一つのドアの前まで来れば壱都が中に声をかける。
通された部屋の中で時雨を待ち構えていたのは白髪と白い長い髭が特徴的な老人。白と紺の袴姿で杖をつけば、ゆったりとイスへ腰掛けていたが、白髪の多くなった眉を動かせば顔を上げた。
「父上、時雨さんをお連れしました」
「おお!君が、、!」
壱都の背後に隠れていた時雨が顔を覗かせれば、老人と目が合い、向こうはそんな様子に喜んでいた。立ち上がろうにも足が悪いせいか上手くいかず、すかさず壱都が体を支えて起き上がらせる。目の前にやってきた老人は腰を曲げながら目からは涙を流していた。
「やっと会えた…美椿の子が帰ってきた」
手を取り涙ぐむ様子に時雨はたじろぐ。
この人がお母さんの…
顔を上げれば向こうは笑っていた。
「父上、時雨さんが困っていますよ」
見かねた壱都が伝えれば体を解放される。
その後、席に通されれば向かい側に座った老人は隅々に至るまで時雨を観察しているように伺え、気まずくて視線を逸らそうにもやはりこの人は母の父親なのか?と思い顔をあげれば、また目があってしまうので余計に気まずくなる。
「すまないねぇ…壱都が君を蔑ろにしていたようで」
「え、」
「ここに来て部屋から出さないでいたようだ。そのせいで肩身が狭かっただろ」
「あ、いえ…あ、部屋から出してくれなかったのは事実ですが、、」
三日とはいえ、時雨が部屋から出れなかったのは噓ではない。
出れなかった期間中、残してきた隠世の皆のことが気になって居ても立っても居られなかった。
「酷い言われようだなぁ」
背後に控えた壱都は笑っていた。
ふと時雨と目が合えば申し訳なさそうにしている。
「まあ確かに…言い訳にはなりますが、時雨さんを半ば放置気味にはしていましたね。荒丸から定期的に報告は受けていましたが、なにぶん問題の後処理に追われていましたから。どうか許して下さい」
「ふむ…それで君は時雨といったね」
老人が話を振れば、時雨は「はい」と返事後、ピシッと固まってしまう。
「自己紹介が遅れたが、私は藤忠家。今は隠居したが、美椿の代に藤家当主を務めていた」
「久野時雨と申します」
久野、その言葉に忠家はピクリと眉を動かす。
「久野…か。そうか、、やはり美椿の子か。こうして会うのははじめましてだが、私は君の祖父にもあたる。今後は呼びやすい名で呼んでくれて構わない」
「…はい」
「それで時雨、君はこの家のことをどこまで知っている」
「お母さんの実家としか…ごめんなさい」
「いいんだ。無理もない。あの子はそういう子だ…ここでのことは話さないでいたのだろう」
そう言うと少し悲しい顔をする忠家。
時雨が不思議そうに見ていれば、忠家は棚に置かれた写真に目をやった。
「あの子がここを出て十年は経ったか。美椿は私の産んだ子の中で唯一の女児であったと同時に御神の血を濃く継承した。それ故に幼き頃から厳しい教育を強いられ、藤宮の宮で人目を避けて暮らしていた」
「あの…その藤宮というのは藤家とどんな違いがあるのでしょうか?」
藤宮という旧性を持つ母親。
だが壱都さん達の言う藤家とはどこか違っていて、ここに来てからずっと考えていた。
「藤宮というのは御神の子へ与えられた家紋なんです。国が公式に認めた藤家を定紋とするなら藤宮家は控え紋。特別な時や使い分けが必要な時に応じて藤家が隠したもう一つの呼び名です」
「では藤家でもあり、藤宮家でもあると?」
「まあ。ですがそこはちょっと特殊でね。藤宮家というのは本来、公に姿を見せることはできない…いや許されていない。こことは別の場所に控えているんだ」
え、ならここは藤宮家ではない?
藤宮家という別邸は他に存在するということ?
