スロウ、スロウ。
かちかち。
クイック、クイック。
かちかち。
一定の速さで鳴るメトロノームに合わせてマリの独り言が仄暗いフロアにこもる。
声から遅れること数拍、ヒールが荒っぽい音を立てて床を打ったので顔をしかめた。
また、ずれた。
次こそメトロノームのリズムに合わせてやる。
意気込んで進行方向を睨みやり、
「夏目さん、そこ危ないってば。踏んじゃうよ」
腐乱死体のように床にへたばっている夏目に声をかけると、頬だけずらしてマリを見あげ「ちゃんと踊れていれば踏みようがない」と言葉だけはいっちょ前に言い切った。
七月最後の日、快晴。
午前十一時現在の気温はすでに36.6℃を叩きだしており、今日にも今年初の37℃超えを記録する見通しだ。
夏目の平熱よりも2℃近く高い熱気は彼から生命エネルギーを根こそぎ奪っている。
「踏んでも知らないからね」
と言ったところで夏目は床に片頬をつけたまま、脱力感というかもうどうにでもしてくれというか、気怠げな呻き声を漏らすばかり。
仕方なく夏目の移動は諦めて脳内でステップを確認する。
今やっているのはタンゴのシャドー。
ペアがいると仮定して踊る一人練習だ。
マリがやるのは超絶基本の足型で、正しく踏めれば確かに夏目の鼻先すれすれで方向転換が待っている。
***
「なんだ、たった二十七組しかでないのか」
二週間前、ロアーがようやくできた日。
眠りこけて目が覚めるとスタジオに連れ戻されており、ちょうどやってきた槙島から当日のスケジュールを渡された夏目が平然と言った。
「そ。でも予選がワルツ、タンゴ、準決勝がスローフォックストロットとクイックステップで、決勝が四種目総合のなかなかちゃんとした競技会形式だよ」
槙島の言葉に耳を疑った。
ロアーでさえ手一杯のマリはまだワルツの練習すら始めていないのに、それに加えてタンゴとやらも踊らないといけないのか?
聞くところによるとスタンダードと呼ばれるパーティーダンスには五種類があり、多くの大会では全種類のダンスを踊って競いあうらしい。
しかし納涼祭ではどのレベルの人でも楽しめるように、種目を分割しているのだとか。
たとえば予選。
ここではワルツとタンゴの二種類だけを踊る。
これは初心者が最初に挑む昇級試験がワルツとタンゴの二曲であることに由来するらしい(ちなみにダンサーは昇級試験を経てA級などのランクが与えられ、それによって出場できる大会が変わるのだとか。まるで空手の黒帯だ)。
つまり予選はランクを持っていない初心者でも歓迎ということになる。
予選を勝ち抜いた人はランク保有者相当と見なされて、残り三種目の中からスローフォックストロットとクイックステップの二種類を踊り、最後の決勝では四種目全てを披露して優勝を決めるのだとか。
勝ち進む基準としては、準決勝まではチェック形式(審査員が選手を見て、各種目でいいと思った選手にチェックを入れる。全種目が終わったときに決められた点数以上が入っていれば次のステージへ進める)で、決勝だけ順位方式(審査員が出場選手全員に対して順位をつける)で評価されるとのこと。
(まあわたしは初心者だし、義足のテストならせいぜい予選までで終わりだよね)
槙島が持参した栄養補給用のバナナをむさぼりながら、タンゴってどんな曲だろうとステレオ横にあるCDラックを漁っていたときだった。
「じゃあ今日から四種目の基本の足型を叩き込まないとな」
これまた平然と言った夏目のせいで、バナナを飲みこみあぐねてむせ返る。
「は? 四種目? 嘘でしょう?」
「嘘じゃねえよ」
「夏目さん寝ぼけてんじゃないの? だって四種目ってことはつまり」
つまり、勝ち進む気だということだ。
少なくとも一回は。
あまりにも恐れ多くて言葉にできずにいると、ぽっかりと開いた空白の時間を今度は槙島が飄々とかっさらっていく。
「ここのオナーダンスは毎年決まって、ビッグバンド生演奏のシング・シング・シングだよ。海沿いってこともあって超盛りあがるんだよねぇ」
「ってことはクイックステップか」
「うん。だからクイックだけは簡単な振りつけを入れてみてもいいんじゃない?」
「義足でホップアクションねえ……調整してみる」
「ちょ、ちょっと待って」
勝手に進んでいく話にマリが割って入ると、二人が同時に視線を向けて「なんだよ」と。
それはこっちの台詞だ。
「オナーダンスって何?」
「優勝者が踊るソロダンスだよ」
優勝者!
