い骨のバングル×1
「な! こ、これは……!」
その量とアイテムに驚いたのは鑑定員。
その一方でギルドマスターは顔をしかめる。
「なんだこのゴミくずは───こんなもんいくらも値が付か……」
がしぃ!
「マスター! ちょ~~~っとこっちへ……!」
「なんだ、おい! うぉぉお」
モガモガと口を動かしているマスターをズルズルと奥へ引きずりこむ鑑定員。
唖然とするモンドをしり目に、
「……あれ、レ……ア───があり……」「馬鹿な! まともに買い取れば、モン……」「い、いいん……か?!」
何やらボソボソと漏れ聞こえてくるが、
「おい、モンドいいだろう。買い取りだ」
「お! いくらになった?!」
鑑定員の様子からも、
意外といい値が付きそうだ。さていくらかな……──。
すると、鑑定員は目を泳がせながら口を開く、
「ぎ、銀貨1枚」
は、
「はぁっぁあぃ!!??」
銀貨一枚だって!?……これ全部で?!
「じ、冗談だろう!?」
おいおいおいおいおいおいおいおい!
どんだけ苦労して担いできたと思って───……。
「ほ、ほんとだぞ。そ、そう! こんなボロボロじゃせいぜい、銀貨一枚だ!」
「むむむむむむむ……」
モンドの剣幕になぜか鑑定人が汗だくだ。
「モンド、嫌ならやめるんだな。……見てわかるだろうが? こんなゴミ」
(う……確かに、ボロボロだけどさ)
ハイスケルトンから奪った装備だ。
錆びて汚れて、なにやら瘴気すら漂っている。
「言っとくが他じゃ───」
「わかった! それでいいよ」
どうせ、この町じゃモンドは冷遇されている。
買い取ってくれるだけマシというものだろう。
「……よ、よし。ほら受け取れ」
慌てた様子で、鑑定員が盆にのせた銀貨を差し出す。
そして、買取証にサインすると、モンドは様子で席を立った。
「クエストの件はもういいよな? 罰金も近々払う──」
あ、罰金は……確か、銀貨10枚。
あと少しだ。一週間も猶予があればなんとかなる。
モンドが財布を覗き込むと銀貨9枚と銅貨が少し。
十分だ。
「ふん。払えるもんなら払ってみな」
「言われるまでもねぇよ!」
そう言って銀貨をさっさとしまって踵を返したモンド。
こんなとこにいても気分が悪いだけだ。
冒険者の喧騒を聞きながら、酒がが飲みたいのをグッと堪えるモンド。
ここは我慢のしどころだ。
まずは違約金を払ってから───。
(……どうせ、一日分だけでも食費が稼げてしまえば明日の狩りで元手は取り返せるさッ)
「──とか、考えてるんでしょうか? オッサン」
「おっさん──?!……て、てめぇは、」
人の思考に割って入ったのは、テーブルに座っている……昼間の小憎たらしいガキ。確か……アルス。勇者の子供だとかいうクソガキだ。そして、その向かいには婚約者だというリスティって美少女もいる。
「うるせぇな。……人の金で飲む酒は旨いか!?」
「いやだなー、普通に稼いだお金ですよ。それに僕はほら、未成年ですし」
そういってミルクを掲げて見せる。
「ケッ! 大人を騙すような奴はロクな大人になんねぇぞ!」
「子供相手にムキになる人に言われたくないですよ」
く……!
言い負かされたようで悔しいが、これ以上コイツとかかわってイチャモンをつかられてはかなわない。
……後は知らんとばかりにギルドを後にした。
こんな所……用事がなければだれが行くか!!
※ ※
「やれやれ……困った冒険者さんがいたもんですね」
「アレスぅ、ほっときなよ、もー」
リスティが口をとがらせてアレスを咎める。
「そうもいかないんですよ。ちょ~~~っと、ばかり頼まれましてね……うまく追い出してくれって」
「あーあー……可愛そうなおっさん。アレスを敵にしちゃったら勝ち目ないのに……」
「君も大概だと思いますけどね。昼間、わざとスケルトンに隙を見せたでしょう?」
「まーねー……本当にひっかかるとは思わなかったけど」
クヒヒヒヒ、と悪戯っぽく笑う少女メリッサ。
「元A級と聞いていましたが、噂通り大したことないですね。まぁ──予定外のこともありましたけど……」
チラっと視線を飛ばすと、ギルドマスターが平身低頭していた。
「も、申し訳ありませんアルスくん……。いえ、アルス様」
ペコペコ!
「困りますねー。あと少しで冒険者認識票をはく奪できて、合法的にかつ社会的に抹殺できたというのに……」
「す、すみません。まさか、あんな方法でスケルトン素材を集めるなんて」
「ごめんなさい」「面目ない……」
さらに、頭を下げているのは『岩の城』の面々。
「ま、いいですよ。保険を打っておきましたからね。……違約金が払えなければ、それで終わりです」
「アルスってば冴えてるぅ。根回ししてオッサンを雇わせておいてからの追放&クエスト押し付けのコンボがさく裂したわね」
訳知りがのメリッサがケラケラと笑う。
「人聞きが悪いですねー。僕はただ、嫌われ者のモンドさんがパーティに入れるように手配しただけですよ? そのあとでたまたまクリアしにくいクエストに誘導しただけです……。ま、さすがにスケルトン10体くらい狩ってみせるともでしょうさ。元A級なら、ね」
「よっく言うわよー。A級なんて微塵芋思ってないくせに。キャハハハハハ」
よく笑うメリッサ。
「……っていうか、冒険者認識票のはく奪て聞いて、凄く焦ってたねー……そんなにこれって大事かな?」
プラプラ~と冒険者認識票を揺らすリスティ。
よくよく見て見ればC級などではなく、B級だ。……間違ってもスケルトンをチマチマと狩るような新人ではない。
「……はは。人によっては、これの剥奪は死刑宣告らしいですよ」
「へー……興味な~い」
そう言って、ミルクを下げると、ギルドマスターにお酌をさせて今度は本物の酒をグビグビのみ始める。
それに付き合うようにアレスも『岩の城』に酒をつがせて飲み干し、慣れた様子でナッツを齧り始めた。
黙って聞いていたギルドマスターが、
「し、しかし。モンドはすでにかなりの金を稼いでいますよ? もういくらもしないうちに払い込みに来るんじゃないですか?」
「……それを僕が知らないとでも?」
スゥと冷える目線でギルドマスターを睨むアルス。
「もちろん手は打ってありますよ。……さ~て、貧乏人が分不相応な金を持つとどうなることですかねー」
ふふふふふふ……。
アルスがニヤリと笑うのを、聞いていうものが一人───。
カウンターの傍に忘れ去られた大きな袋……。モンドの忘れ物だ。
『……ふむ。モンドのやつ、面倒な案件抱えとるのぉ?』
#4
「くそ……足元見やがって!」
銀貨を一枚──指でピンピンと弾きながら、モンドは不機嫌に鼻息を吐く。
ま、あと少しだ。稼ぎ切れるだろう。飯を節約してでも金を稼げば何とかなりそうだ。
(あのスケルトンめ……いい奴じゃねぇか。しばらく面倒見てもいいかな?)
全く現金なもので、お金に吊られてしまえば俺と言えどもこんなもんだ。
そもそも、あのスケルトンはまだまだ恩を返したいと言っていたからな。
それならいっそ、返させてやろうじゃないの?……案外もっと稼がせてくれるかもしれない。
金さえあればなんだってできる。
いい武器を買って──旨いものを食べて…………、
「あ! やべ、ザラディンおいてきちまった!!」
話しかけようとして、ハタと気づくモンド!
普段持ち歩かないものだから、つい……。
「よー兄ちゃん」
突然声を掛けられて、ハッとする。声の雰囲気からして友好的な連中でないことは、瞬時に看破できた。
素早く腰の剣に手を当てるが──。
ゾロゾロゾロ……と、湧いて出てきたのはいかにもチンピラと言った風情の連中だった。
だが、手には剣やら棍棒やらの得物を持っている。
───個々で見るとさほど強いわけではないだろうが……数が多い。
「な、なんか用か?」
すぐに周囲をグルリと取り囲まれる。まずい状況だ……。
こういった場合逃げるのが一番なのだが、タイミングを逃したらしい。
ソロソロと腰の件に手を伸ばすも、安易に抜ける状況でもない。
……下手に武器を抜けば、それこそ抜き差しならぬ状態になりかねない……最悪、死人が出る。
「へへ。決まってるだろ~? 兄ちゃん、いいもん持ってんじゃねぇか。ピカピカひかるやつをよぉ!」
ぐ……。
いかにも知能指数の低そうな連中……ザ・チンピラだ。
(───無防備過ぎたか)
ここで適当に金を数枚くらいやってもいいのかもしれないが、これは罰金支払いに充てたい金でもある。
剣かにでもなって大けがをすればそれこそ残金を稼ぐどころではない……。
ないんだけど───。
「あぁ、銀貨か?………………いいだろ。お前らも真面目に稼げば──」
……これくらい余裕ッ。
(元A級冒険者を舐めんなよ!)
…………──今だっ!!
別に隙があったわけではないが、話をすると見せかけての疾走だ。すぐには対応できまい。
素早く動いて、人の壁をすりぬける。
こいつらは素人だ。いくら衰えたとはいえ普段からモンスター相手に命の駆け引きをしている冒険者だ。
そう簡単に素人に後れをとら──。
「……なめんじゃねぇぞ!」
ドガァァ!
「ぐふぅ……!」思わず漏れた声が自分の物とは思えなかった。しかし、腹に感じた激痛は本物だ。
「こっちも元冒険者だ。俺は、テメェみたいなクズを甚振る様に雇われてんだよ」
(……な?!)
や、雇われた?
「アニキ、喋り過ぎですぜ。……聞かれちゃまずいこともあるんでさぁ」
「おっと、しまったしまった。じゃ……殺しちまうか?」
「それはちょっと……まぁいい、オメェら──やっちめぇ!」
「「「うぉぉぉおおッス!」」」
おらおらおらおらおらー!
合図と同時にチンピラどもが一斉に襲い掛かる。
ゲ!? なんて数だよ……!
ぱっと見で10人はいる。
よく見れば路地にも潜んでいたチンピラども。
どう見ても待伏せだ。
(くそ……! ギルドからつけてやがったな?)
絶え間ない暴力が降り注ぐ。
顔、
頭、
腹、足、腕ぇえ!
「ぐ! あぐぁ!?」
モンドはそれをカメになって耐えるしかなかった。
「け! 最初の威勢はどうしたんだよ!」
「情けねぇ野郎だ! ひんむいちまえ!」
───おおおう!!
ビリビリと服が引き裂かれてポケットの中身が溢れでる。
そのうちに隠していた金もチャリン、チャリンと零れ落ち……奪われる。
辛うじて手で遊んでいた銀貨一枚だけは死守しようとするが、それも奪われようとしている。
「おら! いい加減離せ。テメェにゃ勿体ない金だよ、ええー『ベテラン下級冒険者』さんよ!」
ゴキィ! と、顔面にイイ一撃を貰い、頭がクラクラとし意識が飛びそうになる。
連中、いつの間にか手に得物すら携えていた。
殺しちゃまずいとか言っていたが……当たり所によっては───死ぬ。
(ふざ……けんな、よ)
こんな連中に殺されるために生き残ったんじゃねぇ……。
冷遇され、嫌われて、迫害されてもこの町に残ったのはチンピラどもの肥やしになるためなんかじゃ断じて、ない!
十年前の……。
モンドをはめて、ズべ手を奪った勇者どもに──────……。
ゴキンッ!!
いい一撃を食らい、モンドの身体から力が抜ける。
クタァ───と、だらしなく手足を伸ばしビクンビクンと震えて失禁。
(ちく、しょう……)
そして、意識が遠のきかけ、
ふらつく頭で妙なものが見えた。
(白い……)
月夜に生える───……天使??
(あ゛? なんだ、ありゃ……ほ、)
……………………骨
夜の街中で、空に月が浮かぶそこ。
白い天使のように見えたのは天使にあらず。
一糸まとわぬ白い姿は──────真っ白な人骨……。
「めんどくせぇ──殺しちまうか! おい、装備も引っぺがせ」
バリバリと服を引き裂き、腰の剣帯が千切られ銅の剣を奪われる。モンド唯一の武器だ。
そして、
なけなしの道具袋や、ベルトに靴まで。
「けけ、パンツだけは勘弁してやるよ」
「中に金でも隠してるんじゃねーか? あ、ねぇな! こりゃチッさ過ぎるぜぇ。ギャハハハハ!」
みぐるみを剥がされ、そして、後はトドメと言わんばかりに、棍棒を構えた男が前に立つ。
「へ……運が悪かったと諦めな」
(……おいおい、殺すつもりかよ、こいつ───)
ぼんやりとかすむ視界の隅で、モンドはどこか冷静にそのこうけいを見ていた。
───チンピラのリーダー格が、振りかぶった棍棒を俺の頭めがけて振り下ろそ……。
『やんちゃなガキだね。喧嘩はお行儀よくやんな』
ヒュッ、ド……!
「あべし?!」
クルクルと回りながら白い天使───……改め、真っ白なスケルトンが屋根から飛び降り、そのままの勢いで踵落としを男の頭上に決めた。さらに、地上に着地するまでに回転蹴りで手下A、Bを瞬く間に制圧する。
「あべぇ?!」×2、とか言いながらそいつが倒れると、周囲を取り囲んでいたチンピラの動きが固まる。
(……ざ、ザラディン?!)
「な?!」
「うぉ?! なんだぁ?!」
そりゃそうだ。街中に急にスケルトンが現れたらビビる。
『おやおや、ろくに反応もできないとは、今どきの元冒険者様はたいしたことがないねぇ』
コキコキと頸椎を鳴らすザラディン。
「な……ななんあな」「スケルトン!?」「何で魔物が街に──!」
『……ウダウダ言ってないで、かかってきな』
チョイチョイと手で挑発。
自身は軽く腰を落として残身の構え。
「な、なめんじゃねー雑魚がぁぁぁ」「スケルトン風情が喋ってんじゃねー!」
いや、……そこもっと驚くとこだろ!?
チンピラどもの意外な環境適応能力に驚きつつも、モンドはスケルトンの身のこなしに目を奪われていた。
四方から降り注ぐチンピラどもの剣に棍棒。
それを触れもしないで躱すと、互いに激突させ撃沈。
「アバァ!?」「ヒデブ!!」
さらに背後から突きかかってきたチンピラのナイフは半身で躱し前へそらし、チンピラを押し出すとそのケツを蹴り飛ばす。
「ひぎぃ!!」
体格にものを言わせてサバ折に来た大男に──ヒュバン! と風を切る音とともに下顎に廻し蹴り。
「ぱぁぁあ?!」
さらに倒れ行くその男を駆け上ると跳躍し、
「お、俺を踏み台にぃぃい?!」
物陰から剣をつき出そうとしていた二人に、同時着弾で手刀を放つと轟沈。
「きゃん!?」「きょん?!」
……あっという間に数名を伸してしまうと再び残身。
『もっと工夫しな! それでも魔王を倒した連中かい!』
「ひ、ひぃぃ」「ば、化け物!?」「や、ややっややべぇぇえ」
残った連中はとっくに戦意喪失。遁走の構えだ。
『……ゲタゲタゲタ! アタシの可愛い恩人にひでぇことしやがって、……逃がしゃしないよ!』
転がっていた棍棒を手にすると、背中を見せて逃げようとしていた一人をあっという間に昏倒させる。
「あは~ん!」
そして同じく隣の男も一撃のもとに沈めた。
「いや~ん!」
あと数人と言うところ。
だがそこまでだった──。
「「何の騒ぎだ!」」
ガチャガチャ! と金属の靴が地面を叩く音に俺は顔を上げた。
「ちぃやべぇぞ! 警邏がきたぞ!」
「て、って、撤収しろ」
浮足立つチンピラども。
「あ、アニキは?」「知るか!」
そして、あっという間に蜘蛛の子を散らす勢いで逃げ散っていく。
「は、はえーな……。────って! お……おい。お前も──にげろッ」
未だに残身に姿勢で逃げていくチンピラに睨みを利かせていたザラディン。
だが、このままではマズイ。
(うぐ……ダメだ。意識が──)
は、早く逃げろ……。
スケルトンなんざ、衛兵に殺されちまうぞ──……。
『まったく、世話の焼ける子だねぇ……。だが、我ら魔王族は恩と義理には報いる種族さね───さ、いくよ』
そんなザラディンのつぶやきが聞こえたかと思うと、モンドは意識を手放した。……でも銀貨は手放さねー……ぞ。
#5
うううう……。
身体がいてぇ……。
チカチカする視界の中。
どこか温かい所に寝かされている事に気付いた。
すぐ近くで人の声がする。
頭の下には何か柔らかなものがあたる。
う、うーん……??
『お、気付いたか……モンド? 3日も眠っとったぞ、お主』
…………3日?
うっすらと眼を開けると、
モンドを見下ろす褐色肌の少女の顔が見えた───。
「だ、誰だ……?」
『カッカッカ……女子の顔を忘れるとは無礼千万ぞ、モンドぉ』
そういった次に瞬間には、少女の面影は消え、いつもの髑髏面……ザラディン?!
(え? なんだ今のは……)
「……顔もなにも! 骨じゃねーか! ってててて……!」
『おいおい、無理に動くな。お主、痣だらけなんじゃぞ?』
痣ぁ……?
「あ! し、しまった……! 金は?! 装備は?!」
『ゲタゲタゲタ! 起きて早々、金と装備の心配か、さすがは冒険者よの~♪ ゲータゲタゲタ!』
愉快愉快と笑うザラディン。
「それでこそ人よ、人類よ──カッカッカ」と言いつつしたり顔。
『まぁ、お主には悪いが、時間がなくての……警邏の連中から逃げるのに精いっぱいで装備も金も回収できなんだ。今頃、衛兵の懐か、運よく逃げたチンピラの酒代に化けておるだろうて』
「な、なんだと!?」
くそ……!
このままじゃ違約金が……!
『うむ……考えておることはわかる。金に困っておるんじゃろ? それに、装備を亡くしては生活もままなんとな』
「ったりめーだろ! もういい、助けてくれたことは感謝するけどよ、これ以上お前には関係のない話だ」
そういってモンドは痛む体を労わりつつも身体を起こすと───。
「って、ここ……どこだよ?!」
周囲は薄暗がり。
埃の匂いと、人気のなさ……。
『魔王城さね。……あ主の家がわからんかったのでな』
「げ?! おま──……けが人をダンジョンに連れてくるって───正気か?! つーか、マジで俺のこと食う気じゃ……」
そういって、ザラディンから距離を取ろうとするも……。
『肉など食えるか。だいたいマズそうだしの~───それに、』
チラリ。
『骨しかないので食えんわい! ゲータゲタゲタ!』
「おもしろくねぇよ!!」
なんだその自虐ギャグは!!
「じゃ、なんで助けた?! もう、スケルトン素材は貰ったし、十分だろうが」
ザラディンの狙いが分からず困惑するモンド。
しかし、こともなげにザラディンは言う。
『いうたじゃろ───懲役9999年。それから解放してくれた礼じゃ、まだまだ遠く及ばんよ。それにの……』
骨面で周囲を見回すザラディン。
ここはどうやら魔王城の2Fらしい。ボロボロに壊れた窓枠から月と、遠く離れた位置にある明るく輝く『英雄都市』が見える。
『もう、魔王もおらんし、魔王軍もない…………。アタシの周囲の物はすべてなくなってしもうたのよ』
少しさびし気に窓の外を見ていたザラディン。
言いたいことの意味の半分もわからなかったが、魔王軍において懲役9999年。
一体コイツは何者で、何をしたというのか……。
「ザラディン、お前……」
『じゃから、この時代にいる意味といえばお前への恩義だけじゃ。じゃから、まずは体で返そうかのーとな。…………あ、体はないんじゃがのーゲタゲタゲタ!』
うっぜー!
しかも面白くもなんともない!!
「っていうか、お前さっき……」
『ん? どうした? 飯なら適当にその辺で獲ってきた───』
いや、そんなもんはあとでいい!
「……3日寝てたとかなんとか……?」
『おうおう。そうよ、感謝しろよ、モンド。お主、頭をひどく殴られとってな───3日はぐったりと……』
「───じーざす!!」
3日だと?!
3日もッ?!
「ま、まずい……! 違約金の支払いに間に合わん!」
『ん? あー……そのことか、モンド』
ザラディンはモンドを見下ろすと、フト考え込み、顎に手を当てる。
『そのことでお主に話しておきたいことが───』
「くそ! や、やばいぞ! 金は奪われ……しかも、こんな装備でどうやって残りを稼げばいいんだ!!」
現在のモンドの格好はと言えば、
ボロボロにされた服に、ザラディンがチンピラからかっぱらった棍棒を一本だ。
……初心者冒険者でももうちょっとマシな格好をしているぞ……。
『ほ?……なんだい? 装備が気に入らないのかぃ?』
「気に入るわけねぇだろ! なんでグレードダウンしてるんだよ!」
棍棒は……随分と使い込まれている。
奪われた銅の剣には見劣りするし、使い慣れていない……。
「くそ! 今からギルドに行って、クエストを貰って……。あー! 畜生! 道具袋も靴もねぇ!」
手元にはパンツに隠しておいた銀貨と銅貨が数枚あるだけ。
装備を整えるには到底足りない。
『達人なら武器も道具も選ばんものよ、ゲタゲタ──ぐぉ!』
ペチィン! と頭蓋骨を叩いて笑いを止める。
「チャカすなっつの!」
──それに俺は元A級だけど、達人じゃないわい!
『……しょうがない奴だね、武器に頼るとロクな成長しないよ。ただでさえお主は目に頼り過ぎた戦い方をしてたからねぇ』
「うるせーよ。もういいから、感謝はしてるが、俺にこれ以上構うな」
ザラディンの繰り言に付き合わず、モンドは旧魔王城のホールへ向かう。
『おいおい! おいていくな?! ほれ、これに入れるようにしといたからのー』
そういって、小さめの古びった背嚢に収まったザラディンが器用にピョンピョン飛び跳ねモンドに背中に吸い付く。
「……ッ。あーもう」
仕方なしに背負うザラディン。
そのままホールに下りていくと、まさか人がいると思っていなかった新人冒険者たちがギョッとしている。
ギルド職員も驚いた顔だ。
『んーむ。……やはり、ここの空気の方が性にあっとるさね』
長年天井に吊り下げられていたザラディンは、つらい辛いと言っていた割に懐かしそうな声をしていた。
すぐ近くには冒険者がいてガヤガヤとしているのに無謀な奴だ。
「殺されたいのか? 俺は責任取れんぞ……」
呆れたモンドの声に、
『カッカッカ! アタシに敵うやつなんてそういないよ。……まぁルーキー達をいじめる趣味はないから、ね。安心しな』
バレても殺戮はせん。そう言いたいらしい。
たしかに先日依頼魅せるザラディンの腕前をみているとあながち嘘でもないのが怖い所……。
(なんとなく喋ってるけど、コイツ……モンスターなんだよな)
いつ人類に牙をむくことやら……。
「ったく、さて、まずは──……」
今日は運よくギルドの出張員がいるらしい。
効率よく魔物を狩る冒険者に合わせて稀に、町まで戻らずともクエストの受注ができるように出張所をだすことがあるのだ
それが今日。……入り口付近にかかっている掲示板を見るモンド。
「お? モンドじゃねーか! ククク、近頃顔を見せないから、夜逃げしたって噂だったけど、ちゃんといたみたいだな感心関心」
嫌味な声に振り返ると、
(……ギルドマスターか)
出張所にいたのは中年の職員とギルドマスター。
よほど暇らしい。
「うっせぇわ」
「ふん。あと4日だぞ。どうせ無理だろうから、今日のクエストが終わったらまたここに顔を出せ、お前にありがたい話がある」
「あ!? そんなこと言ってまた俺を騙す気だろうが! 先日は、ギルドから出たとたんにチンピラに襲われたんだぞ!」
「……そんなことは知らん! いいから、顔を出せよ? いいな!? 違約金をチャラにしてやるって話だ」
なんだと?
『(モンド……旨い話にはカラクリがあるぞ?)』
「黙ってろ!」
ザラディンの小声を黙らせると、ギルドマスターが訝しむ。
「なんだと?」
「あんたに言ってねぇよ! いいから俺は行くからな」
「ち……! 言ったからな! 今日は必ず顔を出せよ!」
へーへー! 言われんでもクエスト完了の報告に行くわぃ!!
クサクサした気分でモンドはクエストを探してダンジョンにトライしようとする。
まずは、掲示板横のパーティの予約状況を確認だ。
これで今、どの階層に誰がいるのかある程度把握できる。
狩場のブッキングが無いようにそれぞれが自己申告するというわけだ。
もっとも、面倒がってやらない連中もいるし、必ずしも正確とはいえない。先日のアルスたちみたいなこともある。
「え~っと……地上1Fと地下1F部分は全部使用中だな。パーティの数も多い──」
かなり出遅れたらしく、旨い狩場はすべて埋まっている。
クエストと出現するモンスターが一致する狩場はほぼ空きがない状態だ。
あとは、地下深くのそこそこ強いモンスターが沸く区画と、もともとあまり人気のない階くらいしか空きはなさそうだ。
「う~む……」
『ここにしな』
うんうん、とモンドが悩んでいると──ニョキリと背嚢から骨が伸びて掲示板の一角をコンコンと叩いている。
って、誰かに見られるだろ!
ドキリとしたものの、たまたま周囲には誰一人いなかった。……というよりもモンドの悪評は今に始まったことじゃないので、冒険者連中からは微妙に距離を置かれているのだ。
「ここってお前……」
地下8階。
……魔導研究区画。
そこにはどのパーティもアタックしておらず、モンスターは狩り放題だろうが……。
「明かりがないときついぞ? それに、あそこは──」
地下1階以降は基本的にアンデッドが湧くことが多い、その他には無生物系のゴーレムやらで、魔導区画は確か───。
「ゴースト系が湧くとこだぞ? この前の逃げたばっかじゃないか。……第一俺には絶対無理だ」
『馬鹿言うんじゃないよ。ここが一番さ、……アタシもいつまでも素っ裸ではいられないしね!』
はぁ?
「どーいう意味だ?」
『いいから、ここにしな。アタシが守ってやるよ』
……ホントかよ。
『棍棒じゃ、……嫌なんだろ?』
ひょっこりと顔を袋から出すと間近でモンドの顔を覗き込みニカッっと笑う(そう見えた)ザラディン。
背嚢から顔を出すスケルトン……。シュールだ。
……つか、直で見ると怖いな、おい!
「わぁ~ったよ……他に選択肢もないしな」
掲示板の設置してあるチョークを使って、パーティ名を記入。
もっとも俺しかいないソロパーティだけどね。
『ゲタゲタゲタ! アンタ、パーティ名「ザ・モンド」って──ゲタゲタゲタ!』
う、うるっせぇよ! 今適当に考えたんだよ!!
「おやぁ、モンドさんじゃないですか。誰と話してるんですか?」
う、この声……!
「……よ、よぉ」
振り返らずともわかる。アレスだ。
「おはようございます。モンドさん……随分、重役出勤ですね。3日もどこ行ってたんですか?」
自分も遅めに来たくせに、どこか含みのある言い方のアレス。その隣にはリスティがいる。
「ふん、元A級の凄腕は……な。狩場なんて選ばねぇんだよ」
嘘で~す。
「へぇ? 先日は人の獲物を奪うくらい困窮しているようにも見えましたが……それに、その恰好──」
クククと口の端で笑うアレス。
そりゃそうだ。
そこらの初心者でも、もう少しマシな格好をしているだろうという状態。
なんたって、服はボロボロ、武器は棍棒……おまけに小汚い背嚢を担いでいるという有様。
……どこの蛮族だよ。
「うるっせぇ!」
くそ……狩場に行く前からケチが付いた。
「達人なら武器は選ばんものよ──」『(おい、人のセリフを奪うでない……!)』
どや顔で言ってのけてやったぜ。
「ん? 何か言いました? というか、その背嚢──」
モンドの話なんて聞いちゃいない様子でアレスが袋の中身を気にし始めた。ちょっとまずいな……。
「おいおい、大人から金をだまし取るだけじゃ飽き足らず、今度は荷物を巻き上げるつもりか? えぇ、勇者のお子さんよ」
「む! 失敬ですね! な、なにか袋から声が聞こえた気がしただけで───」
「はっはー! 袋から声だぁぁ? はっはっはー!」
もちろん事実だ。だけど、ことさら煽ってやる。こういうプライドの高そうなガキはきっと、
「う、うるさいな! 違反者のクセに! 僕を誰だと思ってる!?」
ほぉら来た──。勇者の野郎もこんな感じだったからな。
……やっぱり親子だな?
「勇者のお子さんだろ? さっき言ったぜ~」
「ぐ、ぬ! そ、そうだ! 父は魔王討伐の功労者! 世界の英雄だぞ」
『よく言うよの~』
って、答えてんじゃないよザラディンさん!
「何か言いましたか!?」
俺は言ってね~……けど、そうもいくまい。
「そりゃあ、お前さんの親父さんの手柄だろ? お前が偉いわけじゃないし、お前の手柄じゃない──アンダスタン?」
ニヒッと厭らしく笑ってやれば──、
「このぉぉぉ! おい、この無礼者を──」
「おいおい、ここは狩場だぜ……お城かどっかと勘違いしてないか? 今日はマスターも忙しいみたいだし、誰も助けてくれねーぞ? うけけ」
俺をズビシィ! と指さし周囲に合図しているようだが、周りの冒険者はポカンとしている。
多少はアレスのことを知っている者もいるようだが……彼らはアレスの手下ではないし、勇者に従う兵士でもない。
当然、誰もロクに反応しない。それを見て、顔を真っ赤にしたかと思うと、徐々にドス黒い顔に変化していくアレス。分かりやすいガキだ。
「ぐぬぬぬぬ……。ひ、人がせっかくモンドさんに恩情を与えてやったというのに……お、覚えてろ!」
「ちょ!? あ、アレスぅ~待ってよー!」
へ、ば~か。
舌を出して、何所かえ消えていくアレスを見送る。
『大人げない奴だね~……』
ザラディンの呆れた口調。
「お前が口を出すからだろうが……」
どっちもため息をつきつつ(骨が吐いたかは知らん)、周囲でボケラ~としている冒険者を尻目に地下へと続く階段へ向かう。
ケッ、昨日も事もあるから少しは留飲が下がったぜ。
しかし、それよりも───。
「……つーか、恩情?? 何の話だ??」
『あー……そういえば言い忘れとったな。モンド』
「あん?」
ザラディンは言いよどむが、
『……お主、ギルドにはめられとるぞ?』
#6
地下3階。
魔導研究区画。
かつては魔王軍の最先端の魔導技術が繰り返し研究されてきた世界の魔導の中枢とも言うべき場所。
ここでは、不死のゴーレムや兵士の再蘇生、はたまた反魂の術なんかが研究されてきたという。
その材料たるモノとして誘拐されてきた人々と、その後に切り裂かれて弄繰り回された怨嗟が床に……壁に、そして天井にこびりついているという。
故にここでは常に幽霊の類が出るんだとか……。
(ううううううううう……)
(おおおおおおおおお……)
実際、区画に降り立ったモンドの耳に身の毛もよだつ亡霊の声が耳をついた。
一応棍棒を構えて警戒するが、これが利くとはとても思えない。
「お、おい……大丈夫なんだろうな?」
基本、物理攻撃しかできないモンドには、この区画での狩りは不利に過ぎる。
どうしてもここで狩りをしなければならないときは準備がいる。……マジックアイテムを使用しての魔法攻撃か、または聖水などを使っての浄化と言った方法だ。
幽霊には、それしか対抗手段がない。
もっとも、向こうもよほどの悪霊でない限り物理に干渉は難しいらしく、主に精神を攻撃してくる。
魔法使い系などは精神力を削られると著しく戦力を落とすものだが、物理職のモンドにはあまり意味がない。
とは言え、あまり──だ。
ぶっちゃけ幽霊は恐いし、なにより長期間その霊体に晒されると体温の低下から始まり、最終的には命を落とす。時によっては体を奪われることもあるという。
「俺は聖職者じゃないし、……今回はマジックアイテムも聖水も持ってきてないぞ?」
そもそもそんなものを買う金はない。
ついにでに信心もない。
『カッカッカ。心配しなさんな。ほら……ここから出しな』
言われるままに、背嚢からザラディンを降ろす。
『あー狭い……うんざりだよ』とかなんとか言いながら這い出してきたザラディンは、コキコキと骨を鳴らす。
『肩こったわー……。あ、肩はないんだけ──』
「それはもういいから!」
飽きたっつの!
『せっかちな奴だねー』
ブチブチと文句を垂れつつ、柔軟体操っぽいことをしているザラディン。……お前に解す筋肉はねぇだろうが!
それにしても、幽霊の出る区画にスケルトンというのは似合い過ぎて、一緒にいてちょっと怖い。
「で、……ここでなにをするんだよ?」
『言っただろ? 棍棒が気に食わんと──』
ま、まぁ、
「そりゃあ……な。せめて銅の剣くらいは……」
あれも苦労して買ったものだ。
……くそ、あのチンピラども!
『カッカッカ! そう言うと思ってな。いいもんをやろう。……アタシも全裸は──ちと、な』
は?
いいもの?
つーか、全裸も何も……。
「生憎ここにゃ何も残ってないぞ? 施設まるごと王国の魔術師が接収していったって噂だ。試験管一本残ってねぇよ」
『阿呆ぅ……。我らが魔族を舐めるな。大事なもんを見えるとこに置くもんかい』
それにな、
『ここはアタシの仕事場だったのさ。むか~しのことだけどね』
し、職場?
「あ、アンタいったい……。魔王軍の偉いさんだったんだな?」
『エライかどうかは微妙なとこじゃのー、カッカッカ! とっくに権力は後進に譲ったよ。ま、その権力も今はなにもないさね。今はそうさのーただの口うるさいだけの隠居さ』
もっとも……──、ポツリとザラディンが零す。
『口うるさく言う相手もおらんなくなってしまったけどね……』
どこかしんみりというその姿に、ザラディンという人物に少しだけ興味を覚えた。
「なぁ、ザラ──」
『おっと、来たか……!』
(うううううううううう……)
ザラディンの言葉の先に、恐ろし気な叫びと共に白い霧のようなものがフワフワと近づいてきた。
「げ……。幽霊……」
その白っぽいものが幽霊だ。
パッと見は、ミイラ化した死体の様な表情で目だけは爛々と光った老婆のもの。
『ふむ……。ここに来れば同僚もいるかと思ったけど……哀れよの』
パンと両の手を合わせて合掌するザラディン。
「お、おい! どうすんだ。俺には対抗手段が──」
『まぁ見ておれ──』
すー……と近づいてくる幽霊が暗闇の中でボンヤリと浮かぶ。そして徐々に下がる気温。
「や、やばい……霊障だ」
キ~~ンと耳鳴りが響き始め、息が白くなる。そして近づく幽霊から目が離せなくなった。
一瞬、ミイラ面が美しい女性に見えた気がした。
初めて見るほどの絶世の美女──それが……俺に微笑みかける。
「綺麗だ……」
『むぅ? もう取り込まれたか……意志の弱い男だね』
うるさい……彼女が俺に──微笑みかけているんだ!
黙ってろ───。
(ぅぅぅぅ──────ぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!)
美しい幽霊に、モンドが手を伸ばした瞬間、
突如、美女の顔が変貌し、皺くちゃのドロドロのガイコツにぃ──、
(キャハハハハハハハハハハハハハ!!)
「ひぃ!」
『心をシッカリ持ちな。奴らは生きたモノには干渉できんよ』
死んでるはずのガイコツに励まされるモンド……。
しかし、ザラディンは全く意に介さずに、何所か楽し気な気配を身にまとうと、
『むん!』
気合の一言と共に、腰を落として両の手を構えるザラディン。
『霊とはな──……一種の波動なのさ』
そういうと、
『──音楽や……水辺の波紋の様なもの』
だからのー……。
『反対の波動をぶつけてやるのさ──こんなふうになっ!』
喝ッ!
気合一閃──ザラディンが残身の構えのままスリ足で一歩踏み込むと──、フォォン! と両の手で掌底を突き出す。
その瞬間、鼓膜の奥で空気の震えの様なものを感じた。
そして──……、
(おおおおおぉぉぉぉぉぉ…………──)
フッ……と、幽霊が消える──。いや、消滅?
「う、っそ……だろ──」
完全に消滅した。
姿を消したわけではなく、消滅だ。
『対、霊素用の波動さ。素手だとこんなもんだけどね。武器を使えばもっと広範囲に消滅させられるよ』
ニヒッっと、笑ったような気配を立てるザラディン。
顔の肉がないから全く分からないが。
「物理で霊を消すだなんて……聞いたこともないぜ」
『魔王軍では、こうした研究が盛んだったのさ……昔のことだけどね』
それっきり霊の気配が失せる。
まだ遠くの方で霊の声がこだましているが、先ほどの一撃で彼らが遠ざかっていったのが分かる。
『ふむ……ここの霊は随分と臆病みたいだね。……昔の住人を追い出して、小者が住み着いたのかもしれんね。……まぁ、いいさ』
ついて来いと、ザラディンは先頭に立って歩き出す。
殆ど真っ暗闇。微かに階段付近は地上からの光が射しこんでいるが──、その先はまったくの闇だ。
「お、おい。待てよ! これじゃ進めねぇよ」
ザラディンの姿は真っ白な骨として比較的目立つが、それだけを頼りに進むには不気味すぎる。
霊がいるであろう区画がボンヤリと明るいのが、また恐ろしい。
『お? おぉ~そうかそうか、人間の目には暗闇なんだったね!?』
……あんた目玉ないのに見えてるのね?
『ちょっと待ちな……たしか──』
立ち止まったザラディンは、階段付近の壁を弄ると、
『これか? ──よっと』
ガコォォン! と大きな音がしたかと思えば、
ポ……。
ポッ、ポッ、ポポポポポポポ──!
ポン!
と、壁に備え付けられていた光の魔石に火が灯る。
一見すると同じ石組かと思っていたのだが、いくつかのそれは光の魔石で作られているようだ。
「ま、マジ、かよ……」
魔王軍時代に照明だったのだろう。
もっとも起動スイッチが見当たらず、ここを調査していた研究者たちは自前の明かりを使っていたものだ。
しかし、ザラディンの手によって火が灯り、……他の地下空間よりも遥かに明るい空間が生まれた。
見た目は地上のそれと遜色ないほどだ。
「す、すげぇぜ……」
ここってこんなに明るくて広かったのか……。
長年旧魔王城に通い詰めていたモンドにも初めての光景。
……今、目の前には、がらんどうとなった空間が広がっている。
それは、ところどころに扉と先の通路があると言った殺風景な場所。
『これでイイかい?───ここはメインセンターさ、目的はこっち……試作装具保管庫だよ』
ほれ、ついてこい。とザラディンは今度こそ先頭に立って歩き出す。
ところで、明かりがついたことで……なんと霊の気配が──全て消えた。どうやら、光に弱いらしい。
さっきザラディンが倒した幽霊の位置に銅貨が数枚転がっていた。
「おいおい……仕掛けの位置さえ分かれば、ここって滅茶苦茶うまい狩場なんじゃ──」
『はやく、来なッ!』
さっさと歩きだしたザラディンはすでに扉の一つの前に立っていた。慌てて後を追いかける。
……それにしても、
「……試作。………………そ、装具保管庫?」
何の場所だ?
足早にザラディンに追いつくと、
『ほら、ここだよ──。礼も兼ねて、モンドの好きなものを持っていくがいい』
そう言って示されたのは何もない空っぽの部屋。
字好きなものも何も……。
───何もねえじゃねーーか!
「おい! ふざけてんの──」
しかし、ザラディンはと言えば部屋に入るなり、壁の仕掛けを弄り回す。
『まーまー。みとれ、勇者やギルドが見つけたのは表のダミーさね。……本物はこっち、選り取り見取りだぞぃ』
クククと、笑って見せるザラディン。そして──、
ゴリ!……ゴリリッ! なにか重いものを引き倒すような音の後──、ガコォォォン! といくつもの宝箱が床からせり出してくる!!
1個……。
2個……。
4個……。
無数に──────……!
「うぉぉぉ!?」
ま、マジかよ。
こここここ、こんなに宝が!?
だだっ広い部屋が宝箱で埋め尽くされる……!!
『人間どもは魔王城を荒らしたようだけどね……カカカカッ。その実、ほとんどの宝は回収できていないようだね』
宝箱の一つに腰かけると、ザラディンは片膝を持ち上げて妖艶な女性のような仕草──……骨だけどね。
「い、いいのか?」
ズラーと並んだ宝箱は地上で開けたまま放置されている木製のソレではない。
ノーマルの物もあるが、大半がレア【R】、ユニーク【U】などの希少品の入った箱ばかり!!
しかも、金縁に黒檀製のレアアイテムが入っているとされるスーパーレアボックス【SR】や【SSR】も無数にある!
それが、ひーふーみー……いっぱい。いっぱい!!
『カーカッカッカッカッ! 道具は使ってナンボよ。それにここにある代物は試作品やら廃品の扱いさ。本当に良いものは、既に使用者がいる』
そりゃそうだ。
『それにいっただろ? アンタに恩義がある……。これも、それも、ぜ~~~~~んぶお主にくれてやる、もう使う物も隠す者もおらんからのー』
ザラディンがいう使う物や隠すものとは誰の事を指しているのだろうか?
