如月(きさらぎ)六花(りっか)が中学校から下校している時、不意に悪寒が走った。

 振り返ると()(たけ)三メートルは有りそうな大きな鬼が立っていた。
 巨大な体躯(たいく)。赤い肌にボサボサの髪から突き出している二本の角。口から垂れている赤黒い液体。
 鬼の手に握られてる物が(なん)なのかは脳が考えるのを拒否していたる。
 六花は思わず立ちすくんだ。
 大鬼が六花の方に向かってくる。

 捕まる!

 そう思った瞬間、鬼の目に矢が突き立った。
 鬼が叫び声を上げる。
 六花が目を見張った。
 そこに日本刀を持った少年が駆け寄る。
 鬼が腕を振り上げた時、再度鬼に矢が突き立つ。
 矢に気を取られた鬼に少年が刀を一閃(いっせん)させると鬼は絶叫を上げて跡形もなく消えた。

 矢を放ったのは卜部季武、日本刀の少年は碓井貞光だった。
 鬼から助けてもらった事が切っ掛けで六花は頼光四天王と知り合った。

〝異界〟
 人間の世界より少し上の次元にある世界。
 次元の違う世界なので本来は()()出来ない。
 それぞれの世界は壁に包まれているからだ。
 だが人間は〝(うま)い〟と聞き付けた異界の者達の中に壁の()け目を通って人間を喰いに来る者が現れた。
 そこで異界の支配者達は人間界にやってくる異界の者を討伐する役目の者――討伐員(とうばついん)――を人間界に派遣していた。

 その討伐員の指揮を()っている者の一人が平安時代に源頼光である。
 頼光自身は普段異界にいて部下達に指示を送っている。
 その部下達というのが頼光四天王の〝渡辺綱(わたなべのつな)〟、〝碓井貞光(うすいさだみつ)〟、〝坂田金時(さかたのきんとき)〟、〝卜部季武(うらべのすえたけ)〟である。
 異界の者には寿命がないので討伐員は昔から人間界に常駐していて今もいるとの事だった。
 年を取って死ぬことがないため、周囲の人間達に怪しまれないように定期的に移動しているそうだ。

「ケーキ? クリスマスの?」
「うん、(みんな)の好みを教えてもらえれば作るよ」
 十二月の半ば、六花が季武に言った。
「時間は大丈夫なのか?」
 季武が訊ねた。
 六花は中学三年生で高校受験を控えている。
「ケーキはそんなに時間掛からないよ」
 季武は六花の言葉に頷いた。

「てことで、料理作ってもらってるお礼に昔の話するね」
 マンションの台所で綱が言った。
 六花は昔話が好きで頼光や頼光四天王の名前も彼らと知り合う前から名前を知っていた。
 頼光と頼光四天王は六花にとって伝説の英雄でありアイドルだ。
 昔の話をすると六花が喜ぶからとケーキを作る合間に話してくれることになった。

 平安時代、頼光は源満仲(みなもとのみつなか)に暗示を掛けて長男だと思わせ貴族として生活していた。
 綱も源宛(みなもとのあつる)遺児(いじ)だと思わせて源敦(みなもとのあつし)の養子になった。
 季武、貞光、金時は郎等(ろうとう)なので誰かの子供の振りはしなかったらしい。
 綱も最初は郎等の一人だったのだが頼光が官職で忙しくなったため、もう一人貴族が必要になったので頼光の妹婿の源敦の養子になるために宛の遺児だと思わせたそうだ。

『今昔物語集』「頼光の郎等(ろうとう)平季武(たいらのすえたけ)産女(うぶめ)()(こと)

 頼光が美濃(みの)に赴任した時のある夜、季武は侍部屋(さむらいべや)で他の郎等(ろうとう)達と宿直(とのい)をしていた。
 いつものように郎等達が雑談をしているうちに誰かが、
「そこの川に夜な夜な産女という妖怪が出るらしい。誰か行ってみないか」
 と言い出した。
 皆、
「お前行けよ」
「そういうお前こそ」
 と言い合っていて誰も行くとは言わなかった。
 その時、
「六郎、お前はどうだ?」
 と誰かが季武に水を向けた。
 六郎というのは季武の通称である。
流石(さすが)の六郎でも無理だろ」
 他の者が言った。

「下らん。行って帰ってくるだけなら誰にでも出来るだろ」
 季武が答えた。
「なら行ってみろよ」
「そうだ、行ってみせろ。行けると言うだけならそれこそ誰にでも出来るからな」
「なら賭けるか? 俺が行って来られるかどうかで」
「良いだろう。(わし)は六郎が行かれない方にこれを賭ける」
 一人がそう言って太刀を出すと他の者達も次々と高価な物を賭けると言って出してきた。
 どうせ行かれないだろうと(たか)(くく)っているのだ。
 調子に乗った郎等達が季武の前に様々な物を積み上げる。
「後悔するなよ」
 季武はそう言って立ち上がった。

