「なんで!?」
「君が月詠君に対して抱いている好意が本物ではないというのが、少しばかり残念だったものでね」
「いや、あの、だって僕は男だから」
「確かに。では、今一度聞こう。君にとって月詠君とはどういう存在なのかね? 友人か? それとも仲間だろうか?」
「えっと、月詠さんは僕と同じ女の子で、友達で、同じクラスメートで、あとは――」
新庄は言葉に詰まった。「……それだけじゃ駄目かな」
呟きのような返答を聞いた佐山が軽く肩を落とす。
「本当に?」
「……」
新庄は無言だった。だからだろう。
「新庄君。私は君が好きだよ」
佐山が言った。その声はいつも通りで、表情も穏やかだ。
けれど、
「だから、そういうのはいいってば!」新庄は叫んだ。そして佐山の手を強引に振りほどく。
新庄は俯いたまま、佐山に背を向けた。
「もう、佐山くんの馬鹿。そんなこと言うから、僕は……」
新庄の声が小さくなっていく。顔が見えなくても、その背中だけで新庄の心情がよく解る。
佐山は息を一つ吐いて歩き出した。新庄の方へではなく、自分のロッカーへと。
ロッカーの中には鞄がある。着替えが入っている鞄だ。それを手に取り、ファスナーを開ける。
中にはタオルが入っていた。大きめのバスタオルが一枚。
「新庄君」
「え?」
振り返った新庄の顔はまだ赤い。佐山は微笑み、手に持ったタオルを掲げて見せた。
「これを」
「……なにこれ?」
「これで身体を隠したまえ。教室に戻ってもいいようにね」
「え、あ、うん」
言われた新庄はすぐにその意図を理解して、顔を赤らめた。
「そっか。えっと、ありがとう」
「どう致しまして」
言って、佐山は新庄にタオルを渡し、自分は別のものを取り出す。
それは折り畳まれた制服のズボンだった。
新庄はそれを受け取り、広げてみる。
「……えっと、これは?」
「私の予備だ。昨日、新庄君の家に届けてもらったものだよ。サイズが違うから着られないかもしれないが、無いよりマシだろう。一応洗濯しておいた」
「あ、ありがと。でも、どうしてこんなものを?」
「君を助け出す際に、月詠君に奪われてしまったのだ。おそらく下着も含めて全てね。彼女のことだ。どこかのタイミングで返してくれると思うが、それまでは裸で過ごすしかない。
しかし、君は気付いていないようだが、女子生徒用の体操服を着た姿もなかなか魅力的だぞ」
「そ、そう?」
「うむ。実に扇情的だと思う。特に胸元などは男子のそれとはまるで違う」
「……うわぁ」新庄が嫌そうな顔になる。
「そんなわけで、とりあえずはこれを着ておきたまえ。後で返す」
「わかった。借りとくよ」
新庄がシャツを脱ぎ始める。その間に佐山は自分の上履きを床から拾い上げ、スニーカーの代わりに足を入れる。
その時だ。
「あのさ、佐山くん」新庄が口を開いた。「僕も、佐山くんのこと好きかも」
「ふむ?」
言われて、佐山は新庄を見る。
新庄は、下を向いていた。うつ向いたまま、両手で体操服の上を握り締めている。だが、すぐに佐山を見上げて笑った。
「……って、何で僕、いきなり変なこと言っちゃってるんだろ。おかしいよね」
「いや、おかしくはないよ。私としては嬉しい言葉だ」
「……ホント?……じゃなくて! 僕が言いたいのはそういうことじゃないんだよ!」
新庄は少しだけ間を置いて、また言う。
「あのさ、僕は女の子なのに、それでも佐山くんは僕が好きだって言えるかな」
「もちろんだとも」
即答だった。迷いのない返事だった。だから、新庄はその答えを素直に受け止めることができた。
「ならいいや」
新庄は笑う。笑って、手に持っていた体操服を広げ、頭から被った。
「うん。ちょっと大きいけど大丈夫みたい。……あ、そうだ」
