異世界に行ったら【いのちだいじに】な行動を心がけてみた

「そっちに行ったぞ、公太!」
「分かったよ、勇人君!」
『ガルアアアアッ!』

 ――ドゴオオオオンッ!

 公太とデビルベアの激突による轟音が再び鳴り響く。
 怪力スキルを持っているとはいえ、自分よりも二回り以上大きな相手の攻撃を受けて何度も耐えられるものではない。
 すでに腕も痺れ始めており、公太は受け止められるのはあと一度か二度かもしれないと考えていた。

(それでも、太一君が言っていた五分は絶対に耐えてみせる!)

 太一と勇人の会話は公太にも聞こえていた。
 だからこそ託されたこの五分、絶対にデビルベアを引きつけておくのだと覚悟を決めていた。

「てめえっ! さっさとこっちに来い!」
『ガルアッ! ガルアアアアッ!』
「くそっ! こいつ、公太からやるつもりかよ!」
「ぐっ! ぐうっ!」

 交互にデビルベアの相手をしようと考えていた勇人だが、デビルベアが公太から離れなくなった。
 今も密着した状態で両腕を振るっており、公太は慣れない大盾を使いなんとかしのいでいるという状況だ。

「石くらいじゃもうダメだ。目にもいかねぇし……仕方がない、もうこれしかないか!」

 このまま何もできなければ公太が死んでしまう。
 自分にできることを必死に考えた結果、勇人も覚悟を決めた。

「てめえ熊野郎! 公太から離れやがれええええっ!!」

 ――ズバッ!

『ガアアァァッ!?』
「勇人君!」
「よっしゃあ! なんとか斬れた……ああああぁぁっ!?」

 クレアと一緒に選んだナイフを抜き放ち、快速スキルを活かして全速力で駆けだした加速力を乗せた一振りが、デビルベアの右足を切り裂いた。
 しかし、その代償として買ったばかりのナイフが半ばから折れてしまっていた。

「……今日買ったばかりの新品だぞおおおおっ!」
「危ない! 勇人君!」
『ガアアアアッ! ガルアアアアッ!!』
「うおっ! どわっ!」

 あまりの激痛にヘイトが完全に勇人へ向いた。
 デビルベアは全速力で勇人へ突進して両腕を薙ぎ払う。
 間一髪で回避した勇人だったが、デビルベアは間髪入れずに追撃を仕掛けてきた。

「こいつ、マジかよ! 離れる暇が――どわあっ!?」

 大振りになっていたことが幸いしてなんとか避けることに成功していた勇人だが、ここで足を滑らせてしまう。

『ガルアアアアッ!!』
「あっ、死んだわ」

 優しく降り注いでいた日差しがデビルベアの巨体によって遮られる。このまま圧し掛かられるか、それとも噛みつかれて食われるか、はたまた鋭い爪で切り裂かれるか。
 どちらにしても悲惨な死からは逃れられないだろうと、勇人は死を覚悟した。

「どりゃああああっ!」

 ――ズドオオオオン!

『ガビャアッ!?』
「こ、公太ああああっ!!」
「逃げるよ、勇人君!」

 大盾を構えた状態での突進、シールドバッシュがデビルベアを捉えた。
 怪力スキルを使ってのシールドバッシュ、さらに勇人にしか目が行っていなかったこともあり、横合いからの突進でデビルベアは完全にバランスを崩して倒れ込んだ。
 だが、これで終わりではない。むしろ、二人は完全にデビルベアの怒りの対象になってしまった。

『……ガルアアアアァァアアァァッ!!』

 目の前で発せられた大咆哮に、勇人と公太は耳を塞いでしまう。
 そして、それがデビルベアの狙いだった。

『ガルアアアアッ!!』
「嘘だろ! すぐに突っ込んでくるなんて――」
「勇人君!」

 ――ドゴオオオオンッ!

「うわああああっ!?」
「公太!」

 大咆哮と合わせて突っ込んできたデビルベア。その動きを見て慌てて前に出た公太だったが、重心をしっかりと前に向けることができなかった。
 ギリギリ耐えていた突進に力負けしてしまい、公太は大きく後方へ吹き飛ばされてしまう。

『……ガルアアァァァァ』
「……はは、いいぜ、この野郎! その右足の傷、もう一回つけてやろうか!」
『ガルアアアアァァアアァァッ!!』
「来いよ、熊野郎! てめえの相手は俺様だ!」

 この場で暴れられれば公太が危ないと判断した勇人は、デビルベアを挑発するべく折れたナイフを右足に投げつける。

『ガルルルル……ガルアアアアッ!』
「へへ、そういうことだ! おらあっ! 追い掛けて来いよ!」
『ガルアアアアッ!!』

 挑発が成功したことをきっかけに、勇人は来た道を戻っていく。
 それを見たデビルベアも追いかけていくが、右足は負傷しており最初の時に比べて遅くなっている。
 それにしては不思議なもので、勇人とデビルベアの距離が広がることはなく、ギリギリ腕を伸ばして届くか届かないかの距離を保ったまま逃げ続けていた。

「……あとはお願いするね、勇人君――太一君!」

 意識を失っている振りをしていた公太は、転移してから役に立たないと思っていた右腕の時計に目を向けながらそう口にしていた。