「お前……毎日毎日、よくもこう……。遠慮と言う言葉を知らないのか……?」
俺は、目の前で、お菓子をほおばる女の子を、ため息をつきながら見た。
「そういうお前だって、私を追い返したりせずに、結局はお菓子をくれるじゃないか。そういう、なあなあな姿勢が原因だと思うけれど」
女の子――今は、風間弥生と名乗る、元、三枝ハルは、柾の家の縁側で、柾の息子の柊が作ったお菓子を頂戴していた。
「それにお前の息子だって、試作品を食べてもらうの、喜んでいるじゃないか。こっちは育ち盛りのお腹が膨れて、そっちは味を評価してもらえる。うぃんうぃんの関係だと思うけれど」
「……はいはい」
俺は諦め半分に頷きながら、彼女の隣に座って、頭を抱えた。
しかし、こういうやり取りはもう二度とできないはずのものだったと考えると、何だかおかしく、結局は許してしまう心地になってしまう。
「……それはそうと、お前な。こうやってまた生まれ変わったんなら、もっと早く言いに来いよ。それなら、もっと早くにフユが見つかるよう、俺も一緒になって祈ってやったと言うのに」
「柾。願い事って言うのは、人には黙っているからこそ、叶うとも言えるんだぞ。むやみやたらに話したら、逆に会えなくなるかもしれなかったんだから」
「確かに、それはそうだな……」
願掛け、というのは、そういうものだったな、と思い出す。
「……そういえば、あいつとは同じクラスになったんだってな。昨日、あいつが来て、『弥生ちゃんと、一緒のクラスになったの。二年一組っ!』って嬉しそうに言ってたけど」
初対面でいきなり抱き着かれて、泣かれて、彼にとって、一時は恐怖の対象となっていた彼女。いまや、すっかりと仲良くなり、彼は彼女に、この町で初めての友達として、よく懐いていた。
そのはずなのに、
「……」
彼女は、何を思い出したのか、ぷすぅと頬を膨らませた。
「どうしたんだ。もう喧嘩でもしたのか?」
すると、彼女は、首を横に振って、いらいらしながら言った。
「……あいつ、フユの奴……。毎日毎日、女の子にイチャイチャされて……。
『かわいい~、かわいい~』って、毎日上級生の女どもに、撫でられているんだよ……。私と言うものがいながら……」
「ああ……確かにわかるな、その子たちの気持ち……。まるで、北欧の少年みたいな可愛さだもんな」
フユ……今は、二ノ瀬冬樹と名乗っている彼は、初めて会った時から思っていたが、あまりにも可愛すぎる男の子だった。
色白で、ふわふわとした色素の薄い髪の毛。きれいに整った顔立ちではあるが、ほっぺはふくふくと柔らかそうで。
初めて会った日に、探検がてら、一人で町を歩いていたみたいだが、よくもまあ、誰か悪い人に、誘拐されなかったものだと思っていた。
「転校生ってだけで、物珍しさで人気なのに、可愛いと来たら、もう大人気のなんのって……。
まあ、結局もみくちゃにされて、『弥生ちゃん、助けてぇ』って後ろに隠れに来るから、許すけどな。
もし、一瞬でも、鼻の下を伸ばして喜んだりしたら、遠慮なく殴り飛ばすつもりだし」
「お前な……せっかくまた会えたんだから、大切にしてあげろよな……」
俺がそういうと、「まあ、そうだな」と、彼女は素直に頷く。
「フユは、私の夫にしないといけないからな。大切に、大切にしないと。
あいつは、私と違って記憶がないからな。こうしてまた巡り合えたものの、結局、ゼロからのスタートだ。
神も残酷だな。記憶がない挙句に、あんなにも可愛く生み出されては……。しかも、あの調子だと、将来的にはかなりのイケメンになる……、どれだけライバルがわんさか出てくるか……。
神の野郎、簡単には、私にフユをよこすつもりはないという事か。ならば私は、他の女に取られないよう、今からしっかり、篭絡するだけだ」