「ホントに行ったかどうかどうやって証明するんだ?」
 誰かの言葉に季武は胡簶(やなぐい)を手に取った。
 胡簶(やなぐい)というのは腰に付けて矢を入れておく物である。
 季武は胡簶(やなぐい)を腰に付けて矢を郎等達に見せた。
 矢はそれぞれに特徴があるので誤魔化(ごまか)しが()かないのだ。
「この矢を対岸の地面に刺してくるから明日の朝にでも見にいって確かめてみろ」
 季武はそう言うと部屋を出た。

 真夜中に意味もなく川を渡る羽目になるとは……。
 しかも渡ったあと戻ってこなければならないのだ。
 売り言葉に買い言葉で部屋を出てきたもののすぐに後悔した。
 無駄骨折りにも程がある。
 せめて女が喜びそうな物でもあれば恋人への贈り物に出来るのに、賭の品として出されたのは太刀だの鎧だの兜だの、武士しか使わないような物しかなかった。
 馬鹿馬鹿しいと思いながら馬に乗ると川に向かった。

 川を渡って対岸に矢を立てるとまた川を渡って戻り始めた。

 不意に川の途中で生臭い臭いが辺りに充満したかと思うと、
「これを抱け」
 と言う女の声と赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
 いつの間にか季武の側に女が来ていた。
 女が泣いている赤ん坊を差し出してくる。

「貸せ」
 季武が無表情のまま手を出すと女が赤ん坊を渡してきた。
 赤ん坊を受け取った季武はそのまま川を進み始める。
「子供を返しておくれ」
 と女が言うが季武は無視して川を渡る。
 女が「子供を返せ」と言いながら追い(すが)ってくるが季武は無視した。
 季武は赤ん坊を抱えて(やしき)に帰った。

「ほら、産女から赤ん坊をとってきたぞ」
 と季武が腕を開くと数枚の葉が下に落ちた。
 そこへ季武の後を()けていた男達が帰ってきて季武が間違いなく川を渡って産女から赤ん坊を受け取ったと証言した。
 男達は顔を見合わせると渋々賭の品を差し出した。
 季武は賭の品を総取りした。

「え!? 受け取ったの!?」
 六花が驚いて声を上げた。
『今昔物語集』では受け取らなかったから賞賛されたと書いてあったのだが。

「夜中に川を渡ったんだぞ。当然の報酬だろ」
「ま、まぁ、そうだね……」

 武勇伝と言えば武勇伝なんだろうけど……。
 いくら相手が妖怪とは言え子供を誘拐……。

「季武って敵には容赦ねぇもんなぁ」
「人間にも優しくはねぇだろ」
 金時と貞光が小声で囁きあっていた。

『赤染衛門集』

美濃守(みののかみ)殿、お世話になりました」
 大江匡衡(おおえのまさひら)は頼光にそう礼を言うと妻の赤染衛門(あかぞめえもん)(ともな)って旅立っていった。
 頼光が美濃守になったのと時を同じくして、大江匡衡は尾張守(おわりのかみ)に任ぜられたのである。
 匡衡は妻と共に赴任先の尾張に向かう途中で美濃にある頼光の邸に立ち寄ったのだ。
 二人の赴任が決まって酒宴を催した後、匡衡が礼の文を送ってきたので、尾張に行くなら邸に寄ってくれと返事を出していた。
 それで匡衡は妻の赤染衛門と共に訊ねてきたのである。

「殿」
 匡衡を見送った頼光が邸に戻ると使用人がやってきた。

 使用人に呼ばれて後に()いていくと大江夫妻が泊まった部屋の壁に、

 草枕 (つゆ)をだにこそ 思ひしか

 ()がふるやとぞ 雨もとまらぬ

 と書いてある。

「何か至らないところでもあったのでしょうか」
 使用人が恐る恐る訊ねてくる。
「ここじゃなくて途中の宿だ」
 頼光が安心させるように言った。

 歌の内容は、
夜露(よつゆ)()れることを心配していたが露どころではない。雨漏(あまも)りでびしょ濡れだ」
 という愚痴だ。

 この邸は雨漏りなどしないし何より匡衡達の滞在中、雨は降っていない。
 歌を詠んだ時、手元に紙がなかったので最初に見付けた書けそうな所(頼光の邸の壁)に書いたのだろう。


「人の家の壁に……」
 愚痴の落書きってなんの嫌がらせ?

 六花はドン引きしたが、頼光によると当時、紙は貴重品で中々手に入らなかったそうだ。
 そのため公文書以外はそうそう書くことが出来なかった。
 だから人の家の壁などに書くことはよくあったとのことだった。

「そ、そうなんですか……」
 そういえば勅撰和歌集(ちょくせんわかしゅう)に載っている頼光の歌のうちの一つは妻との連歌だ。

『金葉集』

 頼光が赴任先から帰京する途中、朝、使用人が(しとみ)を開けると目の前の川を舟が下ってくるのが見えた。
 舟には何かが()まれている。

「あれは?」
(たで)という植物を()ったものを運んでいるそうです」
 頼光の問いに供の侍が答えた。

「たでかる舟のすぐるなりけり」
 頼光がそう呟くと、側にいた妻が、
「朝まだき から()の音の 聞こゆるは」
 と答えた。

 頼光の呟きが下の句のようだったから妻が和歌になるように上の句を詠んだのである。

 下の句(七七)みたいだからって奥さんまで歌を()んじゃうなんて……。

 和歌で日常会話をしていたのかと思えるレベルだ。


『源平盛衰記』「剣巻」

 綱が頼光の使いで夜道を馬に乗って邸に戻る途中、一条堀川の戻り橋のたもとで、
「あの……」
 女性の声に振り向くと、二十歳くらいの女性が供を連れず一人でいる。

 おっ、綺麗な女性(ひと)……。

「どうしました?」
 綱が立ち止まって愛想良く訊ねると、
五條渡(ごじょうわたり)に帰る途中で()()けてしまい怖くて……。送っていただけませんか?」
 と女性が答えた。

