「……」

 気が付くと、そこはどこか花畑であった。
 とても美しく、まるで絵のようで。

 頭から背を、ずっと撫でてくれている人がいる。
 自分は、誰かの膝の上で、誰かに撫でられていたようだった。
 顔を上げると、女性が、私を見つめていた。なぜか、悲しげな笑顔で、私を見つめていた。

「私の気が付くまで、ずっと、こうしていてくれたんですか?」
「ああ……」

 女性は、ほほ笑むと頷いた。
 その笑顔は、確かによく見知ったもののはずなのに、どうしてか思い出せない。
 それが、どうしてか切なくて。
 それが、どうしてか悲しくて。

「あなたは、誰ですか? どこかで、会ったはずなのに……」

 気づけば、私は目からボロボロと涙を流し始めていた。

「ずっと会いたかったはずなのに。ずっとずっと覚えていたかったはずなのに……何も思い出せない、何も分からない……。後悔はないはずなのに。なんでだろう、涙が止まらない……」

 それでも女性は、「いいんだよ」と私を抱きしめた。

「お前が覚えてなくても、私が覚えてる。私が、いつまでも、ずっとずっと覚えているから。
……お前は、ずっと私の傍にいてくれた。だから、今度は私が、ずっとずっとお前の傍にいてあげるから。……だから、泣くな」

 女性は、ただただ私を抱きしめた。その肩が震えているのに気が付いて、彼女もまた、泣いているのが分かった。

「あなただって泣いているじゃありませんか」

 なぜか、そう悪態をつきたくなって言った。すると、女性は、ハッとした顔をして、涙をくっつけたまま――だけど、とてもうれしそうな顔をして、

「……お前は、お前でなくなっても、お前だな」
 と、笑った。

 その笑顔は、とても美しくて――、
 その笑顔は、なぜか、空っぽの記憶の中から、何か――ある言葉だけを、思い出させた。

「……月が、綺麗ですね」
 私は、その言葉を口に出した。快晴の青空に、月なんてどこにも出ていないのに、なぜかそう言わなければならない気がした。

 すると、女性はひどく驚いた顔をして――

 とても、幸せそうに、笑った。