今日、あたしはただ純粋に、陽太と一緒に花火を見るためにここへ来た。浴衣もメイクも髪型も、陽太の反応が見たくて、可愛くなりたいって思って、可愛いと言ってもらえるんじゃないかって期待して。
 それなのに……目の前の泣きじゃくる陽太は、なぜか悲しい言葉を並べる。あたしは、そんな言葉を聞きにきたんじゃない。まだまだ一緒にやりたいことはあるし、一番叶えて欲しいあたしの願いは、まだ叶っていない。

『いつか、満点の星をみよう』

「……もし、僕が死んでしまっても、絶対にいつも空を見上げていてください。僕は水瀬さんが見上げた先の空に、いますから。水瀬さんのご両親と……同じように」

 陽太の顔は涙でびしゃびしゃだ。反射する花火が涙を虹色に輝かせている。胸が痛い。陽太が口にする言葉が針のように突き刺さって、痛い。

「……やだ、やだよ、やだ……全部叶えようって、言ったでしょう? まだ全然じゃん」

 大きく首を振って、子供のように駄々をこねた。

「絶対に嫌。なんで? なんで陽太、あたしのすぐ目の前にいるじゃん、死んでしまうなんて、いつのことかもわからない事、言わないでよ‼︎」

 手を伸ばせば掴めるのに。触れた温もりが暖かいのに。もう、誰もいなくならないで欲しいのに。
 あたしは、陽太がいなくなってしまわないように抱きしめた。心臓の鼓動が聞こえる。トクン、トクンと、優しく、早く。陽太はここにいる、離れていってほしくない。

「手術をしたから死ぬわけじゃないでしょう? 死ぬために手術なんてしないでしょう? 陽太のことを救ってくれるから、救いたいから、手術を勧めてくれているんじゃないの⁉︎ ねぇ、お願い……もうこれでおしまいなんて……言わないでよ……」

 花火は休憩に入ったのか、辺りは静まり返っていた。あたしのしゃくり泣く声だけが、響いている。静けさに頭の中が冷静になってくると、泣いていた陽太の顔が絶望的なのも、辛いのも、語られた事実が真実であることも、ようやく全部、理解出来た気がした。

「陽太があたしに、希望の全てを教えてくれたんだよ? それなのに……どうして陽太は希望をもたないの? 見上げた空に星が見えたなら、それは希望だよ、なにもないわけじゃない。あたしがずっといるから、あたしがずっと陽太のそばにいて希望になるから、それじゃあ、ダメなの?」

 ずっとそばにいる。なんて、幻想でしかない。そう思っていた。

「諦めるなんて、言わないでよ。死んだ後のことなんて、考えないで。陽太は今ここにいるんだから。最後の最後まで諦めないでよ……死ぬなんて、寂しこと、言わないで……」

 強く強く、陽太を抱きしめた。胸に顔を埋めてあたしは泣いた。陽太のTシャツから、お日様の匂いがする。明るくて、間抜けで、なにを考えているのか分からなくて、冷たく突き放してもあたしのそばにいてくれて。陽太がいなくなったらなんて、あたしにはもう考えられなかった。
 そっと、あたしの髪に、肩に触れた陽太の手は戸惑うように、だけど優しく抱きしめ返してくれる。

「……ごめん、ありがとう」

 小さく、陽太がつぶやくようにそう言って、今度は精一杯の力で抱きしめてくれた。
 気がつけば終わってしまった花火。あたしは陽太と東屋に二人で座って、ぼんやりと街を眺めていた。

「……今日は、曇りだね」

 見上げた狭い空は真っ黒で、灰色の雲が漂う。
 昼間に見た開放的なここからの景色を思い出すと、闇に囲まれていて、まるで鳥籠のように閉鎖的な空間に思えてしかたがない。
 唯一望めるわずかな街の夜景も、あまりに近すぎて空も狭い。星なんて、一つも見えやしなかった。

「……水瀬さん……」
「ん?」
「僕、水瀬さんを初めて見た時に、この人はなにをそんなに怖がっているんだろうって、思ったんです」
「……え」
「明日、死んでしまうかもしれないと思う怖さよりも、怖いものなんて、あるのかな……って」

 虚空を見つめながら、陽太は呟いた。

「毎日外を眺めるふりをして、必死になにかを我慢しているような目をしていて。どうして、そんな顔をしているんだろうって、ずっと気になってた。僕はもしかしたら、明日にでも死んでしまうかもしれないのに、水瀬さんの悩みが僕のこの辛さよりも、もっと辛くて深いものなのかどうか、無性に気になったんです」

 無言のままでいるあたしに、陽太は話を続ける。

「単なる好奇心で、水瀬さんに近づいたんです」

 時折聞こえてくる虫の鳴く声。風も涼しく感じるほどに、日中の暑さは感じなくなった。

「ごめんなさい……もう、なにも期待とかしたくないんです……水瀬さんといると、苦しいんです。辛いん、です」

 震えていく声に、あたしは眉を顰めて膝の上の拳を握りしめた。
 連絡をくれない間に、陽太はたくさん悩んで不安で、病気と向き合う恐怖で押し潰されていたんじゃないかと思うと、あたしは自分が幸せだと感じていた時間が途端に偽りだったんじゃないかと思えてくる。
 呑気なのはあたしの方だった。思い返せば、陽太はいつも真面目で真剣だった。
 もっと、ちゃんと陽太の不安も心配も、気が付いてあげられたらよかった。

 後悔なんて、今更遅い。陽太はあたしといると、辛いんだ。だったら──

「……もう、会わないよ」

 絞り出すように、喉の奥から引っ張り出した。陽太が辛いなんて、見ていたくない。

「……うん。ありがとう」

 泣き笑いする陽太に、あたしは唇を噛み締めた。

「もう遅いから、碧斗に送ってもらってください。今、呼びます」

 スマホを持つ陽太の両手が震えているのを見て、あたしは首を振った。

「いい……あそこに居るって、言われたから。行ってみるから……じゃあ」

 立ち上がって、「またね」そう言おうとして、グッと飲み込んだ。
 代わりに、小さく「バイバイ」と手を振った。我慢していたのに、涙が溢れ出てきてしまうから、あたしはすぐに陽太に背を向けて歩き出す。さっき出てきたドアを目指して、決して振り向かずに真っ直ぐに。ドアノブに手を掛けてゆっくり開けると、明るさに目が眩んだ。そのまま、崩れ落ちるようにあたしは階段に座り込んだ。

「……っ……っふぇ……」

 次から次へと、溢れ出す涙が止められなくて、あたしはひざを抱えて泣いた。

「……大丈夫……か?」

 心配する声が聞こえて、あたしは驚いて少しだけ顔を上げて見下ろす。
 階段の途中に、碧斗くんが困ったように立ち止まっていた。

「落ち着いたら、送ってく。陽太に頼まれてるから」

 そのまま、碧斗くんも階段に座り込むと、あたしが落ち着くまでそばにいてくれた。

 しばらくして、あたしは顔を上げると立ち上がって碧斗くんに声をかけた。

「……ごめんなさい。トイレ、借りても良いですか?」
「あ、うん。こっち」

 ゆっくり階段を降りて、お店と繋がる一角のトイレに案内されると、あたしは中へ入って鏡の中の自分を見つめてため息が溢れた。
 せっかくのメイクは全部流れ落ちて、瞼は真っ赤に腫れ上がっている。なんとか冷水で顔を洗って、火照りは少しとれたけれど、ひどい顔してる。
 ため息を吐き出して、顔を少しでも隠したいから、グジャグジャになっていた前髪をまっすぐ下に引っ張って伸ばした。

「これ、陽太から」
「……え」

 トイレから出ると、碧斗くんがお店の入り口前で待っていてくれて、あたしになにかを差し出してくる。近づいて見ると、手にしているものは前に陽太に貸したハンカチ。

「……陽太は?」
「帰ったよ。陽太の家、うちのすぐ上だから」

 碧斗くんが天井を指差して微笑む。
 東屋のあった場所の側には、何軒か家が並んでいたのは見えたけど、あの中のどれかが陽太の家だったのか。あたしはぼんやりと外の景色を思い出す。

「……碧斗……くんは、陽太と仲が良いの?」
「え、あー、うん。一応俺は、幼なじみで親友だと思ってるけど」

 苦笑いする碧斗くんは「行こっか」と入り口ドアを開けてくれるから、あたしは頷いて外へ出た。

「別れたの? 陽太と」

 少し歩いてから唐突に聞かれて、あたしは驚きつつ首を振る。

「いや、あたし陽太とは付き合ってないし。だから、別れるとかないし……」

 あたしが一緒にいたら、陽太を苦しめてしまうんだ。だから、もう会わないって、さようならしただけ。じわっと、また目元がぼやけてくるから、あたしは手の甲で目元を拭った。

「陽太のこと、嫌いにならないでやってな」
「……え」
「陽太、ほんといい奴だから。頭いいし、優しいし、俺の話も真剣にいつも聞いてくれて」

 ずっと、耐えていたのかもしれない。

「なんで……なんで、陽太が病気なんだろうな。どこも悪いとこなんてずっとなかったのに……」

 あたしが泣いていても、なにも言わずにそばにいてくれて、碧斗くんは困ったような寂しげな目をしていただけだった。陽太のことをずっと前から知っている碧斗くんの方が、あたしよりもずっとずっと、辛いはずなんだ。

