私はリーダーとして仕事が最終段階となったことに安堵していた。
全ての決断が正しかったとは決して言えないのだが、ようやくゴール目前まで辿り着くことができた。
だが、ひとつだけ気になることがある。
「ナカマツ、ちょっといいかな?」
「ボス、どうかしましたか」
「いや、大した用事でもないんだが、たまには一緒に酒でもどうかと思ってね」
「いいですね。普段は飲まない主義でしたが、今日は特別な日ですからね。それに……大事な娘をイチロー君に取られたボスを慰めないといけないですからね」
「はは……まあさすがにショックだったな。でもイチローなら……きっとハカセを幸せにするんだろうなって思えるんだ」
「そうですね、彼は変わり者ではありますが誠実ですからね。ハカセ君が選んだのも分かる気がします」
「まあそんな感じなので、それほど心配はしていないんだ。心配なのはむしろナカマツ、君の方なんだ」
「私ですか……それは何故でしょう?」
「だって、君は不老不死を治したくないと考えているんだろう?」
ナカマツの表情が曇る。
やはりそうなのか……。
「ボスの目は誤魔化せないということですか……お見事です」
「責めているわけじゃないんだ。だって私も君と同じだからね」
私がそう言うと、ナカマツは安堵の息を吐いた。
「イチロー君達を見ていると、若さというものが羨ましく思えます。私達のような残りの寿命が短い者からすると、不老不死は呪いどころか祝福なんですよね。不老不死を呪いだとして、その呪いを解こうと頑張ってこれたのはハカセ君の為というのが大きかったのかもしれませんが、その目処が立ってしまったら急に手放すのが惜しくなってしまったんです」
「私も似たようなものさ。人が全て死に絶えた世界で孤独に生きるより、価値のある死を望んだ方がいいと思ったんだ……。でも治安の良い日本へ定住することになったとき、残された時間の少なさに気付いたんだ。ふとナカマツの顔を見たら、私と同じで心から喜んでいないように思えたんだ」
私達はお互いに酒を注いだ。
酒をちびちびと飲みながら、しばらく宇宙船の窓から地球と月を無言で眺めていた。
「人生というのは一体何なんでしょうね。私は肉体年齢で70年、不老不死として10年も生きてきて、未だに答えが分からないんですよ」
ナカマツがポツリと呟いた。
「私もさっぱり分からないね。【レーサ】に罹患をしたとき、私は死を受け入れたんだ。もう十分生きたって、確かにそう思ったんだ。それなのに今は時間が足りないって考えてしまっている。『もう十分生きた』はずだったのにね……。不老不死になったとき、死への覚悟もリセットされてしまったようだ」
「7人での共同生活は私達が思っていたより、ずっと充実していたのですね……。私は『彼らと一緒にいられる時間が少ない』ということが残念だと思っています。例えばイチロー君とハカセ君が結婚式を挙げるとき、私だけこの世にいないのかもしれない……そう考えるだけで酷く寂しいのです。逆に私だけ不老不死を治さなかった場合、いつの日かイチロー君やハカセ君の寿命が尽きる日を見届けなければならなくなる……それも同じくらい辛いのです」
「そうだな。2人の門出は是非祝いたいものだな。ハカセのドレス姿はきっと綺麗なんだろうな……。ナカマツ……この件は皆に意見を聞いてみてはどうだろうか」
「皆が不老不死の治療を目指している中で私達だけというのは……水を差すようなことにならないだろうか?」
「それは分からないけど、そう思うのであれば尚更聞いてみないといけないんじゃないかな」
「そうですね。抜け駆けするわけにはいかないですからね」
――
翌朝、私達は不老不死の治療方針について話し合った。
「あ、すみません。言ってませんでしたが、俺は少なくとも5年間、炭酸飲料を飲まないことにしました」
「え?イチロー、お前本気か?お前が炭酸を飲まないなんて……ありえないだろ」
昨晩あれほど色々考えたというのに、あっさりとイチローが治療しない宣言をしてしまった。
カトーが驚くのも無理はない。イチローが飲まないなんて、完全に想定外だった。
