月詠は新庄に拳銃を向けた。それにはゾンビを殺す銀の銃弾が込められている。「そうか、じゃあ仕方がないな。俺がまだ人間でいられるうちに殺してくれ。せめて人間として自覚を持ったまま死にたい。佐山。もう会えない。ごめんな」
「新庄、許してくれ」
月詠は泣きながら新庄の頭を撃ちぬいた。脳漿が飛び散り、新庄が倒れた。
「佐山。君だけでも生き延びてくれ。新庄は死んだ。だが、彼は君の心の中に生きている。君まで死んでしまったら悲しい」
月詠は佐山と合流する為に走った。○ 月詠と佐山の二人は、新庄の母親や舞、そして新庄の死骸を迂回して地下通路を走っていた。
「月詠、君には悪いことをした」「何がだ」
「君を巻き込んだ」
「馬鹿を言うな。私は君の護衛役なんだぞ。当然だ」
「ありがとう」
「礼など言うな。それより、あの女は何者だ?」
「わからない。でも、きっと彼女は僕らの仲間じゃない」
「なぜわかる?」
「あの子は僕らの敵だ」
「何故だ?」
「僕が、彼女をゾンビにしたからだ」
「どういうことだ!?」月詠は佐山の顔を見る。そこには先ほどまでの朗らかな表情はない。
「僕は、人をゾンビに変える力を持っている。それも無差別に。だから、もし彼女がゾンビになって襲いかかってきたら、殺すしかなかった」
「だから、殺したというのか?」
「そうだ」
月詠は、佐山の目に宿っている暗い光を見た。それは、狂気の光だった。
月詠は言う。「それでも、お前は私の命の恩人であることに変わりはないよ」
「そんなことはないよ。だって、これから僕は、もっと多くの人を殺しに行くのだから」
月詠は佐山の手を握った。佐山の瞳が揺れた。
「なぁ、どうして君はそんなに平然と言ってのけるんだ? なんでそんなに悲しまずにそんなことが出来るんだ? 人殺しなんて最低の行為じゃないか。なのに、そんな酷いことが言えるんだ? ねぇ、教えてくれよ佐山」「それが、君たちの役目だから」
「私の、役割?」
「そうだよ。僕たちはみんな同じ存在なんだ。この世界を守るために、誰か一人が犠牲になるしかない」「それで、お前は自分を生贄にするわけか」
「違う」佐山は笑った。
「これは僕ら全員の役割だ」
月詠は佐山の言葉を聞いて、彼の手を強く握った。そして、言う。
「佐山、お前はやっぱり私の命の恩人だ」
「ありがとう。月詠」
月詠は言う。「お前はきっと、私より先に死ぬなよ」
「うん」と佐山は答えた。「約束する」
佐山は微笑んでいた。
エピローグ 佐山は教室の窓から校庭を眺めていた。
その日は快晴で、空には雲一つなかった。グラウンドには生徒達がいて、体操着を着た男女が授業を受けている。
「佐山くん」
月詠が佐山の横に立った。新庄と舞の席には花瓶が置いてある。合同葬から49日が過ぎた。「どうしたんだい?」と、佐山は窓の外を見たまま言った。
「新庄が死んでとても寂しい」「僕も同じ気持ちだよ」
「新庄はいつも楽しそうで羨ましかった」
「僕もだよ」
「新庄が死んで、少しだけ悲しくないことがある」
「どんなことだい?」
「新庄が死んだことで、私は新庄のことが好きだったことに気付いた」
「奇遇だね。僕もだよ」
「そうか」
「そうなんだよ」
「なぁ、佐山」
「何?」
「私たちがこの世界で生き続ける限り、またいつかどこかで新庄と出会うかもしれない。その時は、友達になれると思うか?」「なるよ。必ず」
「そうか」
月詠は佐山に抱きついた。
「その時は、私が守ってやるから」
「期待しているよ」
佐山は月詠の頭を撫でる。月詠は嬉しげに目を細めた。
その時、背後から声が聞こえてきた。
「おーい、新庄! 新庄!」
「新庄! どこですのー!?」
新庄の机に、舞の遺影が飾られている。
その写真の中で、舞は満面の笑顔を浮かべている。
新庄は後ろを振り返った。そこには、新庄の母親が立っている。
「母さん」
新庄は呟き、駆け寄ろうとした。
しかし、新庄の足は止まってしまう。
新庄の母親は、新庄の知らない顔になっていた。
それはまるで、獣のような顔だった。
新庄は思う。
「これが、ゾンビに噛まれるということなのかな?」
新庄はナイフを手に取る。
「じゃあ、殺さないといけないよね?」
新庄はナイフを振り上げた。