僕の名前は、塩ノ谷 叶人。絶望の淵にいる独りの高校生だ。
 南の飛び降り事件は、僕のなかで暗く深い影を落とした。なぜ、こんなことになったのか、僕が知りたいのはそれだけだった。
 元々あいつはいじめを受けていた。僕たちの通う学校は、いじめ問題が深刻だ。おそらく、その餌食となってしまったのだろう。
 ならば、僕のやるべきことは一つしかない。いじめ問題の解決のために、出来ることがあるはずだ。

 2024年4月10日、放課後、俺は新しい担任の先生と二人きりで話をしていた。
 「実は、春休みに入る前に、南からいじめについて相談を受けていたんです。」
 「なるほど、具体的な内容とか、本人からお話聞いたりしましたか?」
 「はい。主に複数の生徒から、暴力や暴言を吐かれ、無視をされるなどです。」
 俺は、以前南から渡された証拠写真を先生に見せる。すると、先生は加害者には然るべき対応をするとだけ話し、その場を後にした。
 その後、加害者どもは揃って退学になり、学校もいじめがあったことを認め、謝罪した。しかし、南の意識は戻っていない。
 「やってやったぞ。南。」
 夏休み、暑い病室で、南にいじめの解決を伝える。
 だが、まだ違和感が残る。南の飛び降りの原因は、本当にいじめだけなのかと。
 事実、南へのいじめの原因の一つは、南がトランスジェンダーであることだった。性的少数者への差別意識が、この悲劇を生んでしまったのではないか。
 そんなことを考えていると、目の前にいる南の心拍数が低下しているのが見えた。
 「……10時03分……死亡確認」
 間に合わなかった……。16歳の尊い命は、いじめと差別による悪魔に、殺されてしまった……。
 ごめんな。南。