魔族……? アンデッド───??
それとも、この城の元の持ち主……。
『ほれ、ぼーっとしとらんで好きなの見繕いな。ここに置いといてもカビでクソになるだけじゃしの』
国宝は展示してナンボ。
良品は使ってナンボ。
保管しておくのはそれなりの事情があるものばかりだ。……多分。
「の、呪いとか掛かってたりするのか?」
魔王軍が隠していた装備の数々……まともとは思えない。
『さて、……アタシが研究していた時はそういった物はななったはずだけど……ま、開けてみな』
……そんな、親戚のおばちゃんが持ってきたお菓子みたいに言うなよ。
といいつつも、ワクワクしながらレアボックスを開ける。
──カチャ。
…………パタン。
『……なんで閉めたんだい?』
ぁー…………。
「こ、」
『こ?』
すぅぅ……。
「こんなもん使えるかーーーーーーーー!!!」
使えるかーーーー……!
えるかーーー……!
かーーー……!
ぁ……!
静かな地下空間に一人叫ぶ冒険者────……。
※ ※
『な、なんだい急にデカい声だして!? 鼓膜が破れるかと──あ、鼓膜は』
「それはもうええっちゅうねん!!」
はぁはぁ、ぜぃぜぃ……!
『んーむ、近頃の若いもんは人の話を最後まで聞かんないし、言わせてくれないねー』
「若くはねぇよ」
もういい年だ。
稼ぎの良い冒険者だったらそのまま引退していてもおかしくはない。
もっとも、そんな冒険者は一握りだろうけど。
『で、なんだい? なにが気に食わなかったのさ?』
「気に食うも何も……」
カチャ……。
近くの、スペシャルスーパーレアボックス【SSR】を開けてみる。
その瞬間、カッ!! と輝く光と、遅れて湧き出すオドロオドロシイ瘴気……。
その名も───。
《ドラゴンスレイヤー》
ご丁寧に説明文付きで、肌障りの良さそうな布に包まれたそれには、
《かつて、世界を焼き尽くしたとされる伝説の魔竜の鱗より削りだした剣。魔竜を貫くことはできないものの、それ以外の下位竜の全てを屠ることができるという。またの名を『屠龍』》
うん……。
なにこれ?
え? 何これぇ?!
『お?!……おーおーおーおー! それが気に入ったのか? 軽くて使いやすいぞー。そいつならワイバーン10体と戦っても負けはせんわい。……アタシは名前は【屠龍】がいいと言ったんじゃが、当時の連中と来たらやたらと横文字を使いたがってのー』
ワイバーンとは戦う機会なんかあるわけあるかい!!
……っていうか、
(え? マジ?! ほ、本物かよ。………………え? マジで?)
これって伝説装備じゃ───……。
「いや、これ……本物?」
あ、声に出ちゃった。
『ん?? そりゃあ、のー』
「いや、これあれだろ? 俺でも昔、夢物語で聞いたことあるけど……何代か前の魔王が使ってたやつじゃ……」
うん、聞いたことがある。
何度も繰り返し行われた戦争で、人類側の勇者と、魔王軍の将軍だか魔王だかが一騎打ちし、勇者の聖剣エクスカリバーと互角に戦ったという……。
『あーのー……あれは激しい戦いだったねー……! いやいや、もう少しで彼奴のエクスカリバーをブチ折れる寸前だったんだけどねぇー……』
うんうん、と頷くザラディンさん。
なんでしょうか、自体験を追憶しているような話しぶり。
『ま、昔話には尾ひれがつくものさね。……で、それにするかい?』
「…………も、もう少し、大人し目のでお願いします」
『棍棒』→『ドラゴンスレイヤー』って、バランスブレイクにもほどがあるだろうが!!
『ほっ? 謙虚な奴だね~……しかし、それよりも大人し目といわれてもねー……』
マイッタなと文字通り頭を抱えるザラディン。
……いや、悩むほどなの!? ここにあるの全部それクラス!?
棍棒+ボロボロのシャツの「バーバリアン」から、
ドラゴンスレイヤー+竜鱗の鎧の「竜騎士」とかになって戻ってきたら、大騒ぎになるわ!
即、ギルドマスターだとか、クソ勇者どもの前に引っ立てられて尋問されるのが目に見えている。
『んー………………』
ザラディンは悩んでいる。
『ん~~~~~~…………………おとなしめ……おとなしめ』
うんうん、唸っている。
……え? そんな難しいこと??
『んーーーーーーーーーーーーーー…………あ! こ、これでどうじゃ?』
ウロウロとレアボックスの間を行ったり来たりしていたザラディンが一つの箱の前で止まる。
「ほ、ホント頼むぜ……」
次はフェニックスキラーとか言うんじゃないだろうな……?
『ん? フェニックスキラーがええのかい? それにする?』
あるんかい!!
つーか!
「パンにする? ご飯にする?」みたいなノリでいうなっつの!!
「おとなしめで……!」
『あぃあぃ。なら、これじゃの』
乞食から王様になったらこんな気分なのかな~、とか考えつつザラディンの隣に立つと、レアボックスの中に納まる一振りの剣を見た。
ぉ…………。
「剣────なのか? これ……」
『うむ。……かつて研究用に取り寄せた魔剣さね。驚いたことに、人の手によるものらしいねぇ』
おが屑に包まれた剣から衣をとり、刀身をスラン……! と、抜くザラディン。
剣が久しぶりに外の空気を吸って呼吸しているようだ。光の魔石の明かりを受けてウットリと輝く。
ヒイィィィィィィイイイン────と、空気が……。
震えた……。
「ごくり」
《妖刀村正》
「すげぇ……」
恐ろしく美しい刀身が映え、緩く反り返った刀身。初めて見る形の剣だった。
『カカッ! 気に入ったようじゃのー』
「あ、あぁ」
箱のプレートには、こうある。
《東方より輸入せし剣。鋼を特殊な方法で鍛錬し、熟練の技で研いだ「刀」と呼ばれる剣。製作者曰く不穏な噂の絶えぬ剣であり、シリーズ化するつもりであったが絶えているとのこと。研究段階での呪いは確認されていないが、輸入の過程で魔王軍の関係者も不審死を遂げている。……現在は魔法硬化処理を行っただけで、劣化防止を施している。要研究──》
「すげぇ……」
改めてその刀身に魅せられるモンド。
『ふん……。たしかに美しいものだね──』
スーっと、何気なくザラディンが剣を取り上げると刃を上に向ける。
『……これは東洋の神秘さね。どうやら、向こうでは我々と剣を作るコンセプトが全く異なっておるみたいさね。……見ときなっ』
箱の中にあった保管用の布を取り出すと、パッと、刃の上に落とした。
──スパン。
「え?」
『ふむ……』
驚く俺の目の前で不思議な現象。
触れただけで布が音もなく左右に切り分かれる……。
「ま、魔法?」
『違う……これは物理じゃ。名を刀という───「斬る」ことに特化した剣の極致じゃ。……アタシもこれほどの物は見たことがないがね』
ま、魔法もなしに触れただけで切れる?
バカな……。
『……どうじゃ? これならよかろう。お主のオーダーどーりのおとなしめの武器じゃぞ?』
シュ……キンッ! と上品な音を立てて鞘に剣を収めるとモンドに手渡してくる。
「あ、あぁ……確かに、お、大人しいか、な?」
ズシリと来る重み。しかし、並みの剣に比べれば遥かに軽い。
『気を付けるんだよ? 見ての通り切れ味は恐ろしく鋭いからね。触れただけでも指が飛ぶよ』
ビクゥ!
ザラディンが続けて言うには、手入れの欠かせないという欠点があったため、そこだけを克服する魔法硬化処理のみを行っているのだという。
基本的に手入れは不要だが、当然無茶な扱いをすれば壊れるとも──。
ま、それはどんな剣でも当然のことだ。
「あ、ありがとよ……」
『礼など不要だよ。ここの物は全部好きにして、ええぞ。……これで少しは恩に報いることができたかい?』
ザラディンの言う、恩……。
幽閉されていたと思しき檻から解放しただけだ。
それも最初は、スケルトン素材を得ようとして、……あくまで自分のためにやっただけのこと。
『さて───あとは防具を見繕うかねー……。アタシも裸では少々恥ずかしいしのー? 骨だけど、ゲタゲタゲタ!』
項垂れるモンドのことなどお構いなしに、買い物でもするよな感覚でレアボックスを探索するザラディン。
頭が下がるとはこのことだ。
※ ※
『これとか、これとか、これとか、これで──どうだい?』
ズン、ドン、バーン! と部屋の空きスペースに積み上がった装備の数々。
既に自分で探索する気力を失ったモンドの目の前にザラディンが装備を積んでいく。
どれもこれもなるほど、モンドの要望通り大人し目のもの……──らしい。
《不貫の鎖帷子》
オリハルコンをワイヤー上に解した鋼線を編み込んで作ったチェインメイル。上半身を護る。
《竜麟の胸当て》
土竜の逆鱗を贅沢に2枚も使った胸宛て。土属性の加護を得る。胸を護る。
《ミスリルガード》
ミスリル鋼と各種魔石を使い魔法耐性を向上させた特殊ガード。首と腕と足を護る。
《安全靴》
魔王軍で研究中の皮と布を組み合わせた動きやすさと耐久性を重視した靴。革にベヒモスを使用し火属性の加護を得るとともに、オリハルコンの芯を使用し、足裏と足先を護る。
《アタックシールド》
仕込み盾。深海竜の甲羅の中心部分を使い曲線をそのまま利用。両手の動きを阻害しないように菱形《バックラー》に整形している。内部の空間に各種暗器を装着可能。連装ボウガン、パイルバンカー等を基本装備とする。魔法反射。水属性の加護を得る。腕を護る。
《フェニックスクローク》
不死鳥とされる大気圏上層を飛ぶ鳳の羽──それを編んだ稀有な一品。クローク上に仕立ててあり、普段はマントとして活用できる。風雨から身を護り、矢を遠ざけることができる。風属性を得る。背中を護る。
『こんなもんでどうだい?』
よっこいせと最後の一品を置き、数々の品々を無造作に並べていく。
その説明を聞くたびに開いた口がドンドン大きくなっていき、そろそろ外れそうだ。
「こ、こんなもんって……」
目の前にある品々。国宝級どころか伝説クラスのものがぽんぽこ混じっている。
『もっとゴツイのもあるんだけど、モンドは嫌なんだろ?』
「……あ、あぁ、いや、その」
──もっとゴツイのってなんだよ!
確かに、さっき好奇心に負けて、チラッと中を確認したら……、
ヌゥゥン……! と、禍々しいオーラを放つ大剣とか入ってました。
なんかこうー……柄の部分とか魔王の腕みたいなのが映えてて、刀身を握り込み、指の間から真っ黒な両刃の剣が伸びてるやつとか……。
その名も、
《ゴッドイー──……》…………パタン。
と、私、レアボックスを閉じました。
ここにある装備だけで、多分一財産……というか王国中の財を集めても足りないだろう。
『だから、軽くて派手でなくて、それなりに普通に見えるのにしてやったけど……どうだい?』
確かに……一見すればちょっと良い作りの装備にしか見えない。
それにしたって、さっきまでの棍棒一本のバーバリアン装備からはかけ離れているが、まだ誤魔化しは聞きそうだ。
これが『ドラゴンスレイヤー』とか『ゴッド何某』を担いで出ていった日にゃ~……うん、考えたくない。
「ちょ、ちょうど良さそうだ。あ、あああ、ありがとさん」
『んー♪ んー♪……気にしなくていいよ、気にしなくても~。使われたほうが道具も喜ぶからのぉ、で──』
ポイっと無造作に投げてよこすザラディン。
「これは?」
『ゴーグルじゃよ。顔を護るもんは上物がいいだろう?』
たしかに、普通のゴーグルだ。
何かの皮でできているのか、柔らかい素材で作られており、丁寧な縫製で仕上げられている。
さらに、調整はベルトの穴を変えるだけでいいらしい。
そこに、綺麗なガラスの入っている。
『つけてみな』
「……お、おう」
片目を庇いながらゴーグルをはめる。頭部に接するの布地らしく肌障りはよい。
ちゃんと耳当ても首覆いもついているため隙間が無くて頑丈そうだ。
「悪くない」
『そうじゃないよ……ほれ、目ぇあけて、よーく前をみてみな』
は??
「こ、こうか?」
言われるままに両目をあけてみる。
……失った目。正確には黒く落ちくぼんだそこには何もなく、何も映さない────……。
「あれ?」
え?
え? え?
「う、っそだろ……?」
『……見えるかい?』
「み、見える……。見えるぞ、両目が──」
俺の視界は突如広くなった。
今までは少し狭いと感じるくらいの視界だったのだが──……それが何と広いことか!
「ど、どうなってんだ!?」
『ゴーグルには魔力付与が施されている。片目で見ている情報をゴーグルのレンズ上で疑似的に立体化しているのさ』
……ゴメン言ってることの意味が分からない。
『モンドは知らんかもしれんが、目と言うものは両目があって初めてモノを立体視できるのさ。片目でも不可能ではないが、慣れと時間がかかる』
立体視?
『モンド……お前は、片目を失って腕が落ちたと考えているんだろう? だが、それは違うよ』
「え?」
『お前の腕はそう鈍っておらんよ。問題はその立体視ができないことにより、目標との距離感を失ってしまったがためじゃ』
たしかに……。片目になって以来、腕が激的に落ちた。
(それが、……立体視とやらのせいだと?)
「じゃ、じゃあ……!」
『うむ……モンドよ。お前は、また──』
(また……)
『───また、強くなれる』
※ ※
強く、
なれる────。
ポタッと、ゴーグル内に水滴が落ちる。
それを慌てて拭おうとするが、
「あ、あ……あれ?」
『ん? どうしたんだい? 眼に負担でもかかったのかい?』
あーそうか、ゴーグルを外さないと。
「グ……うぐ……」
ゴーグルを外すと目に外の空気を感じた。途端に、片目の視界に戻る。
だが、それでも──……!
久しぶりに見た両目の世界に、心が躍った。
『泣いておるのかい?』
首を傾げるザラディンに顔を見られたくなくて、慌てて逸らすと、
「な、なぁ! このゴーグルって……!?」
『んむ。……言いたいことがわかるが、魔眼ほどの機能はないぞ?』
モンドの言わんとすることを正確に読んでいたザラディンはバツが悪そうに頭をかく。
「な! ど、どうして!?」
『言っただろ? 片目で見ている情報を疑似的に見せている、と──』
「ま、まさか」
『それに、もし、もう片方の目も失えばそれはただのゴーグルに成り下がる。そいつはの……視力の無いものには効果はない。元々片目種族用に開発していた物だからね……医療目的ではないのよ』
さ、サイクロプス?
……なるほど。彼らも俺と同じ視界で生きているのか。
『んむ、ま──そう急きなさんな。さっきも言ったが、お主は強い───魔眼なんぞなくともな』
ザラディンの慰めともつかぬ言葉に俺は生返事。
失礼だとは思いつつも、装備の嬉しさよりも両目の視界を取り戻したことの喜びが大きかった。
魔眼がなくても……だ。
「とりあえず、装備してみるぜ」
『うむ、男前にのー』
……見ないで欲しいんですけどー。
『減るもんじゃあるまいし、ケチな奴じゃの』
「マナーってやつがあるだろ!」
『チッ』
うわ、舌打ちしやがった……。
(つーか、舌あるのかよ?)
『ないぞ? だって、骨───』
「うるせーよ!」
いそいそと着替え始めるモンドを尻目にザラディンはまだレアボックス周りをウロチョロしている。
しかし、これだけの財宝? だ。
よくもまぁ今まで隠していたものだ───。
そして、その隠し場所を暴き、いとも軽くモンドに譲ってくれたザラディン。
ただのスケルトンかと思いきや……いったい何者なんだろう?
(ここだけでこの数の財宝だ……。もしかして、旧魔王城には、勇者もギルドも把握していない財宝がいくつも眠っているんじゃ……)
それを少しでも分けてもらえれば、違約金なんてあっという間だろう。
ここの装備をどれか一つ奪って、売っぱらうことも考えたが……多分、大問題になる。
売った品は消えてなくなるわけでもなし。こんな伝説級の装備を売ったら絶対に足がつく。それで攻められる謂れはないが……。調べられてザラディンのことが明るみに出て、かつここの財宝のことも知るところとなれば、きっとギルドや勇者達は再び旧魔王城を荒らすだろう。
それは……モンドの知るところではないとはいえ、いくらなんでもザラディン対して不義理に過ぎる。
たかが骨とは言え、だ。
ザラディンはモンドを恩人だというが、もう十分に返してもらっている。
装備品をくれたし、再び……両目で世界を見るの悦びもくれた。
スケルトン素材も集めてくれたし、チンピラから命も救われた、……ギルドの思惑も教えてくれた。
これだけでも多大な恩だ。
ザラディンは、未だ恩返しのつもりなのかもしれないが、モンドからすれば──既にその恩は返してもらっていると思う。
それ以上に、
妙な話ではあるが、ザラディンと過ごす時間はつい先ほどから苦にならなくなってきた。骨ジョークはきついけどな。
(よほど、人と話すことに飢えていたのだろうか?)
……勇者パーティを追放された男……D級冒険者のモンド。
そうこうしているうちに、
さて、
「……………………着替えたぞ、こんな感じか?」
全ての装備を身に纏う。
どれもモンドに誂えたかのようにフィットとしている。
元のシャツは肌着代わりとし、その上から纏っただけだが中々具合が良い。
『おおー馬子にも衣装だね』
カカカカカッと笑うザラディンは──……、ささやかな胸を揺らしながらのけ反るように笑う。…………は? 胸?
「なんっだ、そりゃ」
今目の前にいるのは、ザラディンなのだが……その。
多分この話し方はザラディン何なのだが……。
『ん? どうした? そんなに見られるとアタシでも照れるぞ』
ゲタゲタと笑うガイコツの声はそのままだが、……見た目が──。
え? なんで??
だ、
「ダーク……エルフ?」
褐色肌で銀髪。スレンダーなボディの美女……もとい美少女がそこにいた。
# 7
『ダークエルフとな? あー……人間側の呼称ではそうなるのかの?』
つつつー、と自らのボディを艶めかしく指でたどりながら首のあたりでツルンと撫で上げる。
「な、ななななん、なんで肉がついてるの?」
っていうか、女───の子?!
こ、コイツ…………ざ、ザラディンだよな??
『ついとらんわい。ほれ』
そう言ってグイと引っ張られると、見た目に反してボリュームのある胸に手を導かれる──って、ちょっとぉぉ!
「な、なな、なーーーーー……なにしてんだよ!」
『ええからええから、減るもんじゃないから気にするんじゃないよ』
気にするわ!
しかし、モンドのことなどお構いなしにグイグイとくる。
ほれほれ~♪ とセクハラまがいに自らの胸を弄らせるのだが……んん?
「な、なんだこりゃ!? ほ、骨?」
『さっき言うたじゃろ? 肉はついてないと───……くふぅ? どこ触っとんじゃ~……』
えええ? え!?
な、なんぞコレ?
ちっパイを弄れると少し期待していたのだが……、(ゲフンゲフン)
何故か手が…………こう────うにょんーって、感じでザラディンの体にめり込んでいる。
肌の感触はない。
それどころか、この硬いものは────。
『んッ、くふぅ……? こ、こらぁ、どこを触っとる、んッ?』
────肋骨。
「肋骨ですが、なにかぁぁあッ」
なんだよ、「くふぅ?」って!
ちょっと期待して損したわッ。
腕を引き抜いて、マジマジと見る。
うん、なんも異常なし。
『へ、変なとこ弄りまわすでないッ』
触らせたのはお前だろうがッ!
ってか。なにかッ?! お前は、肋骨触られると感じちゃうのか!?
変態か!?
変態なのかッ!?
「骨と特殊なプレイをする趣味はねぇッつの!」
とは言え、見た目は美少女。しかも、希少種の──。
エルフ?
あれ? あなた骨ですよねッ?
だけど、なんていうか……あれ? だって、どう見ても生きたダークエルフだし。
『さっきからダークエルフ、ダークエルフと……エルフではない。歴とした古代種。……種族風に言えば「魔王族」といったところかの』
ま、魔王族?????
『んー。まぁ種族なんぞどうでもいいだろ。そんなことより、どうじゃ。この見た目なら堂々と町に入れるし、ギルドに同行もできるじゃろ?』
ま、まぁそりゃ……一応、モンスターには見えないな。
別に意味で目を引きそうだけど。
「っていうか、何なんだその恰好は! は、破廉恥すぎるぞ」
ダークエルフだか、魔王族だかはまぁいい。それより、その格好だよ!
煽情的な黒のビキニアーマー。
際どい部分だけを辛うじて隠しているが……防御力はゼロ。
エロ!
エッロ!!
『ふむ? 変かの~? 動きやすいし、気に入っとったんじゃが、今の時代には合わんのかのー? とはいえ、これが肉が腐り落ちる前のアタシの格好だったのさ。この上に装備を着ればまた別だけどね、ほれ』
スッ、とザラディンが首飾りの様なものを外すと、また例の骸骨面になる。
「うわ! キモッ!」
『誰がキモいか!!』
プリプリと骨面で起こるザラディン。
そして、また首飾りを外すと褐色の美少女に戻り、頬を膨らませて可愛くプリプリ。
「あー……」
───要は……。
「ま、マジックアイテムか? それ」
一瞬で容姿を変えられるような、これほどの高性能なものは聞いたことはないが、
一応、霧を纏ったり体を透明に近づけたりするマジックアイテムは確かに存在する。
もちろん、そのどれもが高価なもので、それだけで一財産の代物。そして、使い勝手もそれほどいいものではない。
『そうさね。これは認識阻害のマジックアイテムさ。生前の姿を固定してくれるものでのー。あまり普段使うものではないからここに保管されていたんじゃが、……どうじゃ? 今は役に立ちそうじゃろ??』
ん? ん? とグイグイくるザラディン。
「生前の姿を固定って……滅茶苦茶使用が限定されそうだな」
いや。
っていうか……!
「あ、あんたいくつだよ!」
『女性に歳を聞くもんじゃないよ!』
「女だってのも今知ったわ!」
『んな!? 失礼な小僧だね!! こんな魅力的なボディをしているというのに』
「あほぉ、さっきまでカルシウムの塊だったろうが!」
『綺麗な骨格を見ればわかるだろう!』
「分かるか、ボケッ」
ぜいぜい、と言い合いをする。
ザラディンも年寄り臭い話し方をするので老人だと思っていたが、実際は年齢不詳の美少女。
だが、話しぶりからするに元魔王か……それに準ずるものだったと窺える。
「クソ……。もしかして、もしかしなくても……俺ってば、やばい奴を解放したんじゃないか?」
魔王が滅びた今。彼女が何をもってこの世で過ごそうとするのか、今更ながら気付く。
『カッカッカ! もう遅いわい、カッカッカ』
いつものように呵々大笑するザラディン。
…………そして、ニヤァと笑ってモンドを見る───。
あれ? もしかしてやばい感じ?
俺とんでもない化け物を起こしてしまったんじゃ……?
「お、おい!? お前……その姿で何をするつもりだ? ま、まさか……」
最悪の可能性に思い至り、モンドは戦慄する。
……別に人類を救うだとか大それたことを考えるつもりはないが、
少なくとも、大量虐殺をもくろんでいるというなら、身を挺して戦う覚悟暗いモンドにはある。
『ん? 何て、ナニのことかの? アタシとナニしようってか? 肉はないのけどのーゲタゲタゲタ!』
いや、全っ然面白くないから!
「ふざけるなっ! お前ッ……俺を利用して、その姿を得たのか? それで、また──」
『おいおいおい、おーい! アンタ、もしかしてアタシが「がおー、人類滅ぼすー」とか言うと、勘違いしているんじゃないのかい?』
……具体的だな、おい。
「ち、違うのか?」
『アホだねー。その気だったら、昨日の時点でとっくに大暴れしてるよ。……デス坊は負けた。アタシ達は滅びた──消えた。骨になった』
淡々というザラディン。
『栄枯衰退は世の常さね。……かつて幾度もありえたことさ。別に恨みも何もないさ…………今は───まだ、ね。それよりも、だ』
無表情のザラディンは、
突如、顔を悪戯っぽくほころばせるとクルリと回って、モンドに振り返る。
『……人が治める世は見て見たいね。平和な世の中、ギルドに勇者……それに、モンド──お主だよ』
「へ?」
『実際、面白い人物だよ。お前は』
「お、俺が?」
カカカカカッと呵々大笑するザラディン。
『お主は自覚はないのがまた面白いね。これまでも、ずっと天井から見ていたからのー。十年前の討伐作戦から、今に至るまでのお主……。その全てを知っているだけに、なお面白い』
じゅ、十年前から───……?
ズクンとモンドの胸が震えた。
あの日のことを知っている人物がここにもいたという。
そして、知っていてなお、……悪行と悪評だらけのモンドを見て面白いというザラディン。
自分的には、その感情はちっともわからないが、
「わ、悪さをする気は……ないんだな?」
『おうよ。───観光くらいはしたいけどねぇ』
「…………俺にそんな余裕はねぇよ」
『お前にそんなことは期待しとらんさね。だけどね』
「なんだよ」
一拍溜めるとザラディンは言った。
『モンドを通して人の世界を見たいのさ。一説には平和になったという──その世界を』
「……ザラディン、お前──」
『カカカカカ、恩返しと言うのは、もはや口実よ。人が治める世……大いに興味があるね』
そういって、後ろ手に持っていた二本の大剣をヒョイっと肩に担ぐ。
布を巻きつけてあるが、あの形状──、
げ!
あ、あれは──────……!!
「ドラゴンスレイヤーに、……ゴッドなんとか──?!」
『カカカカッ、もうアタシのもんさ。名称はアタシが決めるさね』
そう言って二刀を目の前を交差して見せ、
『この白き竜麟から削りし剣は…………「屠龍」──数多の龍を屠る剣さ』
クルリと回して背中の鞘へ。
『この黒き我が一族の躯を鍛えし剣は「神墜」──かつて神を喰らった剣さ』
ビュンビュンと頭の上で空を切ると背中の鞘へ。
『そして、アタ……我こそは──先々代魔王……「雷鳴のザラディン」──知と武と美を兼ね備えた最強の魔王成り!』
ズン~ン────! と腕を組んですっごいどや顔……!
『と、言うわけで改めてヨロシクな、モンドよ──アタシに世界を見せとくれ』
ニィと笑って手を差し伸べる魔王様。
だが、
「他を当たってくれ……」
ゲンナリとしたモンドがその手を掴むわけがなかった。
※ ※
『んんな!? 何で断る!?』
「いや、断るわ! なんで受けると思ったのか、そのへん小一時間くらい聞きたいわ!」
『小一時間どころか三日三晩しゃべってやろうかい? ええ、小僧ぉ!』
いきなり「小僧」呼ばわり。
キャラ作んなよ……。
とはいえ、魔王族というのは伊達ではないらしい。
……モンドより小さい癖に威圧感だけは半端じゃない。
元魔王───先々代魔王と言うのも納得いくというもの。
「もーいいから、檻に戻れよ……お前の居る世界じゃないんだろ?」
『今更戻るわけがあるかい! どんだけ暇で、狭いと思ってるんだ!』
知るかよ……普通は早々に死ぬんだっつの。
「とにかく装備はありがとう。あとはもういいや。恩もこれで十分だよ。好きに生きてくれよ」
そして、関わるな。
元魔王とかモンドには荷が重すぎる。
モンドさんはね、勇者ちゃうねん。
D級冒険者やねん……。
『こんな時だけ自分を卑下するんじゃないよ! ったく、最近の若いのはー』
「アンタに比べりゃ、炊いては若い奴になるっつの……。とにかく、俺につきまとうなよ」
『阿呆が! ここまで来て放置とかありえんさね! 装備やったじゃろ! 金目の物もぉ! あと、ホラ、オッパイ揉んだし───」
「人聞きの悪いこと言うな!! お前が勝手に触らせたんだろぉぉお!! しかも、肋骨ぅぅうう!」
肋骨はノーカウント!!
つーか、
「じゃー返すか? もう、めんどくさいから……」
そういって、ゴーグルはじめ、装具一式を返そうとするモンド。
『あ、阿呆ぉぉおお! 返品は受けつけてないよ。もうお前のもんさ、だから一緒につれてきな』
どんな詐欺商売だよ!
お前がくれたんだろうが!
「あーもう……あーーーもう!! 疲れる──とにかく疲れる!! もう、さ。今日も狩りをして稼がないと、違約金が払えなくなって装備も何も関係なくなるんだよ!!」
しかし、半ば脅してみたところで全く動じないザラディン。
『違約金とな───例のギルドに納める金のことじゃろ? パパっと払いたいなら、ここの装備のどれかを売るかい? しかし、』
…………出来るかボケ!
「んなことしたら、俺がお縄にかかるっつーの! ここの装備はオーバースペックなんだよ! ただでさえギルドに目を付けられてるってのに、ゴッドイーターとか、ドラゴンスレイヤーとか、伝説装備を売って歩いたらどんだけ不審者なんだよ!」
『むー……存外面倒くさいねー。人の世は……』
普通だろーが!
お前の魔王軍基準でも、ゴブリンがエクスカリバーを売りに歩いてたらどう思うかっつの!?
「とにかく……。まずはクエストをこなす。そして、とっとと銀貨10枚くらい稼いでやるさ」
『ん~む、しかし、よいのかモンド───さっきも言ったがその違約金とやらは……』
ザラディンが眉根を寄せてモンドに静かに語る。
……いや、彼女の言わんとすることもわかる。
「……あの話は本当か?」
『アタシが嘘ついてなんになるよ……言っただろ? お主、ギルドにはめられておるんだよ』
この地下に突入する前にザラディンが語ったこと。
……先日、チンピラに絡まれる前に、ザラディンをうっかりギルドに置き忘れてしまったのだが、
なんとその時にザラディンがギルドに残ったマスターやアルス達───……そして、『岩の城』達の悪だくみを聞いてしまったというのだ。
それというのも、単純明快……。
もとよりモンドの素性を知っていたアルスは、
最初からはめるつもりで幾重にも罠を張っていたらしい。
それが新人冒険者『岩の城』への加入から始まっていた。
つまり、最初からあのパーティへの加入は罠だったのだ。
……今になって思えばどーりですんなり加入できたはずだと納得できる。
そのあとは簡単だ。
モンドのせいにしてクエストを受注し、到底達成不可能な状態でパーティを追放し、責任としてクエストを押し付ける。
そのあと、まんまとクエスト用のモンスターを狩りに来たモンドに、横取りをさせて違約金をでっちあげる───。
そういう筋書きだたらしい。
もっとも、違約金の流れは保険的な意味合いが強かったらしい。
一番手っ取り早いのは、スケルトン素材が納品できずに冒険者認識票がはく奪されることだったのだとか……。
(くそ。あのガキ、何の恨みがあって……!)
モンドが恨むならともかく、なんでくそ勇者の息子にこんな仕打ちをされねばならないんだ。
段々腹が立ってきた───。
『……で、アタシがハイスケルトンを狩って、素材を入手しまったことで予定が狂ったらしいの~』
───ザラディンの話はここまでだ。
そして、彼女に言う通り、予定外にモンドがクエストを完遂してしまったがため、一週間物猶予ができてしまった。
しかも、モンドが銀貨9枚以上と、相当の金を稼いでいるため、明日にも違約金を支払われれば、この手間暇をかけた追放劇がパーになってしまうらしい。
『それがあのチンピラの正体よ。……連中、あの少年に雇われとったみたいじゃの』
「マジ、かよ……。そこまでやるか?」
ギルドにはめられたのは間違いないが、それ以上にそのガキがヒドイものだ。
『なんとしてでも、お主に違約金を払わせずに、恩を着せたいみたいじゃのー』
「……恩を着せる───……この後でギルドマスターが顔を出せって言ってた案件だよな?」
クエスト開始前に、くどい程ギルドマスターに念押しされていたこと。
顔を出せと言っていたが、何の要件か。……しっかりとザラディンはその内容も聞いていたらしい。
『───おうよ。……ギルドの「ぼらんてぃあ」をさせると言うとったぞ? なんでも、昇級試験にモンドも強制的に参加させて……』
……させて?
「───合法的にボコボコにしたいわけか。もしくは事故と見せかけて殺す」
『そのようじゃの』
ギルドの昇級試験のボランティアは貧乏冒険者への救済処置だ。
試験料をチャラにする代わりに、雑用を引き受ければ試験を受けさせるというもの。
だが、この場合、ギルドらが狙っているのは雑用そのものより、試験を受けられるという一点のみだろう。
D級に落ちぶれたモンドには昇級の機会もなければ、その金も、その気もない。落ちるのが分かっていて受ける気がないからだ。
だから、ボランティアを強制して昇級試験を受けさせるのだ。
ギルドの昇級試験は筆記のほか、受験者を絞るための模擬戦がある。
それはバトルロワイヤル方式で、パーティまたはソロに分かれて殴り合うのだ。
……そして、おそらくその場でモンドをボコボコにしようというのだろう。
だけど、
「……なんだってそこまでする? 俺はアルス達になにかしたわけじゃねぇぞ?!」
借りの横取り疑惑も、罠だとわかった以上、最初からアルスはモンドに悪意を持っていたことになる。
だが、なんで??
…………勇者パーティがそれをするならまだわかる。
なにせ、モンドと勇者パーティには確執があるから、それを消し去りたいとあの時の連中の一人が考えてもおかしくはない。
もっとも、落ちぶれ果てたモンドには見向きもされていないというのが現状だろうけども……。
だが、解せないのは彼らの子供がこれほどモンドに敵意をむき出しにする意味だ。
『ふーむ。……こうは考えられんか?───勇者どもは、お主ならいくらでも痛めつけていいと考えておる、と』
……ッ!
「───ありうるな。子供たちに人を踏みつけにする経験を積ませるなら、まずは俺から、か」
なるほど。
(十年越しの嫌がらせか……。魔眼を奪って武器も何もかもを奪ってまだ足りないらしいな……)
ズキリとないはずの目が痛む……。
───最後はモンドの復讐心と尊厳すら奪うつもりなのだ。
ふくくくく……。
「十年間這いずり回っていたのを高みの見物し、ほどよく落ちぶれて俺がガキどもの練習台にちょうどいいってか?」
くくくく…………。
くははははははははは!
「まったくザラディンの想像どおりだよ。きっと間違っちゃいない」
『───で、どうする?……大人しく違約金を払って一度間をとるか? 連中、汚い手を使っちゃいるが、表向きは合法的にやりたいようじゃしの』
あぁそうだろうさ。
違約金が払えずモンドが泣きつくのを待っているのだ。
ここで違約金の銀貨10枚を収めてやれば、連中もしばらくは手を出せないだろう。
だけど───。
「いや、やめだ」
『ほほぅ?!……その心は?』
…………決まってるじゃねーか。
「やってやろうじゃねーか!! 奴らの口車にのって……こっちが正面からボコボコにしてやるぜ!」
『カッカッカ! その意気よ! お主ならそういうと思っておったぞ、それでこそアタシの恩人、アタシのパートナーじゃ』
「パートナーではない」
ピシャリ。
『んぐ?! か、頑なじゃのー。まぁええわ。……で、そうとなったらやることは決まってきたのぉ?』
は?
「や、やること……? なんかあったっけ?」
首をかしげるモンドに、ザラディンがふふんと小さな胸を張る。
『───決まっとるじゃろ。修行じゃ、修・行!』
しゅ……。
「修行ぉぉお?!」
#8 ギルド戦
わーわーわー!
ギルド地下に設けられた修練場。
本来の用途は冒険者たちが自らの腕を磨くため、ギルドの教官に師事したり、仲間同士の連携を確かめ合う場所として使う場所だ。
だが、今日は違う。
今日はギルド昇級試験の会場として活用されていた。
中央の闘技場をグルっと囲む壁とその上部に設けられた観客席───。
それは、
まるでコロセウムの用な様相を呈していた。
「へへ、どうだモンド。懐かしいだろ?」
ギルドマスターが腕を組んでモンドの横に立つ。
一方のモンドは、格子扉の奥に控えて、鉄枠の向こうの修練場をじっと見ていた。
「ん? なんだ、クソマスターか? 何の用だよ」
「へ。口の減らねぇ野郎だ。だが、今回の判断は正しかったな」
……判断?
「なんのことだよ」
「とぼけるなよ。違約金が払えないって泣きついてきたことさ」
あー……。
「泣きつくも何も、ありゃイチャモンもいいとこだよ。だれが払うかっつーの」
代わりに提案されたボランティア活動。
ギルド昇級試験の雑用だ。もちろん、オマケ要素として昇級試験に参加もできる。
「へっ。ベソかいてたくせによ……! だが、さすがは元A級だな、雑用もそつなくこなすし、なんだかんだで筆記試験も突破したな、モンド───やるじゃねぇか」
「そりゃどーも」
モンドは体に着いた土埃を払う。
額には汗でびっしょりのタオルもある。
今の今まで雑用に使われていたのだ。
筆記試験の答案回収に、試験場の設営と撤収。
オマケにこの昇級試験最後のバトルロワイヤルの会場の構成だ。普段は修練場として使われているだけに、このバトルロワイヤル方式に構成しなおすのも一苦労なのだ。
「だが、助かったぜー。毎度毎度この会場を作るのも一苦労でよ。お前もよかったなー、久しぶりに中級冒険者に戻れるんじゃないのか?」
「ケッ。試験前にこき使いやがって───……」
受からせる気など微塵もないのだろう。
彼らの予定通り、試験を順調に進んでいるアルスとぶつける気なのだ。
そして、鉄格子を挟んで向かい側の控室にいるのは、予想通りにアルスだ。相棒のメリッサの姿も見える。
「それが条件だったろうが? 試験が受けれるだけでも感謝しな───ところで、モンド」
……コイツは暇なのだろうか?
試験中なんて、ギルドマスターは大忙しな気もするが、どうもよくわからない。
「……なんだよ? もう、試験前だからどっか行ってくんねぇかな?」
「───あの美人はなんだ? どこで見つけた?」
美人?
「………………誰だっけ?」
「とぼけるな!! あのダークエルフだよ!! あんなかわいい子がお前のパートナーだなんて信じられんわ! 大方、田舎から来たおぼっこい女を騙くらかしたんだろうが……」
あーーーーーー……ザラディンのことか。
美人……美人……。
美人ねぇ……??
ギルドマスターは観客席でふんぞり返っているザラディンをニチャと濁った眼で見ている。
(お前は知らねぇだろうけど、アレ、骨だぞ??)
「……けけっ。お前の噂を聞いたら即見捨てるだろうさ」
「かもな……。どーでもいいよ」
ザラディンとかマジどうでもいい。
(あの暴力女め……!)
ふと目が合った時、ザラディンがニヤリと笑って見せた。
その視線が、ここ数日間叩きこまれた修行と称した暴力───……もとい戦闘訓練を思い出し思わず身震いするモンド。
「本性を知ったら、アンタも裸足で逃げるよ。…………もういいか? そろそろ始まるんだろ?」
「ちっ。張り合い野ねぇ野郎だ───昔のよしみで気を使ってやってるのによ。……あ、そうそう」
なんだよ。まだあるのか?
つーか、昔のよしみとかなんとか言ってるけど、今のテメェは権力に媚びを売る保身野郎にしかみえねぇよ!
「───お前の掛け率は最悪だぜぇ? くけけ、嫌われたもんだなーモンド」
「あーそぉ」
何を今さら。
チラリと控室の隅に掲げられたトトカルチョのオッズを見る。
公式賭博として、ギルド昇級試験は賭けが認められている。
娯楽の少ない街では、こうしたイベントごとは人が集まるのだ。
そして、勇者パーティたち、英雄都市の有力者がが後見する賭博。
ギルドという公式組織ゆえ、不正が発生しにくいと考えられているのか非常に人気が高い。
だからこそ、この観客形式な会場なわけだ。
オッズ表:
『アルス&メリッサ』 1.1
『モブでショウ』 3.6
『岩の城』 7.3
『ザコメンズ』 4.5
『デオチンメン』 1.8
『グレートデキン』 1.4
『斧之蟷螂』 9.2
・
・
・
・
・
『ザ・モンド』 102.5
「ぶふ……! ひゃ、百倍! 百倍だってよーモンドぉ!」
ゲラゲラと笑うギルドマスター。
そして、同じ控室にいた連中もゲラゲラと笑う。
「そりゃしょうがねぇよ! だって、ベテラン下級冒険者だぜぇ」
「ふへへへへ! 元A級で今はライセンス初脱寸前の雑魚だもんな!」
「こんな奴にかけるくらいならゴブリンにかけたほうがマシだぜぇ!」
ぎゃはははははははははははは!