「……ごめ……泣くつもり、なかったのに……」

 腕で溢れ出す涙をグイグイと拭き出す碧斗くんに、あたしはさっき返されたハンカチを差し出した。

「これ、使って」
「……あ、ありがと……」

 すぐにハンカチで涙を拭い始めた碧斗くん。
『碧斗は良いやつだから。大丈夫ですよ』
 すぐに、あたしは陽太の言葉を思い出した。

「碧斗くんは、陽太が病気だって、知っていたの?」
「……うん。高校入って夏くらいかな。ちょうど今くらい。陽太から大事な話があるって連絡がきて、知った」

────

 高校は別々になったけど、お互い家も近いし朝に電車が一緒になることもたまにあったから、別に俺は陽太と距離が出来たとは思っていなかった。
 その日も、大事な話なんて言うから、あの真面目で恥ずかしがり屋な陽太に、まさか彼女でも出来たのか⁉︎ なんて、浮かれていた。
 俺のうちと陽太のうちの間にある秘密基地は、小さい頃から特別な場所だった。

『おう、なんだよ大事な話って。改まっちゃってさー』

 いつもの軽いノリで陽太に近づいていったら、東屋の椅子に座って街並みを眺めていた陽太が、泣いていた。瞬時に、彼女が出来たんじゃなくて、フラれたのかと察した俺は、慰めるいい言葉を探して頭の中をフル回転させていた。
 だけど、陽太から発せられた言葉に、頭の中も体もなにもかもが、フリーズした。

『僕、病気でさ、手術しても助かる可能性が低いらしいんだ』

 何秒間過ぎたか分からない。もしかしたら、数分経っていたのかもしれない。

『……は?』

 先ほどまでフル回転で動いていたはずの頭の中は、ネジが外れてしまったように全く動かない。体まで、硬直したように一歩も前に進めず、視線だけは陽太の流れ落ちていく涙をとらえていた。

『僕が死んだらさ、頼みたいことがあるんだよ』

 泣いているのに、俺には訳の分からないことなのに、陽太はそう言って、笑顔を向けてきた。

『は? なんの話してんの? え? 死?』
『僕ね、最近気になる人が出来てさ』

 今度は、嬉しそうな表情で泣き笑いするから、ますます混乱してしまう。
 は? あ、やっぱ彼女出来ましたって話か? だよな、冗談にしてはふざけてる。ってか、じゃあなんで泣いてんの? やっぱフラれたの?
 一気に動き始めた思考を働かせて目の前の陽太を見ると、やっぱりその目は泣いていて。

『僕ができる限りのことをしようとは思ってるんだけど、もしも、それが叶わなかったら、碧斗に頼んでもいい?』

 一向に話の中身が見えてこなくて、戸惑う俺に、陽太はやっぱり悲しげに笑った。

『こんなこと頼めるの、碧斗しかいないからさ。僕が覚悟を決めて手術を受けたら、水瀬さんはまた、ひとりぼっちになってしまうかもしれないんだ。そんなことはしたくないから、だから、碧斗に頼みたいんだ。僕が死んでしまったら、水瀬さんのそばにいてあげてほしい』

 だから、さっきからなんの話してるんだよ? 水瀬さんって誰だよ? 陽太が死んだらって、どういうことだよ?
 頭ん中がパニックになって、『死んでしまったら』の言葉が一番心の奥に引っかかって、痛くて、一気に涙が溢れ出してきた。

 なんて答えるのが正解なのかも分からなくて、言葉が出てこない程に嗚咽した。陽太の方が、俺を慰めてくれているみたいに、背中をさすってくれる。

『嘘だろ? なんでだよ? 陽太元気じゃん。なんともねーんだろ? 手術すぐしろよ! 早く、治せって‼︎』

 ようやく出て来たのは、陽太を攻めるような言葉だった。

『……怖いんだ』

 消えそうに呟いて、震えていた陽太に、もう、なにもかける言葉が見つからなかった。

────

「水瀬さんのことは、全部陽太から聞いてる」
「……全部?」

 とは、どこまでだろうか。

「俺は陽太のこと信じてる。手術だって成功する。だから、あいつが元気になるまでは、水瀬さんのそばにいる。あいつの病気のことを知ってる唯一の仲間だし」
「……え」
「あいつ、学校で他の友達に病気のこと話してたりしてた?」
「……聞いたこと、ない。たぶんだけど、陽太の周りの人達、誰も知らないと思う」

 見ていた限り、周りは病人を見るように接しているようには見えなかった。陽太も病気をしているなんて素振りも全然感じなくて。だからあたしも、なにも知らなかった。

「うちの母さんも知らねーんだよ? 陽太に言うなって言われてたからさ。あ、でももしかしたら、今日あたりユミさんに聞いてるかも知んないけどな」
「ユミさん?」
「ああ、陽太の母さん。仲良いんだ。さっきも出かけてくるって言ってたから。いよいよ陽太のこと、聞かされるのかもしれない」

 俯いてため息をつく碧斗くんの表情が、曇る。

「ねぇ、陽太さ、まだ時間あるよね?」
「……え?」

 あたし、諦めたくない。陽太とやりたい事、ちゃんと全部やりたい。このままなにもしないで、後悔はしたくない。

「手術って、いつなの?」
「……えっと……確か再来週。夏休み最後の日って聞いた」
「だったら、夏休みは遊び倒さないともったいなくない⁉︎」

 あんなに落ち込んだ陽太とさよならして、まだまだある夏休みを無駄にはしたくない。さっきはどうしようもなくて、悲しくて、陽太がそう思うのならって、陽太の意見を尊重した。だけど、あんなの絶対陽太の本心じゃないと思う。
 陽太がやりたい事、全部叶えてあげたい。じゃないと、陽太が報われない。

「……え? どういうこと?」
「碧斗くんのお母さんって、運転得意?」
「……あー、まぁ。運転はするけど、得意かどうかは……」
「じゃあ決まり! 連れて行って欲しいところがあるの」

 あたしが、陽太のやりたいことを叶えてあげればいい。家まで送ってくれた碧斗くんにお礼を言って部屋に入ると、あたしはスマホで【星空日本一】を検索する。
 出てくる地名に見覚えがないか、懸命にスクロールしながら探した。だけど、表示される情報は、なかなかあたしの思う場所とは違う気がしてしまう。
 小さくため息を吐き出した後に、ふとテレビの横に飾ってあった星型のキーホルダーが目に入った。

「……これ……」

 すぐに手に取って眺めると、星型のドームの中に星屑に見立てた星の砂がシャカシャカと揺れてきれい。
 裏を返すと、消えかけてはいるけれど〝衣星村〟と書かれている。もしかして……
 あたしはすぐに美月に電話をかけた。コールが途切れるとともに、焦るように問い詰める。

「美月! このキーホルダーって、どこで買ったの⁉︎ これって、おばあちゃんちの地名だよね? ねぇ、教えて、ここってどこ!?」
『え⁉︎ ちょっと那月、どうしたの? 待って、えっと、キーホルダー? ってどの?』
「あ……ごめん、今写真送る……」

 慌てすぎだ。あたしはクッションに座り直すと一息ついた。テーブルに星型のキーホルダーを置いて座ると、スマホを向けた。

『あ、いいよ。今カメラに切り替えるね』

 美月がスマホの画面に現れて手を振る。浴衣美人からすっかりいつもの美月に戻っていて、その笑顔に安心する。すぐにこちらも切り替えて、キーホルダーを手にしてみせた。

『あ‼︎ なつかしーっ。それ、テレビの横にずっと置いてたやつじゃない?』
「気付いてたの? 美月のなら持っていけば良かったのに」
『えー、那月覚えてないの? それ、那月に小さい頃、ほしいって泣かれて仕方なくそこに飾っておくことにしたんだよ』
「……え……」

 嘘。ごめん。あたし全然記憶にない。
 なんなら、普段テレビなんて毎日見ているのに、このキーホルダーの存在には今気がついたよ。まぁ、なんかあるなくらいには思ってはいたけれど。

『それね、那月が産まれるずっと前に、お父さんがあたしにってくれたんだよ。お父さんの生まれ故郷だって。そこは、星空日本一なんだぞって自慢げに』
「それ! お父さんの実家ってどこなのか分かる?」
『……あたしも、行ったことないんだよね。お父さんはあたしが小さい頃によく話してくれていたけど、実際に連れて行ってもらったことなんてなかったし』
「……そっか。美月も、見たことないんだ、お父さんの言う星空日本一の空」

 きっと、すごく綺麗なんだと思う。
 お父さんがいつも空を見上げると、思い出すように目をキラキラと輝かせて話してくれていたから。

『そのさ、星空日本一っていう情報、たぶん二十年くらいは前の話だと思うよ? お父さんが子供の頃の話だと思う。そのキーホルダーだって今やレアかもしれないし。確か、それの裏に場所の名前が書いてあった気がするんだけど。そこがお父さんの生まれ故郷だよ。あ! もしかして、それを聞きたかったの?』

 やっぱり。この地名が、お父さんの生まれ故郷で星空日本一だった場所。

「あたし、ここに行ってくる」

 そこに陽太を連れていけば、きっと、綺麗な夕陽も星空も、広いあたしのまだ見たことのない空が見れるかもしれない。

『は?』
「ありがとう美月! またなんかあったら連絡する」
『え⁉︎ ちょっ、なつ……』

 美月が呼び止めるのも聞かずに、通話をオフにした。すぐに【衣星村】で検索をかける。
 今は村ではなく区になっているらしい。
 二十年も前の話。あたしがお父さんに連れて行ってもらったのは約十年前。
 あの時、あの場所はまだ田園の広がるのどかな場所だった覚えがある。あいにくの天候で、綺麗な夕陽も星空も見ることは叶わなかった。それどころか、大好きだった父を亡くした。