槙島の口からさらりと飛びだした単語に目眩がした。
あわよくば一人からチェックをもらえたらいいな程度の、それでもマリからしてみれば超高望みの夢を、二人は軽々と凌駕するのだ。
彼らの辞書には謙虚さという言葉がないのか。
忘れているかもしれないが、マリは初心者なうえに義足なんだぞ。
思いださせようと義足の金属フォルムをこつこつと叩いてみるが。
「ちなみに優勝者には賞金もでるよ。よかったねえマリちゃん」
「たかが五万か。燕尾も新調できない金額で賞金とはよく言うよな」
「まあそこはアマの、しかも非公式の競技会だし」
しかし夏目と、まさかの槙島までもが金属音を聞いても平然と〝優勝〟という言葉を口にするのである。
普段から横柄で自分の実力を過信している無尽蔵自信家の夏目ならいざ知らず、槙島までこんなにも身の程知らずだったなんて。
開いた口が塞がらないマリを置いてきぼりにして、夏目がぼそりと。
「オナーダンスの曲、シャルウィダンスに変えてくんねえかな」
なに、それ。
もしかして、マリに対して配慮しているつもり、なの、か。
負けるなんて微塵も思っていない様子の夏目が、いつもは死んでいる目の奥をきらきらとさせて、遠くを、マリにはまだ見えていないオナーダンスが披露されるはずのフロアを見るような目つきで飄々と口にする。
その目と台詞には、さすがに卑怯を通り越しておぞましさを覚える。
自分には無縁だと思っていた世界をそう易々と夢見させないで欲しいのだ。
足を切断してから何かに打ち込んだり、ましてや一番になろうだなんて考えたことすらなかったので。
でも、シャルウィダンスの曲で踊るオナーダンスか。
確か昔見た映画でも、冴えないサラリーマンがシャルウィダンスの曲に合わせて、憧れの先生とソロダンスを踊るシーンがあった。
それが踊れたなら――きっと、今までで一番気分がいいのかもしれないが。
しかし一度見てしまった夢を手放すのは容易ではないので、必死に頭を振って脳内映像を掻き消した。
***
分不相応な夏目のことをぼんやり思いだしながらタンゴの基本の足型をおさらいしていたら、案の定というかステップを踏み間違えた。
夏目の顔面を思いっきり踏み抜きそうになってしまい、無理して方向を変えたせいで機械の膝がかくりと折れる。
ああ、転ぶなあ。
「おっとっと。一人で練習したら危ないよー?」
ぽすんと背中が柔らかいものに包まれた。
見あげれば肩を上下させた槙島がマリを両脇から抱え込んでいる。
駆け込んできたのか玄関のドアは開いたままで、荷物や靴が点々とほっぽりだされていた。
「だって今日も夏目さんは練習つきあってくれないんだもん」
どうせ独り身ですよ。
踏み損ねた顔面に抗議の視線を投げてみるが、腐乱死体は反応を返さない。
ボックスを習ったときもそうだったが、夏目は基本的にマリを監視するばかりで踊ろうとしない。
義足に関してはあんなに饒舌な夏目がダンスになると途端に口をつぐんでしまうので、そんなに嫌なら研究テーマになんぞ選ばなければよかったのにと思ってしまう。
納涼祭当日はパートナー側から見た踊りやすさを調べるために自分が踊ると言っていたが、なら練習からちゃんと踊って欲しい。
踊れる男がいて、踊りたい女がいて、それで独り身なんて笑うしかない。
「まあまあ、そんなマリちゃんの機嫌を直すいいものを持ってきたよ」
マリが自分の足で立ちあがったのを確認すると、槙島がリュックのほうへと駆けていく。
いやに大きい鞄だった。
人間の頭がすっぽりと収まりそうである。
「慧の部屋のベランダでスイカ割りしようよ、マリちゃん」
鞄から現れたのは巨大なスイカだった。
