食事の最中、髪の薄い中年男性が簡単な自己紹介をしてくれた。

「私の名はダニエル、一応仮のリーダーということになっている。入り口にいる長髪の大男はチャールズ、食事を持ってきた女性はエマ、そこで機械をいじっているのが館内放送をしていたジョージ、それと医師のフレデリック。我々はこの5人で行動をしている」

「私はアダム、この子はベラです。残念ながら他の生存者には会えませんでした……」

「そうか……もう生存者はいないようだな。実は先程、電源を復旧させたのは私達なんだ。もし驚かせてしまったなら申し訳ない。だが、生存者がいて良かった……この病院は見ての通り……地獄だから」

「いえ、感謝しています。私達だけではどうなっていたか……想像もつかないです」

「その……君たち2人も【レーサ】で入院していたのかい?」

 ダニエルがポツリポツリと話し始める。

「はい、そうです。私達は末期患者だったので別棟にいました」

「そうか、やはりな……実は私達も入院患者だったんだよ。末期では無かったので君達より早く目覚めたんだろうな……」
 
 ダニエルは何かを確信しているようにそう言った。
 
「何かご存知なんですね?」
 
「どこから話せばいいのだろうか……」

 ダニエルが、ベラの方をチラっと見て考え込んでいる。
 恐らく子供には刺激の強すぎる話なのだろう。

「覚悟はしています。本当の事を教えてください」

 自分に遠慮して話せないことを察したのか、ベラが強い口調で問いただした。

「そうか、お嬢ちゃん強いね……。では知っている事を話そうか……この状況は戦争で使用された生物兵器によるものなんだ……」

「生物兵器……!」

「詳しい事は分からないんだが、敵国のいずれかが使用したらしい。感染力と致死性のいずれも高い凶悪なウィルスで、この国の人間はほぼ…………死に絶えた……と思われる」

「そう……じゃあ、私の家族も……」

 そう呟いてベラは俯いた。必死で涙を堪えているようだ。
 会議室は長い間沈黙に包まれた。

「ダニエルさん、先程【レーサ】の事を聞いてきたということは……私達が生きている事と関係があると考えているのでしょうか?」

「察しがいいね……現時点では仮定だが、間違いないだろう……【レーサ】患者にはその生物兵器ウィルスは効かないんだ……いや、効かないはちょっと違うな。フレデリック、説明をお願いできるかな」

「分かりました。ここからは私が説明します。ご存知の通り【レーサ】は罹患するとまず助からない不治の病です。そこに同じく凶悪なウィルスが体内に入った……普通に考えるとまず助からないのですが、なぜか【レーサ】とウィルスはお互いに敵だと認識して攻撃し合うようなんです。それがきっかけで私達の体に何かの変化が起きたと思われます」

「私達は【レーサ】とウィルスを両方とも克服したのでしょうか?」

「どうやらそのようです。検査してみなければ確かな事は言えませんが、少なくとも我々5人はどちらの抗体も持っているようです」

「そうか、だから体がこんなに軽くなっているんですね……。死を待つだけだった私達が生き残り、健康だったはずの人々が死に絶える……不思議なものですね……」

「しかし、まだ油断はできません。私達に起きた変化が何なのか……まだ調査中で詳しい事は分からないのです。もしかしたら……他にも副反応が起きている可能性もあります。何しろ、人類が初めて直面する事態なんですから……」

 何か大変な事が起きていることは分かっていたが、まさかこれほどまでとは……。
 不治の病を克服できたことは嬉しい事だが、俺もこの人達も大事な人を失ってしまったのだ。
 これからどうやって生きていけばいいのだろうか……。

「ダニエルさん達はこれからどうするおつもりですか?」

「実のところ、まだ何も決まっていないんだ。分からないことだらけだしね。でも私達は生き残らなければならない……死んでいった者達の分までね……」

「そうですね……奇跡的に貰った命を無駄にする訳にはいかないですね」

「その通りだ。そのために必要なことを共有しよう。ジョージ、チャールズ、説明を頼む」

「もちろんオーケーだ。まずはライフラインだが……水も、電気も、燃料も絶望的だ。この病院の非常電源もそう長くは持たないだろう。また暗闇に逆戻りって訳だ……。まるで野良猫にでもなった気分だぜ」

 ジョージがオーバーアクションを交えて説明してくれたとおり、急に人類が絶滅したことによりライフラインは致命的なダメージを負っているようだ。時折聞こえてくる爆発音がそれを物語っていた。

「だから、まずは自分達の分だけでもライフラインを作り上げる必要がある。発電機や3Dプリンタ、機械の設計図など入手が必要なものは山程あるぜ」

「ここからは俺が話そうか。必要なものを集めるために病院から出て拠点を作る必要があるんだが、死体の匂いが凶暴な野生動物を呼び寄せてしまっている。安易に外出するのは自殺行為と言えるだろう」

「戦う術はあるのでしょうか?」

「俺は元軍人だから銃さえあればなんとかなりそうなんだが……あいにくここは病院だから難しそうだ。武器になりそうなものといえば……鉄パイプや小さな刃物くらいなものか……」

「なるほど、問題は山積みですね……私達にできることがあれば手伝わせてほしいのですが」

 俺がそう言うと、待ってましたとばかりにダニエルが反応した。

「もちろんだよ。私からも手伝いを頼みたいと思っていたところなんだ。お嬢ちゃんもそれでいいかい?」

「はい、よろしくお願いします」

「よし、では今から君達は私達の仲間だ!共に生き抜こう!」

 こうして俺達7人は仲間となった。
 この時はまだ知らない。さらに予想以上の不運が俺達を襲うことを……。