「真夜中の0時って不思議なことが起こるんだって。
亡くなった人が会いに来ることもある、とか。
嘘か真実か分からないけどね。
まな、幸せになって下さい」

 世界で一番愛している大切な人の声。
 消えていかないで――。

「まな?まな気がついたの?」

 私は目が覚めたら、病院のベッドにいた。何があったのか…思い出せない。

「まな! 私のこと分かる?自分のことも分かる?」

「俺のことも分かるか!?」

 そう震えている声は私の両親。私はゆっくり体を起こしながら答えた。

「お母さん、お父さん。私は大原まなでしょ。分かるよ、もちろん」

「良かったあ……」

 私は、自分がなぜ病院にいるのか思い出せない。いや、それよりも。

 私の……世界で一番大切な人が居ない。
 『相原白夜(あいはらはくや)』
 白夜は私と同い年の高校一年生で、中学生の頃からずっと一緒にいて、とても仲が良い恋人。
 私が病院に居たら絶対駆けつけてくれるはずなのに。
 そう考えていると、お母さんが真剣な表情で言葉を発した。


「まな。落ち着いて、聞いてね。
白夜くんが亡くなったの」


 白夜は自宅で倒れ、亡くなった。
 その時に私は白夜のお母さんと電話をして、『白夜は“心臓がん”で亡くなった』と伝えられた。ショックが大きくて私は気絶し、救急車で運ばれたらしい。
 白夜は付き合ってるときも“心臓がん”だということを伝えてくれなかった。亡くなったなんて、信じたくない。いや、信じられない。

 私は中学一年生のときにいじめられたことがある。
 『馬鹿、消えろ、ブス』などノートや机に書かれ、私は心が辛くなり不登校になった。
 そんな時に出会ったのがクラスメイトの白夜だった。白夜だけは優しく寄り添ってくれて、『まなは一人じゃない』と言ってくれた。
 一応受験はして高校に入り、入学式は行ったが、登校はできていない。入学して半年経った今でも。けれど白夜のおかげで少しは気持ちが楽になった。それなのに白夜がこの世を去ってしまった。白夜のいない人生…私は生きてる意味があるのだろうか…。

 白夜が亡くなってから、数日が経った。
 もう0時を回っている真夜中。今日は星も月も出ていない。私はカーテンを閉め、ベッドに入ろうとした。

「大原まな」

 突然、宙に浮いている男の子が現れた。

「え、え、誰……!?」

 私はパニックになった。いきなり病室に現れるなんて……まさか幽霊……?

「まあびっくりするのも無理はないか。俺は“シロヨ”」

「シロヨ? なに、幽霊……?」

 私は整理ができていない心をなんとか落ち着かせ、質問した。

「そのようなものだと思ってくれて構わない。1つ願いがあるんだ」

 真剣な顔で言うシロヨ。願いって何……?

