しばらくしてから、俺は部屋にハカセとサクラ氏を呼んだ。
どうしても確認しなければならないことがあるからだ。
ハカセとサクラ氏がやってきて、俺の向かいに並んで座った。
俺はお茶を入れながら……少し探りを入れてみた。
「二人とも体調は大丈夫?何か異変はない?」
「私は大丈夫。心配させてしまってごめんなさい……」
「私も特に問題はないな」
「そうか、それはよかった。まあ……そうだよな。あれは二人の芝居なんだからさ……」
「……」
「……」
ハカセとサクラ氏は、お互いの顔を見つめたまま黙っている。
「まあ……あれだ。言いにくいかもしれないけどさ、他の皆には黙っておくから真相を話してほしくてさ……こうして来てもらったわけだ」
「あ~あ、上手くいったと思ったんだけどな~。まさかイチローにバレるとはな……」
「イチロー、なんで分かったの?」
「理由は簡単さ。ハカセのサクラ氏があまりによく出来ていたことと、サクラ氏のハカセが随分違ったことかな」
「私のサクラは上手く出来ていたんでしょ?それが理由なの?」
「あのクオリティの高さは、周到に準備されていたからできることだよね。普段から見ている記憶をトレースしただけじゃ、あそこまで完璧に振る舞うのは難しいと思ったんだ。今回は計画性の高いハカセの性格が仇となった感じだね」
「色々想定して備えていたのはその通りね。そうか、簡単に言えばやりすぎちゃったんだね」
「そう、明らかにやりすぎだったね。でも……結構面白かったよ」
「ねえ、ハカセ……。私、あんなに毒舌なイメージなの?」
「うん、結構毒舌だよ……。でも、私はそういうサクラも大好きだよ」
「素直に喜べねえな……ハカセの前では気を付けているつもりだったんだけどな……」
「そうだよ。普段のサクラ氏はさ、ハカセの前では毒舌がそれほどでもないんだよね。にも関わらず、毒舌が増量されていたんだよ。まあ、面白かったけどね」
「じゃあ、私はどうなんだよ。自分で言うのもなんだけど、結構自信があったんだぜ。何がダメだったんだ?」
「表情、所作なんかは完璧だったよ。ハカセと見間違えるレベルでね……ただ……」
そう言って、ハカセをチラっと見る。
ハカセはそれに気付いて、顔を真っ赤にする。
「さ、サクラ……あなた……何かやったのね?」
「えっと……なんだったかな~」
慌ててサクラ氏がハカセから目を逸らす。
「ちょっと!何をしたの……イチロー、答えて!」
「えっと……その……サクラ氏がハカセのマネをしながら迫ってきたんだ……」
「し、信じられない!なんてことしてくれるのよ!」
ハカセはますます顔を赤くして、サクラ氏をポコポコ叩いた。
よく見たら、親指は握り込んでいなかったので、カトー氏の教えをちゃんと学習したようだ。
「いや……その……つい、魔が差したというか、からかいたくなったというか……」
「ひどい!イチロー、その記憶今すぐ忘れて!できないなら無理やり消してやるんだから!」
相変わらず暴走気味なところは本物のハカセだ。
まさか、コーラ工場の人に使った機械を使うつもりなのか?
「そう簡単に忘れられないよな~。お前……真っ赤な顔して興奮してたもんな。大人になったハカセを想像してたんだろ~?」
無茶苦茶な言われようだな……。
大人になったハカセを想像したのは事実なんだけどさ。
「それだよ、それがサクラ氏の悪いクセだよ。ハカセはそんなことしてくるはずがないのに……面白くなってきちゃって、俺をからかいだしたんだよね?」
「そうだな……結構面白かったぜ」
「サクラ!開き直らないで!」
「まあ、それが芝居だって分かった理由なんだけどね。からかっているって気付いた瞬間にこれまで感じていた違和感が確信に変わったんだ」
「皆の前で術を解いたのは何故なの?」
「芝居だってバラすこともできたけど、それだとハカセとサクラ氏の立場が悪くなると思ってさ。あとは万が一予想が外れた場合も想定した結果、芝居には芝居で解決するのがベストだろうと」
「なるほどね。イチローにしてはやるじゃない」
「いや……助けてあげたんだからもっと褒め方あるでしょ……まあ、それはさておき、今回の件はどっちがどんな理由で考えたのか教えてほしいな」
ハカセとサクラ氏が顔を見合わせて、考え込んでいる。
「実はね、私が考えたの……」
え?ハカセなの?