マリの目線まで持ちあげて自慢げに笑う。
「うわ、大きい」
「でしょ? ママがくれたんだよ。花火も水鉄砲も持ってきたから今日はベランダで涼もうよ。だって37℃だよ?」
マリを味方につけるようと甘えた声をだして、槙島が次々と夏っぽいものを取りだしていく。
線香花火に鼠花火、ピストル型の水鉄砲が二丁、スイカ割り用のはちまき。
「却下」
マリが答えるより先に夏目から鋭い声が飛ぶ。
尊大な言い草のわりには未だに床でへたばったままだ。
たとえ隕石が振ってきたとしても、夏目は床に貼りついていると思う。
「おあいにく様、慧を誘う気は毛頭ありませーん」
取りだしたものを逆再生で鞄に詰め込むと、槙島がマリの手を取った。
ダンスの練習では何度も手を握っているのに、急に掴まれてどきっとした。
「だめに決まってんだろ。こいつは練習」
地べたの低いところから低い声が一蹴する。
その瞬間かちんときた。
練習って何。
一度も夏目は教えてくれないくせに。
偉そーに指示だけだして自分は物見の見物。
夏目がそんなんだから槙島が気を遣ってくれているのに、横暴な言葉を振りかざし一刀両断に処刑する。
暴君ディオニスもびっくりの俺様態度。
「スイカ割り、わたしもやりたい」
刃向かうと思っていなかったのか珍しく夏目の目が見開かれた。
いい気味だ。
繋がったままの槙島の手を引いて出口に向かう。
「そうこなくっちゃね。俺は慧とは違って女の子には優しいから安心していいよう」
含みのある言い方だった。
マリにはその意味がわからなかったが途端に背後から舌打ちが鳴る。
予想外の反応にびっくりして振り返ると、どういうわけか夏目がむくりと起きあがり、
「俺も行く」
と言いだしたので、明日はとうとう隕石が落ちてきて世界が滅びるかもしれない。
かちかち。
クイック、クイック。
かちかち。
一定の速さで鳴るメトロノームに合わせてマリの独り言が仄暗いフロアにこもる。
声から遅れること数拍、ヒールが荒っぽい音を立てて床を打ったので顔をしかめた。
また、ずれた。
次こそメトロノームのリズムに合わせてやる。
意気込んで進行方向を睨みやり、
「夏目さん、そこ危ないってば。踏んじゃうよ」
腐乱死体のように床にへたばっている夏目に声をかけると、頬だけずらしてマリを見あげ「ちゃんと踊れていれば踏みようがない」と言葉だけはいっちょ前に言い切った。
七月最後の日、快晴。
午前十一時現在の気温はすでに36.6℃を叩きだしており、今日にも今年初の37℃超えを記録する見通しだ。
夏目の平熱よりも2℃近く高い熱気は彼から生命エネルギーを根こそぎ奪っている。
「踏んでも知らないからね」
と言ったところで夏目は床に片頬をつけたまま、脱力感というかもうどうにでもしてくれというか、気怠げな呻き声を漏らすばかり。
仕方なく夏目の移動は諦めて脳内でステップを確認する。
今やっているのはタンゴのシャドー。
ペアがいると仮定して踊る一人練習だ。
マリがやるのは超絶基本の足型で、正しく踏めれば確かに夏目の鼻先すれすれで方向転換が待っている。
***
「なんだ、たった二十七組しかでないのか」
二週間前、ロアーがようやくできた日。
眠りこけて目が覚めるとスタジオに連れ戻されており、ちょうどやってきた槙島から当日のスケジュールを渡された夏目が平然と言った。
「そ。でも予選がワルツ、タンゴ、準決勝がスローフォックストロットとクイックステップで、決勝が四種目総合のなかなかちゃんとした競技会形式だよ」
槙島の言葉に耳を疑った。
ロアーでさえ手一杯のマリはまだワルツの練習すら始めていないのに、それに加えてタンゴとやらも踊らないといけないのか?
