「……」
 ふと目を覚ますと、朝日の差し込む静かな病室であった。


「柾さん…ッ!」
「お父さん!」

 その声に目をやると、妻が目を真っ赤にして自分の手を握ってくれていた。
 そして、娘がわんわん泣きながら、体に抱き着いてくる。

「俺は……?」

 何が何だか、よく分からなくて、今までのことを思い出す。
 そして、ハッとして――

「あいつッ…あいつはッ、どこだっ!」

 がばりと起き上がると、眩暈がした。妻が慌てて支えてくれるのに、心配をかけて悪いと思いつつも、立ち上がった。だけど、激痛が走って、それ以上その場から歩けなかった。

「柾さんっ、無理しないで! あなた、一ヶ月も寝たきりだったのよ!」
「うるさいッ、あいつはッ、フユはどこだ?! あいつ……」


「……馬鹿なことをしやがった!」


 動かない体を、それでも無理やり動かして。
 けれど、やっぱり、それ以上、前には進めなくて。
 そもそも、行ったところで、何もかもが手遅れなのは分かっていて。

「あいつッ……、ほんっとに、大馬鹿だ……」
 柾は片手を顔にやった。

「柾さん……?」

 顔に当てた指の間から、ぼろぼろとこぼれる涙。なぜなのか理解できない妻は、それでも、そっと両手で、夫の肩を抱いて寄り添った。

「夢を、見たんだ」
「……」
「あいつ、俺の家の神社で、自分の命を代価に、俺を助けることを、願いやがった……ッ」
「……」

 妻は驚いたように、口に手を当てた。

「今すぐ取り消せ、やめろって叫んでも、あいつ、聞いてくれなかった……。俺だって、お前の事が大切だ、死んでほしくないって言ったって。頼むからこれからを生きてくれ、幸せになってくれって言ったって。何も聞いてくれなかった……。
殴ってでも止めたかったよ……。けど、三ノ鳥居から、中へ入れなかった。そこに壁があるかのように、前に進めなかった……。だから、やっと前に進めるようになって、神様に叫んだのに。こいつは大切な親友なんだ、やめろって。俺は死んでもいいから、こいつの言う事を聞くな、取り消せって。なのに……。
雷があいつを撃って――吹っ飛ばされて俺、気が付いたらここに……」

「……夕べ、落雷の音が、一度だけ聞こえたのよ。それからだったわ……あなたの容体が持ち直したのは……」

 妻はそれ以上何も言えず、ぼろぼろと涙をこぼし始めた。

「ほんっとに、ほんっとに、」
 俺は、ぐっとこぶしを握ると、床をごすっと、殴った。

「あいつは、最初から最後まで、立派な人間だった……ッ」


 窓から病室に、爽やかな雪の朝の、空気が流れ込む。
 冷たいはずのそれには、かすかに春の気配が潜んでいた。