 行くにはとても心が痛みそうだけど、陽太に見せてあげたい。あたしだって見てみたい。満天の星を見るのは、絶対に陽太と一緒がいい。
 そう思ったから、あたしは衣星村までの道筋を何度も何度も検索する。スマホから確かな情報を探し出して、メモにまとめた。
 今やらないと、後悔するかもしれない。これは、今やらなくちゃいけない。
 帰ってきたままの浴衣姿で、あたしはひたすらに検索を続けた。


 濃い靄の中、遠くにうっすらと陽太の姿をみつけた。
 近付こうとしても、その距離がなかなか縮まらなくて、陽太はこちらを見ているはずなのに、走っても走っても、遠ざかっていく。近付くことが叶わない。もう、走り続けることにも疲れて、荒くなった自分の息遣いしか耳に響かなくなって立ち止まると、ずっと同じ場所から動かなかった陽太の口が、動いた。
 かすかに動いた唇。目を凝らして、なにを言っているのかを必死に聞き取ろうと陽太を見つめるけれど、ぼんやりしていて輪郭を捉えることしかできない。だけど、聞こえない「さよなら」が、あたしの心に突き刺さる。

 陽太……どうして……行かないで。死ぬなんて、言わないで……いなくならないで、ずっと、ずっと一緒に……

────
 気がつくともう部屋の中が明るくなっていて、窓の外から聞こえてくる賑やかな子供のはしゃぎ声に意識が目覚めた。頭の簪が頭皮に刺さる感覚が痛くて、むくりと頭を起こして一瞬のうちにピンもなにもかも外した。
 悪い夢を見ていた。汗でぐっしょりと濡れた首元に触れると、立ち上がって浴衣を脱ぎ、シャワーを浴びる。
 さっき見た夢のせいで、こうしている間にも、陽太は不安に押しつぶされているんじゃないかと思うと、居てもたっても居られなくなる。
 タオルドライだけした髪をクリップで一つに纏めると、すぐに動きやすい服装に着替えてスマホを手に取った。陽太の名前を探し出して、通話をタップする。

『お掛けになった電話は 電波の届かない場所にあるか 電源が──』
「……え……」

 あれ? なんで?
 一度、通話を終了させてから、もう一度陽太の名前をタップする。
 だけど、聞こえてくるのはやっぱりさっきと同じ無機質な音声メッセージ。一気に、あたしの胸がざわつき始める。頭の中に浮かぶのは、陽太の寂しそうな泣き顔。
 いやだ、いやな予感しかしない。

 スマホだけを手に玄関を飛び出すと、並木公園を通り過ぎた。学校を通り過ぎて駅まで走る。日差しが今日も容赦なく照りつける。セミは懸命に鳴いている。電車に乗り込んで、赤いとんがり屋根を目指す途中で。

「あ! 水瀬さん! ちょうど良かった」

 碧斗くんが手を振っている。その顔は、笑っていた。

「……水瀬さん⁉︎」

 笑顔の碧斗くんに安心して、一気に脱力してしまった体は地面に崩れ落ちた。

「大丈夫か? どうしたんだよ」

 心配してくれる碧斗くんに力なく笑って、ゆっくりと立ち上がった。

「すげぇ汗だくじゃん。なんでそんな」
「……陽太の、スマホに繋がんなくて……あたし、最低だ。もしかしたらって、思ってしまった」

 一瞬、心臓が握りつぶされたみたいに痛くて、苦しくて。こんなこと、思ってしまったらダメなのに。昨日の陽太の顔を思い出して、もしかしたら、もしかしたら……陽太が死んでしまったんじゃないかって……すごく、すごく不安で、怖くなった。

「……っ……ごめん……うっ……ごめん……」

 碧斗くんが笑顔で現れたなら、陽太は大丈夫だって一気に安心した。
 湧き上がる涙に嗚咽が混じる。碧斗くんが支えてくれて、あたしは裏口から家の中に入れてもらえた。落ち着くまで、座ってていいと言われて、ソファーに体を預けた。
 陽太がいなくなると思った途端に、急に怖くなった。陽太はもっと、あたし以上にもっと怖いんだよね。希望なんて見上げる力も無くすくらいに、怖くて仕方がないんだよね。

 簡単に、希望を持てだなんて、あたしが希望になるだなんて、そんなのあたしのヒトリヨガリだ。陽太の悲しい顔が頭から離れない。陽太にはいつも太陽のように笑っていてほしいのに。

「これ」
「……ありがと」

 碧斗くんが差し出したのは、あたしが貸したハンカチ。もう何度涙を拭くことに使われているんだろう。
 そっと受け取ると、目に当てた。

「運転の話だけど、母さんに聞いたらオッケー出たよ」
「え」
「ついでに、ユミさんにも。で、どこ行こうとしてんの?」
「あ、ありがとう……」

 ハンカチを一度テーブルの上に置いて、あたしはスマホで衣星村の情報をまとめたメモを開いた。

「ここに、行きたいの」

 スマホを覗き込んで、碧斗くんは目を見開いた。

「……マジ?」
「……マジ」

 あたしがしっかりと頷くと、碧斗くんに「なんでここなの?」と聞かれて、父とのことを話した。
 すぐに納得してくれて、「待ってて」と奥の部屋へ行ってしまって、しばらくしてからサチコさんと一緒に戻って来た。

「パン屋は旦那とあたしの兄弟に任せられるから、あたしでよければどこまでも連れて行くよ」

 少し寂しげに、でも、笑顔でそう言ってくれたサチコさんは、きっと陽太の病気のことや手術のこと聞いたんだろうと感じた。

「ありがとうございます」

 あたしのわがままにみんなが協力してくれることがなんだか申しわけなくて、だけど、とても嬉しくて、深く深く頭を下げてお礼を言った。

「感謝しなくちゃいけないのは、私のほうよ」

 聞き慣れない穏やかで優しい声に、あたしは顔を上げた。

「初めまして。陽太の母のユミです。陽太のことをたくさん考えてくれてありがとう。昨日ね、陽太から初めて、あなたのことを聞いたの。とても大事な友達がいるって。だけど、もう一緒には居られないって、ひどく落ち込んでしまっているの。陽太がやりたいこと、ぜひ叶えてあげてください。よろしくお願いします」

グッと堪えた涙声でユミさんは頭を下げてから、あたしに向かって微笑んでくれた。

「陽太にも教えてこようぜ」

 笑う碧斗くんに、俯いてしまう。言い出したのはあたしなのに、陽太の顔を見るのがなんだか辛い。

「陽太さ、水瀬さんが笑ってくれたってすごい嬉しそうに話してくれたことがあったんだよね」

 動き出そうとしないあたしに、碧斗くんが壁に寄りかかって話し始めた。

「いつも外ばかり眺めてつまんなそうにしていた水瀬さんが、初めて少し笑ってくれて、自分のことを話してくれたんだって、にやけてさ。陽太は水瀬さんって子のことが好きなんだなってすぐに分かったよ」
「……え、」
「俺、初めて見たんだよ? 陽太があんぱん買う時悩む姿」

 ククッと、思い出しながら笑っている碧斗くんに視線を向けると、優しく微笑んでくれる。

「つぶあん以外選択肢ないでしょって言ったらさ、まだいまいち水瀬さんがどっち派か分かんないんだよなって、めっちゃくちゃ真面目な顔してんの」

 あんぱん一つ買うのにも、あたしのことを一生懸命考えていてくれたんだ。

「今度紹介してよって何回か言ったんだけどさ、なかなか会わせてくれなかった。でもさ、花火大会の日、いきなり水瀬さんを頼むって言われて。そんなん困るよね。見たことも会ったこともないのに。陽太はいっつも一人で抱え込むんだよ。勝手に怖がって、絶望して、そうなる前にちゃんともっと、頼って欲しいのに」

眉を顰めて、悔しそうな顔をする碧斗くんに、ユミさんが近付く。

「陽太はいつもそうなの。小さい頃から、あたしやお父さんが仕事で忙しくて遊んであげられなくても、一人で遊んでいて手がかからなかった。だけど、それが寂しいとも言わないし、あたしもつい放っておいてしまって。なんでも自分でやらなきゃって、誰かに上手く甘えることが出来ない子にしてしまったのかもしれない」

 ユミさんがため息をついて、そばにあった椅子に座った。

「碧斗くんといる時の陽太は楽しそうで、いいお友達がいてよかったってずっと思っていた。病気のことも、碧斗くんにだけは打ち明けていたみたいだものね。この前も、すぐに駆けつけてくれてありがとう」
「……いえ、ほんと、あの時は驚きました」
「夏休み中にやりたいことがあるからって、なにか決心した様に陽太に言われた時ね、陽太はわがままだって言ったんだけど、そんなことは全然なくて、ようやく、ちゃんと自分の気持ちを伝えてくれたなぁって、嬉しかった」

 あたしを見て、ユミさんが微笑む。

「今はほとんど外に出たがらないから、水瀬ちゃんが陽太のことをどこかに連れ出してくれることは賛成なの。ただ、心配だからあたしとお父さんも一緒についていきたい。いいかな?」

 真剣な眼差しがあたしを捉える。そんなの、いいに決まっている。
 大きく頷くと、ユミさんはにっこりと笑ってくれた。

 天気予報を確認しながら出発の日程を決めると、サチコさんは一度パンの仕込みに戻った。
 あたしと碧斗くんはユミさんに連れられて、陽太の部屋の前。コンコンッと碧斗くんがノックをするけれど、返事が返ってこない。