 綱はすぐに馬から下りて女性の側へ行くと、
「お安い御用です。どうぞ馬に乗ってください」
 と女性を馬に乗せた。
 そして自分も騎乗すると馬を五條渡に向けた。

 歩き出してしばらくすると、
「あの……実は(うち)は五條渡ではなく都の外なのですが……」
 と女性が言った。
「構いませんよ。お送りします」
 綱がにこやかに答えると、
「では愛宕山まで行こうか」
 女性は突然鬼の姿になると綱の(もとどり)を掴んで飛び立った。
「あ~、やっぱなぁ……」
 綱は溜息を()くと太刀を抜いて鬼に斬り付けた。
 鬼の腕が切れ、綱は鬼の手ごと下に落ちた。

 綱が落下したのは北野神社の回廊の屋根の上だった。
 屋根から飛び降り、まだ(もとどり)に付いている鬼の腕を外すと懐にしまって頼光の邸に帰った。

 邸で頼光に戻ったことを報告すると、
「何があった」
 と訊ねられた。
「あ、お気付きになられましたか。実は――」
 綱は鬼の腕を取り出しながら事情を話した。

「いや~、鬼の気配に気付くとはさすが頼光様」
「馬鹿者! お前の髻が乱れていたから女のところにでもよってきたのかと思ったら!」
 頼光が綱を一喝(いっかつ)した。
「げっ! 藪蛇(やぶへび)……」
 綱は慌てて口を(つぐ)んだが遅かった。
「仕方ない、誰か播磨守(はりまのかみ)を呼んでこい」
 頼光がそう言うと使いの者が出ていった。
 播磨守というのは安倍晴明のことである。

 晴明はすぐにやってきた。

「どうしたらいいと思う?」
 頼光がそう訊ねると、
「鬼の腕を封印し、綱殿は七日間の物忌(ものい)みを」
 と晴明が答えた。
「と言うことだから綱は宿所(しゅくじょ)で謹慎だ」
 と頼光が言い渡した。
 がっちりと叱りつけた後で。

 綱が宿所で物忌み――という名の謹慎をしていると、従者に綱を訪ねてきた者がいると告げられた。

「誰だ」
 綱が門の近くで誰何(すいか)すると、
「私よ」
 という妻――の一人――の声がした。
「物忌みだと言ったはずだ」
「謹慎でしょ」
「ぐっ……」
「一人じゃつまらないだろうと思ってきてあげたのよ。二人だけで過ごす良い機会でしょ」
 妻の言葉に綱は返事に詰まった。

 綱には複数の妻がいるため必然的に一人一人の妻と過ごす時間が短い。
 常々その事で嫌みを言われている。
 追い返して機嫌を損ねたら家に入れてもらえなくなるかもしれない。
 頼光のいる場所からは離れているし、妻と頼光が話す機会はない。
 従者に口止めしておけば中に入れてもバレずにすむだろう。
 綱は妻を中に入れた。

「それで、なんで謹慎になったの?」
「いや、物忌(ものい)……」
摂津守(せっつのかみ)様の(やしき)の女に手を出して怒らせたとかじゃないでしょうね」
「違うって」
 綱は慌てて鬼の事を話した。
 鬼が女性に化けていたことは伏せて。

「まぁ……では、ここに鬼の腕が? 見せて」
「いや、封印してあるから……」
「ホントに鬼に襲われたの? 本当は摂津守様の使用人に手を出して怒らせたんじゃないの?」
 妻が疑わしそうな表情になった。
「嘘じゃないって!」
 慌てて否定したが女に手を出した前科が(何度も)ある綱の言葉は信じてもらえそうにない。
 押し問答の末、綱は仕方なく封印を()くと鬼の腕を妻の前に置いて見せた。

「まぁ、これは……正しく我の腕よ。返してもらうぞ」
 妻に化けていた鬼は正体を現すと腕を掴んだ。
「貴様!」
 綱が刀に手を伸ばしたが、その前に鬼は破風(はふ)蹴破(けやぶ)ると空を飛んで行ってしまった。

 平安時代版オレオレ詐欺……。

「普通、飛んでる時に()んねぇだろ」
 貞光が呆れたように言った。
「山まで行ったら帰るの大変じゃん。歩いて帰らないといけない時代だったんだぞ」
「愛宕山から堀川までなんて大した距離じゃないだろ。人間だって精々(せいぜい)三時間半だぞ」
「神社の屋根壊してんじゃねぇよ」
「夜中に呼び出された播磨守(はりまのかみ)も迷惑だったと思うぞ」
「しかも妻に化けた鬼にまた騙されて」
「あれで頼光様にこってり絞られたんだよな~」
 綱が肩を落とした。
「自分が悪いんだろ!」
「なんで同じ鬼に二度も騙されるんだよ!」
「たった七日も一人で過ごせないのか!」
 金時達が次々と突っ込む。

 ……あれ?

