異世界に行ったら【いのちだいじに】な行動を心がけてみた

 ――時を少しだけ巻き戻し、太一は湖とラディナの森の入り口との中間地点に罠を設置することに決めた。
 湖から離れすぎると勇人が引き連れてくる時に出てこないかもしれないし、近すぎるとディルガイドから来るだろう援軍が間に合わないかもしれない。
 様々な要素を考慮したうえでの場所選びだ。

「ここに来るまでに必要な素材は集めた、急いで罠を作らないと!」

 元々罠を作るための素材を持っていたわけではない。太一は森にある素材を使ってデビルベアを捕えるための罠を作るつもりだ。

「でも……あの巨体を捕えるだけの強度を持たせることができるのか?」

 不安は強度だ。
 今もなお手を動かしながら罠を作っているが、怪力スキルを使った公太と互角以上の膂力を持っているデビルベアである、捕らえることができたとしても罠がすぐに破壊されてしまえば意味がない。
 指定した時間の中で、最高の罠を作る必要がある。それも練習などしたことがない一発本番でだ。

「……いや、やるしかない! 俺の罠師スキルが言っているじゃないか、できるんだって!」

 太一が五分と指定したのには理由がある。それは感覚的なものなのだが、デビルベアを見てからすぐにどのような罠が有効なのか、そしてその作り方が頭の中に浮かんできたのだ。
 これがスキルなのかと驚いたものの、その感覚があったからこそ、自信を持って公太と勇人に指示を出すことができた。
 今は二人を、そして自分のスキルを信じて行動するしかない。

「これをこうして、こいつをこっちに持ってきて……」

 太一が手にしているのは森の木々に巻き付いていた大量の蔦である。
 5000ジェンで購入したナイフは切れ味も抜群で、刃を入れただけでスッと切れてしまった。
 それだけではなく、木の皮を剥ごうとした時もあっさり刃が入っていき、そのおかげで素材をすぐに集めることができた。

「ダジールさんの言うことを聞いておいてよかったな」

 これが普通のナイフであれば、こうも簡単に素材を集めることはできなかっただろう。
 もしかすると武具店に足を運んだ時から、罠師スキルが発動していたのかもしれないと太一は内心で考えていた。

「……よし、ロープは完成だ!」

 何本もの蔦を絡み合わせて丈夫なロープを作った太一は、次にデビルベアを絡めとるための仕掛けを作り始める。

「あと、二分!」

 ロープの端で円を作り地面に置くと、その上に葉っぱや木の皮を乗せて見えなくしていく。
 もう一方の端は少し離れた大木まで伸ばしていき、木に一度だけ巻きつけながら登っていき、一番太い木に引っ掛けた。
 原始的ではあるが、最短でできる罠としてはこれしかない。

「よし、完成だ! あとは勇人がデビルベアを誘導してくれるはず」

 指定した五分は経過している。
 しかし、なかなか勇人の姿が見えてこない。

(……まだか、まだなのか? まさか、やられたなんてことは……いや、絶対にない! そんなことはない!)

 最悪の展開が脳裏をよぎるが、太一は首を横に振ってその考えを払拭していく。
 勇人と公太なら絶対にやってくれると、本気で信じているのだ。

(……………………来た!)
『ガルアアアアッ!!』
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、きっつい、マジで、きついってええええっ!」

 付かず離れずの距離を保ちながら逃げるというのは、体力的にも精神的にも疲労が溜まってしまう。
 勇人の視線はただ真っすぐ、ラディナの森の入り口だけを見ながら走り続けていた。
 そのまま罠の上を勇人が通り過ぎていき、少し遅れてデビルベアが足を踏み入れた。

「どりゃああああっ!」
「た、太一!?」
『ガルアッ!?』

 太一が大木の上からロープの端を持って飛び降りる。
 ロープが太一の体重に引っ張られ、引っ掛けた枝をこすりながらせり上がっていく。
 突然の太一登場に勇人だけでなく、デビルベアも足を止めて上を見ていた。そして――

 ――グイッ!

『ガルガアアアアッ!?』

 ロープで作っていた円が一気に縮まりデビルベアを縛り上げた。

「ま、マジか! よっしゃああああっ!!」
「……う、上手くいった、のか?」

 拳を突き上げた勇人と、上手くいきすぎたことに驚いている太一。
 ロープはデビルベアの両足首を縛り上げており、全く動けない状態になっていた。

「よくやったぞ、太一!」
「……はは、こんなに上手くいくとは、思わなかったよ」
「……なんでお前はまだ上にいるんだ?」

 大木から飛び降りた太一だったが、デビルベアがあまりに重すぎて縛り上げることはできても地面まで下りることはできなかった。

「うーん、まあ、このまま手を離したらロープが緩んじゃうし、しばらくはこのままかなぁ」
「あー、それもそうか。でもまあ、近いうちに援軍も来てくれるだろうし、それまでの辛抱――」
『ガルアアアアァァアアァァッ!!』
「どわあっ!?」
「た、太一!?」

 足首を縛り上げられているデビルベアだが、両腕はいまだ自由だ。
 腕を伸ばしたデビルベアは鋭い爪で蔦をひっかけて手繰り寄せると、渾身の力で振り回してきた。

「ちょ! おま! 止めろって!」
「おい、熊野郎! 振り回すな! 止めろよ、止めてください!」
『ガルアッ! ガル、ガルアアッ!』
「どわああああっ!?」

 右へ左は大きく振り回された太一は、あまりの衝撃に手を離してしまった。
 勢いよく吹き飛ばされた太一は背中から地面に叩きつけられてしまい、そのまま地面を転がっていく。

「太一!? おい、大丈夫か!」
「いってぇ……あぁ、なんとか。でも……」

 太一が返事をしたことでホッとした勇人だったが、事はそう単純な話ではなかった。

『ガルルルルゥゥ』
「「……で、ですよねぇ~」」

 縛り上げていたロープが緩んだことでデビルベアが自由となり、倒れていた太一としゃがみ込んでいた勇人を立ったまま見下ろしていた。