「寝ているのかも。そっと入ってて。今お茶待って来るわね」

 ユミさんが戻って行くと、碧斗くんが慣れたようにドアを開けて部屋に入る。その後ろに続くと、ベットの上で寝ている陽太の姿が目に入った。

「ほんとだ。寝てんじゃん」

 結構なボリュームの声で碧斗くんが言うから、あたしは思わず人差し指を口元に立てた。すると、微かに陽太が動く。

「俺、ちょっと忘れ物したから取ってくるね、水瀬さん」
「え! ちょ……」

 すぐに部屋から出て行ってしまった碧斗くんに驚いていると「水瀬、さん……?」と、陽太の声がして、振り返った。
 ゆっくり起き上がる陽太はどこか辛そうで、思わずその体を支えるために駆け寄って手を添えた。

「大丈夫?」
「……夢……かな?」
「え?」
「ずっと、水瀬さんとさよならしたことが辛くて、悲しくて。どうしようもないのに……水瀬さんのことばっかり考えていたから、夢にまで出てきてくれたの……?」

 陽太の薄く開いた瞳から、ポロポロとこぼれ落ちる涙があたしの手の甲に当たる。いくつも弾けて、あたしまで波打ってくる涙で前が見えなくなる。

「夢じゃない……夢じゃないってば。ねえ、陽太、一緒に満天の星を見に行こう。そしてさ、星にお願いしてこようよ。ずっと、ずっと、一緒にいられますようにって。叶わないなんて言わないで。叶えようよ。あたしと陽太は、ずっと一緒にいられるって、幻想なんかじゃないって……証明しようよ」

 骨ばった細い指、あたしの手よりもずっと大きい陽太の震えている手を、そっと包み込んだ。

──後悔なんて、してからでもまだ間に合う

「あの歌の歌詞にあったよね。あの日、陽太と歌ったあの歌を、もう一度一緒に歌おうよ。前向きじゃなくてもいい、希望を持ったり、未来に期待しなくてもいい。今を、この瞬間を、あたしたちは生きているんだから」

 日差しを遮るためか、現実から逃げるためか、きちんと引かれていた窓のカーテンの隙間から、一筋の光が差し込んできた。

「陽太は希望を見ることが怖いって、思ったんだよね? あたしは、もう見ることの出来ない希望にいつまでも執着して、父にわがままを言った自分に後悔していた。だから、見て見たいと思いながらも、満天の星を見ることが、どこかで怖いと感じていた。だけど、満天の星が陽太の希望になるのなら、あたしはなにも怖くない。今はなによりも、目の前にいる陽太がいなくなることの方が怖いよ」

 こんなに陽太への想いが溢れてくるなんて、思いもしなかった。ひたすらにあたしは、陽太の手を離すことなくしっかりと握り締めて湧き上がってくる想いを口にした。
 ぼやける視界の向こうで、陽太が泣きながらあたしを見つめている。

「だからさ、一秒後にどうなっていようとも、今この時を、精一杯生きていよう」

 今度は、あたしが陽太にできる限りのことをしてあげたい。陽太があたしにしてきてくれた様に。

「一緒に行こうよ、星の見える場所に」

 少しでも、陽太の不安がなくなる様に。手術を受ける勇気が、出る様に。
 
 陽太の手をしっかり握って、あたしは笑顔で陽太を見つめた。滲んだ視界の向こうに、戸惑いながらも笑ってくれる陽太がいて、あたしは安心する。
 
 あたしは、陽太のことが大好きなんだ。だから、絶対にいなくなってほしくない。

 あたしが毎日窓の外を眺めていたのは、空を見上げたら、いつかまた父に会えるんじゃないかって。そう思っていたから。いなくなってしまった人のことを思い出して悔やんでいても、どうしようもないのは分かっていた。
 ただ、あの時の父の笑顔だけは忘れたくなくて、空を見上げるたびにまた笑ってくれたら。そう願っていた。

 陽太を想って一人空を見上げるなんて悲しすぎる。あたしはその悲しみを誰よりも知っている。

 だからさ、見上げるなら、一緒がいい。これからもずっと、陽太と、一緒がいい。

 陽太の体調は落ち着いていて、無理のない様に休憩をとりながらあたし達は父の生まれ故郷の衣星区を目指した。
 サチコさんが運転する車の助手席に碧斗くんが乗り、あたしと陽太は後部座席に乗っている。後ろから、陽太のお父さんとお母さんの乗った車が付いてくる。

 高速道路に乗り、しばらく走った。
 周りの景色から徐々にビルや高い建物がなくなっていく。ふと、隣の陽太に目を向けると、あたしに気が付いたその瞳が優しく微笑んだ。
 膝の上に置かれた手が小さく震えているのに気が付いて、そっと陽太の手を握る。
 震えが止まって、陽太の温かい手があたしの手をしっかりと握りしめてくれた。

 大丈夫。言わなくても伝わってくる。陽太の瞳に安心して、そのまま車の中では手を繋いで離さずにいた。
 パーキングエリアに立ち寄って、休憩とお昼ご飯をとることにした。

「陽太大丈夫? 辛くない?」

 車から降りてから、車中の陽太の状態が分からないからか、ユミさんが陽太のそばでずっと心配そうな顔で聞いている。

「そんなに心配なら、次から陽太くんそっちに乗せる?」

 ざるそばを啜りながら、サチコさんがそう言うとすぐに陽太が首を振った。

「いえ、僕はサチコさんの車で行きます」
「そう? あたしは嬉しいけど、ユミちゃんいいの?」

 一瞬、チラリとあたしのことを見たユミさんが困ったように笑うから、あたしまで困ってしまう。
 一番陽太のそばにいたいのは、お母さんであるユミさんなのかもしれない。
 それはそうだ。自分の子供が辛かったり苦しんでいるのを放っとけはしないだろうから。陽太は、向こうの車に乗るべきなのかもしれない。

「僕は、水瀬さんと一緒がいい。大丈夫だよ。そばにいてくれて嬉しいよ。少しでも辛くなったら、すぐに母さんに言うから。だから安心して?」
「……陽太、うん。分かったわ」
「ありがとう」

 穏やかに話す二人のことを眺めていると、突然目の前に何かが現れた。

「これ見て! あんぱんストラップ」

 碧斗くんが満面の笑みでぶら下げているのは、スクイーズの大きめのあんぱん。かじりかけで中からあんこがはみ出ているデザイン。

「……これ、こしあんじゃん」

 不服そうに陽太は目を細める。

「え?! まじ? うわ、本当だ! 陽太よく気がついたね」

 ケラケラと笑う碧斗くんにため息をついて、陽太が立ち上がった。

「どこにあったの?」
「ほら、入り口んとこのクレーンゲーム」

 碧斗くんの指さす方には〝パンのスクイーズ〟と看板のあるクレーンゲームの機械が見えた。

「行ってくる」
「はは、いってら。水瀬ちゃんも行ってみよ。陽太ね、俺の次にあれ取るの上手いから」

 へぇ。半信半疑で残りの蕎麦を啜って食べ終わると、食器を片付けて碧斗くんの背中を追う。

「うわ……陽太、それ取りすぎじゃない?」

 驚く碧斗くんの影から陽太の姿を見ると、この短時間で左手にすでに四つ景品を手にしている。それでも陽太の目はまだ次の獲物を狙って真剣に機械の中を見つめている。

「よっし」

 小さく聞こえた言葉にアームが掴んでいるのは、一目瞭然な粒々感を見事に再現したつぶあんパン。景品取り出し口へと落下した瞬間に、碧斗くんが歓喜の雄叫びを上げた。

「スッゲー!! さすが陽太! まじ天才!」

 周りにいた人たちがそんな碧斗くんを振り返って見ているけれど、本人は全然気にしていないようで、むしろ陽太の方が恥ずかしそうに顔を赤くして俯いてしまっている。

「碧斗、声でかいから」
「え? そう? うわ、まじつぶあんじゃん、ウケんね。じゃあこしあんは水瀬ちゃんにあげるよ。残りは俺がもらおう」
「どうすんの?」
「友達に配る」
「あー、そう。いいよ、はい」

 すんなりクロワッサンとサンドイッチとフランスパンとイチゴのドーナツは碧斗くんの手に渡って、あたしの手元にこしあんのあんぱんが手渡された。
 フニっとなんとも言えない感触に、三人で笑った。

 目的地近くまでたどり着いた頃には夕陽が傾いていた。車窓から真正面にオレンジ色の夕陽が大きく眩しく見える。置いていた陽太の手に添えていた手を、より強く握りしめた。

「……綺麗……」
「……うん」

 空が広い。どこまでも限りなく続いているんじゃないかと思うほどに遠く、家が所々に小さく見える。夕陽は思ったよりも沈むのが早い。
途中、山々に遮られて何度も見えなくなった陽の光を懸命に追い続けた。
 目を瞑るとそこに夕陽の残像が映る。
 煌々と燃える様な夕陽はやがてゆっくりと空に溶けていった。
 オレンジと赤が濃紺と黒に混じる。
 その狭間に、キラリと一際輝く星が見えた。

