小手子(崇峻天皇妃、大伴糠手連の娘)の話

 ええ。しっかりと聞きましたわ。陛下は献上された猪を見てこうおっしゃったのです。
「この猪の頸を斬るように、あの憎い奴を叩っ切ってやりたいものだ」と。
 わたくし、怖くなってしまったのです。だって最近皆が噂しておりますもの。朝廷に武器がどんどん集まってきている。まるで戦が始まるみたいだ、と。
 だからわたくしは思いましたの。きっと、この朝廷の中に陛下が憎く思っている者がいるのだ、と。しかも、武器の量からして、かなりの勢力を持った者ではないか、と。
 ああ、その憎い相手というのが父上だったらどうしましょう! 我が大伴の一族を滅ぼそうというのだったら。だって最近陛下はわたくしにそっけないのですわ。
 あら? でもなぜかしら。我が大伴の一族を憎く思うことなどありましたでしょうか。そんな理由など……。
 そうだわ、そうに違いないわ。
 あの新しい妃。蘇我馬子宿禰大臣の娘、河上娘。あの女の仕業に違いないわ。きっと陛下の寵愛を独り占めしようとしているのだわ。陛下はあの女にたぶらかされてしまったのよ!
 ああ、早く大伴の父上にご報告しなければ。