「私がお願いしたのよ。イチローと肉体年齢の差が少しでも縮まるようにということで。逆に私は強炭酸水をたっぷり飲んで一気に治療するつもりです」
なるほど、イチローの婚約期間はなかなか苦労が多そうだ。
「俺も正直悩んでいます。もし戦闘になるような事態が急に起きた場合、少なくとも俺かサクラのどちらかが不老不死だった方が安心ですよね。サクラは……もうずいぶん飲んでしまっているから、とりあえず全員の移住が完了するまで、俺は治療しない方が良さそうだなと」
「カトーが治療しないなら私は遠慮なく飲ませてもらおうかしら。カトーの理屈で言うとナカマツあたりも念のために治療しない方が良さそうね。これからは医者が必要になりそうだし」
「そうですね。では私も当面は治療しないことにしましょう」
ナカマツの懸念はアッサリ解決してしまった。
サクラはやたらと勘がいいので、色々察して助け舟を出してくれた可能性もあるが。
「あとはエディと私だが、自己判断で治療方針を考えていくということでいいだろうか」
「ボス氏、ちょっといいかな」
「イチロー、どうした?」
「治療方針は皆色々事情もあるだろうし、治療することで死に近づいてしまうことにもなる。だから治療を強制するのは止めにしましょう。死の間際に『自分の人生は楽しかった』と思えるような人生となるよう、自分の人生と向き合って決めたらいいと思うんだ」
「イチローがすごく良い事を言っている……ハカセ大変だ。イチローが壊れているぞ」
「サクラ、失礼なことを言わないで。イチローだってたまには良いこと言うはずよ」
「ハカセ……それはフォローになってないと思うんだ」
ハカセにまで言われてしまい、落ち込んでしまったイチローが少々気の毒だが、とてもいい流れになったと思う。
「イチローがとても良い事を言ってくれたと思う。人生は一度きりだ。各自後悔の無いように、自分の気持ちを確認しながら治療方針を考えてほしい」
全員がこの方針に賛成してくれた。
なかなか難しい問題だと思うが、残りの人生は後悔のないようにしてほしい。
全ての決断が正しかったとは決して言えないのだが、ようやくゴール目前まで辿り着くことができた。
だが、ひとつだけ気になることがある。
「ナカマツ、ちょっといいかな?」
「ボス、どうかしましたか」
「いや、大した用事でもないんだが、たまには一緒に酒でもどうかと思ってね」
「いいですね。普段は飲まない主義でしたが、今日は特別な日ですからね。それに……大事な娘をイチロー君に取られたボスを慰めないといけないですからね」
「はは……まあさすがにショックだったな。でもイチローなら……きっとハカセを幸せにするんだろうなって思えるんだ」
「そうですね、彼は変わり者ではありますが誠実ですからね。ハカセ君が選んだのも分かる気がします」
「まあそんな感じなので、それほど心配はしていないんだ。心配なのはむしろナカマツ、君の方なんだ」
「私ですか……それは何故でしょう?」
「だって、君は不老不死を治したくないと考えているんだろう?」
ナカマツの表情が曇る。
やはりそうなのか……。
「ボスの目は誤魔化せないということですか……お見事です」
「責めているわけじゃないんだ。だって私も君と同じだからね」
私がそう言うと、ナカマツは安堵の息を吐いた。
「イチロー君達を見ていると、若さというものが羨ましく思えます。私達のような残りの寿命が短い者からすると、不老不死は呪いどころか祝福なんですよね。不老不死を呪いだとして、その呪いを解こうと頑張ってこれたのはハカセ君の為というのが大きかったのかもしれませんが、その目処が立ってしまったら急に手放すのが惜しくなってしまったんです」
「私も似たようなものさ。人が全て死に絶えた世界で孤独に生きるより、価値のある死を望んだ方がいいと思ったんだ……。でも治安の良い日本へ定住することになったとき、残された時間の少なさに気付いたんだ。ふとナカマツの顔を見たら、私と同じで心から喜んでいないように思えたんだ」
私達はお互いに酒を注いだ。
