「バウバウバウバウッ!」
「どわああああぁぁっ!」

 犬の鳴き声と同時に、勇人の叫び声が通りに響いていく。
 勇人が受けた依頼は犬の散歩であり、クレア曰く『犬が走り出してもついていけるはず』という理由からだ。
 確かに勇人はリードを離すことなく犬の散歩をこなしているが、これを散歩と言っていいのかは定かではない。

「ちょっ! 止まれって! おい、止まれっての!」
「バウバウッ! バウーン!」
「元気よく鳴いてんじゃねえよおおおおっ!」

 全力で走り回る犬に、勇人がなんとかついていっている、というのが実際のところだ。
 快速を飛ばしてなんとかついていっているものの、足が速いだけで体力が向上しているわけではない。

「ま、マジで、止まってくれ~!」
「バウ?」
「うおっ!?」

 限界が近づいていた勇人が懇願するように声をあげると、まるでその願いを聞き届けたかのように犬が急ブレーキをかけた。
 あまりに急だったこともあり、勇人は思わず芝生へ前のめりに転がってしまった。

「ぜー、はー、ぜー、はー……お、お前なぁ」
「バウ?」
「……いいや、なんでもねぇ。しっかし、これを散歩と言っていいのか?」
「バウッ!」
「……まあ、お前が楽しそうだからいいってことか?」
「バウバウッ!」
「待ってくれ! 頼むから、少しだけ休ませてくれ! なっ?」

 会話が成立しているのかは定かではないが、両手を合わせたお願いのジェスチャーをした勇人を見て、犬は今にも駆け出しそうだった姿勢から、ストンとお座りの体勢に移行した。

「はは、助かるよ」

 そのまま起き上がった勇人が犬の隣に腰かけると、真っ青な空を見上げて一息つく。

「それにしても、この世界にも犬がいたなんてな」
「バウ?」
「お前に言っても分かんねぇだろうけど、俺って別の世界から来たんだぜ?」
「……バウッ!」
「本当に分かってんのか?」
「バウバウッ!」
「はは、返事だけはいいんだよな」

 モフモフの毛並みを撫でながら、勇人は少しだけ不安そうな表情を浮かべる。

「……俺もさ、太一も公太も、この世界で上手くやっていけると思うか?」
「バウ~?」
「俺って結構言葉遣いとか荒いしさ、依頼人に変な目で見られないかとか、俺のせいで二人に迷惑をかけるんじゃないかとか、変なことを考えちまうんだ。まあ、あいつらには言えないけどな」

 そして、相手が犬だからか胸の内に隠していた不安を吐露していく。

「俺って不器用だからさ、単純な仕事しかできないって思うし、スキルもただ足が速くなるだけだろ? 今回はお前の散歩ができるってんでクレアさんが選んでくれたけど、他の依頼で俺の足を活かせるものがあるのかどうか……正直、不安なんだよな」

 公太の怪力も単純な効果のスキルではあるが、使い勝手はとてもいいものだと勇人は思っている。
 そして太一の罠師に関しては、冒険者という職業をする上では有用だとも考えていた。

「冒険者を続けていくなら、いずれ魔獣とも対峙する機会が出てくると思うんだ。その時に罠師は絶対に役に立つと思うんだよな。もちろん、怪力もだ。でも……俺の快速は、みんなを置いて逃げるくらいにしか使えないんじゃないかって思っちまうんだよ」

 太一や公太を置いて逃げることなど絶対にするはずがないと思っている勇人だが、いざ魔獣を前にした時、同じ思いでいられるのかが分からなかった。
 自分可愛さに逃げ出してしまうのではないか、そんなことを考えてしまう。

「もしそうなっちまったら、俺はもう、この世界で生きていけないんじゃないかって思うんだよな」
「……バウバウッ!」
「っておい! マジかよ!?」

 勇人が不安を吐露していると、急に犬が走り出した。
 リードを握っていたので逃がすことはなかったが、突然のことだったので勇人はバランスを崩しながら走るしかなかった。

「コケる! コケるからちょっと待てって!」
「バウバウッ!」
「いったいなんなんだ――どわあっ!?」

 ――ドスンッ!

 犬が走り出した先には、これから花を植えるために掘られていた穴があった。
 そのことを知っていた犬は華麗に飛び上がり穴を超えていったが、知らなかった勇人は呆気なく落下してしまう。
 深い穴ではなかったのでケガなどはしなかったが、犬に引っ張られて穴に落ちた自分が情けなく、大きくため息をついた。

「はああぁぁ~。……俺、マジでやっていけるかなぁ」
「バウバウッ!」
「……んだよ、お前。笑いに来たのか?」
「クゥゥン……バウッ! バウバウッ!」
「……違うってのか? だったらいったいなんでいきなり……あれ? 穴……落とし穴ってことか?」
「バウバウッ! バウーンッ!!」

 ハッとした表情で顔をあげた勇人を見て、犬は元気な鳴き声をあげた。

「……はは、お前ってマジで俺の言葉が分かってるのか?」
「バウッ!」
「……俺はお前の言っていることは分かんねぇけど、ありがとな!」
「バウッ!」
「よーし! そんじゃもうひとっ走りしてくるか!」
「バウバウッ!」

 犬の散歩の依頼で自分の不安が解消されるとは思っていなかった勇人だが、彼にとってはとても有意義な散歩になったのだった。