「復讐したい相手がいる。一緒に復讐してくれないか?」

 私は何を言われているのかさっぱり分からなかった。

「その代わり交換条件としよう。大原まな、君の願いを一つ叶えてやる」

 その言葉に私は渋々頷いた。白夜がいない人生、もうどうなってもいい。せっかくだから面白そうなことをしよう、と思った。

「いいよ。一緒に復讐しよう」

 私は決心した。復讐ってどんなことをするんだろう。

「名前は忘れた。俺の彼女だった人。理由は俺を置いて空へ飛び立ってしまったからだったかな」

「え」

「なんか俺記憶が曖昧なんだ。彼女の名前が思い出せない。でも復讐しなきゃってことは分かるんだよなあ」

 なにそれ……。名前も分からないならどうやって復讐するのだろう。

「お前の恋人は病気だっけか。お気の毒に」

 シロヨはいきなり、私のことを全て知っているような発言をした。会ったときも名前を呼ばれたし。なぜ知ってるのかを聞いても『いずれ分かる』としか教えてくれない。

「私のことはいいから。どうやって復讐するの?」

 なるべく今は白夜のことを思い出したくない。
 あのくしゃっと笑う笑顔、ふざけあった思い出、温かい手のぬくもり……全てが切なくなるから。

「まず俺の記憶を戻さないとな……。デートスポットに一緒に行ってくれ。それで思い出すかも」

 それから私達は、まず近くの水族館へ行った。

「あ、ここ! 俺彼女と来た気がする。なんかイルカショーやってたよな?」

「あー、……うん。イルカショーあるね」

 私も白夜とこの水族館へ来たことが何度かある。イルカショーも見た。懐かしくてまた一緒に来たいという気持ちと同時に、もう白夜はいないと現実を思い出される。

「あとさ、みんな俺のこと見えてないから。喋る時は気をつけて」

 そっか。シロヨはみんなに見えていないから私が話しかけたら一人で喋ってるように見えるんだ……。気をつけないと。

「次は遊園地に行こうぜ」

 シロヨはそう言うと、テレポートして少し遠い遊園地へ連れて行ってくれた。

「へ、今……テレポートした?」

「まあこれくらいはできるから。びっくりしただろ」

 はは、と笑うシロヨ。一瞬ドキッとしてしまった。無邪気に笑う太陽みたいな笑顔。白夜に似ていたから……。

「じゃあ行こうか。ここお前は来たことあるの?」

「あるよ、彼氏と」

「ふーん、そっか」

 自分から聞いておいてどうでも良さそうな反応をするシロヨ。でもシロヨも大切な人を亡くして思い出せないって……辛いんだろうな。

 「あ! 観覧車乗った気がする、彼女と。でここで告白したんだ」

「思い出せたんだ、良かったね」

 私も、ここの遊園地の観覧車で白夜に告白された。中学二年生のクリスマス。中学一年生の頃からずっと好きだったから本当に嬉しかった。

「ありがとな。今日は暗いし、家帰っていいよ」

「シロヨはどうするの?」

 私がそう聞くと、シロヨは少し悩んでから答えた。

「俺はまだ調べたいことがあるから。じゃあまた明日迎えに行く」

 そう言って私達は別れた。翌日から、シロヨと私は協力して色々調べた。昔の事故だったり、事件だったり、飛び降り自殺だったり。私は胸が苦しくなったが、シロヨのためならなんでもできる気がした。どうしてかは分からないけれど。
 
 そして何日か経ったある日、シロヨはどこか出かけると言ってその日は来なかった。

「シロヨどこ行ってるんだろうなあ」

 ふと、何か物が落ちていたことに気づいた。

「なんだろ……本?」

 疑問に思って開けてみると、そこには白夜からのメッセージが書かれていた。私は震えている手をなんとか落ち着かせ、一枚一枚丁寧にめくった。


『まなへ。
読んでくれてありがとう。
これを読んでいるということは、俺はこの世に
いないのでしょう。
なんて、この台詞、一度言ってみたかったんだ。
ふざけるのはさておき。俺実は、心臓のがんを持っていたんだ。
伝えてなくてごめんね。』


 ここまで読んで私は混乱していた。どうして白夜の遺書がここにあるのだろう。今日までは無かったはずなのに。


『中学を卒業すると同時に告げられて。
一年持つかどうかって言われた。
この手紙を読んでいるってことは、やっぱり俺死んだのかな。まなとおじいちゃんおばあちゃんになるまで生きていたかったなあ』


 そう書かれていて胸が切なくなった。私だって、死ぬまで一緒が良かった。ずっと白夜の隣で生きていたかったよ……。


『こんな俺だったけど
最期まで仲良くしてくれてありがとう。
まな、世界一愛してるよ。大好き。
まなは一人じゃないよ。
“まな”は“まな”らしく生きてね。
あ、あとね……』

 読んでいたとき、ドアが開く音がした。シロヨが帰ってきていた。

「ああそれ。読んじゃった?」

 その言葉で、私は全て繋がった気がした。私の名前や白夜が亡くなった理由を知っていたこと、水族館と遊園地の思い出がお互い同様にあること、そしてあの無邪気に笑う太陽みたいな笑顔。 


