「さあ、ポチ。こっちにこい、出かけるぞ」
「ちょっと待ってください、わああっ!?」

 玄関先で不機嫌に私を待つご主人様――ハル様の、これ以上の機嫌を損ねたくなくて、廊下を駆けていた私。
 しかし、あわれ、磨かれたフローリングに足を取られてすっころび、そのまま玄関の石畳に顔面からつっこんだのである。
 はああ、と聞えよがしのため息が頭上から降ってきて、私は恥ずかしくてたまらなかった。
 きっと人間であったならば、顔の体温が上昇して――いわゆる、顔から火が出そうな状況というべき場面にいたのであろう。

「無様な姿をさらして、これ以上私をがっかりさせてくれるな。それ以上、ろくでもない姿を見せられると、お前が果たして本当にロボットなのかどうかも、怪しむことになる。そんな余計な労苦を私にかけてくれるな」
「……」

 『あなた、本当に十二歳の女の子ですよね?』という、喉元まで込みあがってきた質問は、胃の奥底まで飲み込むことにした。
 その代わり、彼女の父を少しだけ恨むことにした。

――素直じゃないけど、かわいい子だから、安心して。

 そう彼は、慈しむような、けれどなぜか悲しそうな目で言っていた。
 だから私は、きっと仕事で忙しく、娘にかまってあげられない父親の悲しみが表れてしまったのだろうと理解した。
 なので、彼の代わりに、家で一人ぼっちで寂しいに違いないだろう娘さんの、お傍にいるお役目を全うしようと奮起してここに来たのだ。

なのに、まさか――

「さっさと立たないか、ポチ。あんな男でも、天才と世の中から称されている奴だ。
なら、あの男の発明品であるおまえにも、人間の平衡感覚器官に代わる機能くらい当然ついているはずだ。だったら、今お前の目の前にある地面が、進行方向だなんて大間違いを犯すわけがない」

 こんな、まったく、どこもかわいくない娘さんだったなんて。三枝博士の大噓つき。

 さっさと玄関の扉を開けて、外に出ていく彼女。
 私はさめざめと泣きたい気分に駆られながらも、置いてけぼりを食らうのは嫌なので、慌てて閉まりかけていた扉から外へ出た。