そこで新庄は思い付いたようにポケットに手を入れた。中に入っていた紙を取り出し、広げる。
それは折り畳まれた小さなメモ用紙だった。そこには何か文字が書かれている。
新庄はそれを見つめながら、
「ねえ、佐山くん」
「なんだね新庄君?」
「今から僕が書くことをよく読んでくれるかな?……いいかい?」
新庄は手を動かしながら言った。佐山は新庄の正面に立ち、彼女を見下ろすようにして言葉を待つ。
「……僕は、女の子だけど、男の子でもあるんだ。だから、その、僕のことは嫌いにならないで欲しいなって思う。それで、もしよかったら――」
新庄はペンを止めず、一息を吐いて、続きを書いた。
そしてその文章を佐山に見せ、最後にこう付け加えた。
『友達になってください』
● 佐山は新庄から渡された紙を手に取り、書かれた内容を読んだ。
「……」
読み終えて、もう一度読む。
「なるほど」
今度はゆっくりと時間をかけて読んだ。その間、横目で見る新庄の顔には緊張があった。その顔を見ながら何度も繰り返し読んだ。
やがて、ようやく佐山の中で意味を理解することができた。
つまりこれは、こういうことだ。
私はあなたが好きです。でも男でもあり女でもあります。なので私のことが好きなら恋人として付き合って下さい。
佐山は大きく息を吐いた。それから改めて自分の書いた手紙を読む。すると、そこにはこんな文言が書いてあった。
【私のこと好きでしょう?】
(これは告白なのか?)
佐山は首を傾げつつ、新庄の方に向き直る。
「新庄君」
「なに?」
「君はひょっとして私のことをからかっているのか?」
「え!? なんでそうなるの!?」
新庄が驚くが、しかし佐山の方こそ驚いている。
「君が書いたこの文章は明らかに私の好意を利用して異性としての付き合いを要求しているではないか」
「ち、違うよ! そっちの意味じゃないよ!」
「ではどういう意味で?」
「君が月詠君に対して抱いている好意が本物ではないというのが、少しばかり残念だったものでね」
「いや、あの、だって僕は男だから」
「確かに。では、今一度聞こう。君にとって月詠君とはどういう存在なのかね? 友人か? それとも仲間だろうか?」
「えっと、月詠さんは僕と同じ女の子で、友達で、同じクラスメートで、あとは――」
新庄は言葉に詰まった。「……それだけじゃ駄目かな」
呟きのような返答を聞いた佐山が軽く肩を落とす。
「本当に?」
「……」
新庄は無言だった。だからだろう。
「新庄君。私は君が好きだよ」
佐山が言った。その声はいつも通りで、表情も穏やかだ。
けれど、
「だから、そういうのはいいってば!」新庄は叫んだ。そして佐山の手を強引に振りほどく。
新庄は俯いたまま、佐山に背を向けた。
「もう、佐山くんの馬鹿。そんなこと言うから、僕は……」
新庄の声が小さくなっていく。顔が見えなくても、その背中だけで新庄の心情がよく解る。
佐山は息を一つ吐いて歩き出した。新庄の方へではなく、自分のロッカーへと。
ロッカーの中には鞄がある。着替えが入っている鞄だ。それを手に取り、ファスナーを開ける。
中にはタオルが入っていた。大きめのバスタオルが一枚。
「新庄君」
「え?」
振り返った新庄の顔はまだ赤い。佐山は微笑み、手に持ったタオルを掲げて見せた。
「これを」
「……なにこれ?」
「これで身体を隠したまえ。教室に戻ってもいいようにね」
「え、あ、うん」
言われた新庄はすぐにその意図を理解して、顔を赤らめた。
「そっか。えっと、ありがとう」
「どう致しまして」
言って、佐山は新庄にタオルを渡し、自分は別のものを取り出す。
それは折り畳まれた制服のズボンだった。
新庄はそれを受け取り、広げてみる。
「……えっと、これは?」