「篭絡……。今何歳だ、お前……」
「前の歳と合わせたら、三十代半ばだから、篭絡と言う言葉は、おかしくはない」
「おばショタか……。あかん、聞きたくなかった。変な想像図が今脳裏に……」
俺は、あの純粋な男の子が、以前の姿の彼女に捕まって泣いているところを想像してしまい、慌てて首を振って打消した。
「まあ、という訳で、私たちが結婚する時は、この神社で結婚式を挙げてやるから。もちろんタダにしてくれよな」
「お前……一体何年後の話を……。鬼が笑って笑って、笑い転げまくるぞ……」
「好きなだけ笑わせてやればいい。私は有言実行するのがモットーだから、覚悟しておけ」
「へいへい……」
適当に相槌を打つ。ただ、適当と言うには、天邪鬼だったかもしれない。
「家族が増えたら、もちろんお宮参りにも来いよな。孫だと思ってかわいがってやるから。後、七五三もな」
そう言うと、ぼっと、音が聞こえるほどに真っ赤になった。
「ははは、大成功」と笑うと、俺は、ぽんぽんと彼女の肩をたたく。すると、彼女は「柾ぃ……!」と真っ赤なまま、しかし、それ以上は何も言えずに、睨んでいる。
「まずは、今度、縁結びの祈祷をしてやるよ。もちろん祈祷料は、タダ――だと神様は叶えないだろうから、俺持ちでな。奮発してやるよ」
「……」
彼女は、真っ赤なまま、睨み続けている。だから、俺は立ち上がると、社務所のほうへと歩き始めた。
「あーそうか、いらないのか。いらんならいいが」
「……いるっ!」
立ち上がって慌てて返事した彼女に、俺は振り返り、にやにやと笑う。彼女は、してやられたという顔をしたが、悪い気はしていないようだった。
「まーさーきーさーん。こんにちは――!」
すると、その時、声がした。見れば、彼が手を振りながら、小道から庭の方へむかってきていた。
噂をすれば。
俺は、彼の声に返事をした後、いまだに顔の赤い彼女を振り返り、にやりと笑う。
「……今度とは言わず、今からフユをだまして、縁結びの祈祷をするか? お前、『一緒に神主のお仕事を見学しよう』って誘え。
どうせ、縁結びって言葉も知らんだろうし、祈祷を聞いたところで、バレるはずがねえ」
「……いいなそれ。大賛成」
彼女は、にやっと悪い笑みを返す。
「どしたの? 二人とも……?」
そこへ、とてとてと走ってきた彼は、悪だくみを考えている二人を、そうとも知らず、不思議そうに見た。
そんな彼を見て、二人はまた、顔を見合わせ、けらけらと笑う。
「……? 変なキノコでも食べた?」
きょとんとして、言う彼。
「いいや、別に。ただなんとなく面白かっただけ」
「そうなの?」
彼女は立ち上がると、首を傾げる彼の手を取った。
「なあ、冬樹。今から一緒に神主のお仕事を見学しよう? 柾が特別に見せてくれるって」
「ほんと? 見る見る! 僕一度、柾さんがお仕事している所、見てみたかったんだ!」
「よかった。じゃあ、行こう!」
彼女は、駆けだした。しっかりと、彼の手を握り締めて。
「おい、こら待て! 今から準備するから、ここで待っとけ……って聞いてないな、あいつら」
二人を、俺は慌てて追おうとして、けれど、思わず立ち止まった。
風が吹いた。暖かい春の風。
それは、散り始めた桜達の枝を揺らし、その花びらを空へと巻き上げる。
花びらが空間を、一色に満たす。
そんな空間の中を突き進む彼らを見て、俺は微笑んだ。
「……変わってしまっても、変わらないな」
彼女に微笑みかける彼。
彼に微笑み返す彼女。
それらはかつて失われ、
今は、形を変えて、
けれど、それは確かに同じ――
平穏で、だけど、幸せな日常。
そんな日常を、祝うかのように、
写真立の前に、
