「そんなに泣かないでください」
 その男はなだめすかすようにそう言って、眠っていた私を抱き上げた。
「こわい、こわい、やだやだ」
 私がそう言っても、その美しい男は几帳をくぐって私を寝所から連れ出した。見慣れた部屋が遠ざかっていく。
 男は牛車に私を乗せた。ゆっくりと車が走り出す。どんどん住み慣れた屋敷から離れてしまう。
「ーー籠の中の鳥はかわいそう」
 犬君の声がどこからか聞こえた気がした。
 怖い。
 私を守る籠の外に出るのが。
 私は恐ろしい男の胸元にしがみつきながらがくがくと震えた。
「怖いことなど何もありませんよ」
 男は幼い私の震える頭をゆっくりと撫でた。
「これから安心な所に行くのです」
 男は私の耳元で「怖くない、大丈夫ですよ」とささやき続けた。それを子守歌に、私の瞼は重くなってきた。
 怖くないのなら、安心であるのなら。
 籠の外に出たら、もう「かわいそう」ではないのだろうか。

 そして。
 幼い私は、まだ知らなかった。
 今度はこの男の愛という籠の中に閉じ込められるということを。