聞くところによるとスタンダードと呼ばれるパーティーダンスには五種類があり、多くの大会では全種類のダンスを踊って競いあうらしい。
しかし納涼祭ではどのレベルの人でも楽しめるように、種目を分割しているのだとか。
たとえば予選。
ここではワルツとタンゴの二種類だけを踊る。
これは初心者が最初に挑む昇級試験がワルツとタンゴの二曲であることに由来するらしい(ちなみにダンサーは昇級試験を経てA級などのランクが与えられ、それによって出場できる大会が変わるのだとか。まるで空手の黒帯だ)。
つまり予選はランクを持っていない初心者でも歓迎ということになる。
予選を勝ち抜いた人はランク保有者相当と見なされて、残り三種目の中からスローフォックストロットとクイックステップの二種類を踊り、最後の決勝では四種目全てを披露して優勝を決めるのだとか。
勝ち進む基準としては、準決勝まではチェック形式(審査員が選手を見て、各種目でいいと思った選手にチェックを入れる。全種目が終わったときに決められた点数以上が入っていれば次のステージへ進める)で、決勝だけ順位方式(審査員が出場選手全員に対して順位をつける)で評価されるとのこと。
(まあわたしは初心者だし、義足のテストならせいぜい予選までで終わりだよね)
槙島が持参した栄養補給用のバナナをむさぼりながら、タンゴってどんな曲だろうとステレオ横にあるCDラックを漁っていたときだった。
「じゃあ今日から四種目の基本の足型を叩き込まないとな」
これまた平然と言った夏目のせいで、バナナを飲みこみあぐねてむせ返る。
「は? 四種目? 嘘でしょう?」
「嘘じゃねえよ」
「夏目さん寝ぼけてんじゃないの? だって四種目ってことはつまり」
つまり、勝ち進む気だということだ。
少なくとも一回は。
あまりにも恐れ多くて言葉にできずにいると、ぽっかりと開いた空白の時間を今度は槙島が飄々とかっさらっていく。
「ここのオナーダンスは毎年決まって、ビッグバンド生演奏のシング・シング・シングだよ。海沿いってこともあって超盛りあがるんだよねぇ」
「ってことはクイックステップか」
「うん。だからクイックだけは簡単な振りつけを入れてみてもいいんじゃない?」
「義足でホップアクションねえ……調整してみる」
「ちょ、ちょっと待って」
勝手に進んでいく話にマリが割って入ると、二人が同時に視線を向けて「なんだよ」と。
それはこっちの台詞だ。
「オナーダンスって何?」
「優勝者が踊るソロダンスだよ」
優勝者!
槙島の口からさらりと飛びだした単語に目眩がした。
あわよくば一人からチェックをもらえたらいいな程度の、それでもマリからしてみれば超高望みの夢を、二人は軽々と凌駕するのだ。
彼らの辞書には謙虚さという言葉がないのか。
忘れているかもしれないが、マリは初心者なうえに義足なんだぞ。
思いださせようと義足の金属フォルムをこつこつと叩いてみるが。
「ちなみに優勝者には賞金もでるよ。よかったねえマリちゃん」
「たかが五万か。燕尾も新調できない金額で賞金とはよく言うよな」
「まあそこはアマの、しかも非公式の競技会だし」
しかし夏目と、まさかの槙島までもが金属音を聞いても平然と〝優勝〟という言葉を口にするのである。
普段から横柄で自分の実力を過信している無尽蔵自信家の夏目ならいざ知らず、槙島までこんなにも身の程知らずだったなんて。
開いた口が塞がらないマリを置いてきぼりにして、夏目がぼそりと。
「オナーダンスの曲、シャルウィダンスに変えてくんねえかな」
なに、それ。
もしかして、マリに対して配慮しているつもり、なの、か。
負けるなんて微塵も思っていない様子の夏目が、いつもは死んでいる目の奥をきらきらとさせて、遠くを、マリにはまだ見えていないオナーダンスが披露されるはずのフロアを見るような目つきで飄々と口にする。
その目と台詞には、さすがに卑怯を通り越しておぞましさを覚える。
自分には無縁だと思っていた世界をそう易々と夢見させないで欲しいのだ。