そより、と桜の花びらが舞い降りた。
俺は、目の前で、お菓子をほおばる女の子を、ため息をつきながら見た。
「そういうお前だって、私を追い返したりせずに、結局はお菓子をくれるじゃないか。そういう、なあなあな姿勢が原因だと思うけれど」
女の子――今は、風間弥生と名乗る、元、三枝ハルは、柾の家の縁側で、柾の息子の柊が作ったお菓子を頂戴していた。
「それにお前の息子だって、試作品を食べてもらうの、喜んでいるじゃないか。こっちは育ち盛りのお腹が膨れて、そっちは味を評価してもらえる。うぃんうぃんの関係だと思うけれど」
「……はいはい」
俺は諦め半分に頷きながら、彼女の隣に座って、頭を抱えた。
しかし、こういうやり取りはもう二度とできないはずのものだったと考えると、何だかおかしく、結局は許してしまう心地になってしまう。
「……それはそうと、お前な。こうやってまた生まれ変わったんなら、もっと早く言いに来いよ。それなら、もっと早くにフユが見つかるよう、俺も一緒になって祈ってやったと言うのに」
「柾。願い事って言うのは、人には黙っているからこそ、叶うとも言えるんだぞ。むやみやたらに話したら、逆に会えなくなるかもしれなかったんだから」
「確かに、それはそうだな……」
願掛け、というのは、そういうものだったな、と思い出す。
「……そういえば、あいつとは同じクラスになったんだってな。昨日、あいつが来て、『弥生ちゃんと、一緒のクラスになったの。二年一組っ!』って嬉しそうに言ってたけど」
初対面でいきなり抱き着かれて、泣かれて、彼にとって、一時は恐怖の対象となっていた彼女。いまや、すっかりと仲良くなり、彼は彼女に、この町で初めての友達として、よく懐いていた。
そのはずなのに、
「……」
彼女は、何を思い出したのか、ぷすぅと頬を膨らませた。
「どうしたんだ。もう喧嘩でもしたのか?」
すると、彼女は、首を横に振って、いらいらしながら言った。
「……あいつ、フユの奴……。毎日毎日、女の子にイチャイチャされて……。
『かわいい~、かわいい~』って、毎日上級生の女どもに、撫でられているんだよ……。私と言うものがいながら……」
「ああ……確かにわかるな、その子たちの気持ち……。まるで、北欧の少年みたいな可愛さだもんな」
フユ……今は、二ノ瀬冬樹と名乗っている彼は、初めて会った時から思っていたが、あまりにも可愛すぎる男の子だった。
色白で、ふわふわとした色素の薄い髪の毛。きれいに整った顔立ちではあるが、ほっぺはふくふくと柔らかそうで。
初めて会った日に、探検がてら、一人で町を歩いていたみたいだが、よくもまあ、誰か悪い人に、誘拐されなかったものだと思っていた。
「転校生ってだけで、物珍しさで人気なのに、可愛いと来たら、もう大人気のなんのって……。
まあ、結局もみくちゃにされて、『弥生ちゃん、助けてぇ』って後ろに隠れに来るから、許すけどな。
もし、一瞬でも、鼻の下を伸ばして喜んだりしたら、遠慮なく殴り飛ばすつもりだし」
「お前な……せっかくまた会えたんだから、大切にしてあげろよな……」
俺がそういうと、「まあ、そうだな」と、彼女は素直に頷く。
「フユは、私の夫にしないといけないからな。大切に、大切にしないと。
あいつは、私と違って記憶がないからな。こうしてまた巡り合えたものの、結局、ゼロからのスタートだ。
神も残酷だな。記憶がない挙句に、あんなにも可愛く生み出されては……。しかも、あの調子だと、将来的にはかなりのイケメンになる……、どれだけライバルがわんさか出てくるか……。
神の野郎、簡単には、私にフユをよこすつもりはないという事か。ならば私は、他の女に取られないよう、今からしっかり、篭絡するだけだ」