「私の予備だ。昨日、新庄君の家に届けてもらったものだよ。サイズが違うから着られないかもしれないが、無いよりマシだろう。一応洗濯しておいた」
「あ、ありがと。でも、どうしてこんなものを?」
「君を助け出す際に、月詠君に奪われてしまったのだ。おそらく下着も含めて全てね。彼女のことだ。どこかのタイミングで返してくれると思うが、それまでは裸で過ごすしかない。
しかし、君は気付いていないようだが、女子生徒用の体操服を着た姿もなかなか魅力的だぞ」
「そ、そう?」
「うむ。実に扇情的だと思う。特に胸元などは男子のそれとはまるで違う」
「……うわぁ」新庄が嫌そうな顔になる。
「そんなわけで、とりあえずはこれを着ておきたまえ。後で返す」
「わかった。借りとくよ」
新庄がシャツを脱ぎ始める。その間に佐山は自分の上履きを床から拾い上げ、スニーカーの代わりに足を入れる。
その時だ。
「あのさ、佐山くん」新庄が口を開いた。「僕も、佐山くんのこと好きかも」
「ふむ?」
言われて、佐山は新庄を見る。
新庄は、下を向いていた。うつ向いたまま、両手で体操服の上を握り締めている。だが、すぐに佐山を見上げて笑った。
「……って、何で僕、いきなり変なこと言っちゃってるんだろ。おかしいよね」
「いや、おかしくはないよ。私としては嬉しい言葉だ」
「……ホント?……じゃなくて! 僕が言いたいのはそういうことじゃないんだよ!」
新庄は少しだけ間を置いて、また言う。
「あのさ、僕は女の子なのに、それでも佐山くんは僕が好きだって言えるかな」
「もちろんだとも」
即答だった。迷いのない返事だった。だから、新庄はその答えを素直に受け止めることができた。
「ならいいや」
新庄は笑う。笑って、手に持っていた体操服を広げ、頭から被った。
「うん。ちょっと大きいけど大丈夫みたい。……あ、そうだ」
そこで新庄は思い付いたようにポケットに手を入れた。中に入っていた紙を取り出し、広げる。
それは折り畳まれた小さなメモ用紙だった。そこには何か文字が書かれている。
新庄はそれを見つめながら、
「ねえ、佐山くん」
「なんだね新庄君?」
「今から僕が書くことをよく読んでくれるかな?……いいかい?」
新庄は手を動かしながら言った。佐山は新庄の正面に立ち、彼女を見下ろすようにして言葉を待つ。
「……僕は、女の子だけど、男の子でもあるんだ。だから、その、僕のことは嫌いにならないで欲しいなって思う。それで、もしよかったら――」
新庄はペンを止めず、一息を吐いて、続きを書いた。
そしてその文章を佐山に見せ、最後にこう付け加えた。
『友達になってください』
● 佐山は新庄から渡された紙を手に取り、書かれた内容を読んだ。
「……」
読み終えて、もう一度読む。
「なるほど」
今度はゆっくりと時間をかけて読んだ。その間、横目で見る新庄の顔には緊張があった。その顔を見ながら何度も繰り返し読んだ。
やがて、ようやく佐山の中で意味を理解することができた。
つまりこれは、こういうことだ。
私はあなたが好きです。でも男でもあり女でもあります。なので私のことが好きなら恋人として付き合って下さい。
佐山は大きく息を吐いた。それから改めて自分の書いた手紙を読む。すると、そこにはこんな文言が書いてあった。
【私のこと好きでしょう?】
(これは告白なのか?)
佐山は首を傾げつつ、新庄の方に向き直る。
「新庄君」
「なに?」
「君はひょっとして私のことをからかっているのか?」
「え!? なんでそうなるの!?」
新庄が驚くが、しかし佐山の方こそ驚いている。
「君が書いたこの文章は明らかに私の好意を利用して異性としての付き合いを要求しているではないか」
「ち、違うよ! そっちの意味じゃないよ!」
「ではどういう意味で?」