「あ! 一番星みーっけ!」

 同じ様に窓から空を見上げていた碧斗くんが元気よく言った。

「ほら、見える?」
「……うん」

 高速道路を降りて国道を走る。目的地はすでに近い。刻々と夜の闇が夕焼け空を飲み込んでいくのを眺めていると、後ろにぼんやりと月が現れた。

「……水瀬さん……」

 振り返ってその空を見つめていると、陽太も気が付いてあたしの名前を呼んだ。

「……月って、あんなに輝くんだ……」
「……うん、なんか、不思議……あたし達を追いかけて来ているみたい」

 車は走っていて、月は動かないはずなのに、月との距離は離れることはない。
 いつまでも追いかけてくる。

「みなせちゃん、ここで合ってる?」

 運転席のサチコさんがハザードを付けて車を一旦止めた。
 あたりは外灯はあるものの、すっかり闇に包まれてしまっていた。すぐ道路横にある古びた看板に、〝星空日本一〟と書かれているのを見つけた。しかし、それが現在のことではない様に山から伸びている蔦が絡みつき、看板の色も剥げて文字も飛び飛びになっていた。

「なーんだか、熊でも出そうね」
「あ、さっき熊の書いた標識あったよ?」
「マジ? 大丈夫かなぁ?」

 サチコさんが不安そうにしていると、スマホが鳴ってそれに応える。

「あ、ユミちゃん? うん、そうそう」

 サチコさんがユミさんと話しているのを聞きながら、あたしは看板をもう一度見上げた。

──満点の星空が見える場所にはな、遊具なんかは何もないけれど、ここよりももっともっと広い公園があるんだ

「……お父さん……」

──いつか一緒に行きたいな

 空を見ればもうすでにいつも見ている空とは全く違う、澄んだ濃い青が見える。

「あ……」

 ポケットに入れていたスマホが鳴った。見れば、そこには知らない番号。

「……どうしたの?」
「あ、なんか、知らない番号から……」

 鳴り止まないコールに、恐る恐る出て見る。

「……はい」

──あ! 那月ちゃん? 衣星(ころもぼし)のおばちゃんだけど……って言っても、分かんないよな

 スマホ越しに聞こえて来たのは、少し訛りのある女の人の声。

──あのね、那月ちゃんのお父さんの姉のミホって言うんだけどね、さっき、美月ちゃんから連絡が来て、那月ちゃんがこっちに向かってるって聞いたから。どこまで来たの?

 お父さんの、お姉さん?

「……星空、日本一って看板がある場所です」
──ああ、そこね。分かった。今から行くから、一人なの?
「……ううん。何人かいますけど」
──今晩泊まるとことかあるの?
「あ、はい。一応近くに旅館は取ってもらってます」
──そう。とりあえず、今から行くからね。待ってて。

 通話が終了して、あたしは思わずため息をついた。

「……誰だった?」

 心配そうに陽太が覗き込んでくるから、笑顔を向ける。

「お父さんのお姉さんだって。あたしからみたら、おばさん? でも会ったこともないし、全然分からないんだけど……今から来てくれるって」
「え?! こっちに知り合いいたの?」

 サチコさんがいつの間にかユミさんとの通話を終えてこちらを振り返った。

「いえ、あたしは知らないんですが……」

 美月が連絡を取ってくれたんだ。

「まぁ、でもよかった。土地勘ないと怖くて進めないからさ。地元の人が来てくれるなら安心ね」
「……すみません。無茶なこと頼んでしまって」
「いや、謝ることないわよ。あたし、もうすでに感動してるし」
「……え?」

 にっこり笑うサチコさんはシートベルトを外してあたしの方を向く。

「こんな素敵な風景今まで見たことなかったから。店閉めて旦那も連れてくればよかったって思ってるくらい」
「まじ、俺も感動してる! 東京じゃこんなん見れねーよな。熊も出て来たらめっちゃレアじゃない?」
「いや、碧斗怖いこと言わないで。それは会わない方がいいやつ」
「えー、どうせなら会っていきたいじゃん!」

 車の中が一気に賑やかになる。
 サチコさんと碧斗くんは本当に仲がいい。
 あたしのお母さんも、こんな風に元気でなんでも言い合える人だったら良かったのに。

「あれ、ちょ、待って!? あれ!」

 急に青ざめてフロントガラスの向こうをじっと見つめている碧斗くんに、一斉にその方向を向いた。

 のっそりと動く黒い影。月明かりだけではその全貌が見えずに、一同息を呑んで先程の賑やかさが嘘の様に車の中は静まり返った。
 徐々に縮まるその距離に恐怖を感じていると、私側の窓ガラスがノックされた。

「那月ちゃんか?」

 その問いかけに、熊ではなく人だと分かって車内は安堵の空気に包まれた。
 そして、サチコさんはようやく水瀬は苗字であって、名前ではないことを、ここで知ることになった。
 あたしのお父さんは背は高かったけど、大柄ではなくヒョロリとしていたから、まさかお父さんのお姉さんが熊みたいな……いや、ふくよかな方だとは思いもしなかった。
 ミホさんに誘導してもらって、あたし達は曲がりくねった山道を上り、拓けた場所まで辿り着いていた。
 車から降りるとそこは、別世界にでもきてしまった様な感覚に陥るほどに無数の星が光り輝いている。

「うっはぁ──、何これ、やば……」

 空を見上げて碧斗くんはそれ以上何も言わなくなった。

「……これが、星空日本一の空……」
「昔の話ね、今はぜーんっぜんっ。周りに建物は建ってしまったし、外灯も増えて昔より星も見えなくなったわ」
「え?! これで?! まじか! 全然十分なんだけどっ。てか、ちょっと向こうとかも見てきません? 俺一人怖いから大人たち着いてきて!」

 ミホさんの言葉に、碧斗くんが騒いでいたかと思ったら、みんなを引き連れて向こうへ行ってしまった。
 何してんだ? と呆れてしまう。
 横にいた陽太へ視線を移すと、頭が落っこちてしまうんじゃないかと思うほどに空を見上げている。

「凄いね」
「……うん」

 小さく答える陽太と同じ様に、あたしも空を見上げる。今にも降り注いできそうな星屑。あたしの見ていた、たった一つの星がどこかも分からないくらいに広くて、全身が空に浮いているんじゃないかと思うほどに近い。
 手を伸ばしたら、掴めるんじゃないかと。

「……あ」

 無意識に伸ばした手の横から、陽太の手も伸びていた。
 陽太も気が付いて、あたしの方に視線をくれた。

「掴めそう……ですよね」
「うん」

 そっと手のひらで、空を掬うように拳に握りしめた。掴めるはずのない星を、掴んだ気になって、あたしは陽太に微笑んだ。
 その手を、陽太が優しく包み込んでくれる。

「……水瀬さん、僕、本当はまだまだ生きていたいです。死にたくなんてないです」
「うん」
「手術を受けること、本当に怖い……怖くてたまらない……僕は、これは僕自身だけの問題で、一人で抱えて悩まなければいけないんだと、勝手に思っていました。だけど、みんながこうして僕の為に励ましてくれていることを、ようやく分かった……」

 真っ直ぐに、陽太があたしを見つめる。
 あたしも真っ直ぐに、陽太のことを見つめた。

「僕、手術頑張ります。正直、怖さはまだあるけど、水瀬さんがいてくれるのなら、頑張れる気がする。だから、これからもずっと、僕のそばに居てくれませんか?」

 繋がれた手が僅かに震えているのが伝わってくる。その手をギュッと握りしめて、あたしは頷いた。

「絶対にそばにいるから。だから、安心して。ね」

 あたしの言葉に、ぷつりと緊張の糸が切れた様に、陽太の表情が歪んでいく。

 怖かったんだよね、一人で抱えていた時間。
 不安だったんだよね、どうなるかもわからない未来。
 大丈夫。
 陽太にはたくさんの人たちが付いている。支えている。
 あたしはその中の一人になりたい。

「それって、なんだが愛の告白みたいだな?」

 ニヤニヤと何も知らないミホさんが空気も読まずにあたしと陽太のすぐ目の前に来ていた。

「ここまでわざわざプロポーズしにきたのか? えらいロマンチックなことしにきたごど! 兄貴ーー! 那月ちゃんプロポーズされてっけど! あたしここに立ち合わせてもらえて幸せだ」

 ハイテンションに空へ手を振り始めたミホさんに、あたしと陽太は呆然としてしまった。

「あ! 見で見で! 流れ星!」

 ミホさんが空高く腕を上げると、一点を指差してる。全員の視線はそちらへと向いた。
 漆黒の夜空、瞬く星屑の中を長く尾を引く星が流れていく。ずいぶん長い間見ていた様な気がする。スッと消えたあとに、頭の中は真っ白になった。

「願い事言えたが? あたしはちゃんと願ったからな、二人が幸せになりますようにって」
「え?! あの短時間で? マジかよ、俺頭真っ白なってなんも出てこなかったー!」

 碧斗くんがまたしても騒ぎ出す。
 ミホさんが高笑いをしてこちらに来ると、あたしに微笑んでくれた。

「本当だよ。那月ちゃんは幸せになりなさい。兄貴の分もしっかりと」

 繋いだあたしと陽太の手に、ミホさんの大きくて分厚い手のひらが温かく包み込む。
 その目には、涙が光っていた。

 あの後、ミホさんは陽太の両親と話をしていた。そんな姿を見て思った。
 たぶん、おばあちゃんのお葬式の時に一度会っていたのかもしれない。だけど、あたしの記憶にはミホさんの姿は残っていなかった。ただ、突然やってきた兄の娘を自分の子供の様に接してくれている気がして、その優しさに胸の奥がギュッとなった。
 「明日また見送るからね」と、ミホさんは車で自宅へ帰っていき、あたし達は見飽きることのない星空を惜しみながら旅館へと向かった。

