「……先に教えてください」
「? なにをかしら?」
「アストライアが、どうしてわたしが力を隠していたことを気づいたのか、ということです」
(あらあら)

 フィノエルーラは自分の力の隠蔽に自信があったようだ。

「エルが来て、三日後くらいかしら」
「! そんなに早く!? どうしてですか?」

 フィノエルーラはそんなに早く悟られているとは思っていなかったらしい。かなり驚いている。

「どうしてって言われても……」
(エルが単純過ぎるのよね……)

 アストライアは少し呆れ気味に言った。

「だってエル。あなた、私がお茶にしましょって言うと、喜んで踊りながらお茶を淹れていたじゃない」
「…………あ」

 心当たりがあったのか、フィノエルーラは口元を抑える。そして恥ずかしくなったのか、「すみません」と謝る。

(別に謝られるようなことは言っていないのだけれど)

 だがそんな思いは敢えて口にしないアストライア。今のフィノエルーラの心情は、フォレストグリーンの瞳が雄弁に語っていたからである。

「…………すべて、お話しいたしますアストライアさま」

 やがて、落ち着いたフィノエルーラは話を進める。

「えぇ、お願い」
「では、少し長くなりますがーー」

 そう言ってフィノエルーラは自分の過去についてポツリ、ポツリと話始めた。



 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 わたしは●●●●さまのメイド見習いとして働いていました。●●●●さまはお優しくて、わたしには勿体無いほどのお方でした。

『エル、エル』

 ●●●●さまとは同い年で、わたしたちはいつも他愛ないことを話し、笑っていました。えぇ、それはもう、友達を超えた親友のような関係でした。

 エル、という愛称で呼んでくれた●●●●さま。わたしはそんな●●●●さまが大好きで、お慕いしていました。

 ●●●●さまのために、わたしは沢山のことを学びました。それはもう、本当に沢山のことです。

 メイドとしての知識や実技はもちろん、勉強や護身術、●●●●さまを守るための剣術や魔術など。挙げればきりがありません。

 ●●●●さまはわたしのことを褒めてくださいました。すごいね、と。エルは自慢のメイドだ、と。

 あの日まではーー。

『なんで……なんでエルは、●●●●に酷いことをするの?』

 ●●●●さまが何を言っているか、わたしはわかりませんでした。理解できませんでした。したくなど、ありませんでした。

『エルは●●●●に幸せになってほしいって言ったよね? それなのに、どうして……』

 ●●●●さまは、泣いていました。

 わたしはどうすればいいのかわからず、ただ、●●●●さまの言葉を黙って聞くことしかできなかった。

『嫌い』

 どうして嫌われたのか、当時のわたしにはわからなかった。

 だけどその小さな一言が、鋭い針のように尖っていたことだけはわかった。

『エルなんて……大っ嫌いよ!』

 その後で知ったことだが、●●●●さまには好きな殿方がいたそうだ。その人は●●●●さまの幼馴染で、わたしもよく知っているお方だった。

 その人に、●●●●さまが告白したと言う。そしたらーー

『ごめん、俺、好きな子がいるんだ』
『…………それ、ってーー』
『ーー彼女に非はないんだ。本当だ。ただ、君の隣で健気に働く姿が、とても愛おしく思ってしまったんだ……』

 誰のことかは、すぐにわかりました。



 わたしが、●●●●さまを傷つけたのですーー。






 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



(なるほどね……)

 フィノエルーラの話を聞き終わると、アストライアは紅茶を一口。カタッ、という金属音が部屋に響く。

(それで主人(わたし)を引き立てるために故意に失敗を繰り返していたと言う訳ね。ふぅん……)
「……なら、本当はちゃんとできるの? メイド仕事?」
「っ! ……はい、一応は…………」

 フィノエルーラは震えていた。アストライアの返事が怖いのだろう。最悪解雇(クビ)だ。

「はぁ……」
「っ!」

 アストライアは大きく息を吐く。その息にフィノエルーラは大きく反応し、顔が青ざめる。

 アストライアが口を開ける。フィノエルーラに向けて、解雇を言い渡すためだろうか。フィノエルーラは怯えつつもアストライアの言葉を待った。

「ーー…………本当にお馬鹿さんね、エル」
「……………………えっ……?」

 アストライアは頬を緩める。そして麗しい微笑みを口元に浮かべてフィノエルーラの頭を撫でた。フィノエルーラは予想外の出来事に困惑する。

「辛かったわね、エル」
「!」
「エルはよく頑張ったわ」
「アストライア、さま……っ!」

 アストライアはフィノエルーラを優しく抱擁する。互いの体温が伝わり合い、アストライアの温かさにフィノエルーラは触れる。そして、フィノエルーラもアストライアの背中に手を回す。

「わたっ……わたし、は…………」
「うん」
「大好きだったん、です。前の、ご主人様が……」
「うん」
「だから、ご主人様に、ふさわしいメイドに、なろうと、頑張ったんです……っ」
「うん」

 アストライアはフィノエルーラの話を相槌を打ちながら聞く。フィノエルーラはしゃくりあげながら話し続ける。

「でも、でも……」

 フィノエルーラはアストライアのドレスを掴む。

「そのせいで、わたしは、ご主人様の幸せを、奪ってしまったんです……」

 その言葉からは後悔の念が溢れ出ていた。

 よしよしとフィノエルーラの背中をさするアストライア。そんな今の主人であるアストライアの行動に、フィノエルーラはーー

「ごめん、なさい……」

 と、謝った。

「? どうして?」
「だ、だってわたしは、アストライアさまの、メイドです。なのに、主人に慰められてます。迷惑をかけています。あるまじきことです」
(あらあら)

 アストライアは迷惑をかけられているとは思っていない。むしろ、主人に本音を打ち明けてくれたフィノエルーラに感謝している。

(エルって、本当にメイド精神が強いわ)

 主人を引き立てる、陰で支えるお守りする……など、メイドのすべきことはいくつもあるが、その中でも重要とされているのは本心を悟られないことである。

 だが、今のフィノエルーラは主人のアストライアに自分の過去を教え、心情を伝え、あろうことか主人に抱擁されながら泣いている。

(まぁ、あまり良くないことかもしれないけれど……)

 今のアストライアにとって重要なのは、フィノエルーラの故意による失敗をなくすことである。これはそのために必要な行動だ。

 先刻からメイド長であるフローラからの視線がとても痛いが、最終的には許してくれることだろう。

「安心しなさい、エル」

 アストライアは慈しむようにフィノエルーラに触れる。

「私、実力のある優秀な子は全力で守るし、応援するわ。だから、あなたは本当の力を出していいのよ」
「〜〜っ! …………ぐすっ……ありがとう、ございます、アストライアさま……っ」
(エルを泣かせるつもりはなかったのに……)

 アストライアの優しい言葉に、フィノエルーラは涙を浮かべる。

 フィノエルーラは更に強く、だけど優しく、アストライアに抱きつく。普段なら「おやめなさい」と叱責の言葉を放つフローラも、今は静かに見守っている。

「大好きです、アストライアさま」
「ふふっ、ありがとうエル」
(そんな風に素直な言葉を口にされたのは久しぶりね)

 数分もすると、フィノエルーラは泣き止み、「ありがとうございます、アストライアさま」と言って、赤く腫れた目元を拭った。

 そしてーー

「アストライアさま」

 フィノエルーラはアストライアに跪く。

何時(いつ)如何(いか)なるときも」

 フォレストグリーンの瞳は、キラキラと一才の曇りなく輝いていた。

「わたしの全てをもって、アストライアさまに仕えることを永遠(とわ)に誓います」