15.山里の趣のある庵
「わあ、僕こんなとこ初めて来ました」
神無月の頃。栗栖野という所を過ぎたあたりにある山里に僕は兄上と来ていた。
紅葉がとてもきれいだ。苔むした細い道が遥かかなたまで続いている。
「うむ。たまには山里の風景というものも趣深いであろう」
兄上はご機嫌で歩いている。そして、ふと立ち止まった。
「おお。なんと……」
兄上の視線の方向を辿ると、そこには物寂しげな庵があった。懸樋には落ち葉が降り積もっている。
兄上は僕に向かって「しーっ」と人差し指を立てた。そして耳を澄ませた。
「懸樋から落ちる雫の音以外、音が全くしないな」
兄上は感動しているようだった。
「空き家でしょうか」
僕が尋ねると兄上は庵の前のあたりを指差した。
「いや。あそこの棚を見なさい。折った菊や紅葉などがおしゃれに飾ってあるだろう」
「なるほど」
兄上はしきりにうんうんと感心していた。
「人間というものは、このようにしても暮らしていけるものなのだなあ。実に尊いことであるなあ」
僕はちょっと寂しくてやだなと思ったけれど、兄上はこういう質素倹約系の暮らしに憧れがあることを知っていたのでおとなしく頷いた。
「兼友、お前もこの庵の主のような生活を目指すと良いぞ」
僕は頷いた。というか、そろそろ僕はお腹がすいてきていた。ぐるるるるぅと鳴くお腹をさすって遠くを見た時だ。
「あ。兄上。美味しそうなミカンがたくさん!」
その庵のお庭には、でっかいミカンの木があって、枝もたわわに生っている。
「落ちてないかな、落ちてないかなっ」
こんなにたくさん生っているのだ。この庵の人だけでは確実に食べきれないだろう。落ちていたらひとつふたつもらってもいいだろう。兄上も苦笑しながら僕を止めることはしなかった。
そして僕がミカンの木に向かって駆け出した、その時だ。
「おらぁ! こんのくそガキゃあ!!!」
庵の中から突然中年の女の人が現れた。手に持ったホウキを振り回している。
「うちのミカンに手ぇ出すたあ、千年早ええんだよ!」
「うおうっ!」
おばちゃんのホウキが僕の目の前の地面に炸裂した。僕は急いで兄上の元に駆け戻り、その背中に隠れた。おばちゃんは兄上をうさんくさそうに見上げた。
「ああん? お前、どこ寺だよ? うちのミカンが一個いくらで売れるか知ってのことか?」
兄上はおろおろした。
「いや、わしは別に落ちている実などあれば弟にいただこうかと。盗もうとかそんなわけでは」
「これ見りゃわかんだろ!」
おばちゃんが腕を伸ばした先にあるミカンの木は、確かに周りを厳重に柵で囲われていた。明らかに「盗るんじゃねえぞ」と主張していた。
「落ちたミカンも『大特価! 訳アリ品』で売れんだよ!」
「も、申し訳ない!」
兄上はへこへこ謝った。僕も一緒にへこへこ謝った。すると、おばちゃんもだんだん落ち着いてきた。
「ふん。ここらの寺のもんじゃないみたいだからな。縄張り荒らしってわけじゃないんだろうよ。今日のとこは許してやるよ」
「あ、ありがとうございます!」
そして僕たちは趣のある苔むす細道をひた走った。そしてやっと庵が見えなくなるところまできた。
僕は反省した。人のものを勝手に食べるのは泥棒と同じだ。兄上を見上げると僕を見る兄上と目があった。
「わしとしたことが。今日は反省した」
「はい!」
僕もうんうんと頷いた。兄上は叫んだ。
「ミカンの木がなければ! あの木がなければ憧れの暮らしだったのに! あの木さえなければ!」
「はい! ……はい?」
「わあ、僕こんなとこ初めて来ました」
神無月の頃。栗栖野という所を過ぎたあたりにある山里に僕は兄上と来ていた。
紅葉がとてもきれいだ。苔むした細い道が遥かかなたまで続いている。
「うむ。たまには山里の風景というものも趣深いであろう」
兄上はご機嫌で歩いている。そして、ふと立ち止まった。
「おお。なんと……」
兄上の視線の方向を辿ると、そこには物寂しげな庵があった。懸樋には落ち葉が降り積もっている。
兄上は僕に向かって「しーっ」と人差し指を立てた。そして耳を澄ませた。
「懸樋から落ちる雫の音以外、音が全くしないな」
兄上は感動しているようだった。
「空き家でしょうか」
僕が尋ねると兄上は庵の前のあたりを指差した。
「いや。あそこの棚を見なさい。折った菊や紅葉などがおしゃれに飾ってあるだろう」
「なるほど」
兄上はしきりにうんうんと感心していた。
「人間というものは、このようにしても暮らしていけるものなのだなあ。実に尊いことであるなあ」
僕はちょっと寂しくてやだなと思ったけれど、兄上はこういう質素倹約系の暮らしに憧れがあることを知っていたのでおとなしく頷いた。
「兼友、お前もこの庵の主のような生活を目指すと良いぞ」
僕は頷いた。というか、そろそろ僕はお腹がすいてきていた。ぐるるるるぅと鳴くお腹をさすって遠くを見た時だ。
「あ。兄上。美味しそうなミカンがたくさん!」
その庵のお庭には、でっかいミカンの木があって、枝もたわわに生っている。
「落ちてないかな、落ちてないかなっ」
こんなにたくさん生っているのだ。この庵の人だけでは確実に食べきれないだろう。落ちていたらひとつふたつもらってもいいだろう。兄上も苦笑しながら僕を止めることはしなかった。
そして僕がミカンの木に向かって駆け出した、その時だ。
「おらぁ! こんのくそガキゃあ!!!」
庵の中から突然中年の女の人が現れた。手に持ったホウキを振り回している。
「うちのミカンに手ぇ出すたあ、千年早ええんだよ!」
「うおうっ!」
おばちゃんのホウキが僕の目の前の地面に炸裂した。僕は急いで兄上の元に駆け戻り、その背中に隠れた。おばちゃんは兄上をうさんくさそうに見上げた。
「ああん? お前、どこ寺だよ? うちのミカンが一個いくらで売れるか知ってのことか?」
兄上はおろおろした。
「いや、わしは別に落ちている実などあれば弟にいただこうかと。盗もうとかそんなわけでは」
「これ見りゃわかんだろ!」
おばちゃんが腕を伸ばした先にあるミカンの木は、確かに周りを厳重に柵で囲われていた。明らかに「盗るんじゃねえぞ」と主張していた。
「落ちたミカンも『大特価! 訳アリ品』で売れんだよ!」
「も、申し訳ない!」
兄上はへこへこ謝った。僕も一緒にへこへこ謝った。すると、おばちゃんもだんだん落ち着いてきた。
「ふん。ここらの寺のもんじゃないみたいだからな。縄張り荒らしってわけじゃないんだろうよ。今日のとこは許してやるよ」
「あ、ありがとうございます!」
そして僕たちは趣のある苔むす細道をひた走った。そしてやっと庵が見えなくなるところまできた。
僕は反省した。人のものを勝手に食べるのは泥棒と同じだ。兄上を見上げると僕を見る兄上と目があった。
「わしとしたことが。今日は反省した」
「はい!」
僕もうんうんと頷いた。兄上は叫んだ。
「ミカンの木がなければ! あの木がなければ憧れの暮らしだったのに! あの木さえなければ!」
「はい! ……はい?」