酒をちびちびと飲みながら、しばらく宇宙船の窓から地球と月を無言で眺めていた。
「人生というのは一体何なんでしょうね。私は肉体年齢で70年、不老不死として10年も生きてきて、未だに答えが分からないんですよ」
ナカマツがポツリと呟いた。
「私もさっぱり分からないね。【レーサ】に罹患をしたとき、私は死を受け入れたんだ。もう十分生きたって、確かにそう思ったんだ。それなのに今は時間が足りないって考えてしまっている。『もう十分生きた』はずだったのにね……。不老不死になったとき、死への覚悟もリセットされてしまったようだ」
「7人での共同生活は私達が思っていたより、ずっと充実していたのですね……。私は『彼らと一緒にいられる時間が少ない』ということが残念だと思っています。例えばイチロー君とハカセ君が結婚式を挙げるとき、私だけこの世にいないのかもしれない……そう考えるだけで酷く寂しいのです。逆に私だけ不老不死を治さなかった場合、いつの日かイチロー君やハカセ君の寿命が尽きる日を見届けなければならなくなる……それも同じくらい辛いのです」
「そうだな。2人の門出は是非祝いたいものだな。ハカセのドレス姿はきっと綺麗なんだろうな……。ナカマツ……この件は皆に意見を聞いてみてはどうだろうか」
「皆が不老不死の治療を目指している中で私達だけというのは……水を差すようなことにならないだろうか?」
「それは分からないけど、そう思うのであれば尚更聞いてみないといけないんじゃないかな」
「そうですね。抜け駆けするわけにはいかないですからね」
――
翌朝、私達は不老不死の治療方針について話し合った。
「あ、すみません。言ってませんでしたが、俺は少なくとも5年間、炭酸飲料を飲まないことにしました」
「え?イチロー、お前本気か?お前が炭酸を飲まないなんて……ありえないだろ」
昨晩あれほど色々考えたというのに、あっさりとイチローが治療しない宣言をしてしまった。
カトーが驚くのも無理はない。イチローが飲まないなんて、完全に想定外だった。
「私がお願いしたのよ。イチローと肉体年齢の差が少しでも縮まるようにということで。逆に私は強炭酸水をたっぷり飲んで一気に治療するつもりです」
なるほど、イチローの婚約期間はなかなか苦労が多そうだ。
「俺も正直悩んでいます。もし戦闘になるような事態が急に起きた場合、少なくとも俺かサクラのどちらかが不老不死だった方が安心ですよね。サクラは……もうずいぶん飲んでしまっているから、とりあえず全員の移住が完了するまで、俺は治療しない方が良さそうだなと」
「カトーが治療しないなら私は遠慮なく飲ませてもらおうかしら。カトーの理屈で言うとナカマツあたりも念のために治療しない方が良さそうね。これからは医者が必要になりそうだし」
「そうですね。では私も当面は治療しないことにしましょう」
ナカマツの懸念はアッサリ解決してしまった。
サクラはやたらと勘がいいので、色々察して助け舟を出してくれた可能性もあるが。
「あとはエディと私だが、自己判断で治療方針を考えていくということでいいだろうか」
「ボス氏、ちょっといいかな」
「イチロー、どうした?」
「治療方針は皆色々事情もあるだろうし、治療することで死に近づいてしまうことにもなる。だから治療を強制するのは止めにしましょう。死の間際に『自分の人生は楽しかった』と思えるような人生となるよう、自分の人生と向き合って決めたらいいと思うんだ」
「イチローがすごく良い事を言っている……ハカセ大変だ。イチローが壊れているぞ」
「サクラ、失礼なことを言わないで。イチローだってたまには良いこと言うはずよ」
「ハカセ……それはフォローになってないと思うんだ」
ハカセにまで言われてしまい、落ち込んでしまったイチローが少々気の毒だが、とてもいい流れになったと思う。
「イチローがとても良い事を言ってくれたと思う。人生は一度きりだ。各自後悔の無いように、自分の気持ちを確認しながら治療方針を考えてほしい」
全員がこの方針に賛成してくれた。
なかなか難しい問題だと思うが、残りの人生は後悔のないようにしてほしい。