「篭絡……。今何歳だ、お前……」
「前の歳と合わせたら、三十代半ばだから、篭絡と言う言葉は、おかしくはない」
「おばショタか……。あかん、聞きたくなかった。変な想像図が今脳裏に……」
俺は、あの純粋な男の子が、以前の姿の彼女に捕まって泣いているところを想像してしまい、慌てて首を振って打消した。
「まあ、という訳で、私たちが結婚する時は、この神社で結婚式を挙げてやるから。もちろんタダにしてくれよな」
「お前……一体何年後の話を……。鬼が笑って笑って、笑い転げまくるぞ……」
「好きなだけ笑わせてやればいい。私は有言実行するのがモットーだから、覚悟しておけ」
「へいへい……」
適当に相槌を打つ。ただ、適当と言うには、天邪鬼だったかもしれない。
「家族が増えたら、もちろんお宮参りにも来いよな。孫だと思ってかわいがってやるから。後、七五三もな」
そう言うと、ぼっと、音が聞こえるほどに真っ赤になった。
「ははは、大成功」と笑うと、俺は、ぽんぽんと彼女の肩をたたく。すると、彼女は「柾ぃ……!」と真っ赤なまま、しかし、それ以上は何も言えずに、睨んでいる。
「まずは、今度、縁結びの祈祷をしてやるよ。もちろん祈祷料は、タダ――だと神様は叶えないだろうから、俺持ちでな。奮発してやるよ」
「……」
彼女は、真っ赤なまま、睨み続けている。だから、俺は立ち上がると、社務所のほうへと歩き始めた。
「あーそうか、いらないのか。いらんならいいが」
「……いるっ!」
立ち上がって慌てて返事した彼女に、俺は振り返り、にやにやと笑う。彼女は、してやられたという顔をしたが、悪い気はしていないようだった。
「まーさーきーさーん。こんにちは――!」
すると、その時、声がした。見れば、彼が手を振りながら、小道から庭の方へむかってきていた。
噂をすれば。
俺は、彼の声に返事をした後、いまだに顔の赤い彼女を振り返り、にやりと笑う。
「……今度とは言わず、今からフユをだまして、縁結びの祈祷をするか? お前、『一緒に神主のお仕事を見学しよう』って誘え。
どうせ、縁結びって言葉も知らんだろうし、祈祷を聞いたところで、バレるはずがねえ」
「……いいなそれ。大賛成」
彼女は、にやっと悪い笑みを返す。
「どしたの? 二人とも……?」
そこへ、とてとてと走ってきた彼は、悪だくみを考えている二人を、そうとも知らず、不思議そうに見た。
そんな彼を見て、二人はまた、顔を見合わせ、けらけらと笑う。
「……? 変なキノコでも食べた?」
きょとんとして、言う彼。
「いいや、別に。ただなんとなく面白かっただけ」
「そうなの?」
彼女は立ち上がると、首を傾げる彼の手を取った。
「なあ、冬樹。今から一緒に神主のお仕事を見学しよう? 柾が特別に見せてくれるって」
「ほんと? 見る見る! 僕一度、柾さんがお仕事している所、見てみたかったんだ!」
「よかった。じゃあ、行こう!」
彼女は、駆けだした。しっかりと、彼の手を握り締めて。
「おい、こら待て! 今から準備するから、ここで待っとけ……って聞いてないな、あいつら」
二人を、俺は慌てて追おうとして、けれど、思わず立ち止まった。
風が吹いた。暖かい春の風。
それは、散り始めた桜達の枝を揺らし、その花びらを空へと巻き上げる。
花びらが空間を、一色に満たす。
そんな空間の中を突き進む彼らを見て、俺は微笑んだ。
「……変わってしまっても、変わらないな」
彼女に微笑みかける彼。
彼に微笑み返す彼女。
それらはかつて失われ、
今は、形を変えて、
けれど、それは確かに同じ――
平穏で、だけど、幸せな日常。
そんな日常を、祝うかのように、
写真立の前に、
そより、と桜の花びらが舞い降りた。