 夕飯は途中で買ったコンビニ弁当だったけれど、それもみんなで食べると特別に美味しく感じた。
 温泉に浸かって部屋に戻ると、一気に力が抜けてしまう。なんだか、長い長い旅をしてきた様にゆっくりと流れる時間が、このままいつまでも続けばいいのにと、思ってしまう。
 疲れたんだろう。手前の布団にはすでに陽太が気持ち良さげに眠っていた。大部屋に皆んなで並んで寝た。場所が変わって眠れないんじゃないかと不安だったけれど、あたしもずっと気を張っていたからか案外知らないうちに眠ってしまっていた。
 翌朝旅館から出ると、ミホさんが見送りに来てくれていて、「いつでもまたおいで、今度はうちに泊まっていいからね」と言ってくれた。

 もうすぐ夏休みも終わる。
 陽太の手術は、きっと上手くいく。流れ星にそう願いをかければ良かったと、少しだけ後悔したけれど、陽太と見れた満天の星は、今は違うと言われていても、あたしの中では星空日本一だった。
 きっと、陽太の中でもそうだったと思う。

 帰りは行きよりも早く感じる。三角屋根のSunnydayに帰って来たあたしは、車中ずっと繋いでいた陽太の手を離したくないと思った。
 だけど、陽太が頑張れる様にあたしが強くならなくちゃと、そっと両手で包み込み、祈りを込めた。
 陽太の両親、サチコさんと旦那さん、そして碧斗くんにもお礼を言って、家へと帰った。

 夏の熱と湿度でモヤァっとした部屋の中に息苦しくなりつつ、窓を全開に開けた。
 向こうは涼しかったな。
 窓の外に見えるのは、見上げるほどのビルと青々と緑をつけた並木。
 広い空なんてわずかにしか見えない。
 だけど、あたしはこの空がどんなに広いかを知った。この空には無数の星屑があることを知った。輝く月は、どこまでもあたしを追いかけてくることも。
 ちっぽけだと思っていた世界が、今のあたしには、今までとは違う様に見えている。
 だから、大丈夫。

 陽太の手術は夏休み最終日。
 あたしは学校の残りの課題を終わらせる。
 手術が終わるまで、陽太には会えなくなる。たぶん、昨日が手術前に陽太と顔を合わせるのが最後だったはずだ。病院へ向かう時に連絡をくれる様には言われたけれど、あたしのことは気にせずに手術に集中してほしいから、こちらから連絡するのは辞めようとスマホはテーブルに置いたまま、じっと我慢していた。

 課題がひと段落してから、ペンを机の上に転がして手放すと立ち上がった。
 冷蔵庫からサイダーを取り出して飲んでいると、スマホが鳴る。
 画面には〝陽太〟の文字。
 思わず炭酸にむせてしまいながら、あたしは急いでスマホを手に取った。

「よ、陽太?」
『あ、水瀬さん……大丈夫、ですか?』

 あたしのむせた変な声に違和感を感じたのか、陽太に心配されてしまう。

「全然、平気。今サイダー飲んでてむせただけ」
『そっか、なら良かったです』
「……どう、したの?」

 なにかあったのかな? 聞いても大丈夫なこと?
 どうしても、あたしは不安になって陽太に聞けなくなる。
 それなのに──

『あの、えっと……水瀬さんの声が、聞きたくなってしまって』
「……え」

 あたしが心配しているのを知ってかしらずか、そんな言葉をくれるから、スマホ越しの陽太の声が、全身にくすぐったくなる。

『あの、頑張れ……って、言ってもらえますか?』

 だけど、不安げに聞いてくる陽太の声。
 あたしの胸の奥が、ぎゅうっと締め付けられるように苦しくなる。

「……頑張れ、陽太」
『……ん、ありがとう。頑張ります』

 あたしが答えると陽太はためらうように一呼吸おいて言葉を返した。
 優しく、ふんわりした陽太の声が愛しい。きっと、あたしの大好きなあの、ハニかんだ笑顔をしているんだろうな。
 ──会いたい。
 そんな陽太の姿を思い描いてしまって、途端に会いたくなってしまう。

『水瀬さん……僕、頑張ってきますから、そしたら必ず、水瀬さんに会いに行きます。すぐに会いに行きます。だから……』

 泣いているように震えている陽太の声に、込み上げてくる感情が止められなくなってしまう。
 あたしが想う会いたい気持ちは、もしかしたら陽太もおんなじなのかな。だとしたら、この気持ちを伝えてしまっても、いいのかな。
 もうずっと、陽太と満天の星を見たあの日から、言いたくて仕方がなかった言葉。

「うん、陽太、あたし陽太のことが好きだよ。大好き。だからね、帰ってきたら、一番にあたしに会いにきてね。約束」
『……っ……ん、はい。約束、します』
「じゃあ、またね」

 これ以上話してしまえば、もっと会いたくなってしまう。
 スマホ越しで、陽太がついに泣き出してしまった声に、あたしまで泣いてしまいそうだ。グッと詰まる胸に手を当てた。さっさと通話を終了させようとしたあたしの耳に、陽太の焦る声がして。

『水瀬さん!!』

思わず、離しかけたスマホを耳に戻してしまった。

『僕も、水瀬さんのことが大好きです! じゃあ、また』

 不意をつかれた。
 通話の終了したスマホを抱きしめて、ギュッと目を瞑った。
 抑えきれなくなる気持ちが溢れてしまう前に、あたしから通話を終わらせようとしたのに。気がつけば、陽太の声がいつまでも耳に残る。

──僕も、水瀬さんのことが大好きです!

 そんなのズルい。あたしが言い逃げしようとしたのに、陽太に言い逃げされてしまった。こんなの、ますます会いたくなってしまったじゃないか。どうしてくれるんだ。
 深いため息を吐き出して、あたしは「ははっ」と小さく笑った。

「よし、課題の続きでもやるかぁ」

 机に向かって意識を課題に移そうとしながらも、あたしは緩んでしまう頬と上がる口角をいつまでも止められずにいた。陽太と同じ気持ちだったことが、嬉しすぎたから。



 夏休みが明けて学校が始まる。
 始業式を終えて教室に戻ると、先生が休んでいる陽太のことをみんなに報告した。

「山中だが、体の調子を悪くして手術を受けたそうだ。術後は安定しているらしいが、まだしばらくは入院しないといけないらしい。みんなで山中に何かしてあげたいと思うんだが、何かアイデアあるやついるか?」

 先生の言葉に、初めて陽太が病気だったことを知ったクラスメイト達はみんな驚きの声をあげている。
 今日も空は狭く青い。暑さはまだまだ容赦ないけれど、流れゆく雲の形が秋の気配を感じさせる。毎日見上げてきたから、こんな都会の狭い空でもあたしは季節の移り変わりを感じられた。とはいえ、秋はまだまだ遠い気がする。
 ぼうっとしていつものように我関せず、頬杖をついていると、先ほどまで多くの質問が飛び交っていた教室の騒めきが止まった。

「山中にはやっぱさー」
「そーだよね、陽太にはね」

 なにやら教室の雰囲気が変わったことに気が付いて、窓に向けていた視線を教室側に向けると、何故かみんなあたしの方を見ている。

 は? なに?

「水瀬さんからの言葉が一番嬉しいんじゃね?」
「だよねー! 全員で色紙書こうよ! 早く学校戻って来いって」
「だな、で、堂々と教室で話せってな」
「確かに、それね」

 教室中のみんなが一同に頷いている。
 だけど、あたしだけが、その状況についていけない。
 困惑してなにも言えずにいるあたしは、今まで気にも留めていなかったクラスメイト達のこちらを向いている笑顔がみんな穏やかで、優しいことに気がついた。
 なんだろう、この雰囲気は。今まで感じたことのない教室の空気に、あたしは更に戸惑ってしまう。
 そして、陽太の机の周りで騒いでいるお決まりの男子たちが、あたしが教室にいない時に陽太がいつもあたしのことを話していたと、暴露し始めた。

「山中、毎日水瀬さん水瀬さんってさ、よく話してたんだわ」
「本当は笑うとすっごく可愛いとか」
「そっけないけど優しいんだとか」
「みんなにも分かってほしいって、仲良くしてほしいって、毎回ウザいくらいに言ってたよね」
「本人いないから言うけどさー、陽太ってマジで水瀬さん命だよな」
「わかる! 真剣すぎんだろって引くくらいな」

 みんな、あははと笑ってはいるけれど、嫌味な感じは全然しなくて、むしろ優しい。
 そんなことは知らなかったあたしは、驚いてなにも言えない。
 それ以前に、クラスメイトと話をするのも今更どうしたらいいのかなんて、忘れてしまっていた。
 またしても騒がしくなってきた教室。
 注目なんてされたくないのに、みんなの視線が刺さるようでため息が出てしまう。

「ねぇ、色紙、書いてくれる?」

 今まで声をかけて来たこともない、前の席の女子がいきなり振り向いた。
 
「書こうよ! あたしもさ、水瀬さんと仲良くなりたいんだよね」

その子の隣の席の女子まで振り返る。

え? あたしと仲良く? こんなとこにも物好きがいた。えっと、この子の名前、なんだっけ? 
なんて、呑気なことを考えていると、口々に周りで声が上がった。

「陽太ばっかりずるいよな」
「あいついない間に仲良くなって、驚かせよーぜ」
「あ、それマジいい!」

 なに、それ。

「水瀬さん、俺の名前覚えてー?」
「滝沢はタッキーでよくね?」
「俺、まっつー!」
「つーか、お前らちゃんとフルネーム名乗れよ」

 楽しそうに自分のあだ名を次々あげていくから、あたしは前にこっそり陽太が送ってくれていたクラス名簿を思い出す。
 屋上で会っていた時に、一日一人、どこの席で、どんな特徴があって、喋り方とか、癖とか、細かくクラスメートのことを陽太はあたしに教えてくれていた。
 聞き流すように聞いていたけれど、陽太の話し方は歌を歌うみたいに耳に残る。
 だから、勝手にあたしは覚えてしまったのかもしれない。
 あんなの覚えたって、なんの役にも立たないと、思っていたのに。