笑い転げる参加者とギルドマスターたち。
モンドは肩をすくめるのみだ。
「よかったなあ~! お前が自分で駆けて勝てば億万長者だぞぉ! ぎゃははははははは!」
あーそうかい。
「あいにく手持ちがほとんどなかったんでね───」
そういってモンドは半券を見せる。
それはトトカルチョに参加した証明だ。
ギルドの窓口で自分に賭けたことの証明───……。
『ザ・モンドの勝ち抜けに銀貨3枚』
「───全財産をかけたよ」
「「「…………………」」」
それを見て聞いた、ギルドマスターと参加者はしんと静まり返り───。
「「「ぶははははははははははははははっは!」」」
大爆笑した。
「ひゃははは! け、傑作だぜ! こ、こいつ勝つ気でいやがるぞ?」
「ひひひひぃ! 相手が誰だと思ってるんだよ?! あの勇者の子供たちが参加してるんだぜえ?! お前との因縁を考えたら真っ先に消されるっつーの!」
「その前に俺たちがボコボコにしてやるぜぇ!」
と、オッズ1.4倍の『グレートデキン』の皆さん。
「ふん。別に自分に賭けるくらいいいだろうが、勝利条件───制限時間までの生存、もしくは半数以上の脱落……難しい話じゃねぇ」
そういってプイっとソッポを向いたモンド。
その様子にさらに大笑いする連中に半ばうんざりするモンド。
連中曰く、誰もモンドを放っておかないというのだ。嫌われ者で、殴りやすいモンドは真っ先に狙われるだろうと。
「ぐひひ! まずは俺らが相手してやるよ」
と、息まく『グレートデキン』さんたち、4人のパーティ。
「あーそー……お手柔らかに頼むぜ」
「ぐけけ! 時間いっぱいまで逃げ切るつもりなんだろうがよ? そうはいかねぇ、だいたいソロパーティは狙われやすいってのを知らねぇのか?」
知ってるっつの!
制限時間の一時間までに半数のパーティが減っていなければ試験は継続される。
また、制限時間中であれば何パーティが脱落しても基本終了はしない。
制限時間内に強制終了するとすれば、1個パーティのみが生存するか、全滅したときのみだ。
「戦闘不能とみなされるまでボコっていいんだぜぇ? げへへへへ」
「おうよ、望むところさ……」
望むところよ───……アルス、そして、『岩の城』どもめ!!
そうして、控室の中でバチバチと火花を散らしつつ、モンドはといえば向かいの控室で余裕をこいているアルスをキツク睨む。
(……よくも、恩も恨みもない俺に色々してくれやがったな───くそ勇者のガキめ)
その余裕面───……グッチャグチャにしてやるぜ!!
プァッァアアアアン♪
その瞬間、ラッパがひときわ高く鳴り響き、
控室の格子扉が開いていく!
刹那、多数のパーティが脱兎のごとく会場に躍り出てそれぞれ思い思いの場所に布陣していくのだ。
「へへ! 戦闘開始となったら覚悟しなモンドぉ!」
『グレートデキン』のみなさんも、会場に躍り出ると、壁を背にして布陣する。
バトルロワイヤル方式の試合では陣地を構えることも重要なのだ。
そうして、すぐに戦闘開始となる───。
一回目のラッパで戦闘準備。
そして、二回目のラッパで───……。
プァァァッァアアアアン♪
「戦闘開始ぃぃいい!!」
いつの間にか、修練場がよく見える監督席にギルドマスターが陣取り、大声で戦闘開始を告げていた。
「「「「「「「うぉぉぉおおおおおおおお!!」」」」」」」」
昇級試験参加者20組。
その全員が一斉に動き出すッッ!!
昇級を賭け、相手を脱落させんとして──────……!
※ ※ ※
「へへ! まずはモンド、お前だぁぁぁああ!」
宣言どおりモンドに突っかかってきた『デレートデキン』たち4人パーティ。
剣士2名、モンク1名、魔術師1名の平凡なパーティだ。
対するモンドは1名。
当然のごとく剣士───。
ヒュンヒュン!! と風を切って降り注ぐ前衛剣士2名のコンビネーションアタックを体を捻って躱すモンド。
しかし、それで終わらずさらに追撃を繰り出す2名の剣士。
「へへ! よくかわすじゃねーか! だが、一人でどこまでやれるかなー?!」
「こっちは4人! お前はもうおわりだぁぁあ!」
なるほど……。
たしかにオッズ1.4倍なだけあってかなりの実力者だ───……D級の昇任試験にしては、だが。
剣士2名の矢継ぎ早の攻撃で相手を封殺し、稀にできる隙も、モンクの一名が補う。
そして、近接戦闘を支えるのは魔術師の補助魔法と、彼の周辺警戒。
きっちりと役割分担されていいパーティだ。
「ち」
カンッ! と乾いた音を立てて木剣が2名の剣士の攻撃をさばいていく。
ちなみに『ゲレートデキン』たちも同じ装備。
木剣と、素手と、簡素な魔法杖で、全てが練習用のそれだとわかる。
これこそ昇級試験の特徴だ。
最初30分間は装備による差が出ないようにするため練習用の武器で交戦するようになっている。
途中後半の30分からは指定されたアイテムボックスから自らの装備を使用することができるが、このことにより、装備だけで勝ち抜けない仕様になっているのだ。
ギルドもちゃんとした腕前を持った人間を昇級させたいという証左だろう。
つまり、モンドが今『グレートデキン』たちと拮抗しているのは純然たる彼の腕前だ。
4対1を良く凌いでいる。
それを満足げに見下ろすザラディン。
彼女の眼下では壁際で戦うモンドが危なげなく戦闘を継続しているのを見下ろしていた。
『カッカッカ! 修行の成果が出ておるな。それでよいそれで……』
ポリポリと物売りから買った豆を言ったものをかじるザラディン。
「??」
彼女の前の座席に人間はなぜか豆が殺気からポロポロと落ちているのが気になっていたが、後ろを向けばザラディンがニコリとほほ笑みかけるものだから顔を赤くしてまた正面に向き直る。
……もちろん、豆はザラディンの身体の隙間から落ちてるのだけどね───。
だって、骨だもん。
『さーて、モンド。今は互角の戦いをしておるが、そろそろ形勢が変わるぞ? 心しておけよ……』
聞こえるはずもないが、ザラディンは届いていると確信するかのように呟く。
そして、そんな呑気に観戦されているとはつゆ知らずモンドは防戦一方であった。
「おらおら! どうしたどうしたぁ! はっはー!」
「ちぃ! いい加減くたばれ!」
一気に勝負を決めんとして、剣士2名が猛攻を開始する。
コンビネーションを生かした間断ない斬撃と、
「奴は片目だ! 反対に回れ!」
「おおう!」
遊撃のモンク1名がモンドの死角に回り込み、近接攻撃をくりだしてきた。
(ち……!)
それを身体を捻って躱すと、そこに剣士2名が追撃をかける!
「よっしゃ! はまったぁぁ!」
「これできまりだ───」
勝ちを確信した『グレートデキン』!
一気に3人でモンドを強襲しようとして、ふと違和感に気付く。
にやっ……。
モンドが全く焦りもせずむしろ、笑っていたことに。
「ははは! お前ら一緒に控室にいて聞いてただろうが───」
モンドの場違いに冷静な声に、魔術師が声を被せる!
「な?! お、おぃ!! てめぇらぁぁああ!」
焦りの声を上げる魔術師に残りのメンバーが気づくも時遅し。
「「「どりゃぁぁぁあああ!」」」
一斉に突撃してきた他の受験者によって『グレートデキン』の連中がもみくちゃにされる。
「うげ! いだっ!」
「な?! こ、これはモンドは俺たちの獲物───」
「「やかましい! そいつは俺らが仕留めるんだ!」」
「「構うこたぁねぇ1 まとめてぶっ潰せぇ!」」
多数のパーティがモンドと『グレートデキン』の戦闘場面に乱入する。
それは、
「はは! お前らも言っただろうが!───嫌われ者で、殴りやすいモンドは真っ先に狙われるだろう……ってな!」
う、
「うぎゃあああああ!」
「ひぎぇぇええええ!」
モンドを仕留めようと乱入してきた他のパーティによって『グレートデキン』の面々が瞬く間に制圧されていく。
だが、オッズ1.4倍の『グレートデキン』もそう簡単にやられはしない。
「くっそ! ざけんなよ! 人の獲物を横取りしてタダで住むと思ってんのか!」
「おうよ! 舐めんなこらぁぁああ!」
そして、反撃に移る剣士二人。
奴らは善戦し、突入してきた下位のパーティと互角以上の戦いを繰り広げた。
だが、それこそモンドの狙い───そして、
『カッカッカ!』
モグモグ。
ポリポリ。
『……敵の敵は敵よ。敵しかいないなら敵同士で潰しあいをさせるがいいさ───幸いうちのモンドはね、』
観客席で足を組み替えながらザラディンは余裕で試合を見ろしている。
『敵しかいないよ───』
ニィィイ……!
だからモンドは油断しない。
周りが全部敵なら初めから期待しないし、下手に共闘相手がいるかもしれないなどと期待もしない。
その代わり、自分を餌に敵をおびき寄せることはできる。
とくに、モンドを仕留めたいと明確に狙っている奴がいるならなおさら御しやすい───……。
『上手く立ち回りな、モンド!』
そうして、再び観戦モードになるザラディン。
ちなみに、彼女の足元は豆だらけだ……。
「ぎゃあああああ!」
と、会場で悲鳴が上がりどこかのパーティで脱落者が出たようだ。
なかなか『グレートデキン』は善戦している。
「へへ、やられると思って焦ったんだろ? ガキ」
「く……!」
喧騒から抜け出したモンドは、木剣を手にアルスの前に立つ。
アルスは無傷で目の前に立ったモンドに驚きが隠せないようだ。
「よ、よく切り抜けましたね?」
「はぁ~ん? お前さんのおかげでね……。何パーティを雇ったんだ?」
試験中にモンドを仕留めるため、アルスがいくつかのパーティを雇ったのは明白だ。
少なくとも2個以上。『グレートデキン』は違うにしても、『岩の城』は間違いなくアルスの手下だし、乱戦に加わっている連中もきっとそうなのだろう。
「ふ、ふん。なんのことかわかりませんね。……モンドさんが嫌われているだけでは?」
「それは否定しねぇよ? ま、策士───策に溺れたってところか?」
チョイチョイと手で挑発。
かかってこい───と。
「そんな安い挑発になると思ったんですか?──────雇ったパーティの数ですって? くくく」
パチン! と、アルスが指をはじく。
すると、
「───ほぼ全部に決まってるでしょうが!」
ザザザザザザ!! と、モンドを取り囲む受験生たち。
どう見ても、バトルロワイヤルで戦う敵同士には見えない。
「くくく。どうです? これでもまだ余裕をみせれますか、モンドさん」
ひーふーみー……。
「へ。どいつもこいつも腐ってやがるな。どーりで受験生が多いと思ったら全部手下だったのかよ」
アルスの雇った連中は昇級よりも報酬を選んでアルスの協力をしているのだろう。
お金以上に勇者の子供というバリューもあるのだろうが。
「筆記で落ちた5組を除けば全部で16パーティがモンドさんの敵ですよ!」
16パーティって、半分以上かよ。どんだけ腐ってやがるんだ。
むしろ、誘いを受けていない『グレートデキン』のほうがまともということか。
(つーか、筆記試験で落ちた連中まで雇ってたのかよ。ぶふっ)
「な、なにがおかしいんですか?! こ、この数に勝てますかー……降参して土下座するなら今のうちですよ!」
はぁ?
土下座?
「……それをするのはお前さ! 卑怯なことばっかしやがってよー」
ス───……。
木剣を軽く持ち上げると、アルスを……いや、その後ろにいる観客の一人を指した。
「……親父とそっくりだぜ、お前は」
「な、なにぃ?!」
その言葉を聞いたアルスがピキッと顔を引きつらせる。
「ぱ、パパを馬鹿にするなんて……。ゆ、許せない!」
「……こっちのセリフだよ」
───なぁ、カイル……。
木剣の先、フードを目深にかぶった人物が一瞬ニヤリと顔を歪めた。
「ど、どこを見て──────ハッ?」
アルスはモンドの視線に気づいて、背後を振り返るが、そこには誰も見えない。
同時に視線が逸れたモンド、アルスともにその人物を見失った。
だが、確かに───。
「どうした? 父ちゃんが恋しくなったか?」
すでにカイルの姿はどこにも見えないが、やはりいたという気分だ。
「な?! ば、バカにするな! いいでしょう! 僕の実力を見せてやりますよ───!」
バッ! と、マントを翻すと木剣を引き抜き、モンドに切っ先を向ける。
「全員! 突撃ッ! あの無礼な冒険者を───……いいえ、モンドをぶち殺してください!」
「「「「おおう!!」」」」
ずるっ!
思わずズッコケそうになるモンド。
「……結局、そいつらを使うんかい!」
「う、うるさい! 人の力を借りることができるのも実力の内だってパパが───」
あーはいはい。
「……いいぜ、かかってきなっ! まとめて相手してやらぁぁあ!」
うぉぉぉおおおお!! と一斉に突撃を仕掛けてきた受験生たち!
だがモンドも負けじと咆哮する!
「どぉりゃあぁぁああああああああああああ!!」
そして、猛攻猛攻猛攻ッッ!!
一斉に降り注ぐ木剣と、木槍、斧などをモンドは躱しつつ、敵の攻撃を誘発する。
特に遠距離攻撃の弓矢と魔法だ。
それらが一斉にモンドに指向したかと思えばドーーーーーーン!! と人と、魔法と武器がぶつかり合う音がする。
モクモクと土煙が立ち込め周囲が見渡せなくなる。
そして、
「げほげほ! ど、どこ向けて売ってやがる!」
「いでぇぇ! お、俺はモンドじゃねぇぞ!」
「くっそー! てめぇ、よくもやりやがったなー!」
土煙が晴れた後には、包囲のど真ん中で殴り合うっている受験生たち。
誤射も多数発生したらしく魔法と矢によって昏倒するものもいる。
「な、なにをやっているんですか!? も、モンドはそこに───」
「ばーか。にわかに雇った連中が連携攻撃なんかできるかよ。お前には指揮能力もないし、なおさらだな」
なまじモンドを包囲していたものだから、遠距離攻撃が外れれば当然対角線上にいるものに命中する。
近接攻撃だってそうだ。
モンドが動かない案山子ならともかく、動いて逃げて飛びは萎える人間が相手だ。
しかも、攻撃してくるのが分かっているなら躱して当然───……結果。この大量同士討ちというわけだ。
もちろん、モンドは地面に伏せて攻撃を躱している。
それを見ていたザラディンは、
『カーーーッカッカッカ! 人間は昔から変わらんわい。各国の足並みがそろわないのと同じで、にわかに人を集めてもまともに動けるものかさね』
ポーリポリポリ。
「あの、なんか豆がいっぱい……あ、なんでもないです」
『ん~?? まぁええわ。モンドよ、残り少々───……やっちまいな!』
と、
それが聞こえていたかのように、一度観客席の方を見上げたモンドは、ニヤリと笑いかえす。
「さーて、仕上げだ」
「ちょ、ま───……」「いてて、ま、まて!」「た、タンマ!」
はー?
16パーティが一斉に突撃したものだから無茶苦茶だ。
無傷の者もいるが、リーダーらしいリーダーもいない状態そのうえ、怪我を負っていないものは後方にいたものが大半で、そいつらときたら自分がぶっ放した遠距離攻撃が味方に命中してしまったことで及び腰。
「な、なにをしてるんですか! はやく、モンドを───」
バキィ!! ごんッ!
「あだぁ!」「ちょ、や、やめ!」
「やめるか、バーーーーーーーカ」
モンドは容赦しない。
まずは負傷している連中を容赦なくぶっ叩いていく。
絡み合って身動きが取れないものだからいくらでも叩き放題だ。
「あーーっはっはっはっはっはっは! おらおらおらー!」
バシバシバシ!!
「いだいだ!」「やめ、降参、降参します!」
そして次々に仕留めていくと、降参降参の声がどんどん広がっていく。
ザラディン風に言えば『敵の士気の低下は伝播する。一度勢いがつけば優秀な指揮官がいないと止められんよ』ってなところだろうか?
そして、ザラディンから師事された通り、ドンドン降参し、退場していく冒険者たち。
連中を場外へ引っ張り出すギルド職員は大忙しだ。
「な、ななななな。何をしているんですか! 一体いくら払ったと……」
「アルス!」
冒険者を口汚くののしっていたアルスであったがメリッサに背中を押されてゴロゴロと転がる。
「いたたた……メリッサいきなり何を───……う!」
ドカァン!!
「ち……躱すんじゃねーよ」
いつのまにかモンドがユラリと立ち塞がる。
「ひ! う、嘘だ! い、いいいいつのまに!」
延々と降参していく冒険者パーティ。
というか、ほぼ全滅だ。
「な、なななな、なぁああ! 嘘だ!」
「嘘なもんかよ。パーティのリーダーをブチの目射あとは自動で降参コースさ。D級の試験を受けにきて、お前に雇われてるような奴らに大けがするまで戦うようなガッツがあるわけねーだろ」
もし、そこまで戦うとしたら、最初にぶつかった『グレートデキン』みたいなある意味ストイックな連中くらいなもの。
だが、哀れにも『グレートデキン』はすでに脱落していた。……善戦はしていたみたいだけどね。
「ま、まだだ! まだぁあ!! 来いよぉぉおお」
ち……。
「いい加減自分でかかってきな。それとも、パパからもらった装備がないと戦えないか?」
木剣だけを持つアルスはへっぴり腰だ。
ダンジョンで見た豪華装備がないせいか、とてもD級には見えない。
やはり、ド新人という初見は間違っていなかったらしい。
そこに、
「よぉ、モンドぉ」
「あん? テメェは……元リーダーじゃねぇか」
ズンズンズンと、意気揚々と現れたのは『岩の城』の連中だ。
どうやら『グレートデキン』に止めを刺していたのはこいつららしい。
「ち、大人しく冒険者認識票をはく奪されてりゃこんなとこでボコボコにされることも──────ボコォン?!」
ゴキンッ! と、モンドが思いっきり木剣を振りかぶり、リーダーの脳天を打擲する。
「……何をくっちゃべってんだ? アホかお前は?」
「んなぁ?!」「ひ、ひどい……」「モンドてめぇ! リーダーになんてこをぉおおおん!?───アベシ!」
そして、皆まで言わせず、すかさず二人目をぶっ飛ばす。
残り、2人。
「だから、何をベラベラ喋ってんだ? ここは修練の場じゃねーぞ? 敵味方もねぇ昇級試験の場だろうが?」
「ぬぐ! 人が話してる最中に!」「そうよそうよ! ひきょ─────キョン!?」
今度は後続の女をぶちのめす。
何言っていたが知らん。
聞いてやる義理がどこにある?
「お、おおおお、おまえ?! な、なんでそんな攻撃がバンバン当たるんだ──────ばひゅ?!」
そして、最後の一人の顔面に木剣をフルスイングで叩きこんでやる。
「あべぁ……」とかいいつつ鼻血を拭いてぶっ倒れたソイツを蹴り転がし、木剣を肩でトントンとして、アルスに向き合う。
会場には遠くで戦闘を繰り広げている数パーティを除いて残すところアルスとメリッサのみ。
「───……練習したに決まってんだろ」
そう。モンドはこの4日間、ザラディンにみっちりしごかれていた。
先々代魔王───……勇者を打倒したこともあると豪語する最強の魔王像の一人に、マンツーマンでだ!
「れ、れれれれ、練習?! そんな……『岩の城』も報告じゃ……」
「剣の命中率が悪いっていうんだろ? その通りさ───間違ってないぜ?」
モンドは『岩の城』が持っていた木剣をポイっと空に投げると、カィィィイン! と弾く。
それは見事に剣の真芯を捉えており、ヒュンヒュンと空に舞い上がっていく───。
「……誰かさんのパパに、魔眼と愛刀を取られてな。それ以来、必死で魔眼の動きをトレースしてたんだがよ。どうもそれがアメだったらしい」
まずはそれから直せと、ザラディンにみっちりと指導を受けたモンド。
思い出される4日間の地獄トレーニング……。
とにかく実践とイメージで、癖を抜けと言われて放り込まれたのが旧魔王城の地下区画で、『魔眼に頼り切りすぎるんじゃないよ! ほれ! ダークファントムがゴーストと違い、核がある! それを打ち抜くんじゃんぁっぁ!!』とかなんとか無茶振りされて、ダークファントムと激戦を繰り広げたり。
寝る時間以外は、隻眼での距離感を掴むべく、東洋の食器「箸」で豆を掴めと言われてひたすら基礎のそれをやらされたのだ。
もっとも、基礎はもっと月単位でやるものらしく、あくまでも『付け焼き刃』とのことだが。
それでも、なんとなくではあるが隻眼での戦い方がわかってきた。
まだ、距離感がつかみづらくはあるが一番大事なことがあった───。
ザラディンが言ったのだ───『お主の強い。魔眼などなくとも十分に強い。……じゃから、もう自分の戦い方を狭めるな』……と。
その言葉にどれほど衝撃を受けたことか。
「───う、うそだ……。あ、アナタは雑魚でカスでゴミくずだって聞きましたよ! 生きている価値もないって!」
「……否定はしない。だが、その言葉───」
スッ……と、モンドは木剣を構えてアルスを打ち据えようとする。
念のため目線の橋で、あの時見ていたフードの男……カインを探すも気配も見えない。
(まぁ、いいか。コイツにはコイツで貸しがあるから、なッ!)
「ひ! ぼ、僕に傷ひとつ付けたらパパがぁぁあ───」
け。
「───最後まで聞けよ、ガキ。雑魚でカスでゴミくずって……その言葉はよぉ……」
すぅぅ……。
ブンッ!
「テメェも同じだろうがよぉぉおお! 親子ともども、カインんんんんんん!!」
雑魚でカスでゴミくずといったのは間違いなくカインだろう。
その確信とともに、木剣を振り下ろすモンド──────。
おらぁっぁああああああああああ!!
プァァァアアアアアアアン♪
その時、ラッパが鳴り響き、
一瞬モンドの意識がそがれる。それを好機とみて、棒立ちになっていたメリッサがアルスを引っ張ると、かろうじてモンドの剣が逸れる!
バカァッァァアァン!! と渾身の一撃が木剣と床を砕き、アルスがその衝撃に失禁する。
「ひ、ひ、ひぃぃ……こ、殺す気か、おっさぁっぁあああん!!」
「うるせぇ、峰打ちだっつの」
まぁ、
「ぼ、ぼぼぼ、木剣に峰も何もねぇだろうが、この野郎───!!」
ビショビショのズボンで立ち上がったアルスはへっぴり腰で逃げていく。
逃げて、逃げて───……。
ん?
「へ、へへっへ。雑魚の冒険者どももちっとは役に立ったよ」
そういってアルスは震える手で後ろ手にアイテムボックスにもたれ掛かると、
「じ、時間稼ぎは十分で来たからなぁぁあ!」
バカァ!! と開けると、中から装備を取り出した。
(ち……! さっきのラッパは後半戦の合図か!!)
見れば遠くで戦っている別のパーティも相手を牽制しつつ、アイテムボックスを取りに行こうとしている。
中には自分たちが普段使っている装備などが収められていて、ここからが本番戦をていする……。
「ふ、ふひひひ! これさえあればぁぁあ!」
ガチャガチャと取り出した装備の内、手早く武器を取りだすアルス。
だが、
「そうはさせるかぁぁぁああ!」
モンドも一気呵成に踏み込み、アルスを仕留めようとするが、
ガキィィイン!……と、折れた木剣を軽く防がれてしまう。
しかも───……。
「て、てめぇ……それは、」
モンドの目に飛び込んできたその剣……いや、刀は。
「へ、へへへへ。ぱ、パパに借りたんだ、今日のために、ね」
ヒィィン……と、光をはじいた曲刀。
美しい波紋と漆黒の刀身。
石の油がとれる地で作られた数多の血を吸ったと言われる銘刀で、かつてモンドが使っていた───……。
「……お、俺の剣じゃねーーーーーーかぁっぁあああああ!!」
ブンッ!! パキィィイイン!!
起き上がりざまに振りぬかれて、モンドの木剣が簡単に砕け散る。
「へへへへ。アナタの剣ですって……? 違いますよ、パパが若いころ愛用してたって聞いてます。なぜか知らないけど、今日の試合のため一応持って行けって言われて持ってきましたけど、当たりだったようですね」
アルスはニチャアと笑いながら立つを肩に黒刀を担ぐ……。
「さ、さぁ……本番開始ですよ、モンドさん」
そして、ギルド昇級試験後半が始まる。
#9 ラストバトル
「───さぁ、本番開始ですよ、モンドさん!」
ビショビショのズボンで格好つけるアルス。
その様子を見て激高しかけていたモンドの感情の高ぶりがスーっと収まっていく。
「くく。なるほどな。……カインらしいぜ」
「……な、なにを! パパを気安く呼ばないでください!」
そういって虚勢を張るが、モンドは全く動じない。
それどころか滑稽ですらあった。
「豪華な得物をもってもう勝った気か?……アホらしい、そっちができることをなんでこっちもできないと思ってんだ?」
そういうとモンドはクルリと踵を返すと、自陣のアイテムボックスに向かう。
背を向けて堂々と、
「く!……そんな無防備で、な、舐めるなぁっぁああ!」
タタタタタタ! と、アルスの賭ける足音を背中越しに危機ながらモンドはヒョイっと躱して足を駆ける。
「死──────あぎゃ!」
そしてみっともなくすっ転ぶアルス。
「ち……! マジックアイテムてんこ盛りか、やっぱそう来るわな」
派手に点灯したというのに、ノーダメージな様子のアルス。
恥ずかしさに突っ伏しているようだが、目を凝らせば彼の身体をうっすら覆う透明な幕が見える。
たぶん、アクセサリー型の防御アイテムを装備しているのだろう。
過保護なパパんとやらの仕業に違いない。
普通ならこの防御は突破できないだろう。
木剣はもとより、D級の装備では傷ひとつ付けることができない。
つまり、本来なら後半戦に入りアイテムを入手すれば自動的にアルスの勝ちなのだ。
本来ならね……。
「うぐぐぐ……。この雑魚カスがぁぁ」
「それにいいようにやられてるお前は何なんだよ?───ほら、後半戦開始なんだろ?……来いよ」
モンドは気負うことなくアイテムボックスを開けると、自分の装備のうち『妖刀村正』と『アタックシールド』そして、『魔導ゴーグル』だけを手にした。さすがに鎧を着こむ時間はない。
「な、なんですかそれは! そ、そんな装備いつの間に?!」
どうやら、モンドの持つ武器が予想と違ったことに驚いている様子だ。
アルスが持つ古い情報なら、モンドはチンピラに装備を奪われこん棒程度しかないことになっているのだろう。
「ぐちゃぐちゃ言ってねぇでかかって来いよ」
「ぐ……。そんな装備、み、見掛け倒しだ」
ふ……。
「そう思うならかかって来いよ───」
モンド余裕の表情に、逆にアルスの余裕には少し陰りが出てくる。
「あ、アルス! だ、大丈夫よ! 私たちならでき───」
「うるさい! 戦えない癖にしゃしゃり出てくるな!」
メリッサが励まそうとしているがそれを受け取る余裕はアルスにはないらしい。
ダラダラと汗を流しているのは、妖刀村正の禍々しいオーラに気付いたのだろうか?
「どうした?……こないなら、」
「ひ!」
慌てて両手を黒刀を構えるアルス。
「───その剣はそんなふうに構えるんじゃねーーーーよ!」
ダッ!!
モンドの鋭い踏み込み!
これまでなら隻眼での立ち振る舞いに慣れておらず戦闘中い転倒していただろう。
だが、今のモンドはもはや以前のように魔眼に恋い焦がれたいた時とは違う!
「刀ってのはこうやって振るんだよぉぉぉおおお!」
モンドは鋭い踏み込みで腰だめにしていた村正をインパクトの直前に振りぬく!
その瞬間、僅かに手ごたえのようなものを感じたが、それ以外はまるで空ぶったような感触……。
ポトリと、モンドの背後に何かが落ち、カラーンと、黒刀が地面に落ちた。
そして、
ぎ……。
ぎ───。
「ぎぃやぁぁぁあああああああ!! 指がぁぁぁあああ!」
ブシュウ!! と、鮮血が舞い散る。
「ひ、ひぃ! あ、あああ、アルスぅうぅ!」
慌ててメリッサが回復魔法をかけて欠損した指をつないで見せる。
さすがに聖女の子供だけあって内包している魔力は相当なものだ。
見る見るうちに傷がふさがっていくが、それで即再戦とはならないだろう。
「ひ、ひぃぃいい! 痛い、痛いよぉぉお!」
「だ、大丈夫! 大丈夫だからアルス! 傷はもう───」
ドン!
「いてぇんだよぉおお! さっさと、エリクサーよこせっぇぇえ!」
そういうとアルスは、メリッサの懐から高価な薬を奪い取る。
「きゃあ! ちょっと、それはダメ! 一本しかないのに!」
「うるせぇぇ!」
ゴクリゴクリとエリクサーを飲み干すと、ようやく落ちつたらしいアルス。
「おいおい……。回復してもらっておいてなんて恩知らずな奴なんだ? しかも、意味もなく回復薬まで飲みやがって……」
「や、やかましい! これはルール違反だ! う、うううう、訴えてやる!」
「はぁ?……ルールって、命を奪うなってやつか?───指一本くらいでギャーギャーいうなよ」
ギルドには優秀な回復魔法の使い手も待機している。
よほど狙ってやらない限り命を落とす子もないし、傷だって治してもらえる。
「う、うるさい! 僕がルール違反だと言ったらルール違反なんだ!!」
「ガキかよ。って、ガキか」
モンドは相手にするのもバカバカしかったが、この様子だと絶対負けることはないなと確信し、ケリをつけることにした。
「ったく、他人の痛みも知らねぇ奴が勇者だの英雄って言われてるんだからよー……呆れるぜ」
モンドは普段閉じている片目を開けた。
「ひ……な、なんだそれ?! ば、化け物!! 化け物ぉぉおお!」
「ふん、酷い言われようだな……。こうしてくれたのは誰だと思う?」
そっと、開いた眼窩を振れるモンド。
アルスにこの罪があるわけではないが、事情も知らずに一方的に敵意を向けられるのも癪だ。
ちゃんと知るべきことを知ってから、親父に泣きつかせたいところ。
「し、しるか! おい、マスター!! ギルドマスターぁぁああ! 化け物だ! コイツはルール違反だ、なんとかしろぉ!!」
アホか。
「叫んでも助けてくれる奴がいるうちはいいよな。……俺はよ、十年前、お前の親父に魔王城の奥で寝込みを襲われ、魔眼を抉り取られたんだよ、そして、愛用の武器もな」
くいっと顎でしゃくると、アルスがハッとして、黒刀をみる。
「嘘だ……」
「嘘なものか。……そいつの使を見な、俺の名が刻んであるはずさ、削れないように刀の真芯につけたからまだ読めるはずだ」
恐る恐る使を見てアルスは顔をこわばらせる。
「どうだい? 信じる気になったか? この目も……お前風に言うなら化け物にしてくれたのもお前の親父さ」
「う、嘘だ! 嘘だ! ぼ、僕は信じないぞ! パパがそんなことをするものか! マスターーー!」
頑なに信じないアルス。
それは別にどうでもよかった。本質的にカインもアルスも同じ人間だからだ。
他人を踏みつけにすることになんの両親の呵責も抱かない。
だから、昇級試験の場でも、外でもチンピラなどを雇ってモンドを害そうとする。……つまり端からわかりあうなど無理なのだ。
だが、それでも権力だけは本物で──。
「おい、モンドぉぉおぉお!」
ち……。
「なんだよ。まだ昇級試験の最中だろうが、あと15分あるぜ?」
「やかましい! さっきからルール違反ばかりしやがって───こっちにも考えがあるぞ?」
はぁ?
「殺人未遂! オマケに英雄たちへの侮辱! 昇級には人格も関係するのを忘れたのか馬鹿め!」
バカはお前だ。
勇者カインの手下になり下がりやがって。
アルスはといえば、ギルドマスターが止めに入ったことでようやく余裕を取り戻し、気持ち悪い笑顔を浮かべてやがる。
「ぐ、ぐひひ! ルール違反したんだからなぁ、お前は失格だ! バーカ!」
「あ、いえ……その。それは、その……」
さすがにこれだけ衆人環視の前で、殺人未遂で失格はちょっとまずいのだろう。
指を切ったとはいえモンドに殺意があったかどうかなど証明しようがないのだ。
「な、なんだよ! 僕を誰だと思ってる!!」
「あ、あぐ……。で、ですので───」
ギルドマスターは高らかに告げる。
「後半戦は既に開始されている! つまり、持ち込んだ武器の使用は可能……! それはもちろん、名声などにも作用するものとするッッッッッ!」
と─────。
それが何を意味するか分からなかった観客は一瞬シンと静まり返る。
しかし、次に瞬間その意味を理解したアルスが叫んだ。
「そ、そうか! つまり、こういうことか!」
ニヤリと笑うと、ギルドマスターも大きく頷く。
「名声も武器! 財力も武器───……人も武器ということか!」
「は、はぁ?!」
意味が分からなかったのはモンドと観客ばかりであったが、
「これより! 僕アルスは宣言する! モンドを討ち取ったものには金貨200枚をくれてやる! 僕に味方せんとするものは、今からモンドを討てぇぇぇええええ!」
は、はぁっぁあああ?!?!
ざわざわ
ざわざわ
飛んでも発言が出たため、観客はしんと静まり返るも、ギルドマスターはそれを一切否定しなかった。
つまり、後半戦の武器使用オーケーというのは……名声、金を使って冒険者を武器として使ってもオーケーだということ?!
「んなアホな……」
しかし、そう思ったのはモンドばかりのようだ。
一泊置いたのち、……どぉぉぉおお! と会場が沸き返る。
「き、金貨200枚?!」「モンドをぶんなぐってもいいらしいぜぇぇ!」「ちょうどよかったぜぇ! アイツが勝てば掛け金はパーだからよ!」「いくぜぇ! モンドをぶち殺せぇぇぇえ!」
うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!
続々と会場の壁を乗り越え、試験場に踏み込む観客の冒険者たち。
その数……無数。
こりゃまずい……!
「ど、どうだ! こ、これが僕の力だ! 勇者の血だ───!」
「ちぃ! おい、マスター! いくらなんでも拡大解釈が過ぎるだろうが!!」
観客が武器でいいという無茶な理屈が通れば昇級試験もクソモない!
「へ! 知るかよ、機会は平等だぜ? お前も対抗すりゃいいのさ、名声と財力でよー! 一人くらい味方してくれるかもな、あの美人とかよー」
そういってゲラゲラと笑う。
『うむ。そうさせてもらおうか』
ヒュン! スタ──────……と、モンドたちの前に敢然と降り立ったダークエルフの美少女。
「な! ざ、ザラディン?!」
「おまえ!」「だ、だれ?」
ギルドマスターもアルスも驚いて目を剥く。
『ふふん、お主ら言うたんじゃろ?───名声、財力なども武器の内と、』
ならば───。
『アタシはモンドの名声とモンドに恩義に報いる「武器」よの───カーッカッカッカ!』
「お、おいザラディン?!」
そういってザラディンは、コキコキを首を鳴らすといった。
ここはアタシに任せろ、と。
「お主はケリをつけるんじゃな。そっちもそっちで大変そうじゃ」
「なに? 大変って……」
ビチャビチャ……。
「あ、アルス?!」
「う、うげえぇぇえ……」
地面に手を突き、ベタベタと胃の中身をぶち負けているアルス。
驚いたメリッサが背中をさすっているが、
「うがぁっぁああああ!」
と、引き離し血走った眼でモンドを見る。
「ぶ、ぶぶぶぶぶぶっ殺してやるぁっぁ!」
「な、何だコイツ?!」
モリモリと筋肉が盛り上がり、身体が肥大化したアルスが黒刀を拾い上げると猛然とモンドに突っかかってきた!
「ちぃ!」
『気をつけろモンド───……そいつはエリクサーなどではない! おそらくは違法強化薬じゃ! とっておき、最大ピンチの時に使うように言われていたのじゃろう』
なんだそら?!
『ようは、飲めば強くなくクスリー、じゃ!』
「解説どーも!」
ギャン!! と目の前数センチのところで火花が散る!
そして、衝撃だけでモンドが吹っ飛ばされる!
『きをつけよ! 違法薬ゆえ効果にはばらつきがあるが、おそらく通常よりも5倍以上の力を持っておるぞ!』
マジかよ?!
どんだけぶっ飛んだ性能なんだ!
「く!」
とんっ! と壁に着地するように足をつけ叩きつけられるのを未然に阻止。
『モンド! そのままでは勝てん、無理をせずにゴーグルを使え!』
「了解!」
モンドは距離が空いたことをチャンスとして、ゴーグルを装着する。
すると、
「そんなもので、勝てるかぁっぁああ!!」
ドガァァァァン! ドガァぁぁぁああン!!
『モンド! 覚悟を決めよ───生中な覚悟ではその状態のクソガキには勝てんぞ!』
「な、なに?! 覚悟?!」
モンドはゴーグルが補助する視界に身体がなじんでいくのを感じる。
すべての視界がクリアになり、死角を消していく
なによりも───。
「世界がリアルだぜぇぇえ!」
立体視を取り戻したモンドは、先ほどよりもよりキレのある動きでアルスに迫る。
「く! このぉ! なんで当たらない!!」
肥大した筋肉で握る黒刀がひどく不格好だ。
それでも、勢いと速度は先ほどとは段違い。
「そこだぁあ!」
モンドの冴えわたる剣技が、アルスの右手を切り落と───……してない?!
確かに切り落としたはずの手ごたえがあったが、次に瞬間切断面から肉がりあがりあっという間にくっつけてしまった。
「気持ち悪ッ!」
「だ、だまれぇぇ! 僕の力だぁぁ!」
その間にも何度も何度も切っては切りまくる。
急所を狙えないという制約があるせいで四肢の断裂にとどめようとするも、足も腕も肩ですら一瞬のうちにくっつける超人的な回復力。
案外本物のエリクサーなのか?!
「ちぃ!! コイツっ!」
『モンド───こっちは片が付く、あとはそっちだけだよ!』
は……?
かたがつくって……おまっ!
チラリと背後を振り返ればギルドマスターがパッカー! と口を開けてあんぐりと。
そして、ザラディンはといえば、あのとんでもソードを二刀流でブンブン振り回して、並居る冒険者やら乱入してきた観客をちぎっては投げちぎっては投げの無双状態。
ほとんどその場を動かずに、軽く跳躍と腰と腕の動きだけで剣を振るってなぎ倒している。
「ぎゃあああ!」「いでぇぇぇ!」「うでがぁぁぁああ!」
『カーーーカッカッカッカッカッカ!! それでも、魔王を滅ぼした人類かい!? もっと工夫しなッ!』
あーーーーーれーーーーーーーーーーーー!!
どかぁぁぁあああああん! と、観客席が崩れ、冒険者どもがまとめて吹っ飛ばされる。
それを見て、もはや戦意を喪失した冒険者の大半は「え? 俺関係ないっすよ?」みたいな顔で観客席に戻っていく。
『ん~……どうした? もう来んのか?───つまらんのー』
そういって余裕綽々で大剣をブンブンと空振り。
一方で、
「あ、あ、あ、あ……」
言葉を失っているギルドマスター。
そして、
『モンド、覚悟は決めたかい?』
覚悟……。
覚悟──────。
「僕が負けるはずがないんだぁぁぁあああ!!」
さらに狂暴化して黒刀を振るうアルスを見て、その戦闘力を削ぐにはどうしたらいいのかと、
(あ、そういうことか──────……)
ザラディンのいう覚悟。
それはモンドの執着の消失。
かつて勇者に奪われた装備───……魔眼と同じく体制つにしていた愛用の刀。
「わかってるよ…………。頼む、村正」
ヒィィィイン! と、妖刀が輝いたようにも見えた、そして、モンドは一度納刀すると、腰を落としてアルスを迎え撃つ。
魔導ゴーグルの視界。
そして、妖刀村正の切れ味──────……モンドの覚悟。
「死ねぇぇぇぇえええ、モンドぉぉぉぉおおおおおおお!!」
動きを止めたモンドにアルスの強襲!
すさまじい勢いで振りかぶられた黒刀……。
「……すまん、俺の愛刀───」
シャ──────……!
煌めく剣閃がモンドとアルスの間に走り。
アルスの手を切り落とし、指を何本か切り飛ばす。
しかし、瞬時にソレは回復され──────……。
パァァァァァアアン!!
「うわぁっぁああ! け、剣がぁぁぁああ!」
砕け散る黒刀。
モンドが取り戻したいと思っていた愛刀が粉々になった。
「そ、そんなぁっぁあああ! あああああ、メリッサ、新しい武器を! あ、」
『往生際はよくした方がいいぞ、クソガキ』
いつの間にか背後にわかりこんでいたザラディンがメリッサの首根っこを掴んでブランとぶら下げている。
プルプルと子猫のように震えるメリッサは完全に戦意を喪失していた。
そして、
「うげぇっぇえええ!!」
動きを止めたアルスが再び胃の中を吐き出す。
吐き戻す胃液と共にシュ~……と委縮していき、ついにはもとの身体に、
『ふむ……。質の悪い強化薬を使っていたようだね。もう、効果がなくなったみたいさね』
ゲホゲホっと、吐き戻していたアルスであるが、それでもまだ負けを認めようとはしなかった。
「うぐぐ……。ぼ、僕が負けるはずが……! モンドさんは、この負け犬なら何をしてもいいってパパが」
「……負け犬で悪かったな、性悪クソガキ」
ゴーグルを下げるといつもの視界に戻ったモンド。
ザラディンには普段から使うのは辞めろと言われていたので、魔導ゴーグルを使うのはとっておきの時だけだ。
「まだだ、まだだ! え、エリクサーさえ飲めば……」
どうやら、違法強化薬を本当にエリクサーだと思っているようだが、
『飲んだところで結果は変わらんよ。それにのー』
ザラディンがしゃがみ込みアルスに顔を近づける。
「な、なんだよ! 誰だよお前───」
ふぅ……と、優しく息を吐きかけるように顔を寄せると、
『そんな下法で強化して何の副作用もないわけなかろう』
チョンと、アルスの頭をつついた途端、
バサ……。
バサササ……!