ますます不思議な家だ。
「時雨さんは美椿さんの意志を引き継いだ、現在、藤家が所有する最後の御神の血。我々には貴方の力が必要不可欠なのです」
「どういうことですか?」
「詳しい説明はまた今度。今は他にやる事があります」
壱都が合図を送れば、忠家が咳払いをする。
「八雲家が起こした一件は聞いているね?あれから三大術家、及び御三家では色々と内輪揉めが起こっていてな」
「内輪揉め??」
「久野家前当主含む妻子の配流、加えて八雲家前当主・八雲浩司の極刑。同時に二つの頭が欠け、代は次に引き継ぐも南條家が勢いをつけている。序列の乱れが懸念されているのだ」
久野家、八雲家、南條家。
御三家には古くから変わらない序列が存在する。
一に久野、ニに八雲、三に南條。
これらは誕生した歴史が古い順に並べられてきたが、異能力の輩出者だけで言えば、南條家がやや優先。だが術家にとって大切なのは強い次世代を担う後継者と隠世に送るに相応しい力を持った花嫁の二つを兼ね備えなきゃならないということ。その点、久野家は歴史も古く、女児の生まれる確率が他二つに比べ高かった点や、封印という家業が大いに帝の目に止まったのだ。
「今や御三家の歴史が新たに変わろうとしている。そこでだ、我々は御三家を統括する頭として帝家と話し合い、御前試合を行うことに決めた」
「御前試合?」
それって各家の当主達が戦うってこと??
どうやら壱都が忙しくしていた原因もこの一点にあったようで、既に御三家には知らせがいっているという。
「己の力量を確かめる上でも丁度いい。殺しさえしなければ何をしても許される。今の頭達が果たしてどこまで使えたものか…これにより内輪揉め中の彼らの鞍替えも難儀ではなかろう」
「あの、忠家さん。御前試合の件は分かりましたが、私は一体何をすれば宜しいのですか?」
「時雨には藤宮家として御前試合の観戦を願いたい。当日は壱都と共に試合を観戦し、序列の改正をしてもらう」
「そんな大きな役目を私なんかがしても大丈夫なんですか?」
御前試合がどんなものなのかよく分かっていないけれど、その答えや考え方次第では御三家の序列を更に乱す可能性もある。壱都さんならともかく、自分はそんな立場でものを言える存在ではない。そんな様子を感じ取ったのか、横からは壱都が笑いかけた。
「大丈夫ですよ時雨さん。改正とは言っても決めるのは俺と上です。貴方はただ観戦していればそれでいい」
「でも…」
「言うほど難しいものでもありません。戦うのは彼らで用意するお題もコチラで決めてありますから。不正や問題が特になければ、序列は変わらないでしょう」
「そう…ですか、、」
ホントにいいのかな、、、
時雨が心配する間にも二人は話を進めていく。
これで暫く鬼頭家に帰れる日が延びてしまった。
(白夜様…会いたい、、助けて)
心の中で彼の名前を呼べば、時雨の心は憂鬱になるのだった。
通された部屋の中で時雨を待ち構えていたのは白髪と白い長い髭が特徴的な老人。白と紺の袴姿で杖をつけば、ゆったりとイスへ腰掛けていたが、白髪の多くなった眉を動かせば顔を上げた。
「父上、時雨さんをお連れしました」
「おお!君が、、!」
壱都の背後に隠れていた時雨が顔を覗かせれば、老人と目が合い、向こうはそんな様子に喜んでいた。立ち上がろうにも足が悪いせいか上手くいかず、すかさず壱都が体を支えて起き上がらせる。目の前にやってきた老人は腰を曲げながら目からは涙を流していた。
「やっと会えた…美椿の子が帰ってきた」
手を取り涙ぐむ様子に時雨はたじろぐ。
この人がお母さんの…
顔を上げれば向こうは笑っていた。
「父上、時雨さんが困っていますよ」
見かねた壱都が伝えれば体を解放される。
その後、席に通されれば向かい側に座った老人は隅々に至るまで時雨を観察しているように伺え、気まずくて視線を逸らそうにもやはりこの人は母の父親なのか?と思い顔をあげれば、また目があってしまうので余計に気まずくなる。
「すまないねぇ…壱都が君を蔑ろにしていたようで」
「え、」
「ここに来て部屋から出さないでいたようだ。そのせいで肩身が狭かっただろ」
「あ、いえ…あ、部屋から出してくれなかったのは事実ですが、、」
三日とはいえ、時雨が部屋から出れなかったのは噓ではない。
出れなかった期間中、残してきた隠世の皆のことが気になって居ても立っても居られなかった。
「酷い言われようだなぁ」
背後に控えた壱都は笑っていた。
ふと時雨と目が合えば申し訳なさそうにしている。
「まあ確かに…言い訳にはなりますが、時雨さんを半ば放置気味にはしていましたね。荒丸から定期的に報告は受けていましたが、なにぶん問題の後処理に追われていましたから。どうか許して下さい」
