河上娘(崇峻天皇妃、蘇我馬子の娘)の話
お許しください、お許しください。
本当にあたくしは何も知らないのです。陛下の暗殺になど、一切関わっておりません。
ええ、陛下のそのお言葉は聞きました。「この猪の頸を斬るように、憎い奴を叩っ切ってやりたいものだ」と。特になんとも思いませんでしたわ。憎い人間など陛下にもたくさんいるでしょう。
はい、この男も全く知らない男です。陛下を斬ったあと、いきなりあたくしを捕らえて逃げたのです。
え? ああ、この男が東漢直駒ですか。名前くらいは存じておりますわ。父上から聞いたのだったかしら。
とんでもない! ひどいですわ。あたくしがこの男を寝所に連れ込んでいたなどと。神に誓ってありません。
どこからそんな噂……あ、あの女! 大伴の娘! い、いえ、失礼いたしました。そういえば最近大伴の小手子様がよく陛下に耳打ちしておりましたわ。きっと小手子様の勘違い、見間違い。そうに違いありません。それを、陛下はきっと鵜呑みに……
そうですわ! 警護の者たちに聞いてくださればわかります。そのような男など寝所で見たことはないと言うに違いありません。
ですから、お許しを。あたくしはこの男の妻などではありません。被害者ですわ。この男に浚われて汚されたのですわ。今、この男を斬り殺していただけて、感謝すら感じておりますもの。
お許しを、お許しを。