「な、なにこれ? え? 毛? え、なにをしたんだよ?! これは──」
『お主の毛じゃよ。細胞を無理やり活性化させるのがさっきの薬じゃが、その対象として効果が切れた後は急速に老化する。ま、速い話が一時的に爺さんになる、毛が抜ける───……リウマチ、腰痛、冷え性じゃ、カーーッカッカッカ!』
えらくお年寄りに詳しいザラディン。
「は、はぁぁ?1 ぼ、僕の毛だって───そんな、ばかな!? おい、メリッサ!!」
フルフルと首を振るメリッサは、ポケットから折り畳みの鏡を出すとアルスに見せる。
すると、
「ひ、ひ、ひぃぃぃいいいいいいいいいい?!」
は、
「ハゲとるぅぅぅううううううううううう!!」
と、叫んだあと、目を回してぶっ倒れてしまった。
しかも老化現象で放尿……。
チーーーーーン♪
# 10
「しょ、昇級試験終了ーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
こうして、ギルドマスターの一言で昇級試験は終了した。
もちろん、生き残りは『ザ・モンド』ただ一つ。
かわいそうに、まじめに昇級試験に望んでいた別のパーティも観客の乱入で壊滅。
全員がリタイアしたそうだ。
しかし、騒ぎはこれで終わりではなかった。
昇級試験終了と同時になだれ込んできた騎士たちによってギルドマスターは連行されていった。
どうやら、無茶苦茶なルール追加や、アルスの不正を助長したことを咎められ、投獄されるらしい。
そして、メリッサに至っては違法薬を所持していたことを教会に見つかり、身柄を拘束。
今は教会本部の総本山に幽閉されているのだとか……。
おそらく聖女の尽力があれば早々に介抱されるが、いまのところ聖女に動きはないという。
そして、なによりアルスであるが、
急激な老化により、ギルドの医務室に絶対安静で拘禁されているそうだ。
それ以上のお咎めはないそうだが、あの様子だとしばらく立ち直れないだろう。
だが、公的にはアルスは違法薬の誤飲とギルドマスターの不正の犠牲者というやや強引な落としどころで、無罪放免となるらしい。
『───ってなところかのー』
「ところかのー! じゃねぇよ!!」
場所はギルドの酒場、その厨房である。
食材が山と積まれたところでモンドは延々と芋を向いていた。
ザラディンは、エプロンをつけてサッサカサーと箒掛け。
『なんじゃなんじゃ?! せっかく荒れからの噂を言入れてきてやったというのに』
「───やかましい! なんで俺が芋剥きせにゃならねぇんだ!!」
現在のモンドはC級冒険者……兼酒場のバイト、もとい雑用係である。
『そりゃー。しかたなかろう。不可抗力とはいえ、修練場をボロボロにしてしもうたからのー』
カッカッカと呵々大笑するザラディン。
っていうか、
「壊・し・た・の・は・お・ま・え・だ・ろ・う・が!!」
がーーーーーー!!
モンドは口から火を噴かんばかりに怒鳴る。
『なんじゃい、助けてやったんじゃからチャラじゃろ?』
「あほぉ! 限度があるわッ! えらい借金背負わされて……っていうか、なんでお前の借金を俺まで負担せにゃならんのよ?!」
『そりゃ、パートナーじゃしのー』
「パートナーではない!!」
ピシャリと言い切るも、世間はそうは思わない。
というか、ザラディンが謎の人物過ぎるのだ。
一応、田舎のエルフ里から出てきたお嬢さんという扱いだが……。
保護者も身元引受人もいないので、仲がよさそうなモンドに全部おっかぶさってきたというわけだ。
「あーーーーーーーもう! 一生芋剥きとかありえねぇぞ!! どーしてくれんだよ」
『いやぁ、メンゴメンゴ。ゆるしてちょ?』
無理してなじもうとしているザラディンが痛い。
「くそ……。昇級したのに、状況がさらに悪くなってやがる……」
『ま、まぁまぁ、そういうな。ほれ、アタシはお主にすべてくれてやるといったじゃろ?』
「あん? 旧魔王城の保管庫の品のことを言ってるなら無理だぞ。だいたい、装備だって差し押さえられた割に、性能がアレすぎて値が付かんとさ。だから芋剥きしてんだよ!!」
モンドの背負った借金はかなりのものだ。
もっとも、ギルドにも責任があるので、だいぶ減額されているがやり過ぎだったのも事実。
自分に賭けていた掛け金を返済に充てても全く足りずにこうして、バイトという名の奴隷労働を押し付けられているわけだ。
『チッチッチ! あまいぞ、モンドぉ。我が城にはまだまだ人間どもが知らん宝や仕掛けがい~~~ぱいあるんじゃ! どうじゃ? 今度の休みアタシと身に行かんかの~?』
「あぁん? 金目のものがあるならいくけどよぉ」
『もっちろんじゃ~?』
ぎゅ~っとくっつくザラディンにうんざりするモンド。
(なんか、やたらと懐れてるんですけど? なんなのコイツ?)
先々代魔王になつかれるC級冒険者モンド。
抱き着く姿は、まさに「当ててんのよ」だけどね。
「肋骨が当たっていたいんですけどぉ!」
ヒョイっとザラディンの首飾りを取り上げると、パッ! とスケルトンの姿に戻る。
……傍目からは美少女に抱き着かれているように見えても、中身はこれだからね!!
『きゃー! なにすんじゃ、やらしいのぉー』
「骨格標本みてもエロくもなんともないわぁっぁあ!」
中までじっくり見えるけどね。
骨をみて興奮する趣味はモンドにはない……。
「おらぁぁぁあああ! お前らいちゃついてないで、さっさと雑用終わらせろーーーー!1」
「『はいーーーーーーーーー!!』」
そうしてこうして、旧魔王城で放置されていたスケルトンを拾ったモンドは、
元A級からD級冒険者という、どん底人生から一歩前に進むことができたのだ。
…………できたよね??
※ ※ ※
その頃、モンドたちのいる酒場の厨房の真上。
温かく生活な医務室では、看護役の職員が驚愕に目を見開いていた。
絶対安静のはずのアルスが───……。
「き、消えた?!」
ベッドから抜け出し何処かえと姿をくらましていた。
……まぁ、いずこも何もおのずとわかる話ではあるのだが──────。
そう。
アルスはいた。
やや回復した身体で夜の街を走り、時折転びながらドロドロの姿でベソを掻きながら豪華絢爛な屋敷が立ち並ぶ区画に向かっていた。
そして、
「うわーーーーーーーーーーん! パパーーーーーーーーーーーーーーーーん!」
と、情けなくも泣き叫び、屋敷に飛び込んで親の元へ駈け込んでいたとかいなかったとか……。
もちろん、アルスの親といえばあいつだ。
十年目、モンドの魔眼を奪い、見殺しにしようとした勇者パーティのリーダー。
英雄───そして、勇者カインそのひとである。
「ほう………………。モンドめ、やるじゃないか」
魔王が討伐されて平和になった人間世界───。
今日も今日とて賑わう『英雄都市』の冒険者ギルド。
その一角で……、
「お前さぁ、もういい加減うんざりだわ。……悪いけどさ、パーティ抜けてくんねーか?」
「…………な?!」
ひっそりと冒険者を続けていたモンドは、突然の解雇宣言に愕然とする。
「そ、それってどういう意味だよ!」
「わかんねぇのか? クビだよ、クビ! 解雇だッ」
場所はいつもの狩場で、初心者御用達の『旧魔王城のホール』でのこと。
この初心者たちが集まる入口も、
かつては魔王城の正面らしく、不気味な装飾と拷問具───そして、囚われたであろう人々の屍が、天井からぶら下げられた檻に閉じ込められ「スケルトン」や「ミイラ」と化して蠢く広大な空間であった。
だが、それは今は昔───……装飾などはそのままに、空気はのどかそのもの。
和気あいあいとした、初心者冒険者たちの憩いの場となっていた。
もちろん、モンドはそれどころではなかったけど、ね。
「───ちょ、ちょっと待てよ!? 急にそんな……クエストだってまだ途中だろ?」
食い下がるモンドにパーティのリーダーは聞こえよがしにため息をつく。
「はぁ……。あのなぁ? そのクエストもお前のせいで散々だよ! なにが、ベテランだよ。10年の経験があるとかいうから雇ったはいいけど……。ち、もういいから、出て行けよ、前がいない方がマシだ!」
口汚くののしられ、
周囲には一日の狩りを終えた他のパーティもいて、イイ注目の的だった。
なかには指までさしてモンドたちを……モンドをあざ笑う奴もいる。
「く……!」(ここも、かよ……)
モンドの心にあったのは「またか」という気持ちと、何もこんなとこで言わなくてもという気持ちだった。
その実、
「ねぇ、見てよアレ。いい年した冒険者が年下に解雇にされてるわよ! ププーッ、受けるぅ」
「けっけっけ。知らねぇのか、あいつのこと? 自称「元A級」……通称『ベテラン下級冒険者』のモンドだぜ。この界隈じゃ、ちょっとした有名人さ」
ゲラゲラゲラ、といくつかのパーティが物知り顔で笑っている。
それを聞いていたのか、一連のあざけりが静まるのをわざわざ待っていたリーダーは、ため息をつきながら言う。
「……聞いての通りだ。まさか、お前がこんなに使えないやつだとは思わなかったぜ……。だが雇ってみれば、たいして戦えないし、すぐに転ぶし、おまけに剣の命中率は最悪だ!」
「ま、まてよ! 頼む待ってくれ! お、俺が何をした? な、何もしてないだろが!」
モンドは食い下がるも、リーダーはため息をつくばかり。それどころか少しいら立ちが混じり始める。
「……今自分で言っただろ? 『何もしていない』って! それだよ! お前は何もしていないじゃないか?! 何がベテランだよ! 新人よりも使えない───ただの足手まとい……いや、寄生虫だろうが!」
き、寄生虫ッ?!
「あぁ、そうだ寄生虫だ! 人が増えればクエストもやりやすいと思ったんだけどな! それがなんだ? お前を雇って増やした分のクエストが全然できてないじゃないか!」
バンッ! とモンドに叩きつけるようにして、『スケルトン10体の討伐(3日以内)』のクエストを見せるリーダー。
「だ、だからそれは言っただろ? 最初っからスケルトンはリポップが早い分すぐに狩られるって───。3日なんて期間じゃ無理だって俺はあれほど……!」
「うるさい! スケルトン一体に苦戦してるお前のせいだろ! 何が元A級の魔剣士だ!」
「そ、それは関係ないだろ……! い、一応俺だって何体か倒したじゃねーか!」
「前衛なら当たり前だ!───もういい! ベテランだか、A級だか何だか知らんけど、お前がいると、陰気臭くってしょうがねぇ! いいから消えろッ。クビだ!」
その言葉にショックを受けるモンドであったが、リーダーにドンっ! と突き飛ばされて尻もちをつく。
「ったく、雇って3日。お前のせいでどんだけ損害を被ったか! こっちだって、新人同士でカツカツなんだよ! わかったら、とっと反省して失せろッ、カス! クソ剣士、たーーーこ!!」
「そうだそうだ! スケルトンにも苦戦しやがってよー」
「荷物持ちもろくにできないし、よく転ぶし!」
「オマケに人のお尻ばっかりジロジロ見ないでよね! 命中率最悪の剣士さん!」
先日加入したばかりの新人パーティ『岩の城』の面々に散々に罵倒されるモンド。
たしかに、モンドは言われた通り───剣士のくせに……剣の命中率が最悪なのは事実だ。
だが、振ったところに当たらないのだ。以前から、様々なパーティからも危険だと警告されていたのだが……。まさか新人にまで馬鹿にされるなんて!
「───だ、だけど! 俺も経験者としていくらかのアドバイスはしたつもりだぞ……!」
しかし。モンドの言い分は火に油を注ぐことになった。
「あぁん?! てめぇ、昔はA級だったか何だか知らねぇけどよ! 今はただのゴク潰しだろうが、……死ね!」
「ばーか!」「のろま!」「オッサン剣士!」
オッサンちゃうわ!!
20代やっちゅうの!!
しかし、年齢以外は、ここまで罵倒されてもモンドは言い訳一つできなかった。
何か言おうとするたびに「こ……」「その……」なんて言葉が口を突いて出るが、それで何になる?
彼らの言うことはたしかに事実。
「はぁ……。まだ、何か言いたそうだな、モンド。だから、はっきり言ってやる」
リーダーはモンドを見下ろすようにして、
「お前は自分が凄腕だと勘違いしているみたいだがな? それは思い違いもいいとこだぜ。……事故だか病気だかで、知らないけどな。隻眼ながらも剣士を続けているのは根性あると思うよ?」
そういう割に小ばかにした表情のリーダー。
「……だけどよー。剣士っていやぁ前衛だろ? 後衛を守りつつ、隙を見てモンスターを仕留める。だが、モンドおまえはそのどれもできていやしねぇ! 戦闘になったら当たりもしねぇ剣を振り回したかと思えば、すぐに息切れする。オマケに荷物持ちをさせればすぐに転ぶ!……一体お前に何ができるんだ?! あ゛!?」
「く……。それは───目が、くッ」
実際、隻眼になって以来、剣が当たらず、うまく歩くことができない。
日常生活では問題ないのだが、冒険中や戦闘になるとなぜか、そうなってしまうのだ。
「は! 目のせいにすんじゃねぇ! 言いたいことはわかるがよぉ……だったら剣士も冒険者もやめちまえ! なぁにが、元勇者パーティだ! ふざけねんじゃねぇよ! 雑ぁぁぁああ魚!」
「しーね!」「ビッグマウス野郎!」「新人騙しの寄生虫!」
ギャハハハハハハハハハハハハハ!
そういって好き勝手言うと新人冒険者パーティ『岩の城』の4人はモンドを置いて狩場を去っていった。
もちろん、その頃にはやり取りを見飽きた連中も誰一人残っちゃいない。
「お、おい! このクエストはどうすんだよ?! まだ、スケルトン7体しか狩れてねぇぞ?! 失敗したら違約金とペナルティが───」
……しかし、もう連中は聞いちゃいない。
「知るか、バーカ! お前が責任持てよ、───元A級」
「そうだ、お前がやれ!」「ベテランなら尻くらい拭えよ」「雑ぁ魚!」
ふ、ふざけるなよ……!
(俺がもうギリギリだって知っててやってんのかよ?!)
元A級のモンド───……。
十年前に、勇者……今や英雄と呼ばれる連中によってこの魔王城で騙され目と装備を奪われてしまった。
それ以来、何をやってもうまくいかず、クエストの失敗続きでD級にまで落ちていた。
……最年少A級冒険者であったモンドが、だ。
そして、次に失敗すればもうあとはないというところまで追い詰められている。
ついでに言えば金もない。
「あ! ま、まてよ! せめて、今日の日当くらい払ってくれよ───」
「「「「ふざけろッ!」」」」
情けない声を上げるモンドにぶつけられたのは酷い罵倒のみ。
消耗品代も稼げず、出費のみでモンドはパーティをクビになってしまった。
「うっそだろ! アイツラ……し、信じらんねぇ!」
モンドは給料も貰えず、未完のクエストを押し付けられて追放されてしまった。
しかも、間の悪いことにこのクエストの期限は今日まで……。
これを失敗すれば違約金とペナルティ。
さらに、今回違約金が支払えなければ───即日、冒険者認識票の失効すらありうる。
「ど、どどど、どうしろってんだよ! こ、こんな時間になってクエストしろっていうのかよ……!」
普通のパーティなら解散して酒場で一杯やり始める時間だ。
「くそ───今からでも、スケルトンを狩るか?!」
すでにヘトヘトに疲れているし、クビになって精神的にも参っている。
だが、何とかしないと冒険者ですらなくなる。
(くそ、なんでこんなことに……! 魔眼さえあれば、こんな苦労もしていないのに)
モンドは欠けた左目に触れ、怒りで身体が震えた。
それでも、
「うぐぐ……怒ったってしょうがねぇか。今はこれを何とかしないと!」
モンドは一人、『岩の城』達に叩きつけられたクエストをひっつかむとうす暗くなり始めた旧魔王城の奥へと向かった。
時刻は夕方。そろそろギルドが狩場の終了を告げに来る頃だ。もうほとんど冒険者も残っていない時間だ。
ガランとしたホールをモンドは駆けていく。
その様子を、
旧魔王城の不気味なオブジェや、放置されている籠の中のアンデッドやスケルトンが見下ろしていた……。
※ ※
「くそ! 好き好んで「元」A級なんじゃねぇよ……! 俺だって……。俺だって!……それを───……ちくしょぉぉお」
悪態をつきながら駆けるモンド。
狩場閉鎖までもういくらも時間は残っていなかった。『岩の城』と狩ることができたのは7体のスケルトン。
クエスト達成までには、あと3つもスケルトン素材を探さねばならない。
「なんとかこれで───……!」
運よくみつけたスケルトンを背後から奇襲し、素早く打ち倒すと、討伐証明の下顎を抜き取る。
「よし……!」
これで残り一個だ。
だけど、旧魔王城は初心者ダンジョンなだけあって、夕方にもなると翌日のリポップまで魔物の気配がなくなってしまう。
「くそ、いないな! 今日はもう、狩つくされてスケルトンなんざ残っていないんじゃないか?……一番可能性があるのは、魔王城地下1Fだけど」
長年通い詰めたおかげでかなり旧魔王城には詳しくなったモンド。
手早くランタンに火をともすと、地下1Fに下りる。
キーキーキー!
蝙蝠がモンドの気配に驚いて飛び去っていく。
……ここは、旧魔王城地下1F、牢獄地区。
かつては捕らえられた捕虜たちや、魔王に逆らった部下が捕らえられ──日々、拷問の叫びが絶えることがないと言われた場所だ。
だが、今はただの雑魚のアンデッドモンスターが蔓延る、初心者向けの狩場と化していた。
(……スケルトン、スケルトン)
……スケルトン、スケルトン。
「……スケルトン、スケル──────いた!」
独り言MAXの。不審者感満載で走り回っていたモンド。
その視線の先に動く白骨、スケルトンの姿が飛び込んできた。
───捜索! 見つけたら即行動、即戦闘!
「うりゃぁぁああ!」
骨、即、斬ッ!
元A級で、現D級の凄腕の剣技が冴えわたるッ。
パカァン!! と、愛用の古びた銅の剣がスケルトンの頭部を切り飛ばしあっという間に無力化した。
───ガラガラガラ!
崩れ落ちるスケルトン。
「よっし! 最後の一個ゲットだぜ! だけど、銅貨は……一枚かよ。湿気てんな」
その骨の山から下顎と、チャリ~ンとばかりにドロップした銅貨を拾う。
疲労困憊のモンド。捨て身のアタックが功を制し、なんとか初撃が命中───反撃を食らう前に倒せた。
「ふぃぃ~……。運がよかったぜ───これで、」
一件落着。
───クエストも完了してハッピー…………とはならなかった。
「ちょっとアンタ! それ私達の獲物でしょ!」
「ん?!」
骨の山の向こうからひょっこりと現れた二人組。
ランタンと剣を持った剣士と、同じくランタンを持った聖職者風の少女。
新品の装備になれない足取り───……どう見てもド新人冒険者だ。
「何勝手に横取りしてるんですか!」
キンキンと騒ぎ声を上げる声に驚くモンド。
「は? 横取りって……え?」
あ!
どうやら、別のパーティがさっきのスケルトンと交戦していたらしい。
よく見れば、スケルトンには別の戦闘尾痕跡がくっきりと残っていた。
(やっべー……)
どーりで反撃を食らう前に倒せたわけだ───って、まずいなこれは。
「ちょっとぉ! 何とか言いなさいよ! 獲物の横取りは禁止されているんだからね!」
やかましい少女に比べていくらか落ち着いている少年がふとモンドの顔をランタン越しに覗き込む。
「そうですよ!───って、……あなた、モンドさんですよね?」
どうやら向こうはモンドを知っているらしい。
「な。なんだよ? 俺のこと知ってんのか?」
ピクリとモンドの頬が引きつる。
いつもいつも、こんな風に人からレッテルを張られてきたので、つい身構えてしまう。
モンドはこの界隈ではそこそこ有名だが、ド新人にまで知られてるとは思いたくなかった。
「もちろんですよ。……まったく噂通りですね」
チ……。
「う、噂───それって、」
ド新人冒険者パーティのリーダー格の少年が訳知り顔で詰め寄る。
俺を知っているらしい。
「ふふん。アナタ……ここいらじゃ、ちょっとした有名人ですもんね。……元A級冒険者を鼻にかけて、プライドだけは高いクソ雑魚のベテラン下級冒険者がいるってね。ギルドの酒場じゃ、新人を捕まえてはアナタのことを警告されるものです」
「んな?!」
そ、それは初耳だ。
(っていうか、クソ雑魚って、コイツ……!)
同時に納得もした。新人の多いこの初心者ダンジョン界隈でも、なかなかモンドを仲間にしてくれるパーティがいないのにはそういうカラクリがあったらしい。大方、新人冒険者にしたり顔で絡む古参の冒険者が、モンドの悪口をあることないこと拭きこんでいるようだ。
「今日も上で大騒ぎしてましたよね? どうせ、よく知らない田舎から出て来たばかりの新人を騙してパーティに潜り込んだんでしょ」
く……!
なんで、初対面のガキにここまでいわれなくちゃならねぇんだ!
「い、言っとくが、お前が聞いた話ってのは、ほとんどが───」
「──あはは。嘘だっていうんですか? 甘いですねー。こっちはちゃ~んと知ってるんですからね」
そういって、ランタン越しにメモ帳をパラリとめくる少年。
「……へー。警告4回ですかー。とすると、あと一回の警告で冒険者認識票を、はく奪されるんじゃないですか?」
ギク。
「ほかにも───え~っと、新人冒険者パーティからの苦情多数。ほかにも狩場荒らし、ギルドの備品損壊、酒場での暴力──プフ、あー……これは返り討ちされてますね」
ペラリ、ペラリ──と、メモ帳を確認する少年。
…………あれにドンだけ書いてんだよ?!
「ま。いずれにしても要注意人物としてマークされています。『ベテラン下級冒険者のモンド』さん」
パタンとメモ帳を閉じると、ガキのクセにすごい上から目線でモンドを見下す。
「───というわけで、今回の横取りもちゃんと報告させてもらいますから」
「さすがアルスね! じゃ、行きましょ。こんなオッサン相手にしてたら気分悪くなっちゃったわ」
そういいて腕を組んで去っていく新人冒険者たち。
う……。
これはまずい……!
「ちょ、ちょっとまて! 待ってくれよ! わ、わざとじゃない。ほんとだ。お、お前らが死角にいて見えなかったんだ──」
もしこれを報告されたら、クエストを達成できても、ペナルティが加算されて冒険者認識票ははく奪される!
それだけは阻止しないと───。
「……よく言いますよ。ここのスケルトンを殲滅したのは僕たちですよ? アナタはあとからやってきて最後の一体を無理やり倒しただけでしょう?」
ジロリと睨むのはまだまだ少年。それも、どう見ても十代と思しき年下に凄まれる。
「じゃあ、もういいですか? メリッサ行くよ。では、また今度──……あ、モンドもう今度はないですね、多分、冒険者は無理でしょうし───プププ」
厭味ったらしく笑う少年───アルスに対し、モンドの額に青筋が浮かぶが、ここは我慢……。
「(クソ、ボケカスがぁぁぁ……)」
「なんか言いましたか? モンドさん」
「い、いいいい、言ってねぇよ! そ、それより、さ! なぁ頼むよ! ここは大目に見てくれよ!」
クエストアイテムが揃わないのもさることながら、横取り事案なんて報告された日には、即冒険者認識票をはく奪されるだろう。
「……無理ですよ。犯罪を見過ごす方も罪になりますからね。これは冒険者の義務ですしね。それでは、ごきげんよう」
や、やばい……このままだと、本当に冒険者認識票をはく奪される!
「ま、まままままま、まて!!」
「もう……しつこいですね? なんなんですか?」
「いい加減諦めなよ、オッサン」
───オッサンちゃうわ!
少女───メリッサの物言いにイラつくも、
「…………わ、わかった──! 返、す──返すよ!」
これでドロップ品はパァだ。クエストアイテム収集未了でジ・エンド。
だけど、即座に冒険者認識票を取り上げられるよりマシだ。
……クエストアイテムなら、また獲ればいいだけのこと。……幸いまだほんの少し猶予がある。
ブンッと、スケルトンの下顎とドロップした銅貨を投げ渡す。──パシィ!
それを危なげなく受け取ったアルスは、ニヤリと笑うと。
「そ、それでいいだろ?」へへへ
情けなくも愛想笑いすらして見せるモンド。
遥か年下の少年に、いい年こいた青年が、だ……。
だが、
「んーーーーーーーーー?」
しかし、アルスは受け取った素材と銅貨を見ると、首をかしげてモンドを見る。
「あれれ~?…………おっかしいなー。これじゃ、足りないんじゃないですか~?」
「な、なに?!」
いま、渡したばっか───……。
「あー。僕横取りされて傷ついちゃったなー。このままじゃ、口がうっかり滑ってしまいそう───」
「く……!」
……そういうことか。
「な、何が望みだよ!」
「えー? そりゃぁね?」
「うんうん」
頷きあうド新人パーティは一斉に手を差し出す。
「ほら、こーゆーときは、」「慰・謝・料♪」
こ、こいつらぁ……!
やたら息の合った二人に、青筋が立つモンド。
いっそぶん殴ってやろうかとも思ったがグッと堪える。……耐えるのは慣れてるからな。
───どのみち形勢は極めて悪い。
「わかったよ! ほら、もってけ!」
懐にあった財布を丸ごと渡す。
チャリ~~~~ン♪
ちなみに全財産だ。
……銅貨10枚程しかないけどな。
「ぷはっ! なにこれ? お駄賃?」
「ぷぷー! いい年した大人が銅貨10枚ですって! 今日び子供でももっと持ってるわよ」
うるせー!
それがモンドの全財産なのだ。
「ま、いいか。それじゃ──今度こそ、ごきげんよう」
アルスは受け取った財布をもてあそびつつ踵を返した。
中身を確認し「ははっ」と小ばかにした笑いを浮かべて、アルスが意気揚々と去っていく。
それを見送ってしばらくした後、
「くっそぉぉぉ! あのガキ覚えてろ!……あと、女は泣かす。泣かしてから、あ~んなことや、こ~んなことしてやる!」
うがーーーーーーー!!!
みっともなく叫びながら、牢屋の格子をガンガン蹴り飛ばす。
いくら腕は落ちたとはいえ、あんなガキに馬鹿にされる謂れはないッ!
「あーくっそ、腹立つわ。
金もなくなったし、ついてないぜ……。
おまけに間が悪いことに、あのガキどもにこの階のスケルトンは殲滅されつくしたらしい。
当分の間──スケルトンは再出現しないだろう。
「……スケルトン素材───後一個どうすんだよ」
念のためくまなく探索する。壁の陰や、牢屋の中、隠し部屋の中──……。
あーーーもーーーーー!!
「……いねぇ!!」
ガツンと、蹴り飛ばす。
「っと、いなくもねぇか……」
ガィィイン!! ガィィン! と鉄格子が衝撃で震えており、その先にスケルトンが一体。
ウギギギギギギギギギギ……!
不気味に骨を軋ませながら佇むスケルトンが一体。
旧魔王城によくある、ホールの天井や落とし穴の底など、倒せない位置にいる放置されたモンスターのひとつだ。
雑魚なので倒す必要もないんだけどね。
どうやら、こいつも魔王城時代から放置されているらしい。
もはや牢獄の風景と化しているスケルトンであったが───。
「とはいえ、コイツらはどうやっても届かないよな……」
無理にでも倒せばいいと思うかもしれないが……それは無理だ。
なんたって牢屋は頑強に閉ざされているうえ、
その内側は剣山付きの落とし穴でびっしり。
「生前、何をやってってこんなとこに閉じ込められてるんだか……」
このスケルトンはトラップに囲まれた中心にいる。
一畳ほどの狭~い孤島のような檻に閉じ込められているのだ。
「け、一生彷徨ってろ」
散々牢獄に閉じ込められた哀れなスケルトンに八つ当たりした後、
一度態勢を取り直そうとホールに顔を出すとガランとしており、数人のギルド職員と冒険者が残っているだけだった。
どうやら、店じまいの時間が迫っているらしい。
「まずいな……。もう時間が─────げ!」
ギルド職員に追い出されないうちにもう一度探しに行こうと、踵を返したモンドであったが、嫌な顔を目撃して思わず目を反らす。
だが、悲しいかな……。ばっちり目が合っちゃったよ。
「お~やおや、モンドさん♪ おそかったですね~」
く……!
ニヤーッと笑って近寄ってきたのは、さっきの少年アルスと少女メリッサのド新人冒険者二人組みだ。
周囲にギルド職員を侍らせて余裕の表情だ。
「んだよ! まだ文句あんのか?」
「もちろん、ありますよ──あ、はい。コイツです」
「……は?」
話の途中で背後にいた屈強な男に道を譲るアルス。
すると、
「…………またお前か、モンド」
「げ! ま、マスター……!?」
そこに現れたのは冒険者ギルドの長。ギルドマスターだった。
「おい、モンド。……聞いたぞ。獲物の横取りしたんだって? 言われなくても、そりゃ違反だって知ってるよな?」
「そ、そりゃ……知ってる、さ」
まずい、なんでこんなとこにマスターが?
っていうか?
「(チクったのかてめぇ!!)」
小声でアルスを批難するも、舌を出しておちょくられる始末。
初めから黙っている気などなかったのだ。
「おい! どこを向いている!……ったく。これで、ペナルティ5回。分かってると思うが──」
「ま、まて! 俺は謝ったぞ! も、物は返したし、慰謝料も払った!」
これは本当だ。
「ん? 慰謝料?」
っていうか、なんだってこんな下っ端どうしの争いにギルドマスターが出張ってくるんだ?!
普通あり得ないだろ!
「……そうなのか? アルスくん」
ギルドマスターも初耳だったらしく、アルスに問いただしている。
「いえ、知りません。態度も悪く渋々ドロップ品を返しただけです」
そして、サラリと息をするようにうそをつくアルス…………っておぉぉおおい!?
「ふむ。…………だそうだ」
「ちょま! お、おい、お前!」
思わず胸倉をつかもうと手を伸ばすもマスターに阻まれてしまう。
「なんだぁ、今のは!? おいおい、まさか、俺の目の前で新人に手を出すつもりだったんじゃないだろうな、モンド? ったく、反省の色があったり、正直に言って謝れば、内々ですませて示談もあったんだろうが──」
ポリポリとマスターはワイルドな顎髭をかきつつ、
「もう無理だな。……お前は前科もあるし、態度も悪い──しかも、だ」
「───ぜ、前科ってなんだよ! 態度は関係ないだろ!!」
随分な言いようだな、おい!
A級冒険者の頃は、……期待の星とか言ってたじゃねぇか!
「───しかも、だ。相手は、あの勇者様の子供──アルス君と、その婚約者メリッサさんだ……。言ってる意味、わかるな?」
は………………?
「お、おい。いま、なんて言った?」
「誰に向かって口きいてんだ。……ったく、何度も言わせるなよ。……アルス君たちは勇者様方のお子さんだよ」
……ッ!!
「ゆ、勇者と聖女のガキだと……!」
その瞬間、モンドの中で何かが大きく膨れ上がるのを感じた。
十年前に感じた憤りと……。
「ギャハハ! お前はもう用済みだよ! これは貰っとくぜぇ」
「どうせ死ぬんだからアイテム要らないでしょー? アハハ!」
脳裏にはっきりと思い出されるあの日の光景。
そうだ。十年前のあの日からずっと心の中で飼い続けていた感情が──────!
「て、テメェ……! どーりでムカつくわけだ。お、親子そろって俺に何の恨みがあって───」
ユラリと顔を上げたモンドはギリリと歯噛みしつつアルスとメリッサをみるが、奴ときたら平然としている。
「ムカつく? 恨み? あはは、何言ってるのかわかりませんけど、違反者はアナタじゃないですか? モンドさん───」
その口調に、たしかに在りし日の勇者の面影を見たモンドが、心がビキビキと音を立てるのを感じていた。
どうやら親子二代揃ってモンドに敵意を向けるのが趣味らしい。
そして、とことんモンドの物を奪わねば気が済まないようだ。
「その通りだ。お前の違反は明白らしいな。……ついでに俺に吐いた暴言や新人への暴行未遂のペナルティも付け加えるか?」
「ぐ……!」
怒りに身を任せてしまったモンドであったが、ギルドマスターの声を聞いて苦々しく顔をゆがめる。
……そうだった。今は分が悪い。
「わかったら反省しろ。とりあえず、諸々とあるが、横取りの件は『違約金』で勘弁してやる」
「い、違約金?! ちょ、ちょっとまてよ!」
モンドはギルドマスターの無情な宣言に驚くが、
「当たり前だろうが! 違約金は軽度の罰で───銀貨10枚だ」
そういってズイと手を出されるが払えるはずもない。
だいたい、全財産はとっくにアルスにくれてやった。……そう、慰謝料として。
「は、払えるわけないだろ! それに、慰謝料はとっくにそのガキにくれてやったんだぞ!」
「まだ言うか? どのみち規定通りにするまでだ。……支払い猶予は一週間。それまでに罰金の銀貨10枚か──」
ギルドマスターはモンドの首に下がっている青銅製の冒険者認識票をピィン♪ と弾いた。
「──大人しく、冒険者認識票を返却するかだな」
ふ、ふざっ!!
「お、おい、ガキ! せめて金を返せっっ!」
そうだ、警告を受けたうえ、金もないんじゃどうやって暮らせと──。
違約金の足しにもできやしないんだぞ!
「はぁ~~~?? 知りませんよ。……そんなことより──マスター僕はもう行きますね、あとはお願いします」
ニィと口の端を歪めて笑うアレス。
相棒のメリッサもフンッと鼻で笑っている。
「ああ、はい。ご協力ありがとうございました」
ペコリと一礼してアルスを見送るマスター。
モンドに対する扱いとは雲泥の差がある。
「おい! 待てよ、てめぇ!」
金を返せっ!
「いい加減にしろ!」
ドンと肩を押されて突き放される。
「そんな、マスター! あ、あいつは確かに俺の金を……」
必死に訴えるも聞く耳を持たれない。
マスターの態度は決してモンド寄りではないが、もっと公平な人だったはずだ。少なくとも言い分は聞いてくれるはずなのだが……。
「仮にそれが本当だったとしても、獲物を横取りした事実が事実だろう」
「そ、それは───!」
そう。『それは』だ。
モンドにだって言い分がある。
狩場で獲物が重複することなどままあること。それをいちいち咎めていてもしょうがないので、実際の現場では当人どうしで話をつけて済ませることが多い。
今回もそれで済むはずだったのだ。
「それにな……。モンド聞いたぞ。お前、まーた解雇されたんだってな。『岩の城』の連中から酷い苦情が来ていたぞ?」
「ぐむ……! い、今は関係ないだろ」
だが、食い下がろうとするモンドを絶対零度の目線で見下ろすマスター。
「関係ないだと?! お前、こっちはどうすんだ? もう、時間がねぇぞ?」
その手には『スケルトンの素材回収×10』のクエストの受注書の写しがあった。
「う……そ、それは……」
マスターはペシペシとクエストの写しを叩きながら、
「ふん。大方、それで焦って人の獲物を横取りしようとしたんだろ? 新人なら脅せば黙ると思ったんだろ? 違うか?」
「ち、違う!」
「どうだかッ。……わかってるんだろうな? このクエストの期限は今日まで───。そして、お前はもうペナルティがいっぱいいっぱいだ。つまり、」
つまり───……。
「もし、今日中に達成できなかった場合は───……」
ジロリと見下ろすマスターの視線に思わず震えあがるモンド。
「問答無用で冒険者認識票をはく奪する!」
#2
「───問答無用で冒険者認識票をはく奪する!」
「そ、そんな! そのクエストは無理やりあいつらが! だ、だいたい───ぼ、冒険者認識票がなくちゃ、ダンジョンにも入れない! クエストも受けれないじゃないか! それでどうやって違約金を払えってんだよ?!」
モンドの足がガクガクと震え始める。
いま、自分はとんでもない状況に置かれているのではないかとようやく再認識した……。
「そんなことは、知らん」
ギルドマスターはキッパリと言い放つ。
「───クエスト未達成なら、明日からお前は無職だな。……おまけに獲物横取りの違約金も払えないんじゃぁ、憲兵に突き出すしかないな」
「お、おい! 本気か?!」
そんな他人事みたいに───!
「は。それが嫌なら、今日中にクエストを達成することだな。0時まであと数時間あるぜ?」
意地の悪い笑みを浮かべるギルドマスターを見て、モンドは歯噛みする。
到底達成できるわけがないと思っているのだろう。
スケルトンは初心者度御用達の雑魚モンスターだ。
夕方遅くともなれば狩りつくされているし、さらにはアルス達が一匹残らず殲滅したと言っていた。
「じゃ、頑張りな───。温情として、0時までは待っててやるよ」
「く……! この……!」
待つも何も、どうせギルドは24時間営業───……!
酒場で飲んで待っているだけだろうが!
───にべもなく言い捨てるとこの場を後にするマスター。
「ま、頑張りな─────」
「ちょ……! ま、」
バターーーーーーン!!
「クソ!」
モンドの鼻先で正面入口が閉ざされ、あれほどにぎわっていた玄関ホールも静かになる。
残っていた冒険者やギルド職員も早々に引き上げるのだろう。
いつもならダンジョン入口の施錠のためギルド職員が残っているというが、どうやら最近は怠慢しているらしい。
おかげで0時まで探索を続けることができそうだが……。
すでに周囲は人の気配が希薄になり、シーンと静まり返る旧魔王城。
……カサカサと、虫型の魔物が蠢く気配が微かにするくらいで、魔物の姿すら見えない。
暗闇に沈みつつある旧魔王城はかなり不気味だ。
「───はぁ……」
そして、何もやる気が起きなくなったモンドは、クサクサした気分で寝ころび玄関ホールの高い天井を見上げた。
ドーム型の天井には禍々しい絵が描かれており、見るものを畏怖させるが──見慣れたものからすればただの緻密な絵画にしか見えない。
その絵画を彩る様に、天井からはいくつもの吊りさげられた檻がぶら下がっており、魔王城時代からの象徴らしい拷問の痕跡を未だ残していた。
その檻の中には責め殺されたらしいミイラ死体や、白骨が未だに放置されているのだ。
そして、その中には地下牢で見たような誰にも相手にされない哀れなスケルトンもいた。
「……お。スケルトンみっけ───」
人一人やっと入れるような狭い籠に押し込められた白骨死体。
ロクに動けないのか、モゾモゾと身じろぎしているのが見える程度だが、間違いなくスケルトンだ。
……おそらく、奴は魔王が討伐される前よりあそこにいるのだろう。
「───な~んてね。あんな高い所のスケルトンを狩る馬鹿がいるかよ」
とはいえ、スケルトンはスケルトンだ。
あんな魔物でも倒せば銅貨とドロップ品を落とす。
(つまり、あれでも倒せば素材が手に入るってことか……)
ただ、あまりにも高い位置にいるものだから倒す努力に見合わないのも確か。
がらんどうの旧魔王城の入口ホールの天井近くだ。……落下でもしたらと思うと、「痛ぇ」で済むはずがない。
「とはいえ、だ……」
このままだと、冒険者認識票は剥奪されるし、
そして、ライセンスを失えばモンドには金を稼ぐ手段はなくなり、違約金の銀貨10枚を稼ぐ手段がなくなる……。
冒険者でなくなれば町では嫌われ者のモンドを雇ってくれるところなどあるはずもなし……。
つまり、ここが正念場!
ここで、諦めたらそこで人生終了だ。
たかだか、スケルトン素材一個。
されどスケルトン素材一個───。ここでで命運が分かれるということ……。
「……なら、やるしかねぇか───」
スケルトン一体を倒すために負うリスクとしては高すぎるが、
今はこのスケルトン一体が欲しい。その素材が欲しい……!
モンドは覚悟を決めると、起き上がり旧魔王城の倉庫へ向かう。
当然、倉庫もダンジョン化しているのだが、ほどなくしてモンドが引っ張り出してきたのが──これ、大梯子。
(多分、天井の絵画の修復用に旧魔王城で使われていたのだろう)
それを天井まで延長して立てかける。
「だ、大丈夫か、これ?」
少なくとも、魔王が討伐されて以来誰も使っていない大梯子だ。10年選手の中古品……。
メリメリメリ……!
