「ナカマツ!豆腐を掬うときは崩れないようにおたまを使うんだ。ハカセ、この肉は煮えてるよ。サクラ、少しは野菜を食べろよ!ほれ」

 イチローは鍋の前で迷奉行ぶりを発揮している。
 うぜえ、こいつ……私の取皿に白菜を入れてきやがった!
 私は肉だけ食べたいんだよ!

「サクラ、どうしたの?今日はいつもより食べるペースが遅いように思うんだけど?」

「ああ、ちょっと考え事をしていたな……よし食べよう」

 さっき放り込まれた野菜を避けつつ、肉を食べる。
 くそう、悔しいが美味いな……。
 イチローが煩くなければ最高なのに……。

 ん?そうか……良い事を思いついたぞ。

「イチロー、鍋奉行お疲れさん。感謝の印に飲み物を持ってきたから飲んでくれ」
 
「サクラ、ありがとう。じゃあ、一段落したらいただこうかな」

 持ってきた飲み物をイチローの横に置く。
 よし、これで時間の問題だな。
 さて、肉を食べまくろう。

 ――

「イチロー、この鍋美味しいね。あ、ちょっと喉が乾いたのでジュース一口ちょうだい」

 そう言って、ハカセがイチローの隣にあるジュースを飲む。
 ……それは私が持ってきたやつではないか!

「いちろ~……わたし……なんだかふわふわしてきた……」

 ハカセが真っ赤な顔をしている……。
 そりゃそうだよ、それは酒だからな。

 イチロー最大の弱点は極端に酒に弱いことなのだ。
 ジュースに見せかけて酒を飲ませ、酔ったところで医務室に運べば……好きに食べられる!という作戦だったのだが。
 まさか隣に座っていたハカセが飲んでしまうとは……これは痛い誤算!

「ちょっと、それはまさか酒では?」

 ハカセの様子を見て、ナカマツが気付いた。
 さすが医師……これはマズイ展開だ。

「完全に酔ってますね……医務室に運びましょう」

「い~や~だ!わたしは……いちろーとずっといっしょにいるの~」

 ナカマツがハカセを医務室に運ぼうとするのだが……全力で拒否してイチローに力強く抱きついてしまい、連れて行くことができないようだ。
 しかし、結果的にイチローの動きを封じることができている。

「困りましたね……まあ、顔色は悪くないし、不老不死だから健康への影響も無いでしょう。しばらくこのまま様子を見ましょうか……」

「わたし……よってなんかいないも~ん」

 酔ってるよ、完全に。
 酔ってるやつはみんなそう言うんだよ。

「ところで、サクラ……俺に酒を飲ませようとしただろ?」

 イチローがこっちを見て睨んでいる。
 うん、さすがにバレるよな……。

「ごめ~ん、間違えてお酒入れちゃったみたい」

 こういうときは適当に謝って、適当に誤魔化すに限る。

「さくらあ~いちろ~をいじめちゃだめだよ~」

 ハカセはイチローにしがみつきながら、私を睨んでいる。
 そうか、この子は酔うとこうなるのか……。いつもの落ち着いた感じと違ってかわいい感じじゃないか。
 酒はその人の本性が出るなんて言うけども、ハカセの本質はかわいい性格なのかもしれない。

