「二度と話しかけんな。」
 俺は怒りを抑えきれず相手を殴り、冷たい言葉を浴びせてしまった。普段の俺ならありえないことだが。この時の俺は侮蔑の目をしていたと思う。反省はしていない。


 ことの始まりは昨日。逆らってはならない人から逆らえない命を受け、一人である現場を調査中だった。
 現着してすぐに、やっぱり断ればよかったと後悔した。
 一般の刑事もそうだが、一人で行動させるなんて普通はありえない。理由は不明だが今回はご指名だった。断れば俺のキャリアどころかおそらく人生が終わる。
 嫌々ながらも現場に行ってみると、そこは焼け焦げた一軒家があった。”いかにも“って感じの物々しい雰囲気だ。

 調査対象は火災現場。焼死体が一体。誰だか見分けがつかないほど焼け焦げていたそうだが、歯形が一致したらしい。ここの家主に。

 俺は手を合わせてから中に入ると、入り口を超えてすぐに違和感を感じた。誰かの呪力。
 人が焼け死んだ現場だから本人のものか?早いところ検分してお暇しようと思い、家の中を歩く足を速めた。あちこちの部屋から同じ呪力が強く感じられる。
 となると、ここの家主は①術師、②術師に狙われた一般人、③家主が死後怨霊となった。考えられるのは大体この三つか。

 日常的に起こる事件事故。それらの中には人間以外の者が関与している場合も多くある。未解決事件なんかは大抵それだ。解決した事件でも犯人を操っていたりバックにいる黒幕が妖や悪い術師の場合もある。

 今回俺に出された命は、”呪力が関与した形跡の有無を調べること“だ。
 俺の部署は妖や幽霊専門の妖霊部。回ってくる事件は刑事部が先に捜査に入り解決不可能だったものがほとんど。
 だが稀に、臨場した機捜が明らかに”人ならざる者“が関わっていると初めから判断した時にも回ってくる。

 今回はおそらく後者。火災が起こったのは2日前。妖霊部に回ってくるタイミングとしては早い。つまり、臨場した一般人である機捜が「もしかしたら”あっち側“の事件かもしれない」と思うような何かがあるってことだ。一般人にもはっきりわかるとなると逆に厄介だな。

 しかも、「事件を解決しろ」ではなく、普通の事件か”こっち側“の事件かを判断しろという何とも中途半端な指示。俺がこっち側の事件だと判断したら、その後は誰が調べるんだろうか?

 いずれにせよ、警視庁妖霊部の刑事が一人こんな山奥に駆り出される時点で普通の事件じゃないことは予想できる。何で、よりにもよってその担当が俺なのかはまったくもって意味不明だが、どこの業界も人材不足だ。仕方がない。

 だが俺たち術師には常人には扱えない特殊な助っ人がたくさんいる。式神だ。妖を屈服させた式神と、自分の呪力を込めて作り出す式神とがある。俺は後者の方だ。
 式神用の呪符を数枚取り出して術式を発動すると、ペラペラの紙が人型のようなシルエットに変化して動き出す。
「お休みのところ悪いんだけどさ、手伝って欲しくて。俺、今さ、火災現場の調査してるのよ。人使いが荒い上司にこき使われて。え?可哀想だって?だよな〜。だからさ、この俺に手を貸してくれない?いい?ありがとう〜!助かるよ!マジで!一人一部屋、妖や呪力が使われた形跡がないか調べてくれ!そんじゃよろしく〜。」
 式神たちは俺の指示通り一体一部屋探し始める。俺のいうことを聞くいい子たち。普段仕事以外にも家事をやってもらう事がある。こういう部分は術師で良かったと思っている。俺の式神は素直でいい子ばかりだし。
 術師の特権を噛み締めていると早速一体戻ってきた。
「え?早くない?」
 何だ何だ?式神は話さないが主人とは意思疎通できる。
 この式神曰く、ここ家主が亡くなっていた部屋には呪力も妖の残穢も他の霊力も何も無かったそうだ。
「そうか、無いか…。」
 他の式神たちも順番に報告し始める。
 どうやら先に帰ってきた式神以外は各部屋でなんらかの結界と呪符を確認している。今俺がいるリビングにあるものと同じ呪力を感知したらしい。
 となると、家主が見つかった部屋が逆に怪しい。何も無いなんてことがあるのか?これだけ結界が張り巡らされた家で。

 式神をしまい、俺はひとまず例の部屋を見に行った。確かに、この部屋に入った途端に呪力も家主の霊力も一つも感じられない。
 他の部屋とこの部屋の違いはいくつかある。①他より燃え方が激しかった、②呪力が感じられない、つまり結界が張られていない、もしくは破られた、③なんだこの真新しい呪符は?

 窓の向かい側の壁に新しい呪符が一枚。他の部屋の呪符は効力はギリギリ保っているものの焼けこげて燃えた跡がある。しかしここの呪符は燃えていない。最も延焼した部屋なのに。
 よく見ると新しい呪符の両端の上に燃えた別の呪符の一部が貼り付いている。
「何だこれ…呪符の上に呪符?」
 とりあえず式神を出してこの呪符を読み込ませる。解析は戻ってからじっくりしようと式神を戻した瞬間のことだった。

