洞窟を出て走り出してから気付いたのは、スーを助けようにも自分たちは創筆を持っていないから無力であるということと、スーがどこにいるかわからないことだ。
 ただ、洞窟に閉じ込められる前、服を脱がされたり創筆を奪われたりした場所の景色は覚えている。それは洞窟から程近い場所にある、掘立小屋のようなところだった。
 中を見ると守衛らしき人物が一人、あくびを噛み殺しもしないでだらっと座っていた。
 その奥には木製のカゴが置いてあり、ハロルたちの服がはみ出していた。おそらくそこに創筆も入れられているのだろう。だがそのすぐ前に守衛が居る。気付かれないで持ち出すことは不可能だ。
 守衛を倒さなければ創筆は手に入らないが、創筆を手に入れなければ守衛を倒せない。長さを間違えた閂《かんぬき》のような難題に直面していた。

 師匠ならどうするだろう。考えたときに浮かんだのは、ナガーとのやり取り。彼は創筆を使わないで虚構を創り上げていた。だからハロルは正面突破をすることを決意した。

「おいお前」
「ん?」

 ぼんやりとこちらを向いた守衛の顔が、間を置いて引きつった。

「おっと、声は出すなよ」

 そう言ってハロルは手を翳す。

「な、なにをする気だ」
「お前がオレたちの言うことを聞けばなにもやらねえよ」

 言われながらも守衛は現状を正確に把握したようだ。姿勢を正し、ハロルに指を突き付ける。

「創筆のないお前たちになにができるんだ!」
「お前なあ、ドリシエの虚構術見たことねえのか?」
「ラブック様の虚構術は確かに創筆要らずだが、お前たちは創筆がなければ——」
「じゃあなんでオレたちはここにいるんでしょーっか? それに服もなかったのに新調してるだろ? さっきお前が脱がせたんだからわかってるよなあ? あのときは無駄にべたべた触りやがって変態兵士。オレの体見て欲情してただろキモ兵士」
「う、うるさい! でも、確かにどうやって」
「だーかーらー、このオレ、天才虚構士のハロル様が、虚構術でやったに決まってんだろ?」

 親指で自分を指して片眉を吊り上げて言った。
 守衛は目を丸くして身を竦ませる。

「ほ、本当なのか……?」
「そうだって言ってるだろ?」
「い、いや! だ、だったらなぜここに立ち寄った! 創筆を奪い返すことが目的なら、矛盾しているだろうが!」
「ああ? 矛盾してるだあ?」

 翳した手を守衛の額に近づけていく。

「して、しているでしょうが。しているように感じます」
「オレにとっては創筆なんてただのお飾りだ。他の虚構士たちの目を(あざむ)くためのな。だが、ミーンはないとできねえ。戦力アップは考えて当然のことだろう?」
「た、確かに」
「それと、うちの師匠がどこに居るかも聞かなきゃならねえ。そのためにも立ち寄ったんだよ。時間がねえんだ! お前の頭を爆発させたあとに脳みその中から記憶を引きずり出してもいいだぜ? んなこと虚構士じゃねえお前は考えたこともねえだろうが、虚構士のオレには出来るんだ。ミーンの手前やらないだけでな」

 守衛は慌てて横に移動して道を譲った。その間もハロルの掌は翳されたままだ。ミーンは守衛をすり抜けてカゴから創筆を取り出し渡してきた。

「師匠はどこに連れていかれた」
「知らん」

 ハロルの眉間に皺が寄る。

「テメェふざけてんじゃねえぞ!」

 襟を掴み、創筆の先端を眼球に近づける。

「いや、ちょ、あぶ、刺さる! 刺さるぅぅう! 本当に知らないんだ!」

 ハロルはギリッと歯を軋ませて、守衛を突き飛ばした。

「どこでやるんだ」
「え?」
「師匠の処刑はどこでやるんだ! 教えろ」
「街の真ん中……。見せしめにするそうだ」

 ハロルは踵を返し、建物に対して筆を走らせながら出た。
 ミーンは不思議そうな顔でそれを見つめていた。

「いくぞ、ミーン」
「うん。でもハロル、今なにをしたの?」
「あの小屋の窓と扉が一切動かないようにした。追って来られたら困るからな」