あれから一月(ひとつき)がたった。


 彼女は結婚前の準備のためと、都会へと行ってしまった。
 あの日以来、彼女は、引っ越しの準備の際も帰ってこず、みな使用人に任せていた。よほど私に会いたくなかったらしい。


 あの日以来、まるで本当の人形になったかのように、私は毎日窓辺にすわり、外をぼんやりと眺めていた。
 心配した使用人たちが、たまに何やら話しかけに来てくれたが、何も言葉が耳に入ってこなかった。


「一体、私は、彼女にとっての……いや、そもそも存在自体が、一体何だったんでしょうね……」

 生まれたばかりの最初の頃は、確かに、自身は機械であり、人間の言うことにしっかり従おうと思っていた。
 なのに、今や、そんなことなどすっかり忘れて、彼女と対等な友人であると、思い込んでしまっていた。
 彼女と共に起き、共に過ごし、共に寝る中で、自身が恐れ多くも、生みの親でもある人間と、同じ存在であると勘違いしてしまったのだ。

 しかも、それが勘違いであると、彼女の言葉で気づかされた今となっても、
 そのことに心から納得できない、恐れ多い自分がいる。


「……私はロボット失格です……」

 器械にはいらない、恐れ多い感情を持ってしまった。
 彼女に嫌われるのも当然だろう。


 ふうとため息をついていると、部屋の扉がノックされた。返事をすると、使用人が「お客様です」という。
 器械の自分に、お客様なんて言える知り合いもいないはずだと思いながら玄関へ降りると、そこには柾がいた。

「フユ、久しぶりだな」
「……なぜ都会にいるはずのあなたがここにいるんですか?」
「いや、実家の手伝いで帰ってきたんだが、そしたらちょっと気になる噂を聞いてだな……」

 どうやら、彼女の結婚の噂を聞いたらしい。

「……ハル様なら、もうとっくに、ここにはいませんよ」
「……遅かったか」

 柾は、ため息をついて頭をかく。
 柾は彼女のことを心配して、ここへやってきたらしい。

「今更何ですか? ハル様の気持ちを無視して結婚したくせに、今度は、ハル様の結婚にとやかく口を挟みに来るとか」

 「何様ですか?」と睨もうとしたが、そんな力もなかった私は、ため息を一つ、ついただけだった。

「……あいつが幸せな結婚をするなら、そんなことなどしに来ないが……。
まあ、確かに、俺にはそんな資格はないか。あいつが幸せな結婚をするかどうかに、かかわりなく……」

 柾は、またため息をつく。そして、ふと私の顔を見て何かに気づいたのか、「なあ」と言った。

「……ちょっと、一緒に出掛けねえ? どうせ、あいついなかったら、毎日暇で暇で仕方ないだろう?
うさちゃんなんて、愛想振りまくぐらいしか、仕事ないだろうし」
「……」

 何だか馬鹿にされた気もするが、何もすることがないのも事実だし、これ以上一人でいると、余計なことばかり考えそうだ。
 だから、私は自然と首を縦に振っていた。