「ひぇぇ、お、折れるなよ?」
嫌な音を立てて軋むそれに冷や冷やとしながらも、上るモンド。
「た、たけぇ……」
思った以上に高い。
下を見ると、タマヒュン状態。
「く……見るな。見なけりゃ大丈夫……!」
自分に言い聞かせながらなんとか天井付近にたどり着いたモンド。
しかし、そこからもまた大変な作業だ。
天井付近にぶら下げられた檻は施錠されている。
不安定な足場から手を伸ばして檻を開ける。そして、スケルトンを引っ張り出す───その動作をやらねばならぬ。
───ウギギギギギギギ……?
骨の軋みが耳朶を討つ。
ほとんど動いていなかったスケルトンがモンドに反応して、暗い眼窩を向けた。
「う……」
その禍々しさに思わずのけ反るモンド。
(な、なんだコイツ……? 本当にタダのスケルトンか?)
ず~~~~~~~~~っと、入口付近の天井に幽閉されていたスケルトン。
そんな雑魚丸出しの骨野郎にモンドが怯えたのだ。
だが、
「ち……。た、高さにビビってるのさ───。たかがスケルトン、どうってこたぁねぇ
ジッとモンドの動きを見るスケルトンは、うつろな化け物のような無機質さを感じない。
むしろ、知性すら感じさせる目線だ。
(まさか? スケルトンに知性があるなんて聞いたこともねぇ)
かぶりを振ると、檻の施錠に手を駆ける。
外から開ける仕様のようで、レバーを解放すればいいらしい。
「感謝しろよー。そこから解放してやるからよ」
(そして、この世からもな……! 成仏しろ)
ウギギギギギギギギ……、とスケルトンが立てる音に、ヒヤリとしながらも開放して扉を開けると──。
「ぬ……出て……こい!」
この高さなら剣を使って倒さずとも、引きずり出せばそれでいい。落ちれば一撃だろう。
そう思ってズルズルと骨を掴んで出す──。
───……この絵面!
「ぐぬぬ……。もうちょい、もうちょい───出てこい!」
ズルズル。
ズルズル。
ズル──────……。
「せ、狭ッ……」
そう思った瞬間。
……まるで期待するような目線を向けるスケルトンであったが、果たして───。
───ガポーーーーーン!!
と、抜け─────。
「……やった───出た!?」
『ぶッはぁぁぁぁああ!! 狭かったーーーー!!』
───ぬはっ!!
「ちょ、うぉ?! な?!」
思わずのけ反るモンド。
突然、喋り出したのは、なんとスケルトン!!
しかも、モンドがしっかりと掴んだその手の先で、流ちょうに喋るではないか?!
「へ? は? しゃ、しゃ、喋……?!」
『あー…………! 狭かったぁぁっぁあああ! きっつぅぅうう! 肩こるわー……あ、肩なけど、ゲタゲタゲタ!』
しゃ、喋ったぁぁぁああ!?
「ひぃぃ!」──────って。
「あ」……驚きのあまり梯子から手を放してしまった。
フワリと体が浮遊感を感じる。
スローモーションのように梯子が倒れていき、モンドの身体が支えを失って宙に浮く。
その先は旧魔王城のホールの固い床があるのみ。
(あ……。これ、死ぬわ)
妙にゆっくりと床が近づいてくるのを見て死を覚悟したモンド。
まさか、スケルトンを狩ろうとして死ぬなんて……。恥ずかしくて、人に言えたものじゃない───。
「はは。しょうもない人生だな──────」
全てを諦めたその瞬間──!
『おおおい! 兄ちゃん、大丈夫かいっ』
……え?
「あれ?」
落ちてない……?
疑問に感じるモンドの耳に大梯子が床に倒れてバラバラに砕ける音を聞いた。
だが、そこにモンドはいない。
モンドはといえば───。
「げぇ?!」
ガシィとモンドの手を掴んていたのは、なんとさっきのスケルトン……っていうかスケルトぉっぉおン!?
「ひぃ、ひぃ! は、はなせぇぇ!」
『馬ぁ鹿言うんじゃないよ、手ぇ離したら落ちちまうよぉ』
いや、そうだけど、えええ? 何、なになに!?
「ひぃ! な、何だお前?! スケルトンが喋ってる?!」
『いいから、こっちに掴まりな! アタシも筋肉が痺れてきた──あ、肉は無いんだけどね、ゲタゲタゲタ!』
そんな冗談言ってる場合か、って場合じゃないけど、あーーーーー!
「ひぃひぃひぃ」
なんとか天井に吊り下げられた檻に掴まるモンド。
その視線の先ではスケルトンが首をゴリゴリ音を立てて回しながら檻から半身を乗り出して座っている。
『あーーーーーーホントにきつかったわ……狭いの、もうダメ。って……ちょっと、退きな、早く降りなって』
しっし、と追い払うような仕草で俺に檻から飛び降りろと促してくる。
「ば、馬鹿言うな! こ、こここ、こんな高いとこから飛び降りたら死ぬわ!」
『あぁぁん? たかだか、20mかそこらだろうが? 大げさだねぇ?』
大げさちゃうわ!!
モンドが抗議すると、やれやれといった様子で肩の骨をすくめたスケルトンがズルゥ──と檻から這い出し、モンドの手を取った。
折から人骨が這い出して来る図は、かなりのホラーだ。
「いひぃぃぃぃ! た、助け────は、離せ!」
『だから、離したら死んじまうよ? 大丈夫だって、取って喰いやしないよ! 降りるよっ』
お、降りる?
「ちょま!」
『トゥ!!』
そういったがはやいかスケルトンはモンドを横抱きにするとクルクルと回転しながら檻から飛び降りる──────。
「ちょ、ちょぉぉおおおおおおおおおお!!」
20mもの高さを骨と一緒に飛び降りる───……死ぬ!!
『あらよっとぉぉお!──────10点、10点、10点…………99点、いえっぇえええ♪』
ズンッ!! と、埃も高々と飛び降りたスケルトン。
なんと、モンドを抱えて飛び降り日々一つない。それどころか衝撃を完ぺきに殺し、ポーズまで決めている……。
「ひ、ひ、ひぃ……」
完全に腰を抜かしたモンドであったが、なんとかスケルトンから距離をとると、震える手で剣を構える。
『あん? なんだいその剣は?』
一方スケルトンは頭をポリポリ掻きながら素手で余裕の表情(顔はないけどそう見えた)。
「き、き、決まってんだろ! お、お前を倒すんだよ!」
『……なんでぇ?』
意味わからんと、骨骨ポーズで見事に感情表現。
「お、俺は人間で、お前はモンスター! 倒して当然だろうが!」
『あ。い~けないんだー。そうやって差別するのはよくないねぇ』
「語るに及ばず!」
モンドが問答無用とばかりに切りかかる。
たかだかスケルトン。
喋るのは珍しいとはいえ、それだけの事──────。
「あれ?」
ヒュン! と勇ましく剣が空気を切るがスケルトンには掠りもしない・
『なんだなんだい? それでも冒険者かい。当たってないじゃないか?』
ゲタゲタゲタ! と骨を揺らして笑うスケルトン。
その様子にカッ! と頭に血が上るモンド。
「舐めるな! 元A級冒険者──モンド……参る!」
『ゲタゲタゲタ。偉そーうに……。D級だって知ってるよ!』
全力で振りかざしたモンドの剣をスケルトンは易々と躱す。
今度は外さないようにかなり接近したというのに───。
『どうしたどうした? そんなへっぴり腰で骨を断てるもんかい』
く……!
「うるせぇ! つーか、なんでD級だって知ってんだこの野郎! 骨野郎に知り合いはいねぇ!!」
『カカッ! なんでも知ってるさね。D級───それも、あと一週間だって言うじゃないか、こりゃ傑作だ』
ゲタゲタゲタ!
「な、何でそんなことまで?!」
もはや喋っていることは百歩譲っていい。いくないけど、いい。
『ず~っと、上から聞いとったよ、モンド。…………アンタ、随分嫌われてるんだね』
どこか同情すら混じるスケルトンの声。
やけに訳知り顔かと思いきや、ゲタゲタゲタと何がおかしいのか大笑いしている。
「くっ、骨野郎にゃ関係ねぇだろ──いいから下顎よこせぇ!」
討伐証明の下顎──テメェでクエストコンプリートなんだよ!
そう気合を入れて剣の技を繰り出しスケルトンを粉砕せんとす!
斬撃
逆袈裟切り
そして、
『ん~? 下顎かい? まー、顎くらいくれてやってもいいけどね。……なんせ、お前さんにはデカイ貸しができたからねー』
───隙ありぃぃ! と、ばかりに繰り出した刺突も、ペシンッと叩いてあしらわれる。
『よし……! じゃ、下顎をくれてやるとするか! こっち着いといで』
「ありゃ?!」
ブンッ! と盛大に空振り、ドシンと尻もちをついたモンドに手を差し出すと無理やり引き起こし、
さっさと歩き始めてしまった。
「こ、このぉおお!」
馬鹿にされていると感じたのか、モンドは大上段に振り上げ、そのカタカタと鳴る無防備な背中に剣を叩き込もうと何度も斬りかかる!!
おら!!
おらぁぁあ!
おらぁっぁああ!!
『あーあー。ダメだよ。アンタ、片目の剣術に慣れてないね? まともに練習しないから、昔の変な癖が残って当たるものも当たらないさね? だいたい、そんな見え見えの剣筋じゃ、スケルトンだって倒せないよ!』
うるせぇ!
だが、全く振り返りもせずにヒョイヒョイと躱されるため、モンドも段々疲れてきた。
「……ってか、スケルトンくらい倒せるわぃ!」
『倒せてないから』
うっせぇ、うっせぇ、うっせぇわ!
「ぜぃぜぃぜぃ……丈夫な骨だぜ……!」
『一発も当たってないよ! ほらほら若いもんが……だらしないね、シャンとしなさんな』
へたり込もうとしたモンドに、肩を貸すスケルトン。
おかげで、すぐ近くに骸骨面が、
「うひぃ!」
『ひひひひ、若いもんはあったかいのー……どれ暫く大人しくしとれ』
そう言うと、肩を科すというよりも猫をつまむように首根っこをひっ掴んでズンズンと旧魔王城の奥へ行く。
「ちょ!? おい! ど、どど、どこにいく?! 俺を食う気だなてめぇ!」
『骨しかないのに、どうやって食うっていうんだい!』
モンドの苦情もなんのその、スケルトンは勝手知ったる様子で、旧魔王城の地下へと降りていく。
「な?! 地かは止めろ! 地上と違って地下深くには結構強力な魔物が出るんだよ!」
『あん? そりゃ当然じゃろうが? 人間どもは魔王城を浄化したみたいじゃが、地下はまだまだ魔力が濃いからねー』
そういってズンズン地下に下りていくスケルトン。
当然モンド付き!
「ちょ! は、離せ! 殺すだなてめぇ?!」
きっと、大量の魔物の下に連行するつもりだろうと当たりを付けたモンド。
『馬鹿言うんじゃないよ! 御駄賃を上げると言うてるんだよ』
御駄賃? 金か?
「ば、ばーか。ここにはもう何も残ってねぇよ。金目のもんは洗いざらい勇者パーティとギルドが持って行っちまったよ」
『はん! 大事なもんを見えるとこに隠すわけないだろうが……近頃の人間はアホで敵わんよ』
と小ばかにしたように、吐き捨てるスケルトン。吐くものはないだろうけど、
『ほらここだよ!』
到着したのは、地下5F!!
まったく光が差し込まない闇の世界だが、モンドのもつランタンで辛うじて視界が確保できる。
ここは魔王城時代は、上位魔族らが暮らす居住区だったらしい。
今では、彼等の成れの果ての亡者がうろついており、
比較的強力なアンデッドがわくポイントだった。
「いだッ!」
スケルトンに担がれていたモンドは、途端にポイっと地面に降ろされる。
その瞬間、周囲に悪意が満ちる。
「う……!」
旧魔王城は初心者ダンジョンではあるが、地下の奥深くでは中級相当の魔物も出没するため、基本的には探索は推奨されない。
借りに腕試しに行ったとしても、宝箱は取りつくされており、魔物だけがうろつくという美味しくない狩場なのだ。
ゆえに、放置されていることが多い。
確かにここならスケルトン素材も取れるだろうけど───。
「ちょ、ちょっとまてよ! お前───!」
ゲタゲタと笑いだすスケルトン。
その笑いにつられるように、ウギギギギギ……! と不気味な骨の軋みが闇の奥から響いてくる。
こ、これは───。
ヌゥ……と、ランタンの明かりに現れたのは、赤み掛かったスケルトン───ハイスケルトン……の群れ!
「ひぃぃいい!!」
す、すげぇぇえ数じゃねぇか!!
ランタンの明かりに浮かび上がっただけでも十数体のハイスケルトンが武装を手に現れた。
その動きは、ただのスケルトンの比ではなく小走りに近い速度でモンドに迫る。
「く、てめぇ! やっぱり俺を殺す気だったんだな!」
騙された……! 罠ッだったのだ!
(何が貸しを返すだ! 檻から出れたのをいいことに、仲間のもとにモンドを連行して八つ裂きにするつもりだったんだな?!)
『あん? 何を言ってんだい? お望みの下顎だよ───ほれ、より取り見取り』
「言ってる場合か!?」
ボロボロの剣と盾を構えた赤い骸骨が薄暗がりの中を突進してくるのだ! その光景と言ったら!
「く───!」
いっそ逃げようとしたモンドだが、すでに背後にまでハイスケルトンに回り込まれ逃げる隙も無かった。
くそ……!
せめて剣士として雄々しく死のうとモンドが胴の剣を構えた時───。
『そんな剣じゃ骨は断てんと言ったろう? ま、見とくんだねー』
そういうが早いかスケルトン───……ええいややこしいので、骨野郎でいいわい!
改め骨野郎は、地面に落ちていた太めの大腿骨を拾うと、肩に乗せるように鎖骨当たりをコンコンと叩き、余裕綽々。
一方でハイスケルトンは、モンドも骨野郎もお構いなしに包囲すると、赤い骨の口をガパァと開けてガチガチガチと歯を鳴らす。
ガタガタガタガタガタガタガタ!!
ゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタ!!
まるで一斉に笑い転げているようだ……。
「ひ、ひぃい」
大量の赤い骨が笑うその光景──────まさに絶望。
『全く情けないねぇー。元A級だろ?……そして、お前たち───』
骨野郎の声が一オクターブ落ちたような気がした。
『……そうか、もう魂すら失い───言葉も持たぬか』
しみじみといった後、骨野郎の持つ大腿骨がブルッ……と、震えた気がした。
その瞬間──────……!
ボォォオン!!
「ほゎ?!」
まるで、竜巻───……そうとしか表現できないモンドがいた。
彼の目の前で起こるあり得ない戦闘。
白い骨が赤い骨を圧倒する。
いや、それは戦闘なのだろうか?
まるで、舞うように───踊るように……白い骨が赤い骨の間を縦横無尽に駆け抜ける!
『いいかいモンド───せっかくだからよく見ておきな』
まるで騎士が見習いに剣術を指南するようにモンドに厳しくも優しく語り掛ける。
『アンタは昔魔眼を使っていたろう?』
「ッ! な、なんでそれを──」
だが、それには答えず、
『その時の癖が抜けていないのさ。おかげでそれを失った今、並の剣士よりも動けない───……身体が魔眼の癖を忘れないせいさね』
「な、なにぃ……!」
パカァァアアン! と、モンドの背後に迫っていたハイスケルトンが砕け散る。
「お、お前に何がわかる! 俺の何が──……」
『子供みたいに拗ねるんじゃないよ。……知っているよ、勇者どもに騙され、魔眼をなくしちまったことも何もかもね』
な、なんだと……?!
なんで、十年前のことを───……。
『だけど、もう十年だ。いい加減、魔眼に頼るのはよしな。……そんなものなくとも、アンタは十分に強いよ?』
「ふ、」
ふざけるな!!
『……だから、よく見るんだね───今、アタシは片目で戦っているだろう?』
パカァンパカァァン!! と、ハイスケルトンが見る見るうちに数を減らしていく。
「───って、アンタ、もともと目がないだろうが!!」
『あ、そうだったそうだった! ゲタゲタゲタゲタ!』
バカにしてんのか……!?
『ま、イメージさね。実際、片目で戦ってるのは事実さ?』
そういうと、普段のモンドの動きを真似するかのように動き、だが、モンドよりも一歩洗練された動きでハイスケルトンを砕いて見せた。
それが最後の一体……。
ガラガラガラガラガラガガラ……!
骨野郎が動きを止めた時、ハイスケルトンの群れが全て崩れ落ちる……。
『ってな感じさ。わかったかい……』
「…………わかるか!!」
モンドのツッコミをゲタゲタ笑って受け流す骨野郎。
『カカカッ。まぁすぐには無理じゃろうな───。ま、おいおい慣れていけばよい』
「慣れるか、馬鹿……」」
ゲタゲタゲタ!!
呵々大笑する骨野郎を胡散臭そうに見るモンドであったが、
「……だけど、まぁ。ありがとう」
素直に礼を言うモンド。
彼の足元には大量のハイスケルトンの素材が転がっていたのだ。
その数、50はくだらない!
しかも、ドロップ品がまた大量に───……!
『なぁに、礼には及ばんよ。むしろ礼を言いたいのはアタシの方さね───なんせ、懲役9999年の……って、聞いてないねコイツ』
骨野郎が何か言っていたようだが、モンドはドロップ品を拾うのに忙しくてそれどころではない。
クエストアイテムは下顎一個だけで十分だが、それ以上にドロップした銀貨や銅貨が大量だ!
オマケにハイスケルトンが落とした武具や、純粋なドロップ品も大量大量!
「う、うひょぉ……。こ、こんな大量のアイテム見たことないぞ!」
もう目を$マークにしたモンドは浅ましくも全部持ち帰ろうと、背嚢に次々に詰めていく。
『おいおい、モンド。そのくらいにしておいた方がいいぞ? あんまり持っていくと───』
「うるせぇ!」
錆びた長剣×5
錆びた短剣×20
錆びた丸楯×18
錆びた曲刀×9
ハイボーンズソード×1
赤い骨の指輪×1
赤い骨のネックレス×1
赤い骨のバングル×1
銀貨×7枚
銅貨×29枚
ハイスケルトンの下顎×30
『───あんまり持っていくと、重さで連中に追いつかれるぞ?』
「お、重てぇ……。って、連中???」
ザワザワザワ……。
ザワザワザワ……。
『んむ。ここは居住区だったゆえな、多くの末路わぬ魂が彷徨っておる。そいつらは激しい音に引き寄せられるでの、』
当然……。
「え? ま、まさか───」
スゥー……と、気温が下がった気配。
『おうおう、来よる来よる!』
「……うっそだろ!! ハイファントムじゃねーか!!」
ザワザワザワザワ…………───キャハハハハハハハ!
突如壁の中から、スルリと這い出てきた半透明の人影。
それは薄く青い炎に焼かれた髑髏の集合体で、ユラユラと蠢きながらモンドに取りつこうとする。
『だから言ったじゃろ? どうする───』
ど、どうするって───。
「逃げるに決まってんだろうが!!」
ダッ!
『カカカカッ。それじゃ追いつかれるぞ───だから持ち過ぎだといったんじゃ』
しかし、モンドとしては全部持ち帰りたい。
だけど、このままでは追い付かれて呪い取り殺される!
いくら骨野郎が強くても、実体にないゴースト系には太刀打ちできないだろう。
「こなくそ!」
モンドは懸命に駆け抜け、来た道の逆順を駆けるがもう間に合わない───。
キャハハハハハハハハハハハハ!
ウヒャハハハハハハハハハハハ!
不気味な入ファントムの笑いがすぐ背後の迫ったとき。
『ほれ。モンドこっちじゃあ』
プシュー……と空気の抜ける音。
その瞬間、ふわりと体が浮いたような感触を感じた時、モンドは地上1Fのホールに排出されていた。
うまく着地できずにドテンと尻もちをつくも、
「あ、あれ? こ、ここ……」
『カカカカッ。ちょうど運よく、魔導エレベーターがあったのでな、地上まで一っ飛びせてもらったぞ』
マジかよ、コイツ……?!
「な、なんだよそれ? 魔導エレベーター?! そ、そんなのこのダンジョンにあったか?」
長年通い続けているモンドですら知らない設備。
しかも、それを難なく起動してみせ地下5Fからあっという間に到達させてしまった。
『ゲタゲタゲタ! お前さんら人間が気づいてない設備なんて、この城にはまだまだい~っぱいあるわい、ゲーッタゲタゲタ!』
そういっていつものように呵々大笑する骨野郎……。
「お、お前───本当にタダのスケルトンなのか? い、一体お前は……」
『アタシかい? アタシの名はザラディン───懲役9999年の刑期を食らい、魔王城にて幽閉されていた哀れな隠居じゃよ』
きゅ、
「9999年????」
途方もない数字にモンドが目を剥くも、
『カカカカッ! まぁ、終身刑さね。……だが、お前のおかげで解放された。感謝するぞモンド』
おいおい。
ちょっと待てよ……。
ザラディンが何者か知らないけど、俺はとんでもない奴を解放しちまったんじゃないのか?
『というわけでのー。モンドには返しても返し切れん恩義ができた。だからのー、アタシの持つものをすべてお前にやることにしよう』
「持つものって……」
ジーっと、骨野郎、改めザラディンを見るモンド。
白い頭。……白骨だもんね。
白い鎖骨。……白骨だもんね。
白い肩甲骨。……白骨だもんね!!
白い肋骨──────。白骨だもんねぇぇぇ!!
『うふん、どこ見とるんじゃ? 恥ずかしいのー……』
「肋骨ですが何かぁっぁあ?!」
なんも持っとらんやんけ!!
「骨しかねーーーじゃねーーーか!!」
『まぁまぁ、そういうな───こうしよう! お主の家にアタシを連れていきな! 身体で返してやろうじゃないか!』
身体って、アンタ……。
「いや、いいです」
『こう見えても床上手じゃぞー! 超やせ型じゃしのー! ゲタゲタゲタッ』
「そんな特殊な趣味ないです」
『遠慮するな、遠慮するな! 朝餉くらい作ってやるでのー、骨だけに出汁タップリのな、ゲタゲタゲタッ!』
面白くねーよッ!
なんか疲れる……。
ガックリとうなだれたモンド。
(どう断ったものか……)
だけど、このザラディンなる人骨───少なくとも並みのスケルトンではない。
───ハイスケルトンの大群を鼻歌交じりに殲滅できる強さを誇る……。
ただのスケルトンなら絶対にできない芸当だ。
しかも、力もあるし、知能もあるらしい。
下手に逃げて怒らせれば、突然襲い掛かってこないとも限らない。
「ぐぬぬ……。詰んでるじゃねぇか!」
『ツンデレ? ノンノン、アタシはノンケじゃよ?』
「やかましい!!」
くっそー……。
しばらく言う事を聞いて、恩を返したと思わせれば勝手に満足してくれるだろう。
最悪、冒険者ギルドに放置していってもいい。そうすりゃ、街中に現れたモンスターをギルド全員でぼこぼこにしてくれるだろう。
もにも、その場合は俺も罪に問われるだろうが、ザラディンに殺されるよりは遥かにいい。
「わかった、わかった。わかったよ……まずはギルドな? そのあとで家に連れていくから、働いて返してくれ」
あと、頼むから暴れないでくれ……。
『うむ! 任せぃ! カカッカカ──(久ぶりの外じゃのー)ゲタゲタゲタッ!』
「何か言ったか?」
『んむ! 存分に恩を返させてもらおう』
そうしてこうして、何が悲しいのか俺は大量のドロップ品とともに、喋るスケルトン……ザラディンを連れて町に戻ることになってしまった───。
#3
「む! まて貴様──!」
街に入る手前で衛兵に呼び止められる。
……そりゃそうだ。
「お疲れさん。冒険者の──」
「なんだ、モンドか……聞いたぜ。警告5回だってな。……ケッ、テメェの面ももうじき見納めだな」
ペッと吐き捨てるように俺を冷遇する衛兵。どこもかしこも、俺に対してはこんなもんだ。
「それよりなんだ、その荷物ー……デカい袋だな。夜逃げにしちゃ方向が逆だぞ」
夜逃げと、ちげぇわ!!
『……狭いのー』
「──わあああぁぁ! あー……ドロップ品だよ。ほ、ほら!」
ハイボーンソードを袋から取り出し、これ見よがしにみせるモンド。
「なんだ急に大声出して? っていうか、今その袋から何か聞こえた気がしたが……。まいいや、ドロップ品ねー」
「テメェらにゃ関係ないだろ、もう行くぜ」
本来、
街の住人が衛兵に呼び止められる謂れはない。……モンドがこうして呼び止められたのは、まぁ嫌がらせみたいなものだろう。
色々積み重なって住民感情はいまだモンドには優しくない。
十年も過ぎれば、徐々に人々の記憶は薄れるが、モンドに対する冷遇だけは根強く残っていた。
「ち。態度の悪い野郎だぜ」
(どっちがだよ!!)
衛兵のジト目を間近に感じながらも、無視して歩いていく。
『なんじゃ? いつもあんな扱い受け取るのか?』
「今日はまだマシな方さ」
にょきりと袋から顔を出すザラディンの髑髏面。
「おい! 街中だぞ?! 顔出すなよ!」
……結局強引についてくるというものだから渋々こうして袋にザラディンを隠して持ち歩いているというわけ。
ザラディンさんたら、器用にもバラバラになれるみたい……。
おかげで袋の中はちょっとしたグロ画像だ。
『そうはいってものー。町の様子やら、お前さんのこともきになってのー』
「けっ。余計なお世話だよ。……もっと酷い時はガキにクソを投げられるから、今日はマシさ」
『ふん。人間ってのはつまらん生き物じゃのー』
「…………骨には言われたくねぇよ」
つーか、喋るなよ!
まったく、こんな危険なものを持って歩けんわ!
『それにしても、そんな思いまでしてなんでこの町で暮らす?…………昔の復讐かぃ?』
「関係ねぇだろ!」
やけに詳しいザラディンに閉口するモンド。
ここに来るまでにいくつか話をしたわけだが、なんでもザラディン曰く、天井につるされて幽閉されている間───ずっと下の魔王城のホールの様子を見ていたらしい。
それこそ、十年前の勇者パーティが魔王城に突入した時にもずっと……。
どーりで詳しいわけだ。
「ほら、いいから大人しくしててくれよ。借りを返すんだったらせめて迷惑かけるなよ……」
『う、うむ。すまんかったの……。それを言われると弱いわい』
大人しく袋に引っ込むザラディン。
それでもまだブチブチと文句を言っている。
『あー……ダメじゃの。狭いとこは完全にトラウマになっておるの。もう二度とゴメンじゃ!』
「うるッせぇ! しゃべんなっつってんの!」
そうしているうちにギルドに到着したモンド。
ゆるでも明るい街の中のこと、このギルドはさらに明るく喧騒に包まれていた。
だが、その喧噪はモンドには縁遠いものだ。
しかも日に日に遠く遠くなっていく。
そして、ピタリと足を止めるモンド。
スイングドアを押す手が止まる───。
『どうしたモンド?』
「……いや、なんでもない」
スイングドアを押し開けるモンド。
足が重い気がするも、ここに来なければ仕事ができないのだから仕方がない。
カラン、カラ~~ン♪
とカウベルの音がさわやかに響き、ギルドの喧騒がモンドを確認した途端、シンと静まり返る。
(ち……!)
どうやら、喧騒の話題のいくつかはモンド関連であったらしい。
見知った顔がいくつもヒソヒソ話をしている。
ただでさえモンドは冷遇されている中、
過去にパーティを追放してきたメンバーもいるし、今日でいえば『岩の城』の連中もギルドの窓口でクエストの相談をしている。
連中からはジロリと鋭い視線を感じるが、モンドは殊更気づかないようにしてカウンターへと向かった。
カウンターの周囲も人気が多い。そっとギルドの窓口を窺うと視線が刺さり、クスクスと笑いが広がる。
既に噂は伝わっているようだ。
「ちっ」
わざと聞こえる様に舌打ちをしてカウンターに向かう。
幸か不幸かギルドマスターは奥にいるようだ。
野郎の顔を見たくなかったのでちょうどいい。
美人受付嬢は、『岩の城』の相手に忙しそうだったので、仕方なくハゲの中年職員に話しかける。
「どーも」
「ん~。……お? モンドじゃねぇか。今日はどうした?……人からパクったスケルトン素材なんていらねぇぞ」
く……どいつもこいつも!
「ちげぇ! パクってねぇっつの!……ほら、クエスト完了だ! さっさと手続きしろよ」
バァン! と半ば叩きつけるようにクエストアイテムを載せた。
「おいおい、突くならもっとマシな嘘つけよ。……お前ごときが短時間でスケルトン素材を10個? ひとりでそんな───……。って、なんだ、こりゃ?」
カウンターの上に積み上げた赤いスケルトン素材───……。
ハイスケルトンの下顎×30
ノーマルスケルトンの下顎×10
「どうだ? これで足りるだろうが」
「な?! こ、これは───」
じっと素材を鑑定する中年職員──すると、見る見るうちに顔を青ざめさせる、そして──。
「ま、マスター! マスター!!」
椅子を蹴立てて立ち上がると、奥に駆けこんでいく。
……おいおい何だよ。
何事だよ?
っていうか───。
「あれ? なんでノーマルスケルトンが10個あるんだ? たしか、9個しか───」
『あ、それアタシんだよ!』
ひょい!
と、袋から手を伸ばしたザラディンが、下顎を一つ掴んで袋に戻る。
「…………って、ちょぉぉお! 出るなっつってんだろ!!」
こんなところを見られたらどうすんだよ!
冒険者認識票はく奪どころの騒ぎじゃな──……。
「おい、モンド!!」
ギっクぅッッッッッ!
こ、この声は───。
「てめぇ、これはいったいどういうことだ……」
ユラリと立ち塞がるギルドマスターがモンドを威圧する。
元B級まで登りつめたという腕前は伊達ではなさそうだ……。
───み、みみみみ、みつかった……?!
「お前ぇ……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ───これには深い」
バァン!!
「ひ!」
「お前ごときがハイスケルトンを30体も狩れるわけねぇだろうが!! 何をしでかした、ごらぁあ!」
ギルドマスターが物凄い剣幕でモンドに詰め寄る。
その言葉に一瞬ポカンとしたモンドだが、次の瞬間───激高する!
「んっだと!! 俺が盗んできたっていうかよ! えぇおい!!」
「当たり前だろうが!! お前みたいなカスのD級が、ハイスケルトンを倒せるか! ぼけぇぇ!」
なんだと、コイツ……!
(確かに、俺が倒したわけじゃないけどよぉ……!)
「端っから疑うってのはどういう了見だ?! えぇ、おい!!」
モンドも一歩も引かずギルドマスターと正面から睨みあう。
余りの剣幕に冒険者ギルド中がシンと静まり返る。
おかげでギルド内の全視線を集めるモンド。
奥の方では、鑑定員が職員とハイスケルトンの素材をあれやこれやと鑑定している。
「……んものですよ、これ」「ばか、……じゃない」「しかし、……の色は、」「持ってきたのはモンドだろ? あり……!」
そのうちに鑑定員がギルドマスターに耳打ちをする───「本物です、全部……!」と。
……正面をきってにらみ合っているものだから丸聞こえだ。
そして、
「───ち。……いいから、さっさと話せ。これはどこで盗んだ?」
「盗んでねぇっつの!」
「ど・こ・で・盗・ん・だ? と聞いている。無駄な手間を取らせるな。……お前、夕方の時点で手ぶらだったろう」
鼻から犯罪者扱い。
問い詰めるようなマスターの口調に、俺は一瞬で状況を理解し頭が沸騰するのを感じた。
このマスターももっと人情家だったはずだが、違反行為からの──冒険者認識票はく奪宣言までの一件に至るまで、どうもモンドに対する風当たりが強い。
そりゃ、アルス達に問題行動を起こしてきたのは認めるけども……ごにょごにょ。
「だから、盗むかっつの! そりゃ正真正銘ドロップ品だ」
「馬鹿言うな、これはC級以上の冒険者が狩る魔物だ! それをこんなに大量に──……ありえんだろうが!」
「盗む方がありえねぇよ!!」
「む…………」
一瞬、「確かに……」と、マスターの表情が揺れる。
しかし、
「……モンドよ。盗んだんじゃねぇならどこで手に入れた?」
「うるせぇ、パパッと仕留めてやったんだよ!」
……ザラディンが、ね。
「なぁにぃ? ただのスケルトンにも苦戦するお前が───……ち、まぁいい。いずれにしても、スケルトン素材には違いないな」
まだ不満そうだが、ギルドマスターはクエスト完了の手続きを終えた。
数多く納品しても、成功報酬以上の金は貰えない。
ほんの少しギルド貢献度が上がるだけだ。
ちゃりん、と銀貨が一枚支払われる。
ハイスケルトン素材を収めた報酬にしては安いが、元の依頼が『スケルトン』だったから仕方ない。
「ほら! よかったな──冒険者認識票がはく奪されなくてよー」
嫌味を苦々しく受け流すも、いら立ちは最高潮だ。
ギルド中の視線を集めているのも気にくわない。
「……だが、残念だな。お前にはまだ違約金が残ってるぞ」
「ぐ……」
そうだった……!
まだ、無職の危機は去っていない。
……違約金が銀貨10枚!
諸々ドロップした金銭を含めてもまだ銀貨2枚分程足りない───……。
いや、まてよ?
「あ、そうだ! これ買い取ってくれよ!」
モンドは必死で集めてきたハイスケルトンの装備やドロップ品をドサドサと積み上げる。
錆びた長剣×5
錆びた短剣×20
錆びた丸楯×18
錆びた曲刀×9
ハイボーンズソード×1
赤い骨の指輪×1
赤い骨のネックレス×1
赤い骨のバングル×1
「な! こ、これは……!」
その量とアイテムに驚いたのは鑑定員。
その一方でギルドマスターは顔をしかめる。
「なんだこのゴミくずは───こんなもんいくらも値が付か……」
がしぃ!
「マスター! ちょ~~~っとこっちへ……!」
「なんだ、おい! うぉぉお」
モガモガと口を動かしているマスターをズルズルと奥へ引きずりこむ鑑定員。
唖然とするモンドをしり目に、
「……あれ、レ……ア───があり……」「馬鹿な! まともに買い取れば、モン……」「い、いいん……か?!」
何やらボソボソと漏れ聞こえてくるが、
「おい、モンドいいだろう。買い取りだ」
「お! いくらになった?!」
鑑定員の様子からも、
意外といい値が付きそうだ。さていくらかな……──。
すると、鑑定員は目を泳がせながら口を開く、
「ぎ、銀貨1枚」
は、
「はぁっぁあぃ!!??」
銀貨一枚だって!?……これ全部で?!
「じ、冗談だろう!?」
おいおいおいおいおいおいおいおい!
どんだけ苦労して担いできたと思って───……。
「ほ、ほんとだぞ。そ、そう! こんなボロボロじゃせいぜい、銀貨一枚だ!」
「むむむむむむむ……」
モンドの剣幕になぜか鑑定人が汗だくだ。
「モンド、嫌ならやめるんだな。……見てわかるだろうが? こんなゴミ」
(う……確かに、ボロボロだけどさ)
ハイスケルトンから奪った装備だ。
錆びて汚れて、なにやら瘴気すら漂っている。
「言っとくが他じゃ───」
「わかった! それでいいよ」
どうせ、この町じゃモンドは冷遇されている。
買い取ってくれるだけマシというものだろう。
「……よ、よし。ほら受け取れ」
慌てた様子で、鑑定員が盆にのせた銀貨を差し出す。
そして、買取証にサインすると、モンドは様子で席を立った。
「クエストの件はもういいよな? 罰金も近々払う──」
あ、罰金は……確か、銀貨10枚。
あと少しだ。一週間も猶予があればなんとかなる。
モンドが財布を覗き込むと銀貨9枚と銅貨が少し。
十分だ。
「ふん。払えるもんなら払ってみな」
「言われるまでもねぇよ!」
そう言って銀貨をさっさとしまって踵を返したモンド。
こんなとこにいても気分が悪いだけだ。
冒険者の喧騒を聞きながら、酒がが飲みたいのをグッと堪えるモンド。
ここは我慢のしどころだ。
まずは違約金を払ってから───。
(……どうせ、一日分だけでも食費が稼げてしまえば明日の狩りで元手は取り返せるさッ)
「──とか、考えてるんでしょうか? オッサン」
「おっさん──?!……て、てめぇは、」
人の思考に割って入ったのは、テーブルに座っている……昼間の小憎たらしいガキ。確か……アルス。勇者の子供だとかいうクソガキだ。そして、その向かいには婚約者だというリスティって美少女もいる。
「うるせぇな。……人の金で飲む酒は旨いか!?」
「いやだなー、普通に稼いだお金ですよ。それに僕はほら、未成年ですし」
そういってミルクを掲げて見せる。
「ケッ! 大人を騙すような奴はロクな大人になんねぇぞ!」
「子供相手にムキになる人に言われたくないですよ」
く……!
言い負かされたようで悔しいが、これ以上コイツとかかわってイチャモンをつかられてはかなわない。
……後は知らんとばかりにギルドを後にした。
こんな所……用事がなければだれが行くか!!
※ ※
「やれやれ……困った冒険者さんがいたもんですね」
「アレスぅ、ほっときなよ、もー」
リスティが口をとがらせてアレスを咎める。
「そうもいかないんですよ。ちょ~~~っと、ばかり頼まれましてね……うまく追い出してくれって」
「あーあー……可愛そうなおっさん。アレスを敵にしちゃったら勝ち目ないのに……」
「君も大概だと思いますけどね。昼間、わざとスケルトンに隙を見せたでしょう?」
「まーねー……本当にひっかかるとは思わなかったけど」
クヒヒヒヒ、と悪戯っぽく笑う少女メリッサ。
「元A級と聞いていましたが、噂通り大したことないですね。まぁ──予定外のこともありましたけど……」
チラっと視線を飛ばすと、ギルドマスターが平身低頭していた。
「も、申し訳ありませんアルスくん……。いえ、アルス様」
ペコペコ!
「困りますねー。あと少しで冒険者認識票をはく奪できて、合法的にかつ社会的に抹殺できたというのに……」
「す、すみません。まさか、あんな方法でスケルトン素材を集めるなんて」
「ごめんなさい」「面目ない……」
さらに、頭を下げているのは『岩の城』の面々。
「ま、いいですよ。保険を打っておきましたからね。……違約金が払えなければ、それで終わりです」
「アルスってば冴えてるぅ。根回ししてオッサンを雇わせておいてからの追放&クエスト押し付けのコンボがさく裂したわね」
訳知りがのメリッサがケラケラと笑う。
「人聞きが悪いですねー。僕はただ、嫌われ者のモンドさんがパーティに入れるように手配しただけですよ? そのあとでたまたまクリアしにくいクエストに誘導しただけです……。ま、さすがにスケルトン10体くらい狩ってみせるともでしょうさ。元A級なら、ね」
「よっく言うわよー。A級なんて微塵芋思ってないくせに。キャハハハハハ」
よく笑うメリッサ。
「……っていうか、冒険者認識票のはく奪て聞いて、凄く焦ってたねー……そんなにこれって大事かな?」
プラプラ~と冒険者認識票を揺らすリスティ。
よくよく見て見ればC級などではなく、B級だ。……間違ってもスケルトンをチマチマと狩るような新人ではない。
「……はは。人によっては、これの剥奪は死刑宣告らしいですよ」
「へー……興味な~い」
そう言って、ミルクを下げると、ギルドマスターにお酌をさせて今度は本物の酒をグビグビのみ始める。
それに付き合うようにアレスも『岩の城』に酒をつがせて飲み干し、慣れた様子でナッツを齧り始めた。
黙って聞いていたギルドマスターが、
「し、しかし。モンドはすでにかなりの金を稼いでいますよ? もういくらもしないうちに払い込みに来るんじゃないですか?」
「……それを僕が知らないとでも?」
スゥと冷える目線でギルドマスターを睨むアルス。
「もちろん手は打ってありますよ。……さ~て、貧乏人が分不相応な金を持つとどうなることですかねー」
ふふふふふふ……。
アルスがニヤリと笑うのを、聞いていうものが一人───。
カウンターの傍に忘れ去られた大きな袋……。モンドの忘れ物だ。
『……ふむ。モンドのやつ、面倒な案件抱えとるのぉ?』
#4
「くそ……足元見やがって!」
銀貨を一枚──指でピンピンと弾きながら、モンドは不機嫌に鼻息を吐く。
ま、あと少しだ。稼ぎ切れるだろう。飯を節約してでも金を稼げば何とかなりそうだ。
(あのスケルトンめ……いい奴じゃねぇか。しばらく面倒見てもいいかな?)
全く現金なもので、お金に吊られてしまえば俺と言えどもこんなもんだ。
そもそも、あのスケルトンはまだまだ恩を返したいと言っていたからな。
それならいっそ、返させてやろうじゃないの?……案外もっと稼がせてくれるかもしれない。
金さえあればなんだってできる。
いい武器を買って──旨いものを食べて…………、
「あ! やべ、ザラディンおいてきちまった!!」
話しかけようとして、ハタと気づくモンド!