「ふむ…それで君は時雨といったね」
老人が話を振れば、時雨は「はい」と返事後、ピシッと固まってしまう。
「自己紹介が遅れたが、私は藤忠家。今は隠居したが、美椿の代に藤家当主を務めていた」
「久野時雨と申します」
久野、その言葉に忠家はピクリと眉を動かす。
「久野…か。そうか、、やはり美椿の子か。こうして会うのははじめましてだが、私は君の祖父にもあたる。今後は呼びやすい名で呼んでくれて構わない」
「…はい」
「それで時雨、君はこの家のことをどこまで知っている」
「お母さんの実家としか…ごめんなさい」
「いいんだ。無理もない。あの子はそういう子だ…ここでのことは話さないでいたのだろう」
そう言うと少し悲しい顔をする忠家。
時雨が不思議そうに見ていれば、忠家は棚に置かれた写真に目をやった。
「あの子がここを出て十年は経ったか。美椿は私の産んだ子の中で唯一の女児であったと同時に御神の血を濃く継承した。それ故に幼き頃から厳しい教育を強いられ、藤宮の宮で人目を避けて暮らしていた」
「あの…その藤宮というのは藤家とどんな違いがあるのでしょうか?」
藤宮という旧性を持つ母親。
だが壱都さん達の言う藤家とはどこか違っていて、ここに来てからずっと考えていた。
「藤宮というのは御神の子へ与えられた家紋なんです。国が公式に認めた藤家を定紋とするなら藤宮家は控え紋。特別な時や使い分けが必要な時に応じて藤家が隠したもう一つの呼び名です」
「では藤家でもあり、藤宮家でもあると?」
「まあ。ですがそこはちょっと特殊でね。藤宮家というのは本来、公に姿を見せることはできない…いや許されていない。こことは別の場所に控えているんだ」
え、ならここは藤宮家ではない?
藤宮家という別邸は他に存在するということ?
ますます不思議な家だ。
「時雨さんは美椿さんの意志を引き継いだ、現在、藤家が所有する最後の御神の血。我々には貴方の力が必要不可欠なのです」
「どういうことですか?」
「詳しい説明はまた今度。今は他にやる事があります」
壱都が合図を送れば、忠家が咳払いをする。
「八雲家が起こした一件は聞いているね?あれから三大術家、及び御三家では色々と内輪揉めが起こっていてな」
「内輪揉め??」
「久野家前当主含む妻子の配流、加えて八雲家前当主・八雲浩司の極刑。同時に二つの頭が欠け、代は次に引き継ぐも南條家が勢いをつけている。序列の乱れが懸念されているのだ」
久野家、八雲家、南條家。
御三家には古くから変わらない序列が存在する。
一に久野、ニに八雲、三に南條。
これらは誕生した歴史が古い順に並べられてきたが、異能力の輩出者だけで言えば、南條家がやや優先。だが術家にとって大切なのは強い次世代を担う後継者と隠世に送るに相応しい力を持った花嫁の二つを兼ね備えなきゃならないということ。その点、久野家は歴史も古く、女児の生まれる確率が他二つに比べ高かった点や、封印という家業が大いに帝の目に止まったのだ。
「今や御三家の歴史が新たに変わろうとしている。そこでだ、我々は御三家を統括する頭として帝家と話し合い、御前試合を行うことに決めた」
「御前試合?」
それって各家の当主達が戦うってこと??
どうやら壱都が忙しくしていた原因もこの一点にあったようで、既に御三家には知らせがいっているという。
「己の力量を確かめる上でも丁度いい。殺しさえしなければ何をしても許される。今の頭達が果たしてどこまで使えたものか…これにより内輪揉め中の彼らの鞍替えも難儀ではなかろう」
「あの、忠家さん。御前試合の件は分かりましたが、私は一体何をすれば宜しいのですか?」
「時雨には藤宮家として御前試合の観戦を願いたい。当日は壱都と共に試合を観戦し、序列の改正をしてもらう」
「そんな大きな役目を私なんかがしても大丈夫なんですか?」
御前試合がどんなものなのかよく分かっていないけれど、その答えや考え方次第では御三家の序列を更に乱す可能性もある。壱都さんならともかく、自分はそんな立場でものを言える存在ではない。そんな様子を感じ取ったのか、横からは壱都が笑いかけた。
「大丈夫ですよ時雨さん。改正とは言っても決めるのは俺と上です。貴方はただ観戦していればそれでいい」
「でも…」
「言うほど難しいものでもありません。戦うのは彼らで用意するお題もコチラで決めてありますから。不正や問題が特になければ、序列は変わらないでしょう」
「そう…ですか、、」
ホントにいいのかな、、、
時雨が心配する間にも二人は話を進めていく。
これで暫く鬼頭家に帰れる日が延びてしまった。
(白夜様…会いたい、、助けて)
心の中で彼の名前を呼べば、時雨の心は憂鬱になるのだった。