「誰だ?!」
 見知らぬ男の声が聞こえ、咄嗟に入口を見ると男は銃を抱えているではないか。男が持っているものを認識した瞬間、俺は自分の呪力で弓を作り構える。
「誰だ?!ここで何してる!?」
「警視庁妖霊部だ!刑事!丹糸工!火災現場の調査中だ!お前こそ誰だ?!」
「俺は宵行第七部隊次席官!四戸凛だ!そしてここは俺の家だ!遺体は俺の親父!わかったら弓を下せ!」
「そっちこそ銃を下せ!ていうかID見せろ!俺も見せるから!」
「…よし!…3、2、1で行くぞ?!3、2、…1…」
 俺は警察手帳を、相手は夜行独特の紫の印籠に“七”と書かれたものを同時に出す。
 お互いに緊張の意図が切れるのがわかった。それはお互いにお互いの所属を理解しているからだ。つまり、“こっち側”の人間だ。

 術師ともあれば、いつ自分がもしくは身内や仲間が無惨な亡くなり方をしてもおかしくはない。そう認識してはいるが、実際当事者になると話は別だろう。
「この度はご愁傷様でした。」
 お悔やみの伝えると四戸は俺の目の前までズカズカと歩いてきて、壁に貼られていた呪符を剥ぎ取り懐に入れる。
「あ、ちょっと、何してんの?それは証拠品。」
「ここは俺の家だ。」
「そうだとしても、ここは事件現場。ここにある物は全部証拠品扱い。いくら家族でも勝手に触ったり持って帰っちゃだめなの。」
 四戸は俺の話を聞かずに家のあらゆる物を回収し始める。
「ちょっと聞いてます?証拠品は調査が終わればあなたの元にきちんと返却しますから。」
 それでも無視して回収を続ける四戸。流石の俺も痺れを切らしてきた。
「おい、聞けよ!勝手に触っちゃダメなん…」
 コイツは俺と会話する気がないらしい。人が喋ってる時に電話かけ始めたぞ。信じらんねえ。

「もしもし、四戸です───例の件、引き受けます。ええ、」
「おい、誰と喋ってんだ?」
「え、契約?───ここでですか?…ハイ、わかりました。」
 ダメだこりゃ。俺の存在は認識されてない。諦めて四戸の様子を見守っていると、突然印を結び出した。おそらく四戸の呪符であろう紙に結んだ印を押し付ける。青白い光と共に印が紙に浸透していく。そして左手親指の腹を術式で切り、呪符に血液で母印を押す。初めて見るが以前書籍で読んだことがある。これは何かの契約だ。しかも、相手は人外もしくは自分よりも格上の術師。
 四戸はカラスの式神を出すと契約書をカラスの足に結びつけ何処かへ飛ばし、電話口に返答する。
「終わりました。…はい、後ほどお伺いします。」

 なんの躊躇いもなく契約を交わした四戸に俺は正直引いていた。なんの契約だか相手も誰だかわからないが。
 だって、今の契約は一般の人間が交わす契約とは全く素養が違うものだ。一生縛られる。相手が契約を解除するまで。死んでも縛り付けられる。怨霊や妖となっても相手に服従するものだ。
 そんなものを目の前で易々とやられたらビビるだろう、普通。一本戦がブチ切れた奴か、相当覚悟が決まってる奴しかやらない。いずれにせよ“普通じゃない”のは確かだ。

 ありえないものを見る目で四戸を眺めていると奴と目が合う。
「これは俺の事件だ。捜査は俺が主導する。」
「ふざけるな!いきなりしゃしゃり出てきやがって何だよ!こっちは、国の組織の命令で動いてんだよ!」
「ならば上に確認しろ。捜査権は俺に移った。」
 顔色ひとつ変えずに言い切りやがった。上に確認しろだぁ?命令口調なのがまた癪に触る。

 俺は上司である係長に連絡する。
「係長!丹糸です、お疲れ様です。あの__」
俺が本題に入ろうとした時、係長が口を開く。
「ニッシー!ちょうどいいところに〜!立川の火災の件だけどさ〜。あれ、うちの担当外れたよ〜!」
 四戸との会話でイライラ度MAXのピリピリした雰囲気をものともしない上司。スマホ越しに聞こえてくる女性特有の甲高い声が所々間延びし、緊張感を削ぐ。
「…え、どういうことですか?」
「いやー、私もよくわかんないんだけどね、とりあえず防衛省の方に移ったから!帰っておいで〜!ほかほかの肉まんがあるから!じゃね!」
 ほとんど意味不明だったが、四戸の言うとおり、この事件は俺の担当から外れたことがわかった。防衛省。防衛大臣直属の宵行。どうやら四戸の主張は事実らしい。
 俺の表情を見て四戸は顔色ひとつ変えずにその場を去って行った。
 なんなんだあの野郎は。挨拶もなしかよ。やな野郎に会ってしまった今日はきっと運勢最下位に違いない。こんな山奥にまで足を運び、証拠品も捜査権も掻っ攫われた。なんて日だ。

 まあ、でも、厄介そうな事件だったし担当から外れてラッキーだったと思おう。ホカホカの肉まんも待ってるし。ん?今ホカホカなら俺が警視庁に戻る頃には冷めてるんじゃ…いや、なんらかの方法で温めてくれていることを願おう。
 とにかく早く戻ろ。そもそも山は怖いし、もう日が下がりかけてきてるし。正直薄気味悪いし。

 術師でもやっぱり妖や幽霊は怖い。何回見ても見慣れない。得体の知れない恐怖が襲ってくると思うとゾッとする。逢魔時になる前にこの山を降りよう。何にも出会いませんように。
 俺は気を逸らすために帰りの運転中は大音量でテイラー・スウィフトの曲をかけてノリノリで帰った。知り合いに見つかると恥ずかしいが背に腹は変えられん。妖霊に遭遇するよりマシだ。