「滝沢りょうご」
「……え⁉︎」
「松村ひろき」
「……えぇぇ!!!!」

 視線をそれぞれに向けて、あたしが名前を言うと、つんざくほどの叫び声に思わず耳を塞いだ。

「マジマジマジ⁉︎ スゲくない⁉︎」

 一気に湧き上がる教室。
 あたしの周りにみんなが集まってくる。初めての感覚に引いてしまいつつも、あたしはみんなの名前をたまに間違えつつも当てていく。
 楽しそうなみんなの笑顔が、あたしの胸に沁みていく。
 なにこれ、最高じゃん。

 陽太って、ほんと太陽みたいなやつ。いなくちゃならない存在。陽太がいない教室は、陽太のことを想う友達で溢れている。それが、あたしにまで優しくしてくれる。
 あんなに人と関わることが怖かったあたしが、こんなにもみんなに想われている陽太が味方になってくれていることで、何に怯えていたのかもバカらしくなる。
 込み上げてくる涙をグッと堪えて、あたしは微笑んだ。

「……ありがとう、最高の色紙を送ってあげよう」

 クラスメイトに囲まれていた陽太を見て、あたしは羨ましいと思ったことはなかった。
 だって、陽太は友達に囲まれているのが当たり前で、それをあたしにも分けてくれるくらいにおおらかなんだ。陽太が戻ってくるまで、あたしもそんな陽太みたいな人に少しでもなれたらと、願ってしまう。
 もう、自分から人と繋がることを怖いとは思わない。

 人って、みんな優しいんだ。

 あたしが心を開きさえすれば、応えてくれる。それを教えてくれたのも、陽太だよね。
 陽太がいたから、あたしは閉ざしていた自分と向き合う決意ができたんだと思う。



 放課後、誰もいなくなった教室であたしは色紙の仕上げをしていた。
 静かにドアの開く音がして顔を上げると、森谷先生が入ってくる。

「完成しそうか?」
「……はい。もう少しです」

 好きだと思っていた時間が嘘だったんじゃないかと思うくらいに、先生の姿を見ても、もう何も思わない。あんなに感じていた嫌悪感も恨みも別にない。
 きっと、あの時陽太が恨まなくてもいいって、言ってくれたからかもしれない。

「水瀬、すまなかった」
「……え?」

 いきなり、あたしの机の横までくると先生が頭を下げてきた。

「本当に申し訳ないことをしたと感じてる。なかなかちゃんと謝ることもずっと出来なくて。こんなバカな俺を許してほしいとも思っていない。ただ、謝らせてほしい」

 更に深く頭を下げる先生の姿に驚いた。
 あたしはそんな先生の行動にため息を一つ吐き出してから聞いた。

「あのスニーカー、先生が陽太に渡したんですか?」
「……え?」

 ようやく顔を上げて、先生と目が合った。その顔は戸惑っている。

「いや、はは……山中に怒られたんだよ。あの温厚でいつもにこやかな山中がさ、けっこうなガチで。だから、目が覚めたって言うか……」

 え? 陽太が怒った?
 先生の返答にあたしは陽太の笑顔しか思い浮かばなくて、怒っている姿なんて想像もできなかった。

「山中はカッコいいよ。教師やってる俺をものともしないし、正論を言われた。俺のやってたことはほんと、一歩間違えたら犯罪だ。ってか、もうアウトだったかな。水瀬に許してもらおうなんて甘いことは考えていないよ。でも、あんなことがあったなんて公表してしまったら、水瀬の立場も悪くなる。だから、俺は何も言わずに教師を辞めようと思ってる」
「……え」

 寂しそうな目をして笑う先生に、あたしは戸惑ってしまう。
 確かに先生のしたことは許せない。
 最低で最悪だ。だけど──

「辞めることないんじゃない?」
「……え?」
「自分が間違っていたと思うのなら、もう二度と同じことはしないで。もちろんあたしは先生を一生許さない。だけど、憎んでいるわけじゃないから。陽太に言われたの。先生を憎んだって、あたしの心が荒むだけだって。そんなことしなくていいって。だから、あたしは先生のこと憎んだりしないから。この先もずっと」
「……水瀬……」

 先生の優しさを覚えている。先生の温もりも覚えている。あたしが先生にもらったものは、結果としては最低で最悪だったけれど、あの時には必要なものだったのかもしれない。
 だって、あの頃はそれで幸せだと思っていたから。
 決して先生だけが、悪いわけじゃない。

「最低最悪教師! 自分がそうだったことだけは絶対に忘れないで。正しい教師として、これからも教壇に立ち続けて。許さない代わりにあたしからは、それをお願いしたいです」

 あたし真っ直ぐ森谷先生の目をとらえて、ハッキリと告げた。
 また、泣きそうに辛そうな目をして、先生は消えそうな声で「本当に、すまない……」と俯いた。あたしは、完成した色紙を先生にそっと手渡す。

「……山中、大丈夫だよな」
「……え?」

 急に不安そうな顔をし出す先生に、なにを言い出すのかあたしまで不安になる。

「ホームルームではみんなにしばらく入院するとは言ったけど、山中な、術後になかなか目を覚まさないらしいんだ」
「……え……」
「水瀬は知って──」

 先生がまだ話しているのも途中で、あたしは椅子から立ち上がると鞄を手にして教室を飛び出していた。呼び止める声が聞こえた気がしたけれど、構わなかった。

 上履きを脱いで外靴を取り出す手が震えてうまく動かないけれど、必死に靴に足を入れ込んで駆け出した。
 さっきからずっと、身体中が震えている。
 碧斗くんから、陽太が手術を受けた翌日に『陽太の手術は成功した』と連絡をもらっていた。
 だけど──

『術後になかなか目を覚まさないらしいんだ』

 先生の一言に、一気に全身の血の気が引いていく感覚になった。
 あたしはそんなこと聞いていない。
 急いで駅まで向かって電車に乗り込んだ。
 流れゆく景色があまりにもゆっくりと通り過ぎていくから、あたしの心だけが急かされる。行き先はとんがり屋根のSunny day。夢中になって走ってたどり着くと、息を切らして急いで店内の扉を開けた。サチコさんがすぐに気が付いて近づいて来てくれた。

「あら、那月ちゃん。いらっしゃい」
「あ、あの……陽太、陽太って……無事なんですよね? 手術、成功したんですよね? すぐ、帰って来ますよね?」

 店内にはお客さんもいて、驚いてあたしのことを見ているのが分かった。分かってはいるけれど、聞かずにはいられなくて。必死に詰めるよるあたしに、サチコさんはそっと背中をさすってくれた。「中に入って」と優しく家の中へと入れてくれた。
 店の奥の静かな部屋は空調が効いていて、汗ばんでいたあたしに心地いい風を運んでくる。上がっていた息も徐々に落ち着いてきた。窓の外の少し高い位置に数軒並ぶ住宅が見えて、意味もなくそこをじっと見つめていた。

「少し、落ち着いた?」

 グラスに入ったアイスティーを差し出されて受け取ると、カランッと氷が涼しげに鳴った。

「……担任の先生に聞いたんです。陽太が、手術後に目を覚さないって……」

 震える手を必死に抑え込みながら、あたしは一旦アイスティーをテーブルへと置いた。

「……そう」

 小さく呟いて、サチコさんはあたしの前にしゃがみ込んだ。そして、小刻みに震えるあたしの手を、そっと包み込んでくれる。柔らかくてあたたかい温もりに、気持ちが少しだけ落ち着いた。だけどよく見れば、サチコさんの手もわずかに震えているような気がした。

「……怖いわよね、あんなに元気で明るくて良い子、亡くしたくない」

 震える声で俯いてそう言ったサチコさんが顔を上げて、あたしを覗き込んで優しく微笑んでくれる。

「大丈夫、陽太くんの生命力を信じよう。あたしや那月ちゃんが弱気になってちゃ、きっと陽太くんに怒られちゃう。陽太くんは今、とても頑張っているんだと思うよ。だから、信じて待ってあげようよ」

 サチコさんのキュッと握り締められた手が、少しだけ震えている。
 不安なのはみんな一緒。それに、陽太が一番不安を抱えていたんだ。周りがこうして不安になっていたら、陽太の不安もなくならない。
 お願いだから、生きてほしい。頑張れ──陽太。

「ユミちゃんから連絡が来たら、すぐに碧斗から那月ちゃんに連絡入れるから。不安だけど、信じていよう」

 サチコさんの力強い言葉と優しくあたたかい手で頭を撫でられて、抑えていた涙がボロボロと溢れ出す。陽太のことを信じて待つしかない。
 あたしは、何度も何度も頷いた。


 その日の夜、スマホを握りしめて布団に入ったけれど、碧斗くんからの連絡はなかった。
 あたしは陽太を信じているよ。
 いつものあの間抜けな笑顔で、またあたしの前に現れてくれるんだよね。
 一段と外吹く風が涼しくなった夕暮れ。
 屋上で一人空を見上げていたあたしは、スマホを掲げて狭いオレンジ色を写真に収めた。喧騒の中に微かに響くシャッター音。
 スマホの中に閉じ込められた空の画像は、晴れているのに今にも泣き出しそうな灰色が混じる。まるで、あたしの感情までも写し込んでしまったんじゃないかと思うくらいに哀しげだ。