普段持ち歩かないものだから、つい……。
「よー兄ちゃん」
突然声を掛けられて、ハッとする。声の雰囲気からして友好的な連中でないことは、瞬時に看破できた。
素早く腰の剣に手を当てるが──。
ゾロゾロゾロ……と、湧いて出てきたのはいかにもチンピラと言った風情の連中だった。
だが、手には剣やら棍棒やらの得物を持っている。
───個々で見るとさほど強いわけではないだろうが……数が多い。
「な、なんか用か?」
すぐに周囲をグルリと取り囲まれる。まずい状況だ……。
こういった場合逃げるのが一番なのだが、タイミングを逃したらしい。
ソロソロと腰の件に手を伸ばすも、安易に抜ける状況でもない。
……下手に武器を抜けば、それこそ抜き差しならぬ状態になりかねない……最悪、死人が出る。
「へへ。決まってるだろ~? 兄ちゃん、いいもん持ってんじゃねぇか。ピカピカひかるやつをよぉ!」
ぐ……。
いかにも知能指数の低そうな連中……ザ・チンピラだ。
(───無防備過ぎたか)
ここで適当に金を数枚くらいやってもいいのかもしれないが、これは罰金支払いに充てたい金でもある。
剣かにでもなって大けがをすればそれこそ残金を稼ぐどころではない……。
ないんだけど───。
「あぁ、銀貨か?………………いいだろ。お前らも真面目に稼げば──」
……これくらい余裕ッ。
(元A級冒険者を舐めんなよ!)
…………──今だっ!!
別に隙があったわけではないが、話をすると見せかけての疾走だ。すぐには対応できまい。
素早く動いて、人の壁をすりぬける。
こいつらは素人だ。いくら衰えたとはいえ普段からモンスター相手に命の駆け引きをしている冒険者だ。
そう簡単に素人に後れをとら──。
「……なめんじゃねぇぞ!」
ドガァァ!
「ぐふぅ……!」思わず漏れた声が自分の物とは思えなかった。しかし、腹に感じた激痛は本物だ。
「こっちも元冒険者だ。俺は、テメェみたいなクズを甚振る様に雇われてんだよ」
(……な?!)
や、雇われた?
「アニキ、喋り過ぎですぜ。……聞かれちゃまずいこともあるんでさぁ」
「おっと、しまったしまった。じゃ……殺しちまうか?」
「それはちょっと……まぁいい、オメェら──やっちめぇ!」
「「「うぉぉぉおおッス!」」」
おらおらおらおらおらー!
合図と同時にチンピラどもが一斉に襲い掛かる。
ゲ!? なんて数だよ……!
ぱっと見で10人はいる。
よく見れば路地にも潜んでいたチンピラども。
どう見ても待伏せだ。
(くそ……! ギルドからつけてやがったな?)
絶え間ない暴力が降り注ぐ。
顔、
頭、
腹、足、腕ぇえ!
「ぐ! あぐぁ!?」
モンドはそれをカメになって耐えるしかなかった。
「け! 最初の威勢はどうしたんだよ!」
「情けねぇ野郎だ! ひんむいちまえ!」
───おおおう!!
ビリビリと服が引き裂かれてポケットの中身が溢れでる。
そのうちに隠していた金もチャリン、チャリンと零れ落ち……奪われる。
辛うじて手で遊んでいた銀貨一枚だけは死守しようとするが、それも奪われようとしている。
「おら! いい加減離せ。テメェにゃ勿体ない金だよ、ええー『ベテラン下級冒険者』さんよ!」
ゴキィ! と、顔面にイイ一撃を貰い、頭がクラクラとし意識が飛びそうになる。
連中、いつの間にか手に得物すら携えていた。
殺しちゃまずいとか言っていたが……当たり所によっては───死ぬ。
(ふざ……けんな、よ)
こんな連中に殺されるために生き残ったんじゃねぇ……。
冷遇され、嫌われて、迫害されてもこの町に残ったのはチンピラどもの肥やしになるためなんかじゃ断じて、ない!
十年前の……。
モンドをはめて、ズべ手を奪った勇者どもに──────……。
ゴキンッ!!
いい一撃を食らい、モンドの身体から力が抜ける。
クタァ───と、だらしなく手足を伸ばしビクンビクンと震えて失禁。
(ちく、しょう……)
そして、意識が遠のきかけ、
ふらつく頭で妙なものが見えた。
(白い……)
月夜に生える───……天使??
(あ゛? なんだ、ありゃ……ほ、)
……………………骨
夜の街中で、空に月が浮かぶそこ。
白い天使のように見えたのは天使にあらず。
一糸まとわぬ白い姿は──────真っ白な人骨……。
「めんどくせぇ──殺しちまうか! おい、装備も引っぺがせ」
バリバリと服を引き裂き、腰の剣帯が千切られ銅の剣を奪われる。モンド唯一の武器だ。
そして、
なけなしの道具袋や、ベルトに靴まで。
「けけ、パンツだけは勘弁してやるよ」
「中に金でも隠してるんじゃねーか? あ、ねぇな! こりゃチッさ過ぎるぜぇ。ギャハハハハ!」
みぐるみを剥がされ、そして、後はトドメと言わんばかりに、棍棒を構えた男が前に立つ。
「へ……運が悪かったと諦めな」
(……おいおい、殺すつもりかよ、こいつ───)
ぼんやりとかすむ視界の隅で、モンドはどこか冷静にそのこうけいを見ていた。
───チンピラのリーダー格が、振りかぶった棍棒を俺の頭めがけて振り下ろそ……。
『やんちゃなガキだね。喧嘩はお行儀よくやんな』
ヒュッ、ド……!
「あべし?!」
クルクルと回りながら白い天使───……改め、真っ白なスケルトンが屋根から飛び降り、そのままの勢いで踵落としを男の頭上に決めた。さらに、地上に着地するまでに回転蹴りで手下A、Bを瞬く間に制圧する。
「あべぇ?!」×2、とか言いながらそいつが倒れると、周囲を取り囲んでいたチンピラの動きが固まる。
(……ざ、ザラディン?!)
「な?!」
「うぉ?! なんだぁ?!」
そりゃそうだ。街中に急にスケルトンが現れたらビビる。
『おやおや、ろくに反応もできないとは、今どきの元冒険者様はたいしたことがないねぇ』
コキコキと頸椎を鳴らすザラディン。
「な……ななんあな」「スケルトン!?」「何で魔物が街に──!」
『……ウダウダ言ってないで、かかってきな』
チョイチョイと手で挑発。
自身は軽く腰を落として残身の構え。
「な、なめんじゃねー雑魚がぁぁぁ」「スケルトン風情が喋ってんじゃねー!」
いや、……そこもっと驚くとこだろ!?
チンピラどもの意外な環境適応能力に驚きつつも、モンドはスケルトンの身のこなしに目を奪われていた。
四方から降り注ぐチンピラどもの剣に棍棒。
それを触れもしないで躱すと、互いに激突させ撃沈。
「アバァ!?」「ヒデブ!!」
さらに背後から突きかかってきたチンピラのナイフは半身で躱し前へそらし、チンピラを押し出すとそのケツを蹴り飛ばす。
「ひぎぃ!!」
体格にものを言わせてサバ折に来た大男に──ヒュバン! と風を切る音とともに下顎に廻し蹴り。
「ぱぁぁあ?!」
さらに倒れ行くその男を駆け上ると跳躍し、
「お、俺を踏み台にぃぃい?!」
物陰から剣をつき出そうとしていた二人に、同時着弾で手刀を放つと轟沈。
「きゃん!?」「きょん?!」
……あっという間に数名を伸してしまうと再び残身。
『もっと工夫しな! それでも魔王を倒した連中かい!』
「ひ、ひぃぃ」「ば、化け物!?」「や、ややっややべぇぇえ」
残った連中はとっくに戦意喪失。遁走の構えだ。
『……ゲタゲタゲタ! アタシの可愛い恩人にひでぇことしやがって、……逃がしゃしないよ!』
転がっていた棍棒を手にすると、背中を見せて逃げようとしていた一人をあっという間に昏倒させる。
「あは~ん!」
そして同じく隣の男も一撃のもとに沈めた。
「いや~ん!」
あと数人と言うところ。
だがそこまでだった──。
「「何の騒ぎだ!」」
ガチャガチャ! と金属の靴が地面を叩く音に俺は顔を上げた。
「ちぃやべぇぞ! 警邏がきたぞ!」
「て、って、撤収しろ」
浮足立つチンピラども。
「あ、アニキは?」「知るか!」
そして、あっという間に蜘蛛の子を散らす勢いで逃げ散っていく。
「は、はえーな……。────って! お……おい。お前も──にげろッ」
未だに残身に姿勢で逃げていくチンピラに睨みを利かせていたザラディン。
だが、このままではマズイ。
(うぐ……ダメだ。意識が──)
は、早く逃げろ……。
スケルトンなんざ、衛兵に殺されちまうぞ──……。
『まったく、世話の焼ける子だねぇ……。だが、我ら魔王族は恩と義理には報いる種族さね───さ、いくよ』
そんなザラディンのつぶやきが聞こえたかと思うと、モンドは意識を手放した。……でも銀貨は手放さねー……ぞ。
#5
うううう……。
身体がいてぇ……。
チカチカする視界の中。
どこか温かい所に寝かされている事に気付いた。
すぐ近くで人の声がする。
頭の下には何か柔らかなものがあたる。
う、うーん……??
『お、気付いたか……モンド? 3日も眠っとったぞ、お主』
…………3日?
うっすらと眼を開けると、
モンドを見下ろす褐色肌の少女の顔が見えた───。
「だ、誰だ……?」
『カッカッカ……女子の顔を忘れるとは無礼千万ぞ、モンドぉ』
そういった次に瞬間には、少女の面影は消え、いつもの髑髏面……ザラディン?!
(え? なんだ今のは……)
「……顔もなにも! 骨じゃねーか! ってててて……!」
『おいおい、無理に動くな。お主、痣だらけなんじゃぞ?』
痣ぁ……?
「あ! し、しまった……! 金は?! 装備は?!」
『ゲタゲタゲタ! 起きて早々、金と装備の心配か、さすがは冒険者よの~♪ ゲータゲタゲタ!』
愉快愉快と笑うザラディン。
「それでこそ人よ、人類よ──カッカッカ」と言いつつしたり顔。
『まぁ、お主には悪いが、時間がなくての……警邏の連中から逃げるのに精いっぱいで装備も金も回収できなんだ。今頃、衛兵の懐か、運よく逃げたチンピラの酒代に化けておるだろうて』
「な、なんだと!?」
くそ……!
このままじゃ違約金が……!
『うむ……考えておることはわかる。金に困っておるんじゃろ? それに、装備を亡くしては生活もままなんとな』
「ったりめーだろ! もういい、助けてくれたことは感謝するけどよ、これ以上お前には関係のない話だ」
そういってモンドは痛む体を労わりつつも身体を起こすと───。
「って、ここ……どこだよ?!」
周囲は薄暗がり。
埃の匂いと、人気のなさ……。
『魔王城さね。……あ主の家がわからんかったのでな』
「げ?! おま──……けが人をダンジョンに連れてくるって───正気か?! つーか、マジで俺のこと食う気じゃ……」
そういって、ザラディンから距離を取ろうとするも……。
『肉など食えるか。だいたいマズそうだしの~───それに、』
チラリ。
『骨しかないので食えんわい! ゲータゲタゲタ!』
「おもしろくねぇよ!!」
なんだその自虐ギャグは!!
「じゃ、なんで助けた?! もう、スケルトン素材は貰ったし、十分だろうが」
ザラディンの狙いが分からず困惑するモンド。
しかし、こともなげにザラディンは言う。
『いうたじゃろ───懲役9999年。それから解放してくれた礼じゃ、まだまだ遠く及ばんよ。それにの……』
骨面で周囲を見回すザラディン。
ここはどうやら魔王城の2Fらしい。ボロボロに壊れた窓枠から月と、遠く離れた位置にある明るく輝く『英雄都市』が見える。
『もう、魔王もおらんし、魔王軍もない…………。アタシの周囲の物はすべてなくなってしもうたのよ』
少しさびし気に窓の外を見ていたザラディン。
言いたいことの意味の半分もわからなかったが、魔王軍において懲役9999年。
一体コイツは何者で、何をしたというのか……。
「ザラディン、お前……」
『じゃから、この時代にいる意味といえばお前への恩義だけじゃ。じゃから、まずは体で返そうかのーとな。…………あ、体はないんじゃがのーゲタゲタゲタ!』
うっぜー!
しかも面白くもなんともない!!
「っていうか、お前さっき……」
『ん? どうした? 飯なら適当にその辺で獲ってきた───』
いや、そんなもんはあとでいい!
「……3日寝てたとかなんとか……?」
『おうおう。そうよ、感謝しろよ、モンド。お主、頭をひどく殴られとってな───3日はぐったりと……』
「───じーざす!!」
3日だと?!
3日もッ?!
「ま、まずい……! 違約金の支払いに間に合わん!」
『ん? あー……そのことか、モンド』
ザラディンはモンドを見下ろすと、フト考え込み、顎に手を当てる。
『そのことでお主に話しておきたいことが───』
「くそ! や、やばいぞ! 金は奪われ……しかも、こんな装備でどうやって残りを稼げばいいんだ!!」
現在のモンドの格好はと言えば、
ボロボロにされた服に、ザラディンがチンピラからかっぱらった棍棒を一本だ。
……初心者冒険者でももうちょっとマシな格好をしているぞ……。
『ほ?……なんだい? 装備が気に入らないのかぃ?』
「気に入るわけねぇだろ! なんでグレードダウンしてるんだよ!」
棍棒は……随分と使い込まれている。
奪われた銅の剣には見劣りするし、使い慣れていない……。
「くそ! 今からギルドに行って、クエストを貰って……。あー! 畜生! 道具袋も靴もねぇ!」
手元にはパンツに隠しておいた銀貨と銅貨が数枚あるだけ。
装備を整えるには到底足りない。
『達人なら武器も道具も選ばんものよ、ゲタゲタ──ぐぉ!』
ペチィン! と頭蓋骨を叩いて笑いを止める。
「チャカすなっつの!」
──それに俺は元A級だけど、達人じゃないわい!
『……しょうがない奴だね、武器に頼るとロクな成長しないよ。ただでさえお主は目に頼り過ぎた戦い方をしてたからねぇ』
「うるせーよ。もういいから、感謝はしてるが、俺にこれ以上構うな」
ザラディンの繰り言に付き合わず、モンドは旧魔王城のホールへ向かう。
『おいおい! おいていくな?! ほれ、これに入れるようにしといたからのー』
そういって、小さめの古びった背嚢に収まったザラディンが器用にピョンピョン飛び跳ねモンドに背中に吸い付く。
「……ッ。あーもう」
仕方なしに背負うザラディン。
そのままホールに下りていくと、まさか人がいると思っていなかった新人冒険者たちがギョッとしている。
ギルド職員も驚いた顔だ。
『んーむ。……やはり、ここの空気の方が性にあっとるさね』
長年天井に吊り下げられていたザラディンは、つらい辛いと言っていた割に懐かしそうな声をしていた。
すぐ近くには冒険者がいてガヤガヤとしているのに無謀な奴だ。
「殺されたいのか? 俺は責任取れんぞ……」
呆れたモンドの声に、
『カッカッカ! アタシに敵うやつなんてそういないよ。……まぁルーキー達をいじめる趣味はないから、ね。安心しな』
バレても殺戮はせん。そう言いたいらしい。
たしかに先日依頼魅せるザラディンの腕前をみているとあながち嘘でもないのが怖い所……。
(なんとなく喋ってるけど、コイツ……モンスターなんだよな)
いつ人類に牙をむくことやら……。
「ったく、さて、まずは──……」
今日は運よくギルドの出張員がいるらしい。
効率よく魔物を狩る冒険者に合わせて稀に、町まで戻らずともクエストの受注ができるように出張所をだすことがあるのだ
それが今日。……入り口付近にかかっている掲示板を見るモンド。
「お? モンドじゃねーか! ククク、近頃顔を見せないから、夜逃げしたって噂だったけど、ちゃんといたみたいだな感心関心」
嫌味な声に振り返ると、
(……ギルドマスターか)
出張所にいたのは中年の職員とギルドマスター。
よほど暇らしい。
「うっせぇわ」
「ふん。あと4日だぞ。どうせ無理だろうから、今日のクエストが終わったらまたここに顔を出せ、お前にありがたい話がある」
「あ!? そんなこと言ってまた俺を騙す気だろうが! 先日は、ギルドから出たとたんにチンピラに襲われたんだぞ!」
「……そんなことは知らん! いいから、顔を出せよ? いいな!? 違約金をチャラにしてやるって話だ」
なんだと?
『(モンド……旨い話にはカラクリがあるぞ?)』
「黙ってろ!」
ザラディンの小声を黙らせると、ギルドマスターが訝しむ。
「なんだと?」
「あんたに言ってねぇよ! いいから俺は行くからな」
「ち……! 言ったからな! 今日は必ず顔を出せよ!」
へーへー! 言われんでもクエスト完了の報告に行くわぃ!!
クサクサした気分でモンドはクエストを探してダンジョンにトライしようとする。
まずは、掲示板横のパーティの予約状況を確認だ。
これで今、どの階層に誰がいるのかある程度把握できる。
狩場のブッキングが無いようにそれぞれが自己申告するというわけだ。
もっとも、面倒がってやらない連中もいるし、必ずしも正確とはいえない。先日のアルスたちみたいなこともある。
「え~っと……地上1Fと地下1F部分は全部使用中だな。パーティの数も多い──」
かなり出遅れたらしく、旨い狩場はすべて埋まっている。
クエストと出現するモンスターが一致する狩場はほぼ空きがない状態だ。
あとは、地下深くのそこそこ強いモンスターが沸く区画と、もともとあまり人気のない階くらいしか空きはなさそうだ。
「う~む……」
『ここにしな』
うんうん、とモンドが悩んでいると──ニョキリと背嚢から骨が伸びて掲示板の一角をコンコンと叩いている。
って、誰かに見られるだろ!
ドキリとしたものの、たまたま周囲には誰一人いなかった。……というよりもモンドの悪評は今に始まったことじゃないので、冒険者連中からは微妙に距離を置かれているのだ。
「ここってお前……」
地下8階。
……魔導研究区画。
そこにはどのパーティもアタックしておらず、モンスターは狩り放題だろうが……。
「明かりがないときついぞ? それに、あそこは──」
地下1階以降は基本的にアンデッドが湧くことが多い、その他には無生物系のゴーレムやらで、魔導区画は確か───。
「ゴースト系が湧くとこだぞ? この前の逃げたばっかじゃないか。……第一俺には絶対無理だ」
『馬鹿言うんじゃないよ。ここが一番さ、……アタシもいつまでも素っ裸ではいられないしね!』
はぁ?
「どーいう意味だ?」
『いいから、ここにしな。アタシが守ってやるよ』
……ホントかよ。
『棍棒じゃ、……嫌なんだろ?』
ひょっこりと顔を袋から出すと間近でモンドの顔を覗き込みニカッっと笑う(そう見えた)ザラディン。
背嚢から顔を出すスケルトン……。シュールだ。
……つか、直で見ると怖いな、おい!
「わぁ~ったよ……他に選択肢もないしな」
掲示板の設置してあるチョークを使って、パーティ名を記入。
もっとも俺しかいないソロパーティだけどね。
『ゲタゲタゲタ! アンタ、パーティ名「ザ・モンド」って──ゲタゲタゲタ!』
う、うるっせぇよ! 今適当に考えたんだよ!!
「おやぁ、モンドさんじゃないですか。誰と話してるんですか?」
う、この声……!
「……よ、よぉ」
振り返らずともわかる。アレスだ。
「おはようございます。モンドさん……随分、重役出勤ですね。3日もどこ行ってたんですか?」
自分も遅めに来たくせに、どこか含みのある言い方のアレス。その隣にはリスティがいる。
「ふん、元A級の凄腕は……な。狩場なんて選ばねぇんだよ」
嘘で~す。
「へぇ? 先日は人の獲物を奪うくらい困窮しているようにも見えましたが……それに、その恰好──」
クククと口の端で笑うアレス。
そりゃそうだ。
そこらの初心者でも、もう少しマシな格好をしているだろうという状態。
なんたって、服はボロボロ、武器は棍棒……おまけに小汚い背嚢を担いでいるという有様。
……どこの蛮族だよ。
「うるっせぇ!」
くそ……狩場に行く前からケチが付いた。
「達人なら武器は選ばんものよ──」『(おい、人のセリフを奪うでない……!)』
どや顔で言ってのけてやったぜ。
「ん? 何か言いました? というか、その背嚢──」
モンドの話なんて聞いちゃいない様子でアレスが袋の中身を気にし始めた。ちょっとまずいな……。
「おいおい、大人から金をだまし取るだけじゃ飽き足らず、今度は荷物を巻き上げるつもりか? えぇ、勇者のお子さんよ」
「む! 失敬ですね! な、なにか袋から声が聞こえた気がしただけで───」
「はっはー! 袋から声だぁぁ? はっはっはー!」
もちろん事実だ。だけど、ことさら煽ってやる。こういうプライドの高そうなガキはきっと、
「う、うるさいな! 違反者のクセに! 僕を誰だと思ってる!?」
ほぉら来た──。勇者の野郎もこんな感じだったからな。
……やっぱり親子だな?
「勇者のお子さんだろ? さっき言ったぜ~」
「ぐ、ぬ! そ、そうだ! 父は魔王討伐の功労者! 世界の英雄だぞ」
『よく言うよの~』
って、答えてんじゃないよザラディンさん!
「何か言いましたか!?」
俺は言ってね~……けど、そうもいくまい。
「そりゃあ、お前さんの親父さんの手柄だろ? お前が偉いわけじゃないし、お前の手柄じゃない──アンダスタン?」
ニヒッと厭らしく笑ってやれば──、
「このぉぉぉ! おい、この無礼者を──」
「おいおい、ここは狩場だぜ……お城かどっかと勘違いしてないか? 今日はマスターも忙しいみたいだし、誰も助けてくれねーぞ? うけけ」
俺をズビシィ! と指さし周囲に合図しているようだが、周りの冒険者はポカンとしている。
多少はアレスのことを知っている者もいるようだが……彼らはアレスの手下ではないし、勇者に従う兵士でもない。
当然、誰もロクに反応しない。それを見て、顔を真っ赤にしたかと思うと、徐々にドス黒い顔に変化していくアレス。分かりやすいガキだ。
「ぐぬぬぬぬ……。ひ、人がせっかくモンドさんに恩情を与えてやったというのに……お、覚えてろ!」
「ちょ!? あ、アレスぅ~待ってよー!」
へ、ば~か。
舌を出して、何所かえ消えていくアレスを見送る。
『大人げない奴だね~……』
ザラディンの呆れた口調。
「お前が口を出すからだろうが……」
どっちもため息をつきつつ(骨が吐いたかは知らん)、周囲でボケラ~としている冒険者を尻目に地下へと続く階段へ向かう。
ケッ、昨日も事もあるから少しは留飲が下がったぜ。
しかし、それよりも───。
「……つーか、恩情?? 何の話だ??」
『あー……そういえば言い忘れとったな。モンド』
「あん?」
ザラディンは言いよどむが、
『……お主、ギルドにはめられとるぞ?』
#6
地下3階。
魔導研究区画。
かつては魔王軍の最先端の魔導技術が繰り返し研究されてきた世界の魔導の中枢とも言うべき場所。
ここでは、不死のゴーレムや兵士の再蘇生、はたまた反魂の術なんかが研究されてきたという。
その材料たるモノとして誘拐されてきた人々と、その後に切り裂かれて弄繰り回された怨嗟が床に……壁に、そして天井にこびりついているという。
故にここでは常に幽霊の類が出るんだとか……。
(ううううううううう……)
(おおおおおおおおお……)
実際、区画に降り立ったモンドの耳に身の毛もよだつ亡霊の声が耳をついた。
一応棍棒を構えて警戒するが、これが利くとはとても思えない。
「お、おい……大丈夫なんだろうな?」
基本、物理攻撃しかできないモンドには、この区画での狩りは不利に過ぎる。
どうしてもここで狩りをしなければならないときは準備がいる。……マジックアイテムを使用しての魔法攻撃か、または聖水などを使っての浄化と言った方法だ。
幽霊には、それしか対抗手段がない。
もっとも、向こうもよほどの悪霊でない限り物理に干渉は難しいらしく、主に精神を攻撃してくる。
魔法使い系などは精神力を削られると著しく戦力を落とすものだが、物理職のモンドにはあまり意味がない。
とは言え、あまり──だ。
ぶっちゃけ幽霊は恐いし、なにより長期間その霊体に晒されると体温の低下から始まり、最終的には命を落とす。時によっては体を奪われることもあるという。
「俺は聖職者じゃないし、……今回はマジックアイテムも聖水も持ってきてないぞ?」
そもそもそんなものを買う金はない。
ついにでに信心もない。
『カッカッカ。心配しなさんな。ほら……ここから出しな』
言われるままに、背嚢からザラディンを降ろす。
『あー狭い……うんざりだよ』とかなんとか言いながら這い出してきたザラディンは、コキコキと骨を鳴らす。
『肩こったわー……。あ、肩はないんだけ──』
「それはもういいから!」
飽きたっつの!
『せっかちな奴だねー』
ブチブチと文句を垂れつつ、柔軟体操っぽいことをしているザラディン。……お前に解す筋肉はねぇだろうが!
それにしても、幽霊の出る区画にスケルトンというのは似合い過ぎて、一緒にいてちょっと怖い。
「で、……ここでなにをするんだよ?」
『言っただろ? 棍棒が気に食わんと──』
ま、まぁ、
「そりゃあ……な。せめて銅の剣くらいは……」
あれも苦労して買ったものだ。
……くそ、あのチンピラども!
『カッカッカ! そう言うと思ってな。いいもんをやろう。……アタシも全裸は──ちと、な』
は?
いいもの?
つーか、全裸も何も……。
「生憎ここにゃ何も残ってないぞ? 施設まるごと王国の魔術師が接収していったって噂だ。試験管一本残ってねぇよ」
『阿呆ぅ……。我らが魔族を舐めるな。大事なもんを見えるとこに置くもんかい』
それにな、
『ここはアタシの仕事場だったのさ。むか~しのことだけどね』
し、職場?
「あ、アンタいったい……。魔王軍の偉いさんだったんだな?」
『エライかどうかは微妙なとこじゃのー、カッカッカ! とっくに権力は後進に譲ったよ。ま、その権力も今はなにもないさね。今はそうさのーただの口うるさいだけの隠居さ』
もっとも……──、ポツリとザラディンが零す。
『口うるさく言う相手もおらんなくなってしまったけどね……』
どこかしんみりというその姿に、ザラディンという人物に少しだけ興味を覚えた。
「なぁ、ザラ──」
『おっと、来たか……!』
(うううううううううう……)
ザラディンの言葉の先に、恐ろし気な叫びと共に白い霧のようなものがフワフワと近づいてきた。
「げ……。幽霊……」
その白っぽいものが幽霊だ。
パッと見は、ミイラ化した死体の様な表情で目だけは爛々と光った老婆のもの。
『ふむ……。ここに来れば同僚もいるかと思ったけど……哀れよの』
パンと両の手を合わせて合掌するザラディン。
「お、おい! どうすんだ。俺には対抗手段が──」
『まぁ見ておれ──』
すー……と近づいてくる幽霊が暗闇の中でボンヤリと浮かぶ。そして徐々に下がる気温。
「や、やばい……霊障だ」
キ~~ンと耳鳴りが響き始め、息が白くなる。そして近づく幽霊から目が離せなくなった。
一瞬、ミイラ面が美しい女性に見えた気がした。
初めて見るほどの絶世の美女──それが……俺に微笑みかける。
「綺麗だ……」
『むぅ? もう取り込まれたか……意志の弱い男だね』
うるさい……彼女が俺に──微笑みかけているんだ!
黙ってろ───。
(ぅぅぅぅ──────ぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!)
美しい幽霊に、モンドが手を伸ばした瞬間、
突如、美女の顔が変貌し、皺くちゃのドロドロのガイコツにぃ──、
(キャハハハハハハハハハハハハハ!!)
「ひぃ!」
『心をシッカリ持ちな。奴らは生きたモノには干渉できんよ』
死んでるはずのガイコツに励まされるモンド……。
しかし、ザラディンは全く意に介さずに、何所か楽し気な気配を身にまとうと、
『むん!』
気合の一言と共に、腰を落として両の手を構えるザラディン。
『霊とはな──……一種の波動なのさ』
そういうと、
『──音楽や……水辺の波紋の様なもの』
だからのー……。
『反対の波動をぶつけてやるのさ──こんなふうになっ!』
喝ッ!
気合一閃──ザラディンが残身の構えのままスリ足で一歩踏み込むと──、フォォン! と両の手で掌底を突き出す。
その瞬間、鼓膜の奥で空気の震えの様なものを感じた。
そして──……、
(おおおおおぉぉぉぉぉぉ…………──)
フッ……と、幽霊が消える──。いや、消滅?
「う、っそ……だろ──」
完全に消滅した。
姿を消したわけではなく、消滅だ。
『対、霊素用の波動さ。素手だとこんなもんだけどね。武器を使えばもっと広範囲に消滅させられるよ』
ニヒッっと、笑ったような気配を立てるザラディン。
顔の肉がないから全く分からないが。
「物理で霊を消すだなんて……聞いたこともないぜ」
『魔王軍では、こうした研究が盛んだったのさ……昔のことだけどね』
それっきり霊の気配が失せる。
まだ遠くの方で霊の声がこだましているが、先ほどの一撃で彼らが遠ざかっていったのが分かる。
『ふむ……ここの霊は随分と臆病みたいだね。……昔の住人を追い出して、小者が住み着いたのかもしれんね。……まぁ、いいさ』
ついて来いと、ザラディンは先頭に立って歩き出す。
殆ど真っ暗闇。微かに階段付近は地上からの光が射しこんでいるが──、その先はまったくの闇だ。
「お、おい。待てよ! これじゃ進めねぇよ」
ザラディンの姿は真っ白な骨として比較的目立つが、それだけを頼りに進むには不気味すぎる。
霊がいるであろう区画がボンヤリと明るいのが、また恐ろしい。
『お? おぉ~そうかそうか、人間の目には暗闇なんだったね!?』
……あんた目玉ないのに見えてるのね?
『ちょっと待ちな……たしか──』
立ち止まったザラディンは、階段付近の壁を弄ると、
『これか? ──よっと』
ガコォォン! と大きな音がしたかと思えば、
ポ……。
ポッ、ポッ、ポポポポポポポ──!
ポン!
と、壁に備え付けられていた光の魔石に火が灯る。
一見すると同じ石組かと思っていたのだが、いくつかのそれは光の魔石で作られているようだ。
「ま、マジ、かよ……」
魔王軍時代に照明だったのだろう。
もっとも起動スイッチが見当たらず、ここを調査していた研究者たちは自前の明かりを使っていたものだ。
しかし、ザラディンの手によって火が灯り、……他の地下空間よりも遥かに明るい空間が生まれた。
見た目は地上のそれと遜色ないほどだ。
「す、すげぇぜ……」
ここってこんなに明るくて広かったのか……。
長年旧魔王城に通い詰めていたモンドにも初めての光景。
……今、目の前には、がらんどうとなった空間が広がっている。
それは、ところどころに扉と先の通路があると言った殺風景な場所。
『これでイイかい?───ここはメインセンターさ、目的はこっち……試作装具保管庫だよ』
ほれ、ついてこい。とザラディンは今度こそ先頭に立って歩き出す。
ところで、明かりがついたことで……なんと霊の気配が──全て消えた。どうやら、光に弱いらしい。
さっきザラディンが倒した幽霊の位置に銅貨が数枚転がっていた。
「おいおい……仕掛けの位置さえ分かれば、ここって滅茶苦茶うまい狩場なんじゃ──」
『はやく、来なッ!』
さっさと歩きだしたザラディンはすでに扉の一つの前に立っていた。慌てて後を追いかける。
……それにしても、
「……試作。………………そ、装具保管庫?」
何の場所だ?
足早にザラディンに追いつくと、
『ほら、ここだよ──。礼も兼ねて、モンドの好きなものを持っていくがいい』
そう言って示されたのは何もない空っぽの部屋。
字好きなものも何も……。
───何もねえじゃねーーか!
「おい! ふざけてんの──」
しかし、ザラディンはと言えば部屋に入るなり、壁の仕掛けを弄り回す。
『まーまー。みとれ、勇者やギルドが見つけたのは表のダミーさね。……本物はこっち、選り取り見取りだぞぃ』
クククと、笑って見せるザラディン。そして──、
ゴリ!……ゴリリッ! なにか重いものを引き倒すような音の後──、ガコォォォン! といくつもの宝箱が床からせり出してくる!!
1個……。
2個……。
4個……。
無数に──────……!
「うぉぉぉ!?」
ま、マジかよ。
こここここ、こんなに宝が!?
だだっ広い部屋が宝箱で埋め尽くされる……!!
『人間どもは魔王城を荒らしたようだけどね……カカカカッ。その実、ほとんどの宝は回収できていないようだね』
宝箱の一つに腰かけると、ザラディンは片膝を持ち上げて妖艶な女性のような仕草──……骨だけどね。
「い、いいのか?」
ズラーと並んだ宝箱は地上で開けたまま放置されている木製のソレではない。
ノーマルの物もあるが、大半がレア【R】、ユニーク【U】などの希少品の入った箱ばかり!!
しかも、金縁に黒檀製のレアアイテムが入っているとされるスーパーレアボックス【SR】や【SSR】も無数にある!
それが、ひーふーみー……いっぱい。いっぱい!!
『カーカッカッカッカッ! 道具は使ってナンボよ。それにここにある代物は試作品やら廃品の扱いさ。本当に良いものは、既に使用者がいる』
そりゃそうだ。
『それにいっただろ? アンタに恩義がある……。これも、それも、ぜ~~~~~んぶお主にくれてやる、もう使う物も隠す者もおらんからのー』
ザラディンがいう使う物や隠すものとは誰の事を指しているのだろうか?
魔族……? アンデッド───??
それとも、この城の元の持ち主……。
『ほれ、ぼーっとしとらんで好きなの見繕いな。ここに置いといてもカビでクソになるだけじゃしの』
国宝は展示してナンボ。
良品は使ってナンボ。
保管しておくのはそれなりの事情があるものばかりだ。……多分。
「の、呪いとか掛かってたりするのか?」
魔王軍が隠していた装備の数々……まともとは思えない。
『さて、……アタシが研究していた時はそういった物はななったはずだけど……ま、開けてみな』
……そんな、親戚のおばちゃんが持ってきたお菓子みたいに言うなよ。
といいつつも、ワクワクしながらレアボックスを開ける。
──カチャ。
…………パタン。
『……なんで閉めたんだい?』
ぁー…………。
「こ、」
『こ?』
すぅぅ……。
「こんなもん使えるかーーーーーーーー!!!」
使えるかーーーー……!
えるかーーー……!
かーーー……!
ぁ……!
静かな地下空間に一人叫ぶ冒険者────……。
※ ※
『な、なんだい急にデカい声だして!? 鼓膜が破れるかと──あ、鼓膜は』
「それはもうええっちゅうねん!!」
はぁはぁ、ぜぃぜぃ……!
『んーむ、近頃の若いもんは人の話を最後まで聞かんないし、言わせてくれないねー』
「若くはねぇよ」
もういい年だ。
稼ぎの良い冒険者だったらそのまま引退していてもおかしくはない。
もっとも、そんな冒険者は一握りだろうけど。
『で、なんだい? なにが気に食わなかったのさ?』
「気に食うも何も……」
カチャ……。
近くの、スペシャルスーパーレアボックス【SSR】を開けてみる。
その瞬間、カッ!! と輝く光と、遅れて湧き出すオドロオドロシイ瘴気……。
その名も───。
《ドラゴンスレイヤー》
ご丁寧に説明文付きで、肌障りの良さそうな布に包まれたそれには、
《かつて、世界を焼き尽くしたとされる伝説の魔竜の鱗より削りだした剣。魔竜を貫くことはできないものの、それ以外の下位竜の全てを屠ることができるという。またの名を『屠龍』》
うん……。
なにこれ?
え? 何これぇ?!
『お?!……おーおーおーおー! それが気に入ったのか? 軽くて使いやすいぞー。そいつならワイバーン10体と戦っても負けはせんわい。……アタシは名前は【屠龍】がいいと言ったんじゃが、当時の連中と来たらやたらと横文字を使いたがってのー』
ワイバーンとは戦う機会なんかあるわけあるかい!!
……っていうか、
(え? マジ?! ほ、本物かよ。………………え? マジで?)
これって伝説装備じゃ───……。
「いや、これ……本物?」
あ、声に出ちゃった。
『ん?? そりゃあ、のー』
「いや、これあれだろ? 俺でも昔、夢物語で聞いたことあるけど……何代か前の魔王が使ってたやつじゃ……」
うん、聞いたことがある。
何度も繰り返し行われた戦争で、人類側の勇者と、魔王軍の将軍だか魔王だかが一騎打ちし、勇者の聖剣エクスカリバーと互角に戦ったという……。
『あーのー……あれは激しい戦いだったねー……! いやいや、もう少しで彼奴のエクスカリバーをブチ折れる寸前だったんだけどねぇー……』
うんうん、と頷くザラディンさん。
なんでしょうか、自体験を追憶しているような話しぶり。
『ま、昔話には尾ひれがつくものさね。……で、それにするかい?』
「…………も、もう少し、大人し目のでお願いします」
『棍棒』→『ドラゴンスレイヤー』って、バランスブレイクにもほどがあるだろうが!!
『ほっ? 謙虚な奴だね~……しかし、それよりも大人し目といわれてもねー……』
マイッタなと文字通り頭を抱えるザラディン。
……いや、悩むほどなの!? ここにあるの全部それクラス!?
棍棒+ボロボロのシャツの「バーバリアン」から、
ドラゴンスレイヤー+竜鱗の鎧の「竜騎士」とかになって戻ってきたら、大騒ぎになるわ!
即、ギルドマスターだとか、クソ勇者どもの前に引っ立てられて尋問されるのが目に見えている。
『んー………………』
ザラディンは悩んでいる。
『ん~~~~~~…………………おとなしめ……おとなしめ』
うんうん、唸っている。
……え? そんな難しいこと??
『んーーーーーーーーーーーーーー…………あ! こ、これでどうじゃ?』
ウロウロとレアボックスの間を行ったり来たりしていたザラディンが一つの箱の前で止まる。
「ほ、ホント頼むぜ……」
次はフェニックスキラーとか言うんじゃないだろうな……?
『ん? フェニックスキラーがええのかい? それにする?』
あるんかい!!
つーか!
「パンにする? ご飯にする?」みたいなノリでいうなっつの!!
「おとなしめで……!」
『あぃあぃ。なら、これじゃの』
乞食から王様になったらこんな気分なのかな~、とか考えつつザラディンの隣に立つと、レアボックスの中に納まる一振りの剣を見た。
ぉ…………。
「剣────なのか? これ……」
『うむ。……かつて研究用に取り寄せた魔剣さね。驚いたことに、人の手によるものらしいねぇ』
おが屑に包まれた剣から衣をとり、刀身をスラン……! と、抜くザラディン。
剣が久しぶりに外の空気を吸って呼吸しているようだ。光の魔石の明かりを受けてウットリと輝く。
ヒイィィィィィィイイイン────と、空気が……。
震えた……。
「ごくり」
《妖刀村正》
「すげぇ……」
恐ろしく美しい刀身が映え、緩く反り返った刀身。初めて見る形の剣だった。
『カカッ! 気に入ったようじゃのー』
「あ、あぁ」
箱のプレートには、こうある。
《東方より輸入せし剣。鋼を特殊な方法で鍛錬し、熟練の技で研いだ「刀」と呼ばれる剣。製作者曰く不穏な噂の絶えぬ剣であり、シリーズ化するつもりであったが絶えているとのこと。研究段階での呪いは確認されていないが、輸入の過程で魔王軍の関係者も不審死を遂げている。……現在は魔法硬化処理を行っただけで、劣化防止を施している。要研究──》
「すげぇ……」
改めてその刀身に魅せられるモンド。
『ふん……。たしかに美しいものだね──』
スーっと、何気なくザラディンが剣を取り上げると刃を上に向ける。
『……これは東洋の神秘さね。どうやら、向こうでは我々と剣を作るコンセプトが全く異なっておるみたいさね。……見ときなっ』
箱の中にあった保管用の布を取り出すと、パッと、刃の上に落とした。
──スパン。
「え?」
『ふむ……』
驚く俺の目の前で不思議な現象。
触れただけで布が音もなく左右に切り分かれる……。
「ま、魔法?」
『違う……これは物理じゃ。名を刀という───「斬る」ことに特化した剣の極致じゃ。……アタシもこれほどの物は見たことがないがね』
ま、魔法もなしに触れただけで切れる?
バカな……。
『……どうじゃ? これならよかろう。お主のオーダーどーりのおとなしめの武器じゃぞ?』
シュ……キンッ! と上品な音を立てて鞘に剣を収めるとモンドに手渡してくる。
「あ、あぁ……確かに、お、大人しいか、な?」
ズシリと来る重み。しかし、並みの剣に比べれば遥かに軽い。
『気を付けるんだよ? 見ての通り切れ味は恐ろしく鋭いからね。触れただけでも指が飛ぶよ』
ビクゥ!