足を切断してから何かに打ち込んだり、ましてや一番になろうだなんて考えたことすらなかったので。
でも、シャルウィダンスの曲で踊るオナーダンスか。
確か昔見た映画でも、冴えないサラリーマンがシャルウィダンスの曲に合わせて、憧れの先生とソロダンスを踊るシーンがあった。
それが踊れたなら――きっと、今までで一番気分がいいのかもしれないが。
しかし一度見てしまった夢を手放すのは容易ではないので、必死に頭を振って脳内映像を掻き消した。
***
分不相応な夏目のことをぼんやり思いだしながらタンゴの基本の足型をおさらいしていたら、案の定というかステップを踏み間違えた。
夏目の顔面を思いっきり踏み抜きそうになってしまい、無理して方向を変えたせいで機械の膝がかくりと折れる。
ああ、転ぶなあ。
「おっとっと。一人で練習したら危ないよー?」
ぽすんと背中が柔らかいものに包まれた。
見あげれば肩を上下させた槙島がマリを両脇から抱え込んでいる。
駆け込んできたのか玄関のドアは開いたままで、荷物や靴が点々とほっぽりだされていた。
「だって今日も夏目さんは練習つきあってくれないんだもん」
どうせ独り身ですよ。
踏み損ねた顔面に抗議の視線を投げてみるが、腐乱死体は反応を返さない。
ボックスを習ったときもそうだったが、夏目は基本的にマリを監視するばかりで踊ろうとしない。
義足に関してはあんなに饒舌な夏目がダンスになると途端に口をつぐんでしまうので、そんなに嫌なら研究テーマになんぞ選ばなければよかったのにと思ってしまう。
納涼祭当日はパートナー側から見た踊りやすさを調べるために自分が踊ると言っていたが、なら練習からちゃんと踊って欲しい。
踊れる男がいて、踊りたい女がいて、それで独り身なんて笑うしかない。
「まあまあ、そんなマリちゃんの機嫌を直すいいものを持ってきたよ」
マリが自分の足で立ちあがったのを確認すると、槙島がリュックのほうへと駆けていく。
いやに大きい鞄だった。
人間の頭がすっぽりと収まりそうである。
「慧の部屋のベランダでスイカ割りしようよ、マリちゃん」
鞄から現れたのは巨大なスイカだった。
マリの目線まで持ちあげて自慢げに笑う。
「うわ、大きい」
「でしょ? ママがくれたんだよ。花火も水鉄砲も持ってきたから今日はベランダで涼もうよ。だって37℃だよ?」
マリを味方につけるようと甘えた声をだして、槙島が次々と夏っぽいものを取りだしていく。
線香花火に鼠花火、ピストル型の水鉄砲が二丁、スイカ割り用のはちまき。
「却下」
マリが答えるより先に夏目から鋭い声が飛ぶ。
尊大な言い草のわりには未だに床でへたばったままだ。
たとえ隕石が振ってきたとしても、夏目は床に貼りついていると思う。
「おあいにく様、慧を誘う気は毛頭ありませーん」
取りだしたものを逆再生で鞄に詰め込むと、槙島がマリの手を取った。
ダンスの練習では何度も手を握っているのに、急に掴まれてどきっとした。
「だめに決まってんだろ。こいつは練習」
地べたの低いところから低い声が一蹴する。
その瞬間かちんときた。
練習って何。
一度も夏目は教えてくれないくせに。
偉そーに指示だけだして自分は物見の見物。
夏目がそんなんだから槙島が気を遣ってくれているのに、横暴な言葉を振りかざし一刀両断に処刑する。
暴君ディオニスもびっくりの俺様態度。
「スイカ割り、わたしもやりたい」
刃向かうと思っていなかったのか珍しく夏目の目が見開かれた。
いい気味だ。
繋がったままの槙島の手を引いて出口に向かう。
「そうこなくっちゃね。俺は慧とは違って女の子には優しいから安心していいよう」
含みのある言い方だった。
マリにはその意味がわからなかったが途端に背後から舌打ちが鳴る。
予想外の反応にびっくりして振り返ると、どういうわけか夏目がむくりと起きあがり、
「俺も行く」
と言いだしたので、明日はとうとう隕石が落ちてきて世界が滅びるかもしれない。