「声真似したのって義理のお母さんじゃ……」
「『平家物語』とかではそうなってるけどホントは妻だよ」
 綱が言った。
 そう言われてみれば義理の母が綱を騙して中に入れさせる時「生まれたばかりの頃から大切に育ててきたのに」と語ったと書いてあった。
 だが綱は暗示で源宛の息子だと思い込ませただけだから赤ん坊の頃は無い。
 だから、そんな話をするはずがないし、されたとしても引っ掛かる訳がない。

「えっと、その鬼って確か茨木童子ですよね」
「ああ、あれは宇治の橋姫だよ」
「茨木童子じゃないの? 大江山の仕返しに来たって……」
「それは別の話だ。綱を騙したのは宇治の橋姫だ」
「えっと……鬼が逃げたのは流石(さすが)ですね」
 苦し紛れの六花の言葉に、
「無理に擁護(ようご)する必要ないぞ」
 季武が言った。
 確かにフォローのしようがないので六花は話題を変えることにした。

「播磨守って安倍晴明ですよね。そんなすごい人が夜中に来てくれたんですね」
「頼光様と播磨守の師匠が縁戚(えんせき)だったからな」
「え?」
「歌を詠んだ妻っていうのは賀茂忠行(かものただゆき)の孫娘なんだ」
 賀茂忠行と言うのは晴明の師匠である。
 その孫が産んだ娘――つまり忠行の曾孫(ひまご)――が相模(さがみ)という歌人として名高い女性である。

「へぇ。賀茂忠行って陰陽師だよね?」
「賀茂家も結構歌人を輩出してるんだ」
 賀茂家〝も〟というのは頼光の子孫達も歌人として有名な者が多く歌人の家系だからである。
 晴明の師匠は忠行ではなく忠行の長男の保憲(やすのり)という説もあるが、その保憲の娘も歌人として有名で『賀茂保憲女集』と言う歌集を出している。
 相模の母の父は保憲の弟の慶滋保胤(よししげのやすたね)である。
『源平盛衰記』「剣巻」、『土蜘蛛草紙』

(まじな)い?」
 頼光が聞き返すと、
「実はあなたの呪詛(じゅそ)を依頼されまして」
 晴明が言った。
「…………」
「どうやら誰かがあなたの呪詛を試みた者の、一向に効かないので私の所に来たようです」
「そうか」
「しかし、私が呪っても効かないでしょう」
 晴明は頼光が人間ではないと知っている。
「それで?」
「あなたに病になって下さるようにお願いに参りました」
 晴明がさらっと答えた。

 翌朝、使用人が起こしにいくと頼光がうなされていた。
 急いで医師を呼んで診てもらうと(おこり)だろうという。
 頼光はそのまま寝込んでしまい、四天王は看病に付き添った。

 ある晩の夜更け、四天王が閑所(しんじょ)に引き上げてしばらくすると、足音を忍ばせて誰かが入ってくる気配がした。
 見ると身長二メートルはあろうかという法師である。
 法師が頼光に向けて何かを飛ばす。
 頼光は夜具を()ねのけて膝丸の太刀でそれを弾くと二の太刀で法師を斬り付けた。
 法師が驚いた表情で飛び退()いた時、走ってくる足音が聞こえてきた。

 法師が蔀戸(しとみど)蹴破(けやぶ)って外に逃げ出す。
 頼光が跡を追う。

「頼光様!」
 綱達も頼光に続いて外に飛び出してくる。

 北山の辺りで姿は見えなくなったが頼光はそのまま走り続けた。
 四天王も後に続く。

 やがて古い邸の前に辿り着いた。

 頼光は迷わず門に入っていく。
 庭も建物も荒れ果てている。

 頼光達は邸の中に踏み込んだ。

 手分けして中を捜索していると(かす)かな気配を感じた。
 そちらへ向かうと音は台所からしている。

 頼光が足を踏み入れると不意に白いものが飛び出してきて視界を遮られた。
 咄嗟(とっさ)に頼光が膝丸(ひざまる)の太刀で()ぐ。
 膝丸は白いものの向こうの何者かも一緒に斬り裂いた。

「ーーーーー!」
 絶叫と共に何かが床板を()ね飛ばして飛び出してきた。
 頼光が一刀のもとに斬り伏せる。
 大きな音を立てて何かが頼光の前に倒れた。
 古い床板が(きし)んだ音を立てる。

