朝になった。私は、憤然として、彼女の父親を前にしていた。

「さっさと連れ帰ってくれますよね」
「ああ……、そんなに言わなくても、ちゃんと君を柾君の元へと連れ帰ってあげるよ」

 彼は寝ぼけ眼をこすりつつ言った。

「ほんとにほんとですよね」
「本当だって……。疑い深いなあ……」

 彼は、苦笑いした。しかし、一瞬後には、意地悪そうな顔になって、言った。

「昨日、誰かさんが、ずっと泣いていた気がして、よく眠れなかったんだが、空耳かな」
「……」

 私は、黙った。きっと、人間だったら、恥ずかしさに顔から火を噴いていたに違いない。

「知りませんよ……」

 私は毛並みに涙の跡が残っていないことを願いつつ、言った。しかし、彼は、はて、と首をかしげる。

「『ハル様、私も、愛しています』って聞こえた気がするんだが。……使用人たちも、奇妙なことに皆、まったく同じ空耳を聞いていたらしいけれど」
「……!」

 私は、思わずそっぽを向いてしまった。しかし、そうしてしまってから、しまった、と思った。こんなの、認めてしまっているようなものではないか。

「……」

 顔を上げられずにいる私に、彼は、ふふっと優しく笑ったようだった。

「大切に、しなさい。思い出は、消えることがないから。
今は持っていても、つらいだけの物でも、
いつか、必ず、きっと、それが自分を救ってくれる日が来る」
「……」

 何を知ったふうな口を。
 私の絶望など、何も知らないくせに。


 けれど、どうしてか、言い返す気には、ならなかった。