「私とサクラって、性格が真逆だってよく言われるじゃない……だから、お互いに入れ替わったら面白いっていうか、皆どんな反応するんだろうって気になってたの。それでね、イチローの買ってきた催眠術の本を見て……これだ!って」
「でもさ、催眠術はエディがかけたんだよね?かなり不確実だと思うんだけど」
「別に誰でも良かったのよ。たまたまエディが通りかかってくれたからエディになっただけなんだけど、私の計算以上に上手くいったの」
エディ……。
その役目、いつもは俺なんだ……同情するよ。
「さらに、イチローが私に『元に戻す術をかけたら』って言ってくれたでしょ……あれは本来、サクラの役目だったので、予想以上の展開に気分が高まっていたわ」
ハカセが嬉しそうに語っている。
そうか、真面目な子だとばかり思っていたけど、こういう悪戯好きな面もあったんだな……。
「あまりに上手くいくもんだから、笑いを堪えるのに必死だったわよ……」
ハカセがケラケラと笑う。
よほど笑いを我慢していたのだろう。
俺としては笑い事ではないのだが……。
「……まあ、今ハカセが言ったように、ハカセが考えた悪戯に私が乗った感じね。私の演技はほとんどアドリブだけど、結構上手だったでしょ」
「サクラ氏、大人なんだから……そこは注意しないと……」
「そうね、本来は注意すべきよね……よし、ハカセ!ボスの所へ謝りに行こう!」
「うん。やっぱり謝らないといけないよね。イチロー……色々気を使ってくれてありがとう」
そう言って2人はボスの元へ向かった。
謝りに行くというのに、なんだか少し楽しそうに見える。
ハカセの暴走は何度か見てきたけど、それは彼女の真面目さ故のものだった。
今回はそんな真面目な彼女がちょっとだけ見せた別な一面なのだろう。
人の心はなかなか分からないものだ……。
などと考えていると、サクラ氏が忘れ物をしたと戻ってきた。
「イチロー、言い忘れてたんだけど……」
「改まってどうした?」
そのとき、サクラ氏は見たこと無いような真面目な顔をしていた。
「私、確かにイチローをからかったけど、あのとき言った内容はハカセの気持ちで間違いないはずだよ。今はまだ早いけど、ハカセが大人になれたら……その時はしっかり男を見せろよ!」
え、今なんて……。
「じゃ行ってくる」
サクラ氏はそう言ってハカセの元へと向かった。
俺はサクラ氏の出ていったドアをじっと見つめていた……。
どうしても確認しなければならないことがあるからだ。
ハカセとサクラ氏がやってきて、俺の向かいに並んで座った。
俺はお茶を入れながら……少し探りを入れてみた。
「二人とも体調は大丈夫?何か異変はない?」
「私は大丈夫。心配させてしまってごめんなさい……」
「私も特に問題はないな」
「そうか、それはよかった。まあ……そうだよな。あれは二人の芝居なんだからさ……」
「……」
「……」
ハカセとサクラ氏は、お互いの顔を見つめたまま黙っている。
「まあ……あれだ。言いにくいかもしれないけどさ、他の皆には黙っておくから真相を話してほしくてさ……こうして来てもらったわけだ」
「あ~あ、上手くいったと思ったんだけどな~。まさかイチローにバレるとはな……」
「イチロー、なんで分かったの?」
「理由は簡単さ。ハカセのサクラ氏があまりによく出来ていたことと、サクラ氏のハカセが随分違ったことかな」
「私のサクラは上手く出来ていたんでしょ?それが理由なの?」
「あのクオリティの高さは、周到に準備されていたからできることだよね。普段から見ている記憶をトレースしただけじゃ、あそこまで完璧に振る舞うのは難しいと思ったんだ。今回は計画性の高いハカセの性格が仇となった感じだね」
「色々想定して備えていたのはその通りね。そうか、簡単に言えばやりすぎちゃったんだね」
「そう、明らかにやりすぎだったね。でも……結構面白かったよ」
「ねえ、ハカセ……。私、あんなに毒舌なイメージなの?」
「うん、結構毒舌だよ……。でも、私はそういうサクラも大好きだよ」
「素直に喜べねえな……ハカセの前では気を付けているつもりだったんだけどな……」
「そうだよ。普段のサクラ氏はさ、ハカセの前では毒舌がそれほどでもないんだよね。にも関わらず、毒舌が増量されていたんだよ。まあ、面白かったけどね」
「じゃあ、私はどうなんだよ。自分で言うのもなんだけど、結構自信があったんだぜ。何がダメだったんだ?」
「表情、所作なんかは完璧だったよ。ハカセと見間違えるレベルでね……ただ……」
そう言って、ハカセをチラっと見る。
ハカセはそれに気付いて、顔を真っ赤にする。
「さ、サクラ……あなた……何かやったのね?」
「えっと……なんだったかな~」
慌ててサクラ氏がハカセから目を逸らす。
「ちょっと!何をしたの……イチロー、答えて!」
「えっと……その……サクラ氏がハカセのマネをしながら迫ってきたんだ……」
「し、信じられない!なんてことしてくれるのよ!」
ハカセはますます顔を赤くして、サクラ氏をポコポコ叩いた。
よく見たら、親指は握り込んでいなかったので、カトー氏の教えをちゃんと学習したようだ。
「いや……その……つい、魔が差したというか、からかいたくなったというか……」
「ひどい!イチロー、その記憶今すぐ忘れて!できないなら無理やり消してやるんだから!」
相変わらず暴走気味なところは本物のハカセだ。
まさか、コーラ工場の人に使った機械を使うつもりなのか?
