蘇我馬子宿禰大臣（河上娘の父）の話

　いや、私はその場にいなかったのでなんとも。ただ、大伴糠手連どのの言うことは信じますよ。彼は処世術に長けていますからね。どう見ても、今筑紫に出払っている陛下の軍勢より蘇我の軍勢の方が有利ですからね。……と、これはちと口が滑りましたな。
　大伴小手子様はこう報告したそうですよ。陛下が猪を見てこう言ったと。
「この猪の頸を斬るように、憎い奴らを叩っ切ってやりたいものだ」
　それだけですよ。それだけのこと。
　でもですよ？　陛下は最近盛んに武器を集めているというではありませんか。これは「憎い奴ら」が具体的に頭に浮かんでいると考えてもおかしくはありませんよね？　しかも、「奴」ではなく「奴ら」ということは、個人的な恨みではないでしょうよ。一族を滅ぼすお考えでしょうな。
　まあ、私はこれまでどおり陛下にお仕えするまで。ただ、警戒は怠りませんよ。私も誰の恨みも買っていないなどとはさすがに思っていませんからね。
　そして、陛下も誰かの恨みを買っているかもしれませんなあ。