 目の前に転がった死体は巨大な土蜘蛛だった。

「まだいるな」
 頼光が辺りを見回すと庭の(すみ)廃屋(はいおく)があった。

 頼光達が近付くと土蜘蛛達が次々に飛び込んでくる。
 どうやら土蜘蛛達の住み家だったらしい。

 綱が土蜘蛛の頭を両断した。
 金時が(まさかり)を払ってで別の土蜘蛛の足を切り落とす。
 バランスを崩したところを貞光が横から大太刀で斬り付ける。
 足を振り上げた土蜘蛛の下に転がり込んだ季武が刀を突き立てた。
 絶叫をあげて崩れ落ちてくる土蜘蛛の死体を蹴り上げて襲ってきた土蜘蛛の方に飛ばす。
 死体にぶつかって倒れた土蜘蛛を綱が斬り倒す。
 しかし次々と新たな土蜘蛛が襲ってくる。

「くそ! 切りがねぇ!」
 貞光が言った時、()げた臭いがしたかと思うと一拍遅れて煙が部屋に入ってきた。
 続いて天井の隅が燃え始めたかと思うと、あっという間に炎が燃え広がる。
 火の近くにいた土蜘蛛にも火が()いた。

「ーーーーー!」
 土蜘蛛が声にならない叫び声を上げて転がり、すぐに部屋中に火の手が回った。

「げっ!」
 貞光が声を上げる。
 炎に包まれたら四天王も焼け死んでしまう。
 四人は逃げだそうとしている土蜘蛛達を斬り捨てながら建物の出口に向かった。

 外に出ると外周を囲むように炎の壁が出来ている。
 土蜘蛛達を殲滅(せんめつ)する前に鎮火してしまったら逃げられてしまうが、もたもたしていれば四天王も炎に巻かれて死んでしまう。
 四人は死に物狂いで土蜘蛛を倒した。
 背後で建物が焼け落ちるのと最後の一体を倒すのは同時だった。

 だがそれでは終わらない。
 火を消し止めなければ山火事になって近隣の民家も巻き添えになるかもしれないからだ。

 四人が必死で鎮火してようやく火が収まってから周りを見回すと炎の外だったところに矢が突き立った土蜘蛛の死体が何体も倒れている。
 頼光が火の中から飛び出してきた土蜘蛛を待ち構えていて弓で狙い撃ちにしていたのだ。

 道理で姿が見えないと思ったら……。

「頼光様が火を()けたんですか!?」
 金時が訊ねた。
「山火事になったらどうすんですか!」
「数が多かったからな。燃やしてしまうのが一番早いだろ」
 頼光が悪びれた様子もなく答えた。
 夜通し土蜘蛛の大群と戦った上に消火活動までする羽目になった四天王は溜息を()いた。
「帰るぞ」
 頼光は何事も無かったかのようにそう言うと踵を返した。

「じゃあ、退治したあと火を点けたんじゃなくて……」
「退治するために火を点けたんだ」
 季武が答えた。
『土蜘蛛草紙』では退治したあと焼き払ったことになっている。

「頼光様が寝込んだって言うのは……」
「お芝居だよ」
「俺達は病気にならないからね」
「良からぬ(たくら)みをしている者がいたようなので、そいつらを(あぶ)り出したいという播磨守に協力しただけだ」
 綱、金時、季武が答えた。
「『土蜘蛛草紙』では綱さんだけですけど全員いたんですね」
 綱が出てくるのは『源平盛衰記』からで、『今昔物語集』など成立が古いものには綱の名前は出てこないのだ。

『今昔物語集』「頼光の郎等ども、紫野(ゆかりの)物見(ものみ)たる(こと)

「そういえば今日は行列の日だな」
 頼光の邸の侍部屋で使用人達の楽しそうな声を聞きながら季武が言った。
 前日は賀茂祭だった。
 華美な装束を着た者達や豪華な車を連ねた華やかで大規模な行列が通るので大勢の見物客が集まるのである。

「一度は見てみたいもんだな」
 金時が言った。
「田舎侍が見物に行っても馬鹿にされるだけだろ」
 季武が冷めた口調で言った。
 彼らが着ている粗末な物を見れば一目で官位もない下っ端侍だと分かってしまう。
 田舎者が物見遊山で都の祭り見物など良い笑い物だ。

「馬や歩きじゃ顔を隠すことも出来ねぇからな」
 貞光が言った。
 郎等達がお上りさんのような真似をしたとなると頼光にも恥を()かせることになる。
 頼光はあまりそういう事は気にしないのだが、部下として上司の名誉に傷を付けるようなことをするは躊躇(ためら)われる。

「なら牛車に乗っていけば良いんじゃね?」
 金時が言い出した。
「万一殿上人(てんじょうびと)出会(でくわ)して引きずり下ろされたりしたら見物以上の恥曝(はじさら)しだろ」
「下すだれを降ろして女車を(よそお)うのはどうだ?」
「良いかもしんねぇ」
 金時の提案に貞光は同意すると早速大きな牛車を借りてきた。

 牛車の前後のすだれを下まで降ろし、乗っている者の身分がバレないように(すそ)が見えないようにした。
 そのため、いかにも奥ゆかしい女車に仕立て上がってしまったことには普段牛車に乗らない三人は気付いていなかった。

 牛車というのはスプリングが効いていないので揺れがひどい。
 激しい揺れに三人は狭い牛車の中で()ね回される羽目になった。
 車の横板に叩き付けられたかと思うと次の瞬間には互いの顔がぶつかって仰向けにひっくり返ったり、床に放り出されたりと散々振り回され転げ回った。