 「もう、夏も終わっちゃったよ、陽太……」

 あれから、毎日毎日握りしめたスマホを見ている。手放せなくなってしまって今もしっかり手にしているスマホは、今日もなんの知らせもないままだ。ゆっくりしゃがみ込んで、その場で膝を抱えて顔を埋めた。
 目を瞑ると、何も見えなくなる。
 耳に聞こえてくるのは、誰かの楽しそうな笑い声と車の走行音。
 真っ暗になってしまった世界に陽太の光を探すけれど、全然見つけられない。
 夢でもいいから会いたいのに、それすらも叶わない。毎日眠るのも怖くなる。明日目が覚めて、もしも、陽太のいない世界が待っていたら──なんて
 また、怖いことを考えてしまったりする。

 そんなだからか、涙も枯れてしまったみたいに心の中にぽっかりと空いた穴。どうしたって埋められなくて、ひとりぼっちになってしまったような感覚に、どうしようもない寂しさが募る。
 毎日毎日、あたしはそう思いながら屋上で一人過ごしていた。

 ──ダメだ。
 最近は本当にマイナスなことしか頭ん中考えていない。
 大丈夫だからって。
 信じてあげようって。

 サチコさんとも、そう約束したじゃないか。
 陽太だって、「頑張る」って約束した。

 大丈夫。
 うん、……大丈夫
 信じてるから、お願い。もう一度、また笑顔でここへ現れてよ、陽太。

 「──帰ろう」

 そう呟いた瞬間、手にしていたスマホが震え出した。
 驚いて、慌てて画面を見ると、そこに表示された名前に思わず手が震えてしまう。
 あたしは、震える指先でゆっくりと通話ボタンをタップして、スマホを耳へと当てた。

『水瀬さん、僕です。分かりますか?』

 スマホから聞こえてきた声。
 ずっと、ずっとずっと、聞きたかった声。

 待ち望んでいた陽太の声に、呼吸を忘れてしまう。そして、次の瞬間、あたしの涙腺は一気に崩壊してしまった。

「……分かる、よ……」
『覚えてくれていますよね? 山中陽太です』
「……病院……は? 退院、したの?」

 退院したらすぐに連絡すると言われていた、それなのに碧斗くんからの連絡は来ていなかった。だから、まさか陽太から連絡が来るなんて、奇跡でもなければありえないと、そう思っていた。

『はい。しばらくは無理な運動は控えないといけないけれど、今まで通り、僕は元気になりました。みんなが、僕のことを信じて支えてくれていたからです。ありがとうございます』

 溢れ出して止まらない涙を拭いながら、ただただ、陽太の声が聞けるのが嬉しくて、ずっとその声を、聴いていたくなる。

『水瀬さん、会いたいです。水瀬さん、僕と会ってくれますか?』

 不安げに聞いてくるのはどうして?
 あたしが、どれだけ陽太に会いたかったか、分かっていないの?
 毎日毎日、不安だった。怖かった。どうしようもなかった。

「……会いたいよ。陽太に早く、今すぐ、会いたい……」

 途切れ途切れ、消えそうに、だけど精一杯の想いを言葉にして紡ぐ。
 ──今すぐに会いたい。
 そう思って立ち上がったあたしは、屋上の入り口のドアがギィッと開く音に振り返った。

『やっぱり、ここに居た……」

 まだわずかに残る夕焼け。ビルとビルの合間から伸びた一筋の光が、ずっと会いたかった彼を照らす。一瞬、逆光に目を細めてから微笑んだ彼に、スマホを耳から外して、あたしは一気に駆け出す。
 陽太だ。陽太がいる。陽太が──

 溢れ出てくる涙で、もう顔はぐちゃぐちゃだと思う。前も歪んで、せっかくの陽太の微笑んだ顔もよく見えない。懸命に涙を拭いながら陽太の前まで駆け寄ると、ようやく見上げた先の陽太の泣き笑いに、安心した。

「……っ、陽太ぁ」

 また、ぼやけ始める視界に唇をキュッと噛み締めた。

「誰よりも一番に、水瀬さんに会いたかったから。家に帰る前に学校に寄ってもらったんだ」

 そう言って照れ笑いするから、そんな陽太が愛おしくてたまらなくなる。
 そっと、陽太の手に触れてみた。
 あたたかい。ちゃんと生きている。
 手術、頑張ったんだね、辛かったね、苦しかったね、怖かったよね。
 言いたい事がたくさんある。
 頭の中で、今までの想いが次々と湧き上がってくる。

 だけど今は──

「……陽太……おかえり」

 あたしの出来る精一杯の笑顔で、陽太のことを見上げた。

「ただいま」

 オレンジの空が陽太の頬を血色よく染める。
夕陽は見えないけれど、あたし達はこの空を照らす夕陽がどんなに綺麗かを知っている。

 そっと、陽太を抱きしめた。
 陽太の胸に耳を当てると、心地よい心音が伝わってくる。
 また一緒にいられる。
 ギュッと強く抱きしめると、陽太もあたしを抱きしめてくれた。

「ずっとそばにいるから。幻想なんかじゃなくて、これは現実です。水瀬さんは、僕が生きている意味なんです。とても大切な存在なんです。だから、これからもずっと、一緒にいてほしい」

 苦しいくらいに抱きしめてくれる陽太の腕の力に、あの時震えていた弱々しさは感じない。もう、不安も全部なくなった。

 これからはずっと──

 オレンジから朱に変わった空は、やがて濃紺を連れてくる。
 シルエットに変わるあたし達がコンクリートの壁に映る。陽太の笑顔に顔を近づけると、あたしは目を閉じて唇に一瞬だけ触れた。薄暗くなった空を照れながら見上げる。そして、驚いた顔をしている陽太を見つめた。

「生きていてくれてありがとう、陽太」

 固まってしまった陽太が、ハッとしてから思い切り照れているのか目を合わせてこないから、あたしはそんな陽太の頬を両手で挟み込んだ。

「陽太、よく頑張ったね! えらいえらいっ!」

 陽太の素直な反応に、大胆なことをしてしまったと、あたしは照れ隠しにヨシヨシと陽太を撫でた。きっと、陽太にとってはファーストキスだったのかもしれない。そう思うと、なんだか反省してしまう。
 俯いてしまったあたしの手を掴んで、陽太は真剣な顔でまっすぐにあたしを見つめるから、心臓の鼓動が早まっていく。
 そして、今度は陽太から優しくてあたたかい温もりがあたしの唇に落ちてくる。

 と、あたしのポケットの中でスマホが震えている。
 陽太と離れたくないのに、あっさりと陽太はあたしから離れて「スマホなってるよ」と冷静にいうから、あたしは「わかってる」と頬を膨らます。だけど、チラリと見た陽太が耳まで真っ赤になっているのが暗がりでも見えて一気に嬉しくなった。

 取り出したスマホの画面を見ると「碧斗」の文字。
もしかしたら、陽太が退院して来ることを知らせる着信なのかもしれない。

『水瀬さん! いい知らせ! いい知らせ!』
「……陽太、でしょ?」
『そう! ついに陽太が……って、なんかテンション低くない?』

 目の前に陽太がいるというのに、思い切り喜ぶなんて恥ずかしすぎるから、あたしは至って冷静に努める。
 それに、あたしの陽太に会えた嬉しさの最高潮はさっき超えてしまった。

「あのね、今、会ってる」
『は?』

 スマホの向こうの碧斗くんは間抜けな声を出すから、なんだか可笑しくなる。
 そして、親友の碧斗くんよりも先にあたしに会いに来てくれたんだと思うと、あたしはますます嬉しくなった。

「陽太が、一番にあたしに会いに来てくれたの」

目の前にいる陽太に微笑むと、陽太も微笑んで繋いだ手がより強く握られた。

『うっわ! まじかよ! 親友差し置いて彼女かよー! まじ陽太許さん!』
「あはは、ごめんねー」
『それ絶対悪いと思ってないよね?』
「碧斗くんも彼女ができたら分かるよきっと」
『はいはい、わかりましたよ。まぁ、とりあえず──よかったな』

碧斗くんの「よかったな」が、とても重みがあって、そして優しくて、あたしと陽太の全部を知ってくれているから、余計にジンッとして胸が詰まる。

「……うん、ありがとう」

湧き上がってきた涙。目尻に溜まる雫を拭って、あたしは笑った。

『ちょっとスピーカーにしてよ』
「え、あ、うん」

あたしは碧斗くんの言う通りにスピーカーに切り替えた。そして、すぐに大きな声が聞こえてくる。

『陽太おかえりー!! 待ち侘びてたぜ! 帰ってきたらお祝いしよーぜ! じゃ、あとは水瀬ちゃんとごゆっくりーっ』

最後はからかうようにケラケラ笑って通話は終了した。
静かになった屋上に、顔を見合わせた後であたしと陽太の明るい笑い声が響いた。

「パーティーだって、最高じゃん」
「うん、嬉しい。迷惑じゃなかったら、美月さんと純くんも呼ぼうか」
「え! それいい! 絶対純くん張り切って来るよ」
「あはは、確かに」


 漆黒と煌めきの間に、目には見えないほどわずかな力で、今日も星は瞬いている。

 見えなくても、あたし達は知っている。そこに、無数の星がある事を。

 満天の星に願いをかけよう。
 思いは必ず、叶うから。陽太と一緒なら、何も怖くない。

 これから先、どんな事があっても、あたしは前を向いて歩いていく。

 見上げた空に、星が見えることを信じて。



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