遠くに見えた建物を目指して歩きながら、太一たちは浮かんでいる疑問について話し合う。

「でもよう、異世界に召喚されたってのが事実だとして、こういう時って大体が何か異世界側の事情があって召喚されるとかがテンプレじゃないのか?」
「確かに、そうだな。俺も詳しいわけじゃないけど、少なくとも俺が読んだことのある異世界召喚系のラノベはそんな感じだったかな」
「僕もそんな感じのを読んだよ。勇者とか、聖女とか、そんな感じ」
「聖女だぁ? 俺たちは男だぞ?」
「それなら勇者ってことか? でも俺たち……」
「「「そんなガラじゃなくない?」」」

 太一だけでなく、勇人と公太も自分たちが勇者なんて大役をこなせるなどとは思っていない。
 そもそも三人は普通の高校生であり、特別ラノベが大好きだったわけでもない。
 ラノベ好きなら異世界召喚を喜び、異世界を楽しもうとしたかもしれないが、三人はそうではないのだ。

「できれば今すぐにでも元の世界に戻りたいけど、あんま戻れた話ってなかったよな?」
「あるにはあったと思うけど、多くはなかったかも?」
「そうなんだ。僕は見たことがないなぁ」
「……それって、戻れる可能性は少ないってことか?」

 あまりラノベに触れてこなかった勇人がそう口にすると、太一と公太は困ったように頷く。

「マジか~。ってことは、ここで生きていかないといけないってことか?」
「分からないけど、その可能性は高いかも」
「で、でもさぁ。僕たち、この世界の言葉なんて喋れないよ?」
「「……あっ! そうだった!」」

 公太がおずおずと呟いた衝撃発言に、太一と勇人はハッとさせられてしまう。

「ど、どうすんだよ、太一!」
「お、俺に言われても困るって!」
「勝手に翻訳されているなんて場合もあるけど、僕たちの場合はどうなのかな?」

 翻訳されていれば問題ないが、そうでなければ大問題だ。
 言葉も分からず、文化も全く異なる異世界で太一たちが生きていけるかと考えると、三人とも生きていけないだろうという考えに至った。

「……太一、お前って学校の成績良かったよな?」
「……可もなく不可もなくだったと思うけど?」
「……す、少なくとも、僕たちの中ではよかったよね?」
「…………二人とも、何が言いたいんだ?」
「「言葉が通じなかったら覚えてほしい!」」
「無理だからな! 全く知らない言語なんて、マジで無理だから!」

 無理難題を押し付けられそうになり、太一は慌てて無理だと大声をあげる。
 だが、もしも本当に言葉が通じないとなれば、最終的には言葉を覚えるという選択肢は絶対に出てくることだろう。
 ならば、そうなった時に誰が言葉を覚えるのかとなると、多数決になれば太一になってしまうことはこの場の状況で明白だった。

「……マジかよ」
「すまん! その代わり、その他のことは俺たちがなるべくやるからさ!」
「お願いだよ、太一君!」
「……はあぁぁ~。分かったけど、言葉が通じなかった場合だからな!」
「「ありがとう~!」」

 勇人と公太からすると一つの問題が解決したかのように思えるが、太一からすれば問題が浮上したようなものだ。

(……俺、本当にこの世界の言葉を覚えられるかなぁ。言葉が通じるのを願うしかないかぁ)

 心なしか足取りが重くなった太一を連れて、勇人と公太は前を歩いていくのだった。