「そう簡単に忘れられないよな~。お前……真っ赤な顔して興奮してたもんな。大人になったハカセを想像してたんだろ~?」
無茶苦茶な言われようだな……。
大人になったハカセを想像したのは事実なんだけどさ。
「それだよ、それがサクラ氏の悪いクセだよ。ハカセはそんなことしてくるはずがないのに……面白くなってきちゃって、俺をからかいだしたんだよね?」
「そうだな……結構面白かったぜ」
「サクラ!開き直らないで!」
「まあ、それが芝居だって分かった理由なんだけどね。からかっているって気付いた瞬間にこれまで感じていた違和感が確信に変わったんだ」
「皆の前で術を解いたのは何故なの?」
「芝居だってバラすこともできたけど、それだとハカセとサクラ氏の立場が悪くなると思ってさ。あとは万が一予想が外れた場合も想定した結果、芝居には芝居で解決するのがベストだろうと」
「なるほどね。イチローにしてはやるじゃない」
「いや……助けてあげたんだからもっと褒め方あるでしょ……まあ、それはさておき、今回の件はどっちがどんな理由で考えたのか教えてほしいな」
ハカセとサクラ氏が顔を見合わせて、考え込んでいる。
「実はね、私が考えたの……」
え?ハカセなの?
「私とサクラって、性格が真逆だってよく言われるじゃない……だから、お互いに入れ替わったら面白いっていうか、皆どんな反応するんだろうって気になってたの。それでね、イチローの買ってきた催眠術の本を見て……これだ!って」
「でもさ、催眠術はエディがかけたんだよね?かなり不確実だと思うんだけど」
「別に誰でも良かったのよ。たまたまエディが通りかかってくれたからエディになっただけなんだけど、私の計算以上に上手くいったの」
エディ……。
その役目、いつもは俺なんだ……同情するよ。
「さらに、イチローが私に『元に戻す術をかけたら』って言ってくれたでしょ……あれは本来、サクラの役目だったので、予想以上の展開に気分が高まっていたわ」
ハカセが嬉しそうに語っている。
そうか、真面目な子だとばかり思っていたけど、こういう悪戯好きな面もあったんだな……。
「あまりに上手くいくもんだから、笑いを堪えるのに必死だったわよ……」
ハカセがケラケラと笑う。
よほど笑いを我慢していたのだろう。
俺としては笑い事ではないのだが……。
「……まあ、今ハカセが言ったように、ハカセが考えた悪戯に私が乗った感じね。私の演技はほとんどアドリブだけど、結構上手だったでしょ」
「サクラ氏、大人なんだから……そこは注意しないと……」
「そうね、本来は注意すべきよね……よし、ハカセ!ボスの所へ謝りに行こう!」
「うん。やっぱり謝らないといけないよね。イチロー……色々気を使ってくれてありがとう」
そう言って2人はボスの元へ向かった。
謝りに行くというのに、なんだか少し楽しそうに見える。
ハカセの暴走は何度か見てきたけど、それは彼女の真面目さ故のものだった。
今回はそんな真面目な彼女がちょっとだけ見せた別な一面なのだろう。
人の心はなかなか分からないものだ……。
などと考えていると、サクラ氏が忘れ物をしたと戻ってきた。
「イチロー、言い忘れてたんだけど……」
「改まってどうした?」
そのとき、サクラ氏は見たこと無いような真面目な顔をしていた。
「私、確かにイチローをからかったけど、あのとき言った内容はハカセの気持ちで間違いないはずだよ。今はまだ早いけど、ハカセが大人になれたら……その時はしっかり男を見せろよ!」
え、今なんて……。
「じゃ行ってくる」
サクラ氏はそう言ってハカセの元へと向かった。
俺はサクラ氏の出ていったドアをじっと見つめていた……。