 三人は、
「走るな! もっとゆっくり!」
 と声を上げたが、なまじ良い牛を借りてきてしまったため景気よく突っ走っていく。
 当然、三人は牛車の中で転がり回る。

 後ろに続いている車や通行人達は、三人の叫びに、
「東国の(かり)みたいな声だな」
「どこかの田舎娘達か?」
 と言い合っていたが男にしか聞こえない声なので皆(いぶか)しんだ。

 ようやく紫野に到着した時には三人とも車酔いで気絶していた。

 目が覚めると行列は通り過ぎた後で周囲の見物人達は帰り支度をしている。

「どうする?」
 まだ車酔いで青い顔をしている貞光が言った。
「帰りもあんなに揺られたらホントに死ぬぞ」
「このまましばらくここにいて人気(ひとけ)がなくなったら歩いて帰ろう」
 三人は周囲に人がいなくなると、烏帽子(えぼし)を鼻先まで降ろし、扇で顔を隠して一条にある頼光の邸に歩いて帰った。
 それ以来、季武は牛車に近付くことすらしなくなったという。

「人を()け者にするからバチが当たったんだ」
 綱がザマミロというように舌を出した。
「お前は女の所に行ってていなかったからだろ!」
「あん時も奥さん怒らせてたじゃねぇか!」
「で、でも、『今昔物語集』には〝いずれも堂々たる容姿で武芸に秀でて思慮深(しりょぶか)く〟って書いてありますよ」
 六花は慌てて取りなすように言った。
 そう言う男達が牛車(ぎっしゃ)に酔って気絶するとは情けないと言う話なのだが……。

 この様子だと、貞光さんが無礼な男に腹を立てて殺した話を読んだ事は黙ってた方が良さそう……。


『今昔物語集』「頼信の言に依りて、平貞道、人の頭を切る語」

 頼光の邸で酒宴があった時、弟の頼信も来ていた。
 頼信は部屋に入ってきた貞光に気付くと自分の所に呼び付け、ある男の名前を言った。
 駿河国にいるとのことだった。

「儂に対して無礼な振る舞いをしたんだ。首を取ってきてくれ」
 頼信が言った。

 はぁ?
 オレ、オメーの部下じゃねーし。
 オメーに命令されるいわれはねぇ。

 貞光は曖昧(あいまい)に返事をしてその場を離れた。
 命令に従う気などなかった貞光はその事を綺麗に忘れてしまった。

 数ヶ月後、用があって東国へ行くと道でその男と出会(でくわ)したが貞光は頼信の命令を覚えていなかった。

 そのため、なごやかに雑談して別れる時になってその男から、
「わたしを殺すように命令されたと聞きましたが」
 と言われて初めて思い出した。
 酒宴の席での話で周囲に大勢の人がいたため男の耳にも入っていたらしい。

「言われたがオレは頼信様に仕えてるわけじゃねぇから」
 貞光がそう答えると、
「よかった、安心しました」
 男が安心したように言った。
「まぁ、わたしほどの腕利きを討ち取れるはずがないので賢明ですね」

 はぁ?
 一言「安心しました」と言えば済むものを……。
 自分は腕利きだから討ち取れるわけがないだと?
 こいつ、ケンカ売ってんのか。
 だったら目にもの見せてやろうじゃねぇか。

 腹を立てた貞光は適当に挨拶をして別れた後、姿が見えなくなるまで待ってから、
「あいつを討ち取る」
 と郎等達に宣言すると装備を整え、馬を返して男を追い掛けた。
 郎等達が後に続いて馬を駆る。

 男の姿が見えてくると、一旦林の中に入って様子を窺った。

 男が林の前を通り過ぎるのを待ち、広い野原に出たところで、
「やれ!」
 郎等達に声を掛けた。

 貞光の合図と同時に郎等達が一斉に矢を射掛ける。
 男に矢が雨のように降り注ぐ。
 貞光の声に男が振り返った。

「そんなこったろうと思った!」
 と言って向かってこようとしたが貞光の言葉に油断していた男はあっさり矢を受けて絶命した。
 男の郎等達が蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
 なんとか命拾いした者もいたが逃げ切れなかった者達はその場で命を落とした。

 貞光は男の首を落とすと、それを京に持って行って頼信に差し出した。
 頼信は喜んで名馬に鞍を付けて貞光に与えた。

 貞光は、
「余計なことを言うから命を失う羽目になったのだ。まぁ頼信様が不愉快に思うのも無理はないな」
 と言ったという。


 この話を読んだ六花の友達が、
「自分がムカついて殺したんだから頼信関係なくない?」
「『今昔物語集』の頼光四天王ってギャグ担だよね」
 と言っていたことは四天王には黙っていた。
 四天王と言っても綱の名前や〝四天王〟という言葉は『今昔物語集』には出てこないのだが。

「一応言っとくが頼信(よりのぶ)の命令で男を殺したのは貞光じゃないからな」
 六花の表情を見た季武が言った。
「あ、やっぱり」
「って、それも読んでたんだ……」
 貞光が顔が引き()らせた。
「貞光、ムカついただけで大勢殺すような凶暴な(ヤツ)って思われてたんだ~」
 綱が貞光を見ながら意地悪く言った。
 貞光がムッとした顔で綱を睨み付ける。