「どうせ、野菜を食べたくないとかそんな理由なんだろうけど、運が悪かったようだな」

「なによ、イチローだって普段は野菜なんて食べないじゃない。偏食なら私と同レベルでしょ」

「そこまで言うのなら、試しに食べてみたらいいじゃないか。まさか……サクラさんともあろうお方が怖いとか?」

「わかったわよ、じゃあ食べてやろうじゃないの。もし美味しければ私が謝るわよ」

 しまった……うっかりイチローの挑発に乗ってしまった……。
 まさか野菜を食べることになるとは思わなかったが、どうせ不味いだろうからすぐに吐き出せばいいだろう。

 覚悟を決めて、ねぎと白菜を箸に取る。
 口に放り込んだ瞬間、濃厚な出汁の旨味が溢れてくる……。

 なんだこれは……野菜の苦味は全く感じられなかった。
 それどころか、肉や魚介類の味も十分に浸透していて……美味いな、これは。

「……」

「サクラ、黙っているけど、美味しいだろ?」

「……うん、美味しい」

「他に言うことは?」

「参りました。すみませんでした」

「マジか……サクラが負けを認めるなんて……」

 カトーの野郎、余計なことを……。
 しかし、よく考えてみたら最近はよく謝っている気がする。
 迂闊な行動が原因なのだろうか……あとで反省するとしよう。

「ハカセ、お酒を飲ませちゃってごめんね……」

 ハカセの小さい頭を撫でていると、寝息を立てていることに気付く。
 イチローの膝の上で幸せそうに……。

「悔しいが、これは本当に美味いんだ……。イチロー、余っている食材をどんどん入れてくれ!」

「もちろんだよ。そう思って大量に用意しているからどんどん食べてくれ」

「ところで、この鍋はまだ何か入るの?」

「最後にうどんを入れる予定だよ。日本の風習では大晦日には細い蕎麦を食べるらしいんだけど、鍋の最後はうどんの方が合うんだ。鍋の旨味をすべて吸収して最高の締めになるからさ」

「なぜ細い蕎麦なの?」

「『細く長く』という言葉があって、物事を地道に持続することを意味するらしい。その言葉にちなんでいるみたい」

「なるほどね。じゃあ、私達の場合は『太く長く』ということになるかしら」

 地球人の考え方はとても不思議だと思う。
 なぜ細くする必要があるのだろう。私なら断然太い方がいいと思うんだけど。

 とはいえ、私達の星は戦争が絶えなかったし、科学力では地球より勝っていたかもしれないが、文化的には劣っていると思えるところがいくつもある。
 このような食文化からも学ぶことが多い。

 私は目先のことばかり考えてしまうから、色々と失敗してしまうのだろう。
 細く長く、地道に考えることは今の私に必要なことなのかもしれない。

「それにしても、サクラ君はよく食べますね……その細い体のどこに入るのでしょう?」

 ナカマツが心配そうにこちらを見ている。

「それは昔からよく言われてきたけど、自分でもよく分からないわね。私にしてみれば、どうして皆は少食なのか疑問だしね」

「私はサクラ君の強さは、その食欲にあるのではと考えているんです。その強さを維持するためには莫大なカロリーが必要なわけですが、逆の見方をすれば莫大なカロリーを生み出せるから、莫大なカロリーを使えるだけの身体能力を不老不死になったタイミングで手に入れたのかもしれません。もちろん、因果関係は確認できていないので仮説どまりですけどね」

 なるほど。その仮説は正しいかもしれない。
 不老不死になったタイミングで身体能力が向上しているのだけど、その上昇量は私だけが飛び抜けて高いように思う。
 病気になる前、格闘技のジムには通っていたけど特に強い訳ではなかったし、当時の強さでは特殊部隊所属のカトーには勝てるはずがなかったのは容易に想像ができる。
 それが何故、自分だけが飛び抜けて強くなったのか……不思議に思っていたんだけど、皆との違いは食事量なのだから可能性は高そうだ。

「では俺もサクラと同じくらい食べれば強くなれた可能性があったと?」

「そうですね。その可能性は高いと思います」

「サクラとの差、どれくらいなんだろうな……」

「試してみる?組手は何度もやったけど、大食い対決はまだだったわよね?」

「いや、さすがにサクラには勝てないだろ、多分だけどあんまりにも差が大きいと思う」

「勝つのが目的じゃないんでしょ。なら、ハンデ付けてあげるわよ。私が全員を相手にすれば丁度いい感じかしら?」

 と、提案したものの、やる気があるのはカトーとエディだけだった。
 まあ、ハカセは子供だし、ナカマツとボスは年齢的に厳しそう。イチローは……完全にビビってるな。

「なら、俺とエディで組んでサクラは俺達の倍食べるというのはどうだろう。大体4倍のハンデなので、それでよければだけど」

「ハンデはそれでいいわよ。食事の準備はイチローにお願いしてもいいかしら?地球の美味しいもので勝負しましょう」

「よし、決定だな!勝負は3日後だ。イチローが準備……というのが些か気になるところだが、まあいいだろう」