――白夜とシロヨが同一人物だということが。


「白夜な……んだ、よ……ね?」

 私はポロポロと涙を流しながら、なんとか伝えようとした。

「そうだよ。ずっと秘密にしていてごめん。俺は死んでからずっと街を彷徨ってた。でもまなに会いたいって強く願ったら、この姿になったんだ」

 シロヨは死神みたいな服を着ていて、女の子みたいに髪を少し長くしている。白夜と全然違うから気づけなかった。

「じゃあ……っ、水族館と、遊園地へ行ったのは?」

「単純にまなと思い出の場所へ行きたかっただけだよ。まなに苦しい思いさせちゃったかな? ごめんね」

 ――本当だよ。白夜との思い出の場所へ行って、懐かしい気持ちと同時に辛くなった。胸が苦しくなった。

「復讐、っていう、のは……?」

「全部嘘だよ。一生懸命調べてくれたよね、本当にごめん。やっぱり優しいなあ、まなは」

 えへへ、と笑う白夜。そんな顔をされちゃあ、怒るに怒れない……。辛い、悲しい、切ない。色々な感情が溢れてきた。

「今日で全てが終わる。付き合ってくれた復讐も終わっちゃうのか。寂しいなあ」

「嫌だ、嫌だよ……白夜、いなくならないで……」

 私が泣きながらそう伝えると、白夜は微笑んだ。途端、白夜の姿がどんどん透明になっていく。もう終わってしまう。分からないけれど、そう感じた。私は涙が止まらなかった。

「そうだ、まな。俺の遺書読んでたよね。最後の部分も読んでくれた?」

 そう言われてはっと気がついた。最後の部分は白夜が帰ってきたから読めていなかった。私はすぐ読み始めた。


『あ、あとね……
真夜中の0時って不思議なことが起こるんだって。
亡くなった人が会いに来ることもある、とか。
嘘か真実か分からないけどね。
まな、幸せになって下さい。
             相原白夜』


「白夜……だから会いに来てくれたんだね……」

「うん、まなには絶対に会いたかった。こんな形で二人の人生を終わらせたくなかったんだ」

 白夜は、見えなくなるほどに姿が薄れていった。

「もう時間だ。まな本当にありがとう。世界一愛してるよ」

「白夜……私も……愛してます。ありがとう、白夜、シロヨ」

 白夜は最後、あのくしゃっと笑う笑顔で消えていった。一粒の涙を流しながら。

 
 


 シロヨ…白夜が消えてから数日が経った。私は勇気を出し、学校に通っている。入学式ぶりに会うクラスメイトに驚かれたが、明るく歓迎してくれた。もちろん白夜の死はみんな悲しんでいたが、少しずつでも私は頑張ろうと思った。

 ある日、メモが書かれた紙が落ちていた。

「私、メモなんて書いた覚えないんだけどな……」

 そう疑問に思い、そのメモを開けてみることにした。


『まなへ。
ありがとう。
シロヨって名前は白夜を違う読み方にしただけだよ。まなは気づかないから本当に鈍感だね。
そういうところも愛しています。
まなは決して一人じゃないから。大丈夫だよ。
もし学校に行けるようになってくれたら俺はすごく嬉しいけどね。
そうだ、復讐計画を手伝ってくれた代わりに願いを一つ叶える約束をしていたよね。何がいい?』


 そう書かれていた。“シロヨ”からのメモだった。

「シロヨとして会いに来てくれてありがとう白夜。あの0時の真夜中、復讐計画という嘘をついてくれたおかげで白夜とまた話せることができたんだから。これからもずっと私の成長を見守っていて。それが願いだよ」

 きっと白夜はこれからも私の側にいてくれる。見守ってくれている。だから私は一歩足を踏み出せる。0時0分、満月が出ている星空を私は見上げていた。