「いえ、人違いだと思ってました!」
 六花が慌てて言った。
藤原保昌(ふじわらのやすまさ)の郎等を頼光四天王が殺したって話も実際は違う人だって聞いたので、貞光さんの話もそうなんじゃないかと……」
「え、保昌(ほうしょう)様の郎等を俺達が殺したなんて話あんの?」
 金時が初耳と言う顔で訊ねた。
「何かの本に載ってるとか。でも『御堂関白記(みどうかんぱくき)』には違う人の名前が載ってるそうです。頼光四天王が殺した事になってるのは後世に書かれた本だから事件が起きた時の日記の『御堂関白記』の方が正しいだろうって……」
「俺達が出てるのは後世に書かれたものだけだからなぁ」
 頼光と四天王が京で活躍していた頃に書かれた同時代資料に名前が出てくるのは頼光と金時のモデルとされている下毛野公時だけだ。
 他の三人の名前が出てくるのは死後、大分経ってから書かれたものだけである。

「で、でも、貞光さんは褒められてる話もありますし」
 六花がフォローするように言った。

『今昔物語集』「袴垂、関山にして虚死して人を殺す語」

 大赦(たいしゃ)で牢から出されたものの中に袴垂(はかまだれ)と言う盗賊がいた。
 出獄(しゅつごく)したものの無一文の袴垂は逢坂山で裸になって道端に横たわり死んだ振りをした。

 道行く人達は倒れている袴垂に気付くと集まってきて、
「傷一つ無いがなんで死んだんだ?」
 と不思議がってあれこれ話していた。

 そこに立派な馬にまたがり弓矢を背負った武士が大勢の郎等達を引き連れて通り掛かった。
 武士は人垣に気付くと従者に様子を見にいかせた。

 従者が戻ってきて、
「傷もないのに死んでいる者がいました」
 と報告すると武士は郎等達の隊列を揃え、武具を整えると死体を横目で見ながら通り過ぎた。

 それを見ていた者達は、
「大勢の郎等を引き連れていながら死体に怯えるとは」
 と嘲笑(あざわら)ったが武士は無視して行ってしまった。

 その後、見物人達が立ち去り誰もいなくなってから別の武士が通り掛かった。
 その武士は一人だけで共は誰も連れていなかった。

 死体に気付くと馬で近付いてきて、
「傷は見当たらないが死因はなんだ?」
 と弓で(つつ)いた。

 その瞬間、袴垂は飛び起きて弓を掴んで引き寄せ、武士を馬から引きずり落とし、地面に転がった武士の腰から刀を抜くとそれで刺し殺した。
 そして殺した武士を身包(みぐる)()いで身に着けると、その武士の馬に乗り、あらかじめ待ち合わせていた他の盗賊達と合流すると、更に通りすがりの通行人から次々と着物や武具、馬を奪っていった。

 その話を聞いた人々は、最初から用心して通り過ぎていった武士の賢明(けんめい)さを(たた)え、それが貞光だったと知ると、
「なるほど、それなら当然だ」
「さすが平貞光」
 と、大勢の郎等がいても警戒を怠らなかった貞光を賞賛(しょうさん)したのである。

「いや、その話、心当たり無ぇんだが」
 貞光が首を傾げる。
「あの頃は道端に死体が転がってるなんて珍しくなかったからね。素通りは普通だったんだよ」
 金時が補足した。

「じゃあ、頼光様の話は……」
 六花が訊ねた。


『今昔物語集』「東宮大進源頼光朝臣、狐を射る語」

 ある時、春宮(とうぐう)御堂(おどう)の上で狐が寝ているのに気付いた。

 春宮は側に控えていた者に命じ、近くに伺候(しこう)していた頼光に弓と蟇目(ひきめ)の矢を渡させると、
「あの狐を射よ」
 と命じた。
「恐れながらご辞退申し上げます。他の者ならいざ知らず、この頼光が射損じたとなれば大恥を()くことになります」
 と一度は断った。

 しかし春宮に再度、
「射よ」
 と命じられ仕方なく弓を構えた。

強弓(こわゆみ)に普通の矢ならまだしも蟇目(ひきめ)は重いので届かないと思います。途中で矢が落ちるのは外す以上に物笑いの種になるでしょう」
 と言いながら上衣の袖をまくると、最大まで引き絞って矢を放った。
 矢は見事に命中し、狐は屋根から転がり落ちた。

弱弓(よわゆみ)に重い蟇目の矢では弓の名手でも的までは届かないものなのに射落とすとは見事だ」
 と驚嘆し、褒美として頼光に馬を与えた。

「弱弓に蟇目は普通届かないって、それ分かっててわざと弱い弓と蟇目の矢を渡したってことですか?」
「三条帝の皇太子時代の話だからな」
「頼光様は土御門(つちみかど)様の家司(けいし)でもあったんだよね」
 家司というのは家の用をする職員のようなもので金で雇われていたのではなく自発的に仕えていた。
 土御門様というのは藤原道長のことである。
「三条帝と土御門様は仲悪かったんだ」
「じゃあ、狐を射落としたのはホントなんですね」
「ただの狐を射殺したところで意味はないんだがな」
 頼光が答えた。