ザラディンが続けて言うには、手入れの欠かせないという欠点があったため、そこだけを克服する魔法硬化処理のみを行っているのだという。
基本的に手入れは不要だが、当然無茶な扱いをすれば壊れるとも──。
ま、それはどんな剣でも当然のことだ。
「あ、ありがとよ……」
『礼など不要だよ。ここの物は全部好きにして、ええぞ。……これで少しは恩に報いることができたかい?』
ザラディンの言う、恩……。
幽閉されていたと思しき檻から解放しただけだ。
それも最初は、スケルトン素材を得ようとして、……あくまで自分のためにやっただけのこと。
『さて───あとは防具を見繕うかねー……。アタシも裸では少々恥ずかしいしのー? 骨だけど、ゲタゲタゲタ!』
項垂れるモンドのことなどお構いなしに、買い物でもするよな感覚でレアボックスを探索するザラディン。
頭が下がるとはこのことだ。
※ ※
『これとか、これとか、これとか、これで──どうだい?』
ズン、ドン、バーン! と部屋の空きスペースに積み上がった装備の数々。
既に自分で探索する気力を失ったモンドの目の前にザラディンが装備を積んでいく。
どれもこれもなるほど、モンドの要望通り大人し目のもの……──らしい。
《不貫の鎖帷子》
オリハルコンをワイヤー上に解した鋼線を編み込んで作ったチェインメイル。上半身を護る。
《竜麟の胸当て》
土竜の逆鱗を贅沢に2枚も使った胸宛て。土属性の加護を得る。胸を護る。
《ミスリルガード》
ミスリル鋼と各種魔石を使い魔法耐性を向上させた特殊ガード。首と腕と足を護る。
《安全靴》
魔王軍で研究中の皮と布を組み合わせた動きやすさと耐久性を重視した靴。革にベヒモスを使用し火属性の加護を得るとともに、オリハルコンの芯を使用し、足裏と足先を護る。
《アタックシールド》
仕込み盾。深海竜の甲羅の中心部分を使い曲線をそのまま利用。両手の動きを阻害しないように菱形《バックラー》に整形している。内部の空間に各種暗器を装着可能。連装ボウガン、パイルバンカー等を基本装備とする。魔法反射。水属性の加護を得る。腕を護る。
《フェニックスクローク》
不死鳥とされる大気圏上層を飛ぶ鳳の羽──それを編んだ稀有な一品。クローク上に仕立ててあり、普段はマントとして活用できる。風雨から身を護り、矢を遠ざけることができる。風属性を得る。背中を護る。
『こんなもんでどうだい?』
よっこいせと最後の一品を置き、数々の品々を無造作に並べていく。
その説明を聞くたびに開いた口がドンドン大きくなっていき、そろそろ外れそうだ。
「こ、こんなもんって……」
目の前にある品々。国宝級どころか伝説クラスのものがぽんぽこ混じっている。
『もっとゴツイのもあるんだけど、モンドは嫌なんだろ?』
「……あ、あぁ、いや、その」
──もっとゴツイのってなんだよ!
確かに、さっき好奇心に負けて、チラッと中を確認したら……、
ヌゥゥン……! と、禍々しいオーラを放つ大剣とか入ってました。
なんかこうー……柄の部分とか魔王の腕みたいなのが映えてて、刀身を握り込み、指の間から真っ黒な両刃の剣が伸びてるやつとか……。
その名も、
《ゴッドイー──……》…………パタン。
と、私、レアボックスを閉じました。
ここにある装備だけで、多分一財産……というか王国中の財を集めても足りないだろう。
『だから、軽くて派手でなくて、それなりに普通に見えるのにしてやったけど……どうだい?』
確かに……一見すればちょっと良い作りの装備にしか見えない。
それにしたって、さっきまでの棍棒一本のバーバリアン装備からはかけ離れているが、まだ誤魔化しは聞きそうだ。
これが『ドラゴンスレイヤー』とか『ゴッド何某』を担いで出ていった日にゃ~……うん、考えたくない。
「ちょ、ちょうど良さそうだ。あ、あああ、ありがとさん」
『んー♪ んー♪……気にしなくていいよ、気にしなくても~。使われたほうが道具も喜ぶからのぉ、で──』
ポイっと無造作に投げてよこすザラディン。
「これは?」
『ゴーグルじゃよ。顔を護るもんは上物がいいだろう?』
たしかに、普通のゴーグルだ。
何かの皮でできているのか、柔らかい素材で作られており、丁寧な縫製で仕上げられている。
さらに、調整はベルトの穴を変えるだけでいいらしい。
そこに、綺麗なガラスの入っている。
『つけてみな』
「……お、おう」
片目を庇いながらゴーグルをはめる。頭部に接するの布地らしく肌障りはよい。
ちゃんと耳当ても首覆いもついているため隙間が無くて頑丈そうだ。
「悪くない」
『そうじゃないよ……ほれ、目ぇあけて、よーく前をみてみな』
は??
「こ、こうか?」
言われるままに両目をあけてみる。
……失った目。正確には黒く落ちくぼんだそこには何もなく、何も映さない────……。
「あれ?」
え?
え? え?
「う、っそだろ……?」
『……見えるかい?』
「み、見える……。見えるぞ、両目が──」
俺の視界は突如広くなった。
今までは少し狭いと感じるくらいの視界だったのだが──……それが何と広いことか!
「ど、どうなってんだ!?」
『ゴーグルには魔力付与が施されている。片目で見ている情報をゴーグルのレンズ上で疑似的に立体化しているのさ』
……ゴメン言ってることの意味が分からない。
『モンドは知らんかもしれんが、目と言うものは両目があって初めてモノを立体視できるのさ。片目でも不可能ではないが、慣れと時間がかかる』
立体視?
『モンド……お前は、片目を失って腕が落ちたと考えているんだろう? だが、それは違うよ』
「え?」
『お前の腕はそう鈍っておらんよ。問題はその立体視ができないことにより、目標との距離感を失ってしまったがためじゃ』
たしかに……。片目になって以来、腕が激的に落ちた。
(それが、……立体視とやらのせいだと?)
「じゃ、じゃあ……!」
『うむ……モンドよ。お前は、また──』
(また……)
『───また、強くなれる』
※ ※
強く、
なれる────。
ポタッと、ゴーグル内に水滴が落ちる。
それを慌てて拭おうとするが、
「あ、あ……あれ?」
『ん? どうしたんだい? 眼に負担でもかかったのかい?』
あーそうか、ゴーグルを外さないと。
「グ……うぐ……」
ゴーグルを外すと目に外の空気を感じた。途端に、片目の視界に戻る。
だが、それでも──……!
久しぶりに見た両目の世界に、心が躍った。
『泣いておるのかい?』
首を傾げるザラディンに顔を見られたくなくて、慌てて逸らすと、
「な、なぁ! このゴーグルって……!?」
『んむ。……言いたいことがわかるが、魔眼ほどの機能はないぞ?』
モンドの言わんとすることを正確に読んでいたザラディンはバツが悪そうに頭をかく。
「な! ど、どうして!?」
『言っただろ? 片目で見ている情報を疑似的に見せている、と──』
「ま、まさか」
『それに、もし、もう片方の目も失えばそれはただのゴーグルに成り下がる。そいつはの……視力の無いものには効果はない。元々片目種族用に開発していた物だからね……医療目的ではないのよ』
さ、サイクロプス?
……なるほど。彼らも俺と同じ視界で生きているのか。
『んむ、ま──そう急きなさんな。さっきも言ったが、お主は強い───魔眼なんぞなくともな』
ザラディンの慰めともつかぬ言葉に俺は生返事。
失礼だとは思いつつも、装備の嬉しさよりも両目の視界を取り戻したことの喜びが大きかった。
魔眼がなくても……だ。
「とりあえず、装備してみるぜ」
『うむ、男前にのー』
……見ないで欲しいんですけどー。
『減るもんじゃあるまいし、ケチな奴じゃの』
「マナーってやつがあるだろ!」
『チッ』
うわ、舌打ちしやがった……。
(つーか、舌あるのかよ?)
『ないぞ? だって、骨───』
「うるせーよ!」
いそいそと着替え始めるモンドを尻目にザラディンはまだレアボックス周りをウロチョロしている。
しかし、これだけの財宝? だ。
よくもまぁ今まで隠していたものだ───。
そして、その隠し場所を暴き、いとも軽くモンドに譲ってくれたザラディン。
ただのスケルトンかと思いきや……いったい何者なんだろう?
(ここだけでこの数の財宝だ……。もしかして、旧魔王城には、勇者もギルドも把握していない財宝がいくつも眠っているんじゃ……)
それを少しでも分けてもらえれば、違約金なんてあっという間だろう。
ここの装備をどれか一つ奪って、売っぱらうことも考えたが……多分、大問題になる。
売った品は消えてなくなるわけでもなし。こんな伝説級の装備を売ったら絶対に足がつく。それで攻められる謂れはないが……。調べられてザラディンのことが明るみに出て、かつここの財宝のことも知るところとなれば、きっとギルドや勇者達は再び旧魔王城を荒らすだろう。
それは……モンドの知るところではないとはいえ、いくらなんでもザラディン対して不義理に過ぎる。
たかが骨とは言え、だ。
ザラディンはモンドを恩人だというが、もう十分に返してもらっている。
装備品をくれたし、再び……両目で世界を見るの悦びもくれた。
スケルトン素材も集めてくれたし、チンピラから命も救われた、……ギルドの思惑も教えてくれた。
これだけでも多大な恩だ。
ザラディンは、未だ恩返しのつもりなのかもしれないが、モンドからすれば──既にその恩は返してもらっていると思う。
それ以上に、
妙な話ではあるが、ザラディンと過ごす時間はつい先ほどから苦にならなくなってきた。骨ジョークはきついけどな。
(よほど、人と話すことに飢えていたのだろうか?)
……勇者パーティを追放された男……D級冒険者のモンド。
そうこうしているうちに、
さて、
「……………………着替えたぞ、こんな感じか?」
全ての装備を身に纏う。
どれもモンドに誂えたかのようにフィットとしている。
元のシャツは肌着代わりとし、その上から纏っただけだが中々具合が良い。
『おおー馬子にも衣装だね』
カカカカカッと笑うザラディンは──……、ささやかな胸を揺らしながらのけ反るように笑う。…………は? 胸?
「なんっだ、そりゃ」
今目の前にいるのは、ザラディンなのだが……その。
多分この話し方はザラディン何なのだが……。
『ん? どうした? そんなに見られるとアタシでも照れるぞ』
ゲタゲタと笑うガイコツの声はそのままだが、……見た目が──。
え? なんで??
だ、
「ダーク……エルフ?」
褐色肌で銀髪。スレンダーなボディの美女……もとい美少女がそこにいた。
# 7
『ダークエルフとな? あー……人間側の呼称ではそうなるのかの?』
つつつー、と自らのボディを艶めかしく指でたどりながら首のあたりでツルンと撫で上げる。
「な、ななななん、なんで肉がついてるの?」
っていうか、女───の子?!
こ、コイツ…………ざ、ザラディンだよな??
『ついとらんわい。ほれ』
そう言ってグイと引っ張られると、見た目に反してボリュームのある胸に手を導かれる──って、ちょっとぉぉ!
「な、なな、なーーーーー……なにしてんだよ!」
『ええからええから、減るもんじゃないから気にするんじゃないよ』
気にするわ!
しかし、モンドのことなどお構いなしにグイグイとくる。
ほれほれ~♪ とセクハラまがいに自らの胸を弄らせるのだが……んん?
「な、なんだこりゃ!? ほ、骨?」
『さっき言うたじゃろ? 肉はついてないと───……くふぅ? どこ触っとんじゃ~……』
えええ? え!?
な、なんぞコレ?
ちっパイを弄れると少し期待していたのだが……、(ゲフンゲフン)
何故か手が…………こう────うにょんーって、感じでザラディンの体にめり込んでいる。
肌の感触はない。
それどころか、この硬いものは────。
『んッ、くふぅ……? こ、こらぁ、どこを触っとる、んッ?』
────肋骨。
「肋骨ですが、なにかぁぁあッ」
なんだよ、「くふぅ?」って!
ちょっと期待して損したわッ。
腕を引き抜いて、マジマジと見る。
うん、なんも異常なし。
『へ、変なとこ弄りまわすでないッ』
触らせたのはお前だろうがッ!
ってか。なにかッ?! お前は、肋骨触られると感じちゃうのか!?
変態か!?
変態なのかッ!?
「骨と特殊なプレイをする趣味はねぇッつの!」
とは言え、見た目は美少女。しかも、希少種の──。
エルフ?
あれ? あなた骨ですよねッ?
だけど、なんていうか……あれ? だって、どう見ても生きたダークエルフだし。
『さっきからダークエルフ、ダークエルフと……エルフではない。歴とした古代種。……種族風に言えば「魔王族」といったところかの』
ま、魔王族?????
『んー。まぁ種族なんぞどうでもいいだろ。そんなことより、どうじゃ。この見た目なら堂々と町に入れるし、ギルドに同行もできるじゃろ?』
ま、まぁそりゃ……一応、モンスターには見えないな。
別に意味で目を引きそうだけど。
「っていうか、何なんだその恰好は! は、破廉恥すぎるぞ」
ダークエルフだか、魔王族だかはまぁいい。それより、その格好だよ!
煽情的な黒のビキニアーマー。
際どい部分だけを辛うじて隠しているが……防御力はゼロ。
エロ!
エッロ!!
『ふむ? 変かの~? 動きやすいし、気に入っとったんじゃが、今の時代には合わんのかのー? とはいえ、これが肉が腐り落ちる前のアタシの格好だったのさ。この上に装備を着ればまた別だけどね、ほれ』
スッ、とザラディンが首飾りの様なものを外すと、また例の骸骨面になる。
「うわ! キモッ!」
『誰がキモいか!!』
プリプリと骨面で起こるザラディン。
そして、また首飾りを外すと褐色の美少女に戻り、頬を膨らませて可愛くプリプリ。
「あー……」
───要は……。
「ま、マジックアイテムか? それ」
一瞬で容姿を変えられるような、これほどの高性能なものは聞いたことはないが、
一応、霧を纏ったり体を透明に近づけたりするマジックアイテムは確かに存在する。
もちろん、そのどれもが高価なもので、それだけで一財産の代物。そして、使い勝手もそれほどいいものではない。
『そうさね。これは認識阻害のマジックアイテムさ。生前の姿を固定してくれるものでのー。あまり普段使うものではないからここに保管されていたんじゃが、……どうじゃ? 今は役に立ちそうじゃろ??』
ん? ん? とグイグイくるザラディン。
「生前の姿を固定って……滅茶苦茶使用が限定されそうだな」
いや。
っていうか……!
「あ、あんたいくつだよ!」
『女性に歳を聞くもんじゃないよ!』
「女だってのも今知ったわ!」
『んな!? 失礼な小僧だね!! こんな魅力的なボディをしているというのに』
「あほぉ、さっきまでカルシウムの塊だったろうが!」
『綺麗な骨格を見ればわかるだろう!』
「分かるか、ボケッ」
ぜいぜい、と言い合いをする。
ザラディンも年寄り臭い話し方をするので老人だと思っていたが、実際は年齢不詳の美少女。
だが、話しぶりからするに元魔王か……それに準ずるものだったと窺える。
「クソ……。もしかして、もしかしなくても……俺ってば、やばい奴を解放したんじゃないか?」
魔王が滅びた今。彼女が何をもってこの世で過ごそうとするのか、今更ながら気付く。
『カッカッカ! もう遅いわい、カッカッカ』
いつものように呵々大笑するザラディン。
…………そして、ニヤァと笑ってモンドを見る───。
あれ? もしかしてやばい感じ?
俺とんでもない化け物を起こしてしまったんじゃ……?
「お、おい!? お前……その姿で何をするつもりだ? ま、まさか……」
最悪の可能性に思い至り、モンドは戦慄する。
……別に人類を救うだとか大それたことを考えるつもりはないが、
少なくとも、大量虐殺をもくろんでいるというなら、身を挺して戦う覚悟暗いモンドにはある。
『ん? 何て、ナニのことかの? アタシとナニしようってか? 肉はないのけどのーゲタゲタゲタ!』
いや、全っ然面白くないから!
「ふざけるなっ! お前ッ……俺を利用して、その姿を得たのか? それで、また──」
『おいおいおい、おーい! アンタ、もしかしてアタシが「がおー、人類滅ぼすー」とか言うと、勘違いしているんじゃないのかい?』
……具体的だな、おい。
「ち、違うのか?」
『アホだねー。その気だったら、昨日の時点でとっくに大暴れしてるよ。……デス坊は負けた。アタシ達は滅びた──消えた。骨になった』
淡々というザラディン。
『栄枯衰退は世の常さね。……かつて幾度もありえたことさ。別に恨みも何もないさ…………今は───まだ、ね。それよりも、だ』
無表情のザラディンは、
突如、顔を悪戯っぽくほころばせるとクルリと回って、モンドに振り返る。
『……人が治める世は見て見たいね。平和な世の中、ギルドに勇者……それに、モンド──お主だよ』
「へ?」
『実際、面白い人物だよ。お前は』
「お、俺が?」
カカカカカッと呵々大笑するザラディン。
『お主は自覚はないのがまた面白いね。これまでも、ずっと天井から見ていたからのー。十年前の討伐作戦から、今に至るまでのお主……。その全てを知っているだけに、なお面白い』
じゅ、十年前から───……?
ズクンとモンドの胸が震えた。
あの日のことを知っている人物がここにもいたという。
そして、知っていてなお、……悪行と悪評だらけのモンドを見て面白いというザラディン。
自分的には、その感情はちっともわからないが、
「わ、悪さをする気は……ないんだな?」
『おうよ。───観光くらいはしたいけどねぇ』
「…………俺にそんな余裕はねぇよ」
『お前にそんなことは期待しとらんさね。だけどね』
「なんだよ」
一拍溜めるとザラディンは言った。
『モンドを通して人の世界を見たいのさ。一説には平和になったという──その世界を』
「……ザラディン、お前──」
『カカカカカ、恩返しと言うのは、もはや口実よ。人が治める世……大いに興味があるね』
そういって、後ろ手に持っていた二本の大剣をヒョイっと肩に担ぐ。
布を巻きつけてあるが、あの形状──、
げ!
あ、あれは──────……!!
「ドラゴンスレイヤーに、……ゴッドなんとか──?!」
『カカカカッ、もうアタシのもんさ。名称はアタシが決めるさね』
そう言って二刀を目の前を交差して見せ、
『この白き竜麟から削りし剣は…………「屠龍」──数多の龍を屠る剣さ』
クルリと回して背中の鞘へ。
『この黒き我が一族の躯を鍛えし剣は「神墜」──かつて神を喰らった剣さ』
ビュンビュンと頭の上で空を切ると背中の鞘へ。
『そして、アタ……我こそは──先々代魔王……「雷鳴のザラディン」──知と武と美を兼ね備えた最強の魔王成り!』
ズン~ン────! と腕を組んですっごいどや顔……!
『と、言うわけで改めてヨロシクな、モンドよ──アタシに世界を見せとくれ』
ニィと笑って手を差し伸べる魔王様。
だが、
「他を当たってくれ……」
ゲンナリとしたモンドがその手を掴むわけがなかった。
※ ※
『んんな!? 何で断る!?』
「いや、断るわ! なんで受けると思ったのか、そのへん小一時間くらい聞きたいわ!」
『小一時間どころか三日三晩しゃべってやろうかい? ええ、小僧ぉ!』
いきなり「小僧」呼ばわり。
キャラ作んなよ……。
とはいえ、魔王族というのは伊達ではないらしい。
……モンドより小さい癖に威圧感だけは半端じゃない。
元魔王───先々代魔王と言うのも納得いくというもの。
「もーいいから、檻に戻れよ……お前の居る世界じゃないんだろ?」
『今更戻るわけがあるかい! どんだけ暇で、狭いと思ってるんだ!』
知るかよ……普通は早々に死ぬんだっつの。
「とにかく装備はありがとう。あとはもういいや。恩もこれで十分だよ。好きに生きてくれよ」
そして、関わるな。
元魔王とかモンドには荷が重すぎる。
モンドさんはね、勇者ちゃうねん。
D級冒険者やねん……。
『こんな時だけ自分を卑下するんじゃないよ! ったく、最近の若いのはー』
「アンタに比べりゃ、炊いては若い奴になるっつの……。とにかく、俺につきまとうなよ」
『阿呆が! ここまで来て放置とかありえんさね! 装備やったじゃろ! 金目の物もぉ! あと、ホラ、オッパイ揉んだし───」
「人聞きの悪いこと言うな!! お前が勝手に触らせたんだろぉぉお!! しかも、肋骨ぅぅうう!」
肋骨はノーカウント!!
つーか、
「じゃー返すか? もう、めんどくさいから……」
そういって、ゴーグルはじめ、装具一式を返そうとするモンド。
『あ、阿呆ぉぉおお! 返品は受けつけてないよ。もうお前のもんさ、だから一緒につれてきな』
どんな詐欺商売だよ!
お前がくれたんだろうが!
「あーもう……あーーーもう!! 疲れる──とにかく疲れる!! もう、さ。今日も狩りをして稼がないと、違約金が払えなくなって装備も何も関係なくなるんだよ!!」
しかし、半ば脅してみたところで全く動じないザラディン。
『違約金とな───例のギルドに納める金のことじゃろ? パパっと払いたいなら、ここの装備のどれかを売るかい? しかし、』
…………出来るかボケ!
「んなことしたら、俺がお縄にかかるっつーの! ここの装備はオーバースペックなんだよ! ただでさえギルドに目を付けられてるってのに、ゴッドイーターとか、ドラゴンスレイヤーとか、伝説装備を売って歩いたらどんだけ不審者なんだよ!」
『むー……存外面倒くさいねー。人の世は……』
普通だろーが!
お前の魔王軍基準でも、ゴブリンがエクスカリバーを売りに歩いてたらどう思うかっつの!?
「とにかく……。まずはクエストをこなす。そして、とっとと銀貨10枚くらい稼いでやるさ」
『ん~む、しかし、よいのかモンド───さっきも言ったがその違約金とやらは……』
ザラディンが眉根を寄せてモンドに静かに語る。
……いや、彼女の言わんとすることもわかる。
「……あの話は本当か?」
『アタシが嘘ついてなんになるよ……言っただろ? お主、ギルドにはめられておるんだよ』
この地下に突入する前にザラディンが語ったこと。
……先日、チンピラに絡まれる前に、ザラディンをうっかりギルドに置き忘れてしまったのだが、
なんとその時にザラディンがギルドに残ったマスターやアルス達───……そして、『岩の城』達の悪だくみを聞いてしまったというのだ。
それというのも、単純明快……。
もとよりモンドの素性を知っていたアルスは、
最初からはめるつもりで幾重にも罠を張っていたらしい。
それが新人冒険者『岩の城』への加入から始まっていた。
つまり、最初からあのパーティへの加入は罠だったのだ。
……今になって思えばどーりですんなり加入できたはずだと納得できる。
そのあとは簡単だ。
モンドのせいにしてクエストを受注し、到底達成不可能な状態でパーティを追放し、責任としてクエストを押し付ける。
そのあと、まんまとクエスト用のモンスターを狩りに来たモンドに、横取りをさせて違約金をでっちあげる───。
そういう筋書きだたらしい。
もっとも、違約金の流れは保険的な意味合いが強かったらしい。
一番手っ取り早いのは、スケルトン素材が納品できずに冒険者認識票がはく奪されることだったのだとか……。
(くそ。あのガキ、何の恨みがあって……!)
モンドが恨むならともかく、なんでくそ勇者の息子にこんな仕打ちをされねばならないんだ。
段々腹が立ってきた───。
『……で、アタシがハイスケルトンを狩って、素材を入手しまったことで予定が狂ったらしいの~』
───ザラディンの話はここまでだ。
そして、彼女に言う通り、予定外にモンドがクエストを完遂してしまったがため、一週間物猶予ができてしまった。
しかも、モンドが銀貨9枚以上と、相当の金を稼いでいるため、明日にも違約金を支払われれば、この手間暇をかけた追放劇がパーになってしまうらしい。
『それがあのチンピラの正体よ。……連中、あの少年に雇われとったみたいじゃの』
「マジ、かよ……。そこまでやるか?」
ギルドにはめられたのは間違いないが、それ以上にそのガキがヒドイものだ。
『なんとしてでも、お主に違約金を払わせずに、恩を着せたいみたいじゃのー』
「……恩を着せる───……この後でギルドマスターが顔を出せって言ってた案件だよな?」
クエスト開始前に、くどい程ギルドマスターに念押しされていたこと。
顔を出せと言っていたが、何の要件か。……しっかりとザラディンはその内容も聞いていたらしい。
『───おうよ。……ギルドの「ぼらんてぃあ」をさせると言うとったぞ? なんでも、昇級試験にモンドも強制的に参加させて……』
……させて?
「───合法的にボコボコにしたいわけか。もしくは事故と見せかけて殺す」
『そのようじゃの』
ギルドの昇級試験のボランティアは貧乏冒険者への救済処置だ。
試験料をチャラにする代わりに、雑用を引き受ければ試験を受けさせるというもの。
だが、この場合、ギルドらが狙っているのは雑用そのものより、試験を受けられるという一点のみだろう。
D級に落ちぶれたモンドには昇級の機会もなければ、その金も、その気もない。落ちるのが分かっていて受ける気がないからだ。
だから、ボランティアを強制して昇級試験を受けさせるのだ。
ギルドの昇級試験は筆記のほか、受験者を絞るための模擬戦がある。
それはバトルロワイヤル方式で、パーティまたはソロに分かれて殴り合うのだ。
……そして、おそらくその場でモンドをボコボコにしようというのだろう。
だけど、
「……なんだってそこまでする? 俺はアルス達になにかしたわけじゃねぇぞ?!」
借りの横取り疑惑も、罠だとわかった以上、最初からアルスはモンドに悪意を持っていたことになる。
だが、なんで??
…………勇者パーティがそれをするならまだわかる。
なにせ、モンドと勇者パーティには確執があるから、それを消し去りたいとあの時の連中の一人が考えてもおかしくはない。
もっとも、落ちぶれ果てたモンドには見向きもされていないというのが現状だろうけども……。
だが、解せないのは彼らの子供がこれほどモンドに敵意をむき出しにする意味だ。
『ふーむ。……こうは考えられんか?───勇者どもは、お主ならいくらでも痛めつけていいと考えておる、と』
……ッ!
「───ありうるな。子供たちに人を踏みつけにする経験を積ませるなら、まずは俺から、か」
なるほど。
(十年越しの嫌がらせか……。魔眼を奪って武器も何もかもを奪ってまだ足りないらしいな……)
ズキリとないはずの目が痛む……。
───最後はモンドの復讐心と尊厳すら奪うつもりなのだ。
ふくくくく……。
「十年間這いずり回っていたのを高みの見物し、ほどよく落ちぶれて俺がガキどもの練習台にちょうどいいってか?」
くくくく…………。
くははははははははは!
「まったくザラディンの想像どおりだよ。きっと間違っちゃいない」
『───で、どうする?……大人しく違約金を払って一度間をとるか? 連中、汚い手を使っちゃいるが、表向きは合法的にやりたいようじゃしの』
あぁそうだろうさ。
違約金が払えずモンドが泣きつくのを待っているのだ。
ここで違約金の銀貨10枚を収めてやれば、連中もしばらくは手を出せないだろう。
だけど───。
「いや、やめだ」
『ほほぅ?!……その心は?』
…………決まってるじゃねーか。
「やってやろうじゃねーか!! 奴らの口車にのって……こっちが正面からボコボコにしてやるぜ!」
『カッカッカ! その意気よ! お主ならそういうと思っておったぞ、それでこそアタシの恩人、アタシのパートナーじゃ』
「パートナーではない」
ピシャリ。
『んぐ?! か、頑なじゃのー。まぁええわ。……で、そうとなったらやることは決まってきたのぉ?』
は?
「や、やること……? なんかあったっけ?」
首をかしげるモンドに、ザラディンがふふんと小さな胸を張る。
『───決まっとるじゃろ。修行じゃ、修・行!』
しゅ……。
「修行ぉぉお?!」
#8 ギルド戦
わーわーわー!
ギルド地下に設けられた修練場。
本来の用途は冒険者たちが自らの腕を磨くため、ギルドの教官に師事したり、仲間同士の連携を確かめ合う場所として使う場所だ。
だが、今日は違う。
今日はギルド昇級試験の会場として活用されていた。
中央の闘技場をグルっと囲む壁とその上部に設けられた観客席───。
それは、
まるでコロセウムの用な様相を呈していた。
「へへ、どうだモンド。懐かしいだろ?」
ギルドマスターが腕を組んでモンドの横に立つ。
一方のモンドは、格子扉の奥に控えて、鉄枠の向こうの修練場をじっと見ていた。
「ん? なんだ、クソマスターか? 何の用だよ」
「へ。口の減らねぇ野郎だ。だが、今回の判断は正しかったな」
……判断?
「なんのことだよ」
「とぼけるなよ。違約金が払えないって泣きついてきたことさ」
あー……。
「泣きつくも何も、ありゃイチャモンもいいとこだよ。だれが払うかっつーの」
代わりに提案されたボランティア活動。
ギルド昇級試験の雑用だ。もちろん、オマケ要素として昇級試験に参加もできる。
「へっ。ベソかいてたくせによ……! だが、さすがは元A級だな、雑用もそつなくこなすし、なんだかんだで筆記試験も突破したな、モンド───やるじゃねぇか」
「そりゃどーも」
モンドは体に着いた土埃を払う。
額には汗でびっしょりのタオルもある。
今の今まで雑用に使われていたのだ。
筆記試験の答案回収に、試験場の設営と撤収。
オマケにこの昇級試験最後のバトルロワイヤルの会場の構成だ。普段は修練場として使われているだけに、このバトルロワイヤル方式に構成しなおすのも一苦労なのだ。
「だが、助かったぜー。毎度毎度この会場を作るのも一苦労でよ。お前もよかったなー、久しぶりに中級冒険者に戻れるんじゃないのか?」
「ケッ。試験前にこき使いやがって───……」
受からせる気など微塵もないのだろう。
彼らの予定通り、試験を順調に進んでいるアルスとぶつける気なのだ。
そして、鉄格子を挟んで向かい側の控室にいるのは、予想通りにアルスだ。相棒のメリッサの姿も見える。
「それが条件だったろうが? 試験が受けれるだけでも感謝しな───ところで、モンド」
……コイツは暇なのだろうか?
試験中なんて、ギルドマスターは大忙しな気もするが、どうもよくわからない。
「……なんだよ? もう、試験前だからどっか行ってくんねぇかな?」
「───あの美人はなんだ? どこで見つけた?」
美人?
「………………誰だっけ?」
「とぼけるな!! あのダークエルフだよ!! あんなかわいい子がお前のパートナーだなんて信じられんわ! 大方、田舎から来たおぼっこい女を騙くらかしたんだろうが……」
あーーーーーー……ザラディンのことか。
美人……美人……。
美人ねぇ……??
ギルドマスターは観客席でふんぞり返っているザラディンをニチャと濁った眼で見ている。
(お前は知らねぇだろうけど、アレ、骨だぞ??)
「……けけっ。お前の噂を聞いたら即見捨てるだろうさ」
「かもな……。どーでもいいよ」
ザラディンとかマジどうでもいい。
(あの暴力女め……!)
ふと目が合った時、ザラディンがニヤリと笑って見せた。
その視線が、ここ数日間叩きこまれた修行と称した暴力───……もとい戦闘訓練を思い出し思わず身震いするモンド。
「本性を知ったら、アンタも裸足で逃げるよ。…………もういいか? そろそろ始まるんだろ?」
「ちっ。張り合い野ねぇ野郎だ───昔のよしみで気を使ってやってるのによ。……あ、そうそう」
なんだよ。まだあるのか?
つーか、昔のよしみとかなんとか言ってるけど、今のテメェは権力に媚びを売る保身野郎にしかみえねぇよ!
「───お前の掛け率は最悪だぜぇ? くけけ、嫌われたもんだなーモンド」
「あーそぉ」
何を今さら。
チラリと控室の隅に掲げられたトトカルチョのオッズを見る。
公式賭博として、ギルド昇級試験は賭けが認められている。
娯楽の少ない街では、こうしたイベントごとは人が集まるのだ。
そして、勇者パーティたち、英雄都市の有力者がが後見する賭博。
ギルドという公式組織ゆえ、不正が発生しにくいと考えられているのか非常に人気が高い。
だからこそ、この観客形式な会場なわけだ。
オッズ表:
『アルス&メリッサ』 1.1
『モブでショウ』 3.6
『岩の城』 7.3
『ザコメンズ』 4.5
『デオチンメン』 1.8
『グレートデキン』 1.4
『斧之蟷螂』 9.2
・
・
・
・
・
『ザ・モンド』 102.5
「ぶふ……! ひゃ、百倍! 百倍だってよーモンドぉ!」
ゲラゲラと笑うギルドマスター。
そして、同じ控室にいた連中もゲラゲラと笑う。
「そりゃしょうがねぇよ! だって、ベテラン下級冒険者だぜぇ」
「ふへへへへ! 元A級で今はライセンス初脱寸前の雑魚だもんな!」
「こんな奴にかけるくらいならゴブリンにかけたほうがマシだぜぇ!」
ぎゃはははははははははははは!
笑い転げる参加者とギルドマスターたち。
モンドは肩をすくめるのみだ。
「よかったなあ~! お前が自分で駆けて勝てば億万長者だぞぉ! ぎゃははははははは!」
あーそうかい。
「あいにく手持ちがほとんどなかったんでね───」
そういってモンドは半券を見せる。
それはトトカルチョに参加した証明だ。
ギルドの窓口で自分に賭けたことの証明───……。
『ザ・モンドの勝ち抜けに銀貨3枚』
「───全財産をかけたよ」
「「「…………………」」」
それを見て聞いた、ギルドマスターと参加者はしんと静まり返り───。
「「「ぶははははははははははははははっは!」」」
大爆笑した。
「ひゃははは! け、傑作だぜ! こ、こいつ勝つ気でいやがるぞ?」
「ひひひひぃ! 相手が誰だと思ってるんだよ?! あの勇者の子供たちが参加してるんだぜえ?! お前との因縁を考えたら真っ先に消されるっつーの!」
「その前に俺たちがボコボコにしてやるぜぇ!」
と、オッズ1.4倍の『グレートデキン』の皆さん。
「ふん。別に自分に賭けるくらいいいだろうが、勝利条件───制限時間までの生存、もしくは半数以上の脱落……難しい話じゃねぇ」
そういってプイっとソッポを向いたモンド。
その様子にさらに大笑いする連中に半ばうんざりするモンド。
連中曰く、誰もモンドを放っておかないというのだ。嫌われ者で、殴りやすいモンドは真っ先に狙われるだろうと。
「ぐひひ! まずは俺らが相手してやるよ」
と、息まく『グレートデキン』さんたち、4人のパーティ。
「あーそー……お手柔らかに頼むぜ」
「ぐけけ! 時間いっぱいまで逃げ切るつもりなんだろうがよ? そうはいかねぇ、だいたいソロパーティは狙われやすいってのを知らねぇのか?」
知ってるっつの!
制限時間の一時間までに半数のパーティが減っていなければ試験は継続される。
また、制限時間中であれば何パーティが脱落しても基本終了はしない。
制限時間内に強制終了するとすれば、1個パーティのみが生存するか、全滅したときのみだ。
「戦闘不能とみなされるまでボコっていいんだぜぇ? げへへへへ」
「おうよ、望むところさ……」
望むところよ───……アルス、そして、『岩の城』どもめ!!
そうして、控室の中でバチバチと火花を散らしつつ、モンドはといえば向かいの控室で余裕をこいているアルスをキツク睨む。
(……よくも、恩も恨みもない俺に色々してくれやがったな───くそ勇者のガキめ)
その余裕面───……グッチャグチャにしてやるぜ!!
プァッァアアアアン♪
その瞬間、ラッパがひときわ高く鳴り響き、
控室の格子扉が開いていく!
刹那、多数のパーティが脱兎のごとく会場に躍り出てそれぞれ思い思いの場所に布陣していくのだ。
「へへ! 戦闘開始となったら覚悟しなモンドぉ!」
『グレートデキン』のみなさんも、会場に躍り出ると、壁を背にして布陣する。
バトルロワイヤル方式の試合では陣地を構えることも重要なのだ。
そうして、すぐに戦闘開始となる───。
一回目のラッパで戦闘準備。
そして、二回目のラッパで───……。
プァァァッァアアアアン♪
「戦闘開始ぃぃいい!!」
いつの間にか、修練場がよく見える監督席にギルドマスターが陣取り、大声で戦闘開始を告げていた。
「「「「「「「うぉぉぉおおおおおおおお!!」」」」」」」」
昇級試験参加者20組。
その全員が一斉に動き出すッッ!!
昇級を賭け、相手を脱落させんとして──────……!
※ ※ ※
「へへ! まずはモンド、お前だぁぁぁああ!」
宣言どおりモンドに突っかかってきた『デレートデキン』たち4人パーティ。
剣士2名、モンク1名、魔術師1名の平凡なパーティだ。
対するモンドは1名。
当然のごとく剣士───。
ヒュンヒュン!! と風を切って降り注ぐ前衛剣士2名のコンビネーションアタックを体を捻って躱すモンド。
しかし、それで終わらずさらに追撃を繰り出す2名の剣士。
「へへ! よくかわすじゃねーか! だが、一人でどこまでやれるかなー?!」
「こっちは4人! お前はもうおわりだぁぁあ!」
なるほど……。
たしかにオッズ1.4倍なだけあってかなりの実力者だ───……D級の昇任試験にしては、だが。
剣士2名の矢継ぎ早の攻撃で相手を封殺し、稀にできる隙も、モンクの一名が補う。
そして、近接戦闘を支えるのは魔術師の補助魔法と、彼の周辺警戒。
きっちりと役割分担されていいパーティだ。
「ち」
カンッ! と乾いた音を立てて木剣が2名の剣士の攻撃をさばいていく。
ちなみに『ゲレートデキン』たちも同じ装備。
木剣と、素手と、簡素な魔法杖で、全てが練習用のそれだとわかる。
これこそ昇級試験の特徴だ。
最初30分間は装備による差が出ないようにするため練習用の武器で交戦するようになっている。
途中後半の30分からは指定されたアイテムボックスから自らの装備を使用することができるが、このことにより、装備だけで勝ち抜けない仕様になっているのだ。
ギルドもちゃんとした腕前を持った人間を昇級させたいという証左だろう。
つまり、モンドが今『グレートデキン』たちと拮抗しているのは純然たる彼の腕前だ。
4対1を良く凌いでいる。
それを満足げに見下ろすザラディン。
彼女の眼下では壁際で戦うモンドが危なげなく戦闘を継続しているのを見下ろしていた。
『カッカッカ! 修行の成果が出ておるな。それでよいそれで……』
ポリポリと物売りから買った豆を言ったものをかじるザラディン。
「??」
彼女の前の座席に人間はなぜか豆が殺気からポロポロと落ちているのが気になっていたが、後ろを向けばザラディンがニコリとほほ笑みかけるものだから顔を赤くしてまた正面に向き直る。
……もちろん、豆はザラディンの身体の隙間から落ちてるのだけどね───。
だって、骨だもん。
『さーて、モンド。今は互角の戦いをしておるが、そろそろ形勢が変わるぞ? 心しておけよ……』
聞こえるはずもないが、ザラディンは届いていると確信するかのように呟く。
そして、そんな呑気に観戦されているとはつゆ知らずモンドは防戦一方であった。
「おらおら! どうしたどうしたぁ! はっはー!」
「ちぃ! いい加減くたばれ!」
一気に勝負を決めんとして、剣士2名が猛攻を開始する。
コンビネーションを生かした間断ない斬撃と、
「奴は片目だ! 反対に回れ!」
「おおう!」
遊撃のモンク1名がモンドの死角に回り込み、近接攻撃をくりだしてきた。
(ち……!)
それを身体を捻って躱すと、そこに剣士2名が追撃をかける!
「よっしゃ! はまったぁぁ!」
「これできまりだ───」
勝ちを確信した『グレートデキン』!
一気に3人でモンドを強襲しようとして、ふと違和感に気付く。
にやっ……。
モンドが全く焦りもせずむしろ、笑っていたことに。
「ははは! お前ら一緒に控室にいて聞いてただろうが───」
モンドの場違いに冷静な声に、魔術師が声を被せる!
