「もう秋なのに、あっちーな」
「暦の上では、九月は秋ですが、実際は例年、残暑がすごいですもんね」
「お前も暑いとか思うの?」

 『機械なのに?』という目で見てくる柾の目に悪意はないだろうが、私の心をチクリと刺した。

「……私は、体内の温度計で外気温を知れます。ただ、感覚神経的なものはありませんので、主観的には暑いと思うことはありません。
その温度が、何度以上から人間にとって不快となるか、知識としてはありますが」
「へー、便利だなあ」

 こういった今までは何ともなかった会話が、今日はとても心を痛めつけてきた。


「……」

 そんな私を、柾が何やらじっと見てきた。「何ですか?」と見返すと、柾は「いや、そのな……」と言葉を濁しつつ、言った。

「お前、何かあいつに言われたんじゃね? ……あいつ、昔っから、キレたら的確な所を突いて攻撃してくるからな……。
言い訳できない所を突いてきつつ、畳みかけてくるから、一切言い返せないし、数日はへこむから」
「………」

 図星だった。でもぎくりとするよりも、かすかな嫉妬と諦めの心地のほうが大きかった。


 彼には勝てない。今や柾よりも、彼女と長い時間を一緒に過ごしたのに、自身よりもずっと彼女のことをよく知っている。
 もはや、素直に認めざるを得ない。彼女は彼を本当に信頼し、彼もそこに男女の感情はなくとも、彼女をよく知り、傍らで支えてきたのだ。

 でも、それは当たり前。私は人間に作られた操り人形――下僕だから、対等じゃないから、
 ――彼女に柾ほど信頼されてなくて、当たり前だ。

 昔は、彼女のかすかな挙動から、様々な事を読み取っていたこの男に、私の誇り(プライド)をやすやすと崩されるたびに、悔しく思っていた。
 しかし、今や、そんな嫉妬自体が、不毛な行いだったことを、嫌というほど理解していた。


 ふと、そんなことを考えていた自分を、柾がじっと見ていたことに気づいた。
 とても心配そうな顔をしている。

――そんなに心配しなくても。

 私などただの器械で、この感情だってプログラミングで出来ているだけの、偽物なのに。
 そう言いたかった。だけど、なぜか、心のどこかが、そう認めるのを拒否して。口が動かなかった。


「……ちょっと、落ち着くまでうちに泊まってかないか? 俺、後一週間はいるし。お前ん()には俺が電話しておいてやる。娘もお前の遊び相手になってくれるだろうし」
「……娘さん、いらっしゃるんですね」
「まだ、三つになったばかりで、やんちゃ盛りだけど、可愛いぞ」
「……わかりました、良いですよ」


――遊び相手。


 その柾の言葉に、胸の内で、ついに何かがひび割れる音がする。

「どうせ、私は器械で、人間の玩具ですから」

 うっかり、本音がポロリと口からこぼれ出たのに、私は慌てて口を閉じた。
 しかし、柾はしっかりと聞いていて、私を、ハッとした顔で見ていた。
 私はなんだか、その目に耐えられなくて、さっと顔をそらすと、神社への階段を上り始めた。


「……」

 背に視線を感じる。
 それは、同情なのだろうか。
 器械ごときの私に同情するなんて、馬鹿な人間だなあと思いつつ、私はその視線に気づかないふりをした。