 時代劇の「またつまらぬ者を斬ってしまった」みたい……。

「あ、鬼退治の話もまだありますよね」
 六花は話題を変えた。


『古今著聞集』「源頼光、鬼同丸を誅する事」

 冬の寒い夜の帰り道、
「頼信の邸が近くだな」
 頼光はそう言うと、
「黙って通り過ぎても角が立つ。邸によって良いか頼信に聞いてきてくれ」
 と金時を使いに出した。

「頼信様が『どうぞいらしてください』と仰っておりました」
 金時がすぐに戻ってきてそう伝えたので頼光は四天王を連れて頼信の邸に向かった。

 頼信の邸で頼光は異界の者の気配に気付いた。
 見ると(うまや)に髪がぼうぼうで薄汚れた着物の男が縄で縛られ繋がれている。

「頼信、厩のあの男は?」
 頼光が訊ねると、
「都を騒がしていた鬼同丸を捕まえました」
 頼信が得意気に答えた。
「そうか」
 頼光が頷いた。
 頼信は武勇の者として知られているが、普通の人間が異界の者を捕まえられるはずがない。
 鬼同丸は何かを企んでいるのだろう。

 夜が更けて頼信は寝所に引き上げていった。

「頼光様、鬼同丸(あやつ)はいかがなさいますか?」
 綱が訊ねた。
「頼信が捕まえたものを頼信の邸で勝手に討伐してしまうわけにもいかぬだろう。お前達は鬼同丸が頼信や家族に危害を加えないように見張ってろ」
 頼光は鬼同丸に聞こえないように命じた。

「は!」
 綱達が頭を下げると、
「明日は仕事で鞍馬に参拝に行かねばならん」
 と鬼同丸に聞こえるように言った。
「貴族の振りは大変ですね」
 綱が話を合わせる。
「全くだ」

 深夜、鬼同丸は自分を縛っていた縄を引きちぎると厩の戸口から外を(うかが)った。
 辺りを見回し、誰もいないと見て取ると邸から逃げ出した。

 討伐員五人を相手に一人で立ち向かえるわけがない。
 しかも頼光は討伐員の中でも特に強くて有名なのだ。
 鬼同丸は急いで邸から離れた。

 翌朝、頼光は鞍馬山に向かった。
 頼光は貴族が参拝する時の白い狩衣仕立ての装束で騎乗している。

 市原野に差し掛かった時、
「ここで牛追いでもしよう」
 頼光が不意に馬を止めて言った。
 その言葉に四人は視線を交わすとそれぞれ牛を追い始めた。

 綱は辺りを見回して大きな牛の死体に目を留めるとそれに向けて矢を放った。
 矢が死体に刺さると同時に中から鬼同丸が飛び出してきた。

 鬼同丸は牛の死体に隠れて待ち伏せていたのだ。
 綱達が四方から鬼同丸に矢を射掛ける。
 鬼同丸は刀で矢を払いながら頼光に向かっていった。

 頼光が騎乗したまま膝丸の太刀を抜刀し様、斬り掛かってきた鬼同丸の首を()ねる。
 鬼同丸の打刀が頼光の鞍に突き立ち、首が手綱(たづな)に食い付こうとした。
 頼光はそれを太刀で(はじ)く。
 鬼同丸の首が地面に落ちて動かなくなると頼光は納刀した。

「よし、帰るぞ」
 頼光はそう言って馬を回すと邸に引き返した。
 鬼同丸を誘き出すために来ただけで参拝の予定は元よりなかったのだ。

 * * *

 オーブンの音がして六花はケーキを取り出した。

「あ……」
 焼き上がったスポンジを取り出した六花が困ったような表情を浮かべた。
「どうした?」
「この包丁、長さが足りないからスポンジ上手く切れるかなって」
「ああ、それなら任せて。真ん中で二等分すれば良いの?」
 綱が立ち上がった。
「はい」
「じゃ」
 綱がスポンジの前に立つと六花が包丁を渡す前に光が一閃した。

「はい、切れたよ」
「い、今の……」
「居合いだよ」
 綱が得意気に言った。
「そこじゃなくて……日本刀で切ったんですか!?」
「刀のこと人斬り包丁って言うじゃん」
 綱があっけらかんとして答えた。
「オレ達は人は斬らねーけどな」
 貞光が冷ややかな目で綱を見ながら言った。

 日本刀でケーキを切るって……。
 しかも綱さんの持ってる刀って確か……。

 六花は思わず気が遠くなり掛けて慌てて頭を振ると深く考えないことにした。

「今日は豪華だね~」
 綱が食卓を眺めて嬉しそうに言った。
「食事は揚げ物ばかりですから豪華というわけでは……」
 六花が照れくさそうに答える。
 ケーキ以外はフライドポテトとサンドイッチだけだ。

 六花は頼光達の話を聞きながらクリスマスの夕食を楽しんだ。

 食事が終わると六花は季武に送られて頼光達のマンションを後にした。

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