「な?! お、おぃ!! てめぇらぁぁああ!」
焦りの声を上げる魔術師に残りのメンバーが気づくも時遅し。
「「「どりゃぁぁぁあああ!」」」
一斉に突撃してきた他の受験者によって『グレートデキン』の連中がもみくちゃにされる。
「うげ! いだっ!」
「な?! こ、これはモンドは俺たちの獲物───」
「「やかましい! そいつは俺らが仕留めるんだ!」」
「「構うこたぁねぇ1 まとめてぶっ潰せぇ!」」
多数のパーティがモンドと『グレートデキン』の戦闘場面に乱入する。
それは、
「はは! お前らも言っただろうが!───嫌われ者で、殴りやすいモンドは真っ先に狙われるだろう……ってな!」
う、
「うぎゃあああああ!」
「ひぎぇぇええええ!」
モンドを仕留めようと乱入してきた他のパーティによって『グレートデキン』の面々が瞬く間に制圧されていく。
だが、オッズ1.4倍の『グレートデキン』もそう簡単にやられはしない。
「くっそ! ざけんなよ! 人の獲物を横取りしてタダで住むと思ってんのか!」
「おうよ! 舐めんなこらぁぁああ!」
そして、反撃に移る剣士二人。
奴らは善戦し、突入してきた下位のパーティと互角以上の戦いを繰り広げた。
だが、それこそモンドの狙い───そして、
『カッカッカ!』
モグモグ。
ポリポリ。
『……敵の敵は敵よ。敵しかいないなら敵同士で潰しあいをさせるがいいさ───幸いうちのモンドはね、』
観客席で足を組み替えながらザラディンは余裕で試合を見ろしている。
『敵しかいないよ───』
ニィィイ……!
だからモンドは油断しない。
周りが全部敵なら初めから期待しないし、下手に共闘相手がいるかもしれないなどと期待もしない。
その代わり、自分を餌に敵をおびき寄せることはできる。
とくに、モンドを仕留めたいと明確に狙っている奴がいるならなおさら御しやすい───……。
『上手く立ち回りな、モンド!』
そうして、再び観戦モードになるザラディン。
ちなみに、彼女の足元は豆だらけだ……。
「ぎゃあああああ!」
と、会場で悲鳴が上がりどこかのパーティで脱落者が出たようだ。
なかなか『グレートデキン』は善戦している。
「へへ、やられると思って焦ったんだろ? ガキ」
「く……!」
喧騒から抜け出したモンドは、木剣を手にアルスの前に立つ。
アルスは無傷で目の前に立ったモンドに驚きが隠せないようだ。
「よ、よく切り抜けましたね?」
「はぁ~ん? お前さんのおかげでね……。何パーティを雇ったんだ?」
試験中にモンドを仕留めるため、アルスがいくつかのパーティを雇ったのは明白だ。
少なくとも2個以上。『グレートデキン』は違うにしても、『岩の城』は間違いなくアルスの手下だし、乱戦に加わっている連中もきっとそうなのだろう。
「ふ、ふん。なんのことかわかりませんね。……モンドさんが嫌われているだけでは?」
「それは否定しねぇよ? ま、策士───策に溺れたってところか?」
チョイチョイと手で挑発。
かかってこい───と。
「そんな安い挑発になると思ったんですか?──────雇ったパーティの数ですって? くくく」
パチン! と、アルスが指をはじく。
すると、
「───ほぼ全部に決まってるでしょうが!」
ザザザザザザ!! と、モンドを取り囲む受験生たち。
どう見ても、バトルロワイヤルで戦う敵同士には見えない。
「くくく。どうです? これでもまだ余裕をみせれますか、モンドさん」
ひーふーみー……。
「へ。どいつもこいつも腐ってやがるな。どーりで受験生が多いと思ったら全部手下だったのかよ」
アルスの雇った連中は昇級よりも報酬を選んでアルスの協力をしているのだろう。
お金以上に勇者の子供というバリューもあるのだろうが。
「筆記で落ちた5組を除けば全部で16パーティがモンドさんの敵ですよ!」
16パーティって、半分以上かよ。どんだけ腐ってやがるんだ。
むしろ、誘いを受けていない『グレートデキン』のほうがまともということか。
(つーか、筆記試験で落ちた連中まで雇ってたのかよ。ぶふっ)
「な、なにがおかしいんですか?! こ、この数に勝てますかー……降参して土下座するなら今のうちですよ!」
はぁ?
土下座?
「……それをするのはお前さ! 卑怯なことばっかしやがってよー」
ス───……。
木剣を軽く持ち上げると、アルスを……いや、その後ろにいる観客の一人を指した。
「……親父とそっくりだぜ、お前は」
「な、なにぃ?!」
その言葉を聞いたアルスがピキッと顔を引きつらせる。
「ぱ、パパを馬鹿にするなんて……。ゆ、許せない!」
「……こっちのセリフだよ」
───なぁ、カイル……。
木剣の先、フードを目深にかぶった人物が一瞬ニヤリと顔を歪めた。
「ど、どこを見て──────ハッ?」
アルスはモンドの視線に気づいて、背後を振り返るが、そこには誰も見えない。
同時に視線が逸れたモンド、アルスともにその人物を見失った。
だが、確かに───。
「どうした? 父ちゃんが恋しくなったか?」
すでにカイルの姿はどこにも見えないが、やはりいたという気分だ。
「な?! ば、バカにするな! いいでしょう! 僕の実力を見せてやりますよ───!」
バッ! と、マントを翻すと木剣を引き抜き、モンドに切っ先を向ける。
「全員! 突撃ッ! あの無礼な冒険者を───……いいえ、モンドをぶち殺してください!」
「「「「おおう!!」」」」
ずるっ!
思わずズッコケそうになるモンド。
「……結局、そいつらを使うんかい!」
「う、うるさい! 人の力を借りることができるのも実力の内だってパパが───」
あーはいはい。
「……いいぜ、かかってきなっ! まとめて相手してやらぁぁあ!」
うぉぉぉおおおお!! と一斉に突撃を仕掛けてきた受験生たち!
だがモンドも負けじと咆哮する!
「どぉりゃあぁぁああああああああああああ!!」
そして、猛攻猛攻猛攻ッッ!!
一斉に降り注ぐ木剣と、木槍、斧などをモンドは躱しつつ、敵の攻撃を誘発する。
特に遠距離攻撃の弓矢と魔法だ。
それらが一斉にモンドに指向したかと思えばドーーーーーーン!! と人と、魔法と武器がぶつかり合う音がする。
モクモクと土煙が立ち込め周囲が見渡せなくなる。
そして、
「げほげほ! ど、どこ向けて売ってやがる!」
「いでぇぇ! お、俺はモンドじゃねぇぞ!」
「くっそー! てめぇ、よくもやりやがったなー!」
土煙が晴れた後には、包囲のど真ん中で殴り合うっている受験生たち。
誤射も多数発生したらしく魔法と矢によって昏倒するものもいる。
「な、なにをやっているんですか!? も、モンドはそこに───」
「ばーか。にわかに雇った連中が連携攻撃なんかできるかよ。お前には指揮能力もないし、なおさらだな」
なまじモンドを包囲していたものだから、遠距離攻撃が外れれば当然対角線上にいるものに命中する。
近接攻撃だってそうだ。
モンドが動かない案山子ならともかく、動いて逃げて飛びは萎える人間が相手だ。
しかも、攻撃してくるのが分かっているなら躱して当然───……結果。この大量同士討ちというわけだ。
もちろん、モンドは地面に伏せて攻撃を躱している。
それを見ていたザラディンは、
『カーーーッカッカッカ! 人間は昔から変わらんわい。各国の足並みがそろわないのと同じで、にわかに人を集めてもまともに動けるものかさね』
ポーリポリポリ。
「あの、なんか豆がいっぱい……あ、なんでもないです」
『ん~?? まぁええわ。モンドよ、残り少々───……やっちまいな!』
と、
それが聞こえていたかのように、一度観客席の方を見上げたモンドは、ニヤリと笑いかえす。
「さーて、仕上げだ」
「ちょ、ま───……」「いてて、ま、まて!」「た、タンマ!」
はー?
16パーティが一斉に突撃したものだから無茶苦茶だ。
無傷の者もいるが、リーダーらしいリーダーもいない状態そのうえ、怪我を負っていないものは後方にいたものが大半で、そいつらときたら自分がぶっ放した遠距離攻撃が味方に命中してしまったことで及び腰。
「な、なにをしてるんですか! はやく、モンドを───」
バキィ!! ごんッ!
「あだぁ!」「ちょ、や、やめ!」
「やめるか、バーーーーーーーカ」
モンドは容赦しない。
まずは負傷している連中を容赦なくぶっ叩いていく。
絡み合って身動きが取れないものだからいくらでも叩き放題だ。
「あーーっはっはっはっはっはっは! おらおらおらー!」
バシバシバシ!!
「いだいだ!」「やめ、降参、降参します!」
そして次々に仕留めていくと、降参降参の声がどんどん広がっていく。
ザラディン風に言えば『敵の士気の低下は伝播する。一度勢いがつけば優秀な指揮官がいないと止められんよ』ってなところだろうか?
そして、ザラディンから師事された通り、ドンドン降参し、退場していく冒険者たち。
連中を場外へ引っ張り出すギルド職員は大忙しだ。
「な、ななななな。何をしているんですか! 一体いくら払ったと……」
「アルス!」
冒険者を口汚くののしっていたアルスであったがメリッサに背中を押されてゴロゴロと転がる。
「いたたた……メリッサいきなり何を───……う!」
ドカァン!!
「ち……躱すんじゃねーよ」
いつのまにかモンドがユラリと立ち塞がる。
「ひ! う、嘘だ! い、いいいいつのまに!」
延々と降参していく冒険者パーティ。
というか、ほぼ全滅だ。
「な、なななな、なぁああ! 嘘だ!」
「嘘なもんかよ。パーティのリーダーをブチの目射あとは自動で降参コースさ。D級の試験を受けにきて、お前に雇われてるような奴らに大けがするまで戦うようなガッツがあるわけねーだろ」
もし、そこまで戦うとしたら、最初にぶつかった『グレートデキン』みたいなある意味ストイックな連中くらいなもの。
だが、哀れにも『グレートデキン』はすでに脱落していた。……善戦はしていたみたいだけどね。
「ま、まだだ! まだぁあ!! 来いよぉぉおお」
ち……。
「いい加減自分でかかってきな。それとも、パパからもらった装備がないと戦えないか?」
木剣だけを持つアルスはへっぴり腰だ。
ダンジョンで見た豪華装備がないせいか、とてもD級には見えない。
やはり、ド新人という初見は間違っていなかったらしい。
そこに、
「よぉ、モンドぉ」
「あん? テメェは……元リーダーじゃねぇか」
ズンズンズンと、意気揚々と現れたのは『岩の城』の連中だ。
どうやら『グレートデキン』に止めを刺していたのはこいつららしい。
「ち、大人しく冒険者認識票をはく奪されてりゃこんなとこでボコボコにされることも──────ボコォン?!」
ゴキンッ! と、モンドが思いっきり木剣を振りかぶり、リーダーの脳天を打擲する。
「……何をくっちゃべってんだ? アホかお前は?」
「んなぁ?!」「ひ、ひどい……」「モンドてめぇ! リーダーになんてこをぉおおおん!?───アベシ!」
そして、皆まで言わせず、すかさず二人目をぶっ飛ばす。
残り、2人。
「だから、何をベラベラ喋ってんだ? ここは修練の場じゃねーぞ? 敵味方もねぇ昇級試験の場だろうが?」
「ぬぐ! 人が話してる最中に!」「そうよそうよ! ひきょ─────キョン!?」
今度は後続の女をぶちのめす。
何言っていたが知らん。
聞いてやる義理がどこにある?
「お、おおおお、おまえ?! な、なんでそんな攻撃がバンバン当たるんだ──────ばひゅ?!」
そして、最後の一人の顔面に木剣をフルスイングで叩きこんでやる。
「あべぁ……」とかいいつつ鼻血を拭いてぶっ倒れたソイツを蹴り転がし、木剣を肩でトントンとして、アルスに向き合う。
会場には遠くで戦闘を繰り広げている数パーティを除いて残すところアルスとメリッサのみ。
「───……練習したに決まってんだろ」
そう。モンドはこの4日間、ザラディンにみっちりしごかれていた。
先々代魔王───……勇者を打倒したこともあると豪語する最強の魔王像の一人に、マンツーマンでだ!
「れ、れれれれ、練習?! そんな……『岩の城』も報告じゃ……」
「剣の命中率が悪いっていうんだろ? その通りさ───間違ってないぜ?」
モンドは『岩の城』が持っていた木剣をポイっと空に投げると、カィィィイン! と弾く。
それは見事に剣の真芯を捉えており、ヒュンヒュンと空に舞い上がっていく───。
「……誰かさんのパパに、魔眼と愛刀を取られてな。それ以来、必死で魔眼の動きをトレースしてたんだがよ。どうもそれがアメだったらしい」
まずはそれから直せと、ザラディンにみっちりと指導を受けたモンド。
思い出される4日間の地獄トレーニング……。
とにかく実践とイメージで、癖を抜けと言われて放り込まれたのが旧魔王城の地下区画で、『魔眼に頼り切りすぎるんじゃないよ! ほれ! ダークファントムがゴーストと違い、核がある! それを打ち抜くんじゃんぁっぁ!!』とかなんとか無茶振りされて、ダークファントムと激戦を繰り広げたり。
寝る時間以外は、隻眼での距離感を掴むべく、東洋の食器「箸」で豆を掴めと言われてひたすら基礎のそれをやらされたのだ。
もっとも、基礎はもっと月単位でやるものらしく、あくまでも『付け焼き刃』とのことだが。
それでも、なんとなくではあるが隻眼での戦い方がわかってきた。
まだ、距離感がつかみづらくはあるが一番大事なことがあった───。
ザラディンが言ったのだ───『お主の強い。魔眼などなくとも十分に強い。……じゃから、もう自分の戦い方を狭めるな』……と。
その言葉にどれほど衝撃を受けたことか。
「───う、うそだ……。あ、アナタは雑魚でカスでゴミくずだって聞きましたよ! 生きている価値もないって!」
「……否定はしない。だが、その言葉───」
スッ……と、モンドは木剣を構えてアルスを打ち据えようとする。
念のため目線の橋で、あの時見ていたフードの男……カインを探すも気配も見えない。
(まぁ、いいか。コイツにはコイツで貸しがあるから、なッ!)
「ひ! ぼ、僕に傷ひとつ付けたらパパがぁぁあ───」
け。
「───最後まで聞けよ、ガキ。雑魚でカスでゴミくずって……その言葉はよぉ……」
すぅぅ……。
ブンッ!
「テメェも同じだろうがよぉぉおお! 親子ともども、カインんんんんんん!!」
雑魚でカスでゴミくずといったのは間違いなくカインだろう。
その確信とともに、木剣を振り下ろすモンド──────。
おらぁっぁああああああああああ!!
プァァァアアアアアアアン♪
その時、ラッパが鳴り響き、
一瞬モンドの意識がそがれる。それを好機とみて、棒立ちになっていたメリッサがアルスを引っ張ると、かろうじてモンドの剣が逸れる!
バカァッァァアァン!! と渾身の一撃が木剣と床を砕き、アルスがその衝撃に失禁する。
「ひ、ひ、ひぃぃ……こ、殺す気か、おっさぁっぁあああん!!」
「うるせぇ、峰打ちだっつの」
まぁ、
「ぼ、ぼぼぼ、木剣に峰も何もねぇだろうが、この野郎───!!」
ビショビショのズボンで立ち上がったアルスはへっぴり腰で逃げていく。
逃げて、逃げて───……。
ん?
「へ、へへっへ。雑魚の冒険者どももちっとは役に立ったよ」
そういってアルスは震える手で後ろ手にアイテムボックスにもたれ掛かると、
「じ、時間稼ぎは十分で来たからなぁぁあ!」
バカァ!! と開けると、中から装備を取り出した。
(ち……! さっきのラッパは後半戦の合図か!!)
見れば遠くで戦っている別のパーティも相手を牽制しつつ、アイテムボックスを取りに行こうとしている。
中には自分たちが普段使っている装備などが収められていて、ここからが本番戦をていする……。
「ふ、ふひひひ! これさえあればぁぁあ!」
ガチャガチャと取り出した装備の内、手早く武器を取りだすアルス。
だが、
「そうはさせるかぁぁぁああ!」
モンドも一気呵成に踏み込み、アルスを仕留めようとするが、
ガキィィイン!……と、折れた木剣を軽く防がれてしまう。
しかも───……。
「て、てめぇ……それは、」
モンドの目に飛び込んできたその剣……いや、刀は。
「へ、へへへへ。ぱ、パパに借りたんだ、今日のために、ね」
ヒィィン……と、光をはじいた曲刀。
美しい波紋と漆黒の刀身。
石の油がとれる地で作られた数多の血を吸ったと言われる銘刀で、かつてモンドが使っていた───……。
「……お、俺の剣じゃねーーーーーーかぁっぁあああああ!!」
ブンッ!! パキィィイイン!!
起き上がりざまに振りぬかれて、モンドの木剣が簡単に砕け散る。
「へへへへ。アナタの剣ですって……? 違いますよ、パパが若いころ愛用してたって聞いてます。なぜか知らないけど、今日の試合のため一応持って行けって言われて持ってきましたけど、当たりだったようですね」
アルスはニチャアと笑いながら立つを肩に黒刀を担ぐ……。
「さ、さぁ……本番開始ですよ、モンドさん」
そして、ギルド昇級試験後半が始まる。
#9 ラストバトル
「───さぁ、本番開始ですよ、モンドさん!」
ビショビショのズボンで格好つけるアルス。
その様子を見て激高しかけていたモンドの感情の高ぶりがスーっと収まっていく。
「くく。なるほどな。……カインらしいぜ」
「……な、なにを! パパを気安く呼ばないでください!」
そういって虚勢を張るが、モンドは全く動じない。
それどころか滑稽ですらあった。
「豪華な得物をもってもう勝った気か?……アホらしい、そっちができることをなんでこっちもできないと思ってんだ?」
そういうとモンドはクルリと踵を返すと、自陣のアイテムボックスに向かう。
背を向けて堂々と、
「く!……そんな無防備で、な、舐めるなぁっぁああ!」
タタタタタタ! と、アルスの賭ける足音を背中越しに危機ながらモンドはヒョイっと躱して足を駆ける。
「死──────あぎゃ!」
そしてみっともなくすっ転ぶアルス。
「ち……! マジックアイテムてんこ盛りか、やっぱそう来るわな」
派手に点灯したというのに、ノーダメージな様子のアルス。
恥ずかしさに突っ伏しているようだが、目を凝らせば彼の身体をうっすら覆う透明な幕が見える。
たぶん、アクセサリー型の防御アイテムを装備しているのだろう。
過保護なパパんとやらの仕業に違いない。
普通ならこの防御は突破できないだろう。
木剣はもとより、D級の装備では傷ひとつ付けることができない。
つまり、本来なら後半戦に入りアイテムを入手すれば自動的にアルスの勝ちなのだ。
本来ならね……。
「うぐぐぐ……。この雑魚カスがぁぁ」
「それにいいようにやられてるお前は何なんだよ?───ほら、後半戦開始なんだろ?……来いよ」
モンドは気負うことなくアイテムボックスを開けると、自分の装備のうち『妖刀村正』と『アタックシールド』そして、『魔導ゴーグル』だけを手にした。さすがに鎧を着こむ時間はない。
「な、なんですかそれは! そ、そんな装備いつの間に?!」
どうやら、モンドの持つ武器が予想と違ったことに驚いている様子だ。
アルスが持つ古い情報なら、モンドはチンピラに装備を奪われこん棒程度しかないことになっているのだろう。
「ぐちゃぐちゃ言ってねぇでかかって来いよ」
「ぐ……。そんな装備、み、見掛け倒しだ」
ふ……。
「そう思うならかかって来いよ───」
モンド余裕の表情に、逆にアルスの余裕には少し陰りが出てくる。
「あ、アルス! だ、大丈夫よ! 私たちならでき───」
「うるさい! 戦えない癖にしゃしゃり出てくるな!」
メリッサが励まそうとしているがそれを受け取る余裕はアルスにはないらしい。
ダラダラと汗を流しているのは、妖刀村正の禍々しいオーラに気付いたのだろうか?
「どうした?……こないなら、」
「ひ!」
慌てて両手を黒刀を構えるアルス。
「───その剣はそんなふうに構えるんじゃねーーーーよ!」
ダッ!!
モンドの鋭い踏み込み!
これまでなら隻眼での立ち振る舞いに慣れておらず戦闘中い転倒していただろう。
だが、今のモンドはもはや以前のように魔眼に恋い焦がれたいた時とは違う!
「刀ってのはこうやって振るんだよぉぉぉおおお!」
モンドは鋭い踏み込みで腰だめにしていた村正をインパクトの直前に振りぬく!
その瞬間、僅かに手ごたえのようなものを感じたが、それ以外はまるで空ぶったような感触……。
ポトリと、モンドの背後に何かが落ち、カラーンと、黒刀が地面に落ちた。
そして、
ぎ……。
ぎ───。
「ぎぃやぁぁぁあああああああ!! 指がぁぁぁあああ!」
ブシュウ!! と、鮮血が舞い散る。
「ひ、ひぃ! あ、あああ、アルスぅうぅ!」
慌ててメリッサが回復魔法をかけて欠損した指をつないで見せる。
さすがに聖女の子供だけあって内包している魔力は相当なものだ。
見る見るうちに傷がふさがっていくが、それで即再戦とはならないだろう。
「ひ、ひぃぃいい! 痛い、痛いよぉぉお!」
「だ、大丈夫! 大丈夫だからアルス! 傷はもう───」
ドン!
「いてぇんだよぉおお! さっさと、エリクサーよこせっぇぇえ!」
そういうとアルスは、メリッサの懐から高価な薬を奪い取る。
「きゃあ! ちょっと、それはダメ! 一本しかないのに!」
「うるせぇぇ!」
ゴクリゴクリとエリクサーを飲み干すと、ようやく落ちつたらしいアルス。
「おいおい……。回復してもらっておいてなんて恩知らずな奴なんだ? しかも、意味もなく回復薬まで飲みやがって……」
「や、やかましい! これはルール違反だ! う、うううう、訴えてやる!」
「はぁ?……ルールって、命を奪うなってやつか?───指一本くらいでギャーギャーいうなよ」
ギルドには優秀な回復魔法の使い手も待機している。
よほど狙ってやらない限り命を落とす子もないし、傷だって治してもらえる。
「う、うるさい! 僕がルール違反だと言ったらルール違反なんだ!!」
「ガキかよ。って、ガキか」
モンドは相手にするのもバカバカしかったが、この様子だと絶対負けることはないなと確信し、ケリをつけることにした。
「ったく、他人の痛みも知らねぇ奴が勇者だの英雄って言われてるんだからよー……呆れるぜ」
モンドは普段閉じている片目を開けた。
「ひ……な、なんだそれ?! ば、化け物!! 化け物ぉぉおお!」
「ふん、酷い言われようだな……。こうしてくれたのは誰だと思う?」
そっと、開いた眼窩を振れるモンド。
アルスにこの罪があるわけではないが、事情も知らずに一方的に敵意を向けられるのも癪だ。
ちゃんと知るべきことを知ってから、親父に泣きつかせたいところ。
「し、しるか! おい、マスター!! ギルドマスターぁぁああ! 化け物だ! コイツはルール違反だ、なんとかしろぉ!!」
アホか。
「叫んでも助けてくれる奴がいるうちはいいよな。……俺はよ、十年前、お前の親父に魔王城の奥で寝込みを襲われ、魔眼を抉り取られたんだよ、そして、愛用の武器もな」
くいっと顎でしゃくると、アルスがハッとして、黒刀をみる。
「嘘だ……」
「嘘なものか。……そいつの使を見な、俺の名が刻んであるはずさ、削れないように刀の真芯につけたからまだ読めるはずだ」
恐る恐る使を見てアルスは顔をこわばらせる。
「どうだい? 信じる気になったか? この目も……お前風に言うなら化け物にしてくれたのもお前の親父さ」
「う、嘘だ! 嘘だ! ぼ、僕は信じないぞ! パパがそんなことをするものか! マスターーー!」
頑なに信じないアルス。
それは別にどうでもよかった。本質的にカインもアルスも同じ人間だからだ。
他人を踏みつけにすることになんの両親の呵責も抱かない。
だから、昇級試験の場でも、外でもチンピラなどを雇ってモンドを害そうとする。……つまり端からわかりあうなど無理なのだ。
だが、それでも権力だけは本物で──。
「おい、モンドぉぉおぉお!」
ち……。
「なんだよ。まだ昇級試験の最中だろうが、あと15分あるぜ?」
「やかましい! さっきからルール違反ばかりしやがって───こっちにも考えがあるぞ?」
はぁ?
「殺人未遂! オマケに英雄たちへの侮辱! 昇級には人格も関係するのを忘れたのか馬鹿め!」
バカはお前だ。
勇者カインの手下になり下がりやがって。
アルスはといえば、ギルドマスターが止めに入ったことでようやく余裕を取り戻し、気持ち悪い笑顔を浮かべてやがる。
「ぐ、ぐひひ! ルール違反したんだからなぁ、お前は失格だ! バーカ!」
「あ、いえ……その。それは、その……」
さすがにこれだけ衆人環視の前で、殺人未遂で失格はちょっとまずいのだろう。
指を切ったとはいえモンドに殺意があったかどうかなど証明しようがないのだ。
「な、なんだよ! 僕を誰だと思ってる!!」
「あ、あぐ……。で、ですので───」
ギルドマスターは高らかに告げる。
「後半戦は既に開始されている! つまり、持ち込んだ武器の使用は可能……! それはもちろん、名声などにも作用するものとするッッッッッ!」
と─────。
それが何を意味するか分からなかった観客は一瞬シンと静まり返る。
しかし、次に瞬間その意味を理解したアルスが叫んだ。
「そ、そうか! つまり、こういうことか!」
ニヤリと笑うと、ギルドマスターも大きく頷く。
「名声も武器! 財力も武器───……人も武器ということか!」
「は、はぁ?!」
意味が分からなかったのはモンドと観客ばかりであったが、
「これより! 僕アルスは宣言する! モンドを討ち取ったものには金貨200枚をくれてやる! 僕に味方せんとするものは、今からモンドを討てぇぇぇええええ!」
は、はぁっぁあああ?!?!
ざわざわ
ざわざわ
飛んでも発言が出たため、観客はしんと静まり返るも、ギルドマスターはそれを一切否定しなかった。
つまり、後半戦の武器使用オーケーというのは……名声、金を使って冒険者を武器として使ってもオーケーだということ?!
「んなアホな……」
しかし、そう思ったのはモンドばかりのようだ。
一泊置いたのち、……どぉぉぉおお! と会場が沸き返る。
「き、金貨200枚?!」「モンドをぶんなぐってもいいらしいぜぇぇ!」「ちょうどよかったぜぇ! アイツが勝てば掛け金はパーだからよ!」「いくぜぇ! モンドをぶち殺せぇぇぇえ!」
うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!
続々と会場の壁を乗り越え、試験場に踏み込む観客の冒険者たち。
その数……無数。
こりゃまずい……!
「ど、どうだ! こ、これが僕の力だ! 勇者の血だ───!」
「ちぃ! おい、マスター! いくらなんでも拡大解釈が過ぎるだろうが!!」
観客が武器でいいという無茶な理屈が通れば昇級試験もクソモない!
「へ! 知るかよ、機会は平等だぜ? お前も対抗すりゃいいのさ、名声と財力でよー! 一人くらい味方してくれるかもな、あの美人とかよー」
そういってゲラゲラと笑う。
『うむ。そうさせてもらおうか』
ヒュン! スタ──────……と、モンドたちの前に敢然と降り立ったダークエルフの美少女。
「な! ざ、ザラディン?!」
「おまえ!」「だ、だれ?」
ギルドマスターもアルスも驚いて目を剥く。
『ふふん、お主ら言うたんじゃろ?───名声、財力なども武器の内と、』
ならば───。
『アタシはモンドの名声とモンドに恩義に報いる「武器」よの───カーッカッカッカ!』
「お、おいザラディン?!」
そういってザラディンは、コキコキを首を鳴らすといった。
ここはアタシに任せろ、と。
「お主はケリをつけるんじゃな。そっちもそっちで大変そうじゃ」
「なに? 大変って……」
ビチャビチャ……。
「あ、アルス?!」
「う、うげえぇぇえ……」
地面に手を突き、ベタベタと胃の中身をぶち負けているアルス。
驚いたメリッサが背中をさすっているが、
「うがぁっぁああああ!」
と、引き離し血走った眼でモンドを見る。
「ぶ、ぶぶぶぶぶぶっ殺してやるぁっぁ!」
「な、何だコイツ?!」
モリモリと筋肉が盛り上がり、身体が肥大化したアルスが黒刀を拾い上げると猛然とモンドに突っかかってきた!
「ちぃ!」
『気をつけろモンド───……そいつはエリクサーなどではない! おそらくは違法強化薬じゃ! とっておき、最大ピンチの時に使うように言われていたのじゃろう』
なんだそら?!
『ようは、飲めば強くなくクスリー、じゃ!』
「解説どーも!」
ギャン!! と目の前数センチのところで火花が散る!
そして、衝撃だけでモンドが吹っ飛ばされる!
『きをつけよ! 違法薬ゆえ効果にはばらつきがあるが、おそらく通常よりも5倍以上の力を持っておるぞ!』
マジかよ?!
どんだけぶっ飛んだ性能なんだ!
「く!」
とんっ! と壁に着地するように足をつけ叩きつけられるのを未然に阻止。
『モンド! そのままでは勝てん、無理をせずにゴーグルを使え!』
「了解!」
モンドは距離が空いたことをチャンスとして、ゴーグルを装着する。
すると、
「そんなもので、勝てるかぁっぁああ!!」
ドガァァァァン! ドガァぁぁぁああン!!
『モンド! 覚悟を決めよ───生中な覚悟ではその状態のクソガキには勝てんぞ!』
「な、なに?! 覚悟?!」
モンドはゴーグルが補助する視界に身体がなじんでいくのを感じる。
すべての視界がクリアになり、死角を消していく
なによりも───。
「世界がリアルだぜぇぇえ!」
立体視を取り戻したモンドは、先ほどよりもよりキレのある動きでアルスに迫る。
「く! このぉ! なんで当たらない!!」
肥大した筋肉で握る黒刀がひどく不格好だ。
それでも、勢いと速度は先ほどとは段違い。
「そこだぁあ!」
モンドの冴えわたる剣技が、アルスの右手を切り落と───……してない?!
確かに切り落としたはずの手ごたえがあったが、次に瞬間切断面から肉がりあがりあっという間にくっつけてしまった。
「気持ち悪ッ!」
「だ、だまれぇぇ! 僕の力だぁぁ!」
その間にも何度も何度も切っては切りまくる。
急所を狙えないという制約があるせいで四肢の断裂にとどめようとするも、足も腕も肩ですら一瞬のうちにくっつける超人的な回復力。
案外本物のエリクサーなのか?!
「ちぃ!! コイツっ!」
『モンド───こっちは片が付く、あとはそっちだけだよ!』
は……?
かたがつくって……おまっ!
チラリと背後を振り返ればギルドマスターがパッカー! と口を開けてあんぐりと。
そして、ザラディンはといえば、あのとんでもソードを二刀流でブンブン振り回して、並居る冒険者やら乱入してきた観客をちぎっては投げちぎっては投げの無双状態。
ほとんどその場を動かずに、軽く跳躍と腰と腕の動きだけで剣を振るってなぎ倒している。
「ぎゃあああ!」「いでぇぇぇ!」「うでがぁぁぁああ!」
『カーーーカッカッカッカッカッカ!! それでも、魔王を滅ぼした人類かい!? もっと工夫しなッ!』
あーーーーーれーーーーーーーーーーーー!!
どかぁぁぁあああああん! と、観客席が崩れ、冒険者どもがまとめて吹っ飛ばされる。
それを見て、もはや戦意を喪失した冒険者の大半は「え? 俺関係ないっすよ?」みたいな顔で観客席に戻っていく。
『ん~……どうした? もう来んのか?───つまらんのー』
そういって余裕綽々で大剣をブンブンと空振り。
一方で、
「あ、あ、あ、あ……」
言葉を失っているギルドマスター。
そして、
『モンド、覚悟は決めたかい?』
覚悟……。
覚悟──────。
「僕が負けるはずがないんだぁぁぁあああ!!」
さらに狂暴化して黒刀を振るうアルスを見て、その戦闘力を削ぐにはどうしたらいいのかと、
(あ、そういうことか──────……)
ザラディンのいう覚悟。
それはモンドの執着の消失。
かつて勇者に奪われた装備───……魔眼と同じく体制つにしていた愛用の刀。
「わかってるよ…………。頼む、村正」
ヒィィィイン! と、妖刀が輝いたようにも見えた、そして、モンドは一度納刀すると、腰を落としてアルスを迎え撃つ。
魔導ゴーグルの視界。
そして、妖刀村正の切れ味──────……モンドの覚悟。
「死ねぇぇぇぇえええ、モンドぉぉぉぉおおおおおおお!!」
動きを止めたモンドにアルスの強襲!
すさまじい勢いで振りかぶられた黒刀……。
「……すまん、俺の愛刀───」
シャ──────……!
煌めく剣閃がモンドとアルスの間に走り。
アルスの手を切り落とし、指を何本か切り飛ばす。
しかし、瞬時にソレは回復され──────……。
パァァァァァアアン!!
「うわぁっぁああ! け、剣がぁぁぁああ!」
砕け散る黒刀。
モンドが取り戻したいと思っていた愛刀が粉々になった。
「そ、そんなぁっぁあああ! あああああ、メリッサ、新しい武器を! あ、」
『往生際はよくした方がいいぞ、クソガキ』
いつの間にか背後にわかりこんでいたザラディンがメリッサの首根っこを掴んでブランとぶら下げている。
プルプルと子猫のように震えるメリッサは完全に戦意を喪失していた。
そして、
「うげぇっぇえええ!!」
動きを止めたアルスが再び胃の中を吐き出す。
吐き戻す胃液と共にシュ~……と委縮していき、ついにはもとの身体に、
『ふむ……。質の悪い強化薬を使っていたようだね。もう、効果がなくなったみたいさね』
ゲホゲホっと、吐き戻していたアルスであるが、それでもまだ負けを認めようとはしなかった。
「うぐぐ……。ぼ、僕が負けるはずが……! モンドさんは、この負け犬なら何をしてもいいってパパが」
「……負け犬で悪かったな、性悪クソガキ」
ゴーグルを下げるといつもの視界に戻ったモンド。
ザラディンには普段から使うのは辞めろと言われていたので、魔導ゴーグルを使うのはとっておきの時だけだ。
「まだだ、まだだ! え、エリクサーさえ飲めば……」
どうやら、違法強化薬を本当にエリクサーだと思っているようだが、
『飲んだところで結果は変わらんよ。それにのー』
ザラディンがしゃがみ込みアルスに顔を近づける。
「な、なんだよ! 誰だよお前───」
ふぅ……と、優しく息を吐きかけるように顔を寄せると、
『そんな下法で強化して何の副作用もないわけなかろう』
チョンと、アルスの頭をつついた途端、
バサ……。
バサササ……!
「な、なにこれ? え? 毛? え、なにをしたんだよ?! これは──」
『お主の毛じゃよ。細胞を無理やり活性化させるのがさっきの薬じゃが、その対象として効果が切れた後は急速に老化する。ま、速い話が一時的に爺さんになる、毛が抜ける───……リウマチ、腰痛、冷え性じゃ、カーーッカッカッカ!』
えらくお年寄りに詳しいザラディン。
「は、はぁぁ?1 ぼ、僕の毛だって───そんな、ばかな!? おい、メリッサ!!」
フルフルと首を振るメリッサは、ポケットから折り畳みの鏡を出すとアルスに見せる。
すると、
「ひ、ひ、ひぃぃぃいいいいいいいいいい?!」
は、
「ハゲとるぅぅぅううううううううううう!!」
と、叫んだあと、目を回してぶっ倒れてしまった。
しかも老化現象で放尿……。
チーーーーーン♪
# 10
「しょ、昇級試験終了ーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
こうして、ギルドマスターの一言で昇級試験は終了した。
もちろん、生き残りは『ザ・モンド』ただ一つ。
かわいそうに、まじめに昇級試験に望んでいた別のパーティも観客の乱入で壊滅。
全員がリタイアしたそうだ。
しかし、騒ぎはこれで終わりではなかった。
昇級試験終了と同時になだれ込んできた騎士たちによってギルドマスターは連行されていった。
どうやら、無茶苦茶なルール追加や、アルスの不正を助長したことを咎められ、投獄されるらしい。
そして、メリッサに至っては違法薬を所持していたことを教会に見つかり、身柄を拘束。
今は教会本部の総本山に幽閉されているのだとか……。
おそらく聖女の尽力があれば早々に介抱されるが、いまのところ聖女に動きはないという。
そして、なによりアルスであるが、
急激な老化により、ギルドの医務室に絶対安静で拘禁されているそうだ。
それ以上のお咎めはないそうだが、あの様子だとしばらく立ち直れないだろう。
だが、公的にはアルスは違法薬の誤飲とギルドマスターの不正の犠牲者というやや強引な落としどころで、無罪放免となるらしい。
『───ってなところかのー』
「ところかのー! じゃねぇよ!!」
場所はギルドの酒場、その厨房である。
食材が山と積まれたところでモンドは延々と芋を向いていた。
ザラディンは、エプロンをつけてサッサカサーと箒掛け。
『なんじゃなんじゃ?! せっかく荒れからの噂を言入れてきてやったというのに』
「───やかましい! なんで俺が芋剥きせにゃならねぇんだ!!」
現在のモンドはC級冒険者……兼酒場のバイト、もとい雑用係である。
『そりゃー。しかたなかろう。不可抗力とはいえ、修練場をボロボロにしてしもうたからのー』
カッカッカと呵々大笑するザラディン。
っていうか、
「壊・し・た・の・は・お・ま・え・だ・ろ・う・が!!」
がーーーーーー!!
モンドは口から火を噴かんばかりに怒鳴る。
『なんじゃい、助けてやったんじゃからチャラじゃろ?』
「あほぉ! 限度があるわッ! えらい借金背負わされて……っていうか、なんでお前の借金を俺まで負担せにゃならんのよ?!」
『そりゃ、パートナーじゃしのー』
「パートナーではない!!」
ピシャリと言い切るも、世間はそうは思わない。
というか、ザラディンが謎の人物過ぎるのだ。
一応、田舎のエルフ里から出てきたお嬢さんという扱いだが……。
保護者も身元引受人もいないので、仲がよさそうなモンドに全部おっかぶさってきたというわけだ。
「あーーーーーーーもう! 一生芋剥きとかありえねぇぞ!! どーしてくれんだよ」
『いやぁ、メンゴメンゴ。ゆるしてちょ?』
無理してなじもうとしているザラディンが痛い。
「くそ……。昇級したのに、状況がさらに悪くなってやがる……」
『ま、まぁまぁ、そういうな。ほれ、アタシはお主にすべてくれてやるといったじゃろ?』
「あん? 旧魔王城の保管庫の品のことを言ってるなら無理だぞ。だいたい、装備だって差し押さえられた割に、性能がアレすぎて値が付かんとさ。だから芋剥きしてんだよ!!」
モンドの背負った借金はかなりのものだ。
もっとも、ギルドにも責任があるので、だいぶ減額されているがやり過ぎだったのも事実。
自分に賭けていた掛け金を返済に充てても全く足りずにこうして、バイトという名の奴隷労働を押し付けられているわけだ。
『チッチッチ! あまいぞ、モンドぉ。我が城にはまだまだ人間どもが知らん宝や仕掛けがい~~~ぱいあるんじゃ! どうじゃ? 今度の休みアタシと身に行かんかの~?』
「あぁん? 金目のものがあるならいくけどよぉ」
『もっちろんじゃ~?』
ぎゅ~っとくっつくザラディンにうんざりするモンド。
(なんか、やたらと懐れてるんですけど? なんなのコイツ?)
先々代魔王になつかれるC級冒険者モンド。
抱き着く姿は、まさに「当ててんのよ」だけどね。
「肋骨が当たっていたいんですけどぉ!」
ヒョイっとザラディンの首飾りを取り上げると、パッ! とスケルトンの姿に戻る。
……傍目からは美少女に抱き着かれているように見えても、中身はこれだからね!!
『きゃー! なにすんじゃ、やらしいのぉー』
「骨格標本みてもエロくもなんともないわぁっぁあ!」
中までじっくり見えるけどね。
骨をみて興奮する趣味はモンドにはない……。
「おらぁぁぁあああ! お前らいちゃついてないで、さっさと雑用終わらせろーーーー!1」
「『はいーーーーーーーーー!!』」
そうしてこうして、旧魔王城で放置されていたスケルトンを拾ったモンドは、
元A級からD級冒険者という、どん底人生から一歩前に進むことができたのだ。
…………できたよね??
※ ※ ※
その頃、モンドたちのいる酒場の厨房の真上。
温かく生活な医務室では、看護役の職員が驚愕に目を見開いていた。
絶対安静のはずのアルスが───……。
「き、消えた?!」
ベッドから抜け出し何処かえと姿をくらましていた。
……まぁ、いずこも何もおのずとわかる話ではあるのだが──────。
そう。
アルスはいた。
やや回復した身体で夜の街を走り、時折転びながらドロドロの姿でベソを掻きながら豪華絢爛な屋敷が立ち並ぶ区画に向かっていた。
そして、
「うわーーーーーーーーーーん! パパーーーーーーーーーーーーーーーーん!」
と、情けなくも泣き叫び、屋敷に飛び込んで親の元へ駈け込んでいたとかいなかったとか……。
もちろん、アルスの親といえばあいつだ。
十年目、モンドの魔眼を奪い、見殺しにしようとした勇者パーティのリーダー。
英雄───そして、勇者カインそのひとである